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第222話 『南都ロダンにて』

 王都の南部に位置するロダンの街は、侵略者たちの横暴な振る舞いによって徐々に荒れ始めていた。

 街が砂漠島ダニアの軍勢に支配されてから3日。

 備蓄されていた食料は次々と消費され、人の流れは途絶とだえている。

 街では昼から酔った赤毛の女たちが馬鹿騒ばかさわぎを繰り広げ、捕らえられた少数の男たちは女たちの性欲解消のために繰り広げられる連日連夜の乱痴気らんちきさわぎですっかり疲れ果てていた。


 そんな中、街の北側外壁の外には整然と赤毛の女たちの兵団が立ち並んでいる。

 その数きっかり2000人。

 その兵たちの見つめる先には黒き魔女アメーリアが泰然たいぜんたたずみ、目の前でひざまずく部下を見下ろして言った。


「グラディス。そろそろ女たちを引き締めておきなさい。王国兵が街を取り返しに来るわよ」

「はっ。心得ております」


 グラディス将軍は大柄な体を折り曲げてひざまずき、アメーリアに深く頭を下げている。

 アメーリアは彼女に見送られながら、2000人の女戦士たちを連れて帰途についた。

 公国の首都へと帰還するのだ。


 赤毛の女たちによる公国領の漁村襲撃の一件はすでに首都にも伝わっている。

 それはダニア分家の仕業だというにせの情報も出回っていた。

 アメーリアがそう仕組んだのだ。

 そして今から公国首都に連れ帰るのは、王国領ロダンを襲撃したダニア本家の部隊の一部という筋書きになっている。


 そのことはトバイアスがビンガム将軍に報告済みであり、このダニア本家といつわった2000人は友軍として公国に迎え入れられることになる。

 敵の敵は味方というわけだ。


 アメーリアは昨夜トバイアスから届いた一報に、ここのところ悪かった機嫌を直しつつあった。

 愛しい男からの手紙には将軍から大公への友軍到着予定の報告はとどこおりなく済んでいることと、隠し玉となる彼女が首都に到着していることが記されていた。

 その知らせ自体には何ら感慨かんがいを抱かなかったアメーリアだが、文の最後には『早く会いたいので、すぐに戻って来るように』というトバイアスのメッセージが記されていた。

 甘い言葉をいくつもえられて。


 それだけでアメーリアは自分の心身が浮き立つように反応してしまっていることを感じていた。

 それが安易な機嫌取りだろうとも構わない。


「トバイアス様。今、いに行きます。アメーリアを待っていて下さいね」


 少女のような表情でそう言って馬を駆る彼女の後ろを、2000騎の騎馬兵らが進んで行くのだった。


☆☆☆☆☆☆


「チッ。どいつもこいつも浮かれやがって」


 仲間たちの醜態しゅうたいを屋根の上から見下ろしながら、ダニアの女戦士デイジーはそう吐き捨てた。

 砂漠島を出発してから、すでに2週間が過ぎている。

 軍にとっては順風満帆じゅんぷうまんぱんだろうが、彼女にとって状況は思わしくなかった。

 砂漠島出身の若き女戦士デイジーは、首の辺りで切りそろえた短い赤毛を風になびかせながら、幼馴染おさななじみの友の顔を思い浮かべる。


「……アーシュラ。おまえは今どこにいるんだ」


 黒き魔女に追われ大陸へと渡ったかつての友・アーシュラとデイジーが再会したのは2年ほど前のこと。

 子供の頃以来の再会となったアーシュラは銀髪の女王の部下となっており、島へ帰郷したのだ。

 その再会を喜んだのもつかの間、アーシュラはある計画を告げるとすぐに大陸へと戻っていった。

 それからデイジーはアーシュラの叔父おじであるクライドという男の下で働くことに決めた。


 男の下で働くのはダニアの女として気に食わないことだったが、アーシュラの計画を手伝うためにデイジーはそうすることを決断したのだ。

 アーシュラの父親の弟・クライドという壮年の男は人望があり、実際にその下で働くと、尊敬に値する人物であることが分かった。

 彼は黒き魔女の圧政に苦しめられていたいくつかの部族をまとめ、アメーリア一派に対抗しようとしていた。

 だが、ほんの20日ほど前にクライドはアメーリア配下のグラディス将軍に殺されてしまったのだ。

 そしてデイジーはアメーリア一派の軍門に下ることを余儀なくされた。


「くそったれが……」


 デイジーは己の無力に苛立いらだちを吐き捨てる。

 自分の力量ではアメーリアはおろか、グラディスにすらかなわない。

 そのことが分かっていながら、どうすることも出来ない自分がもどかしかった。

 

 10年前に砂漠島を統一していた黒き魔女アメーリアが姿を消してから、島はいくつもの部族に割れた。

 今こうして砂漠島から大陸に渡って来たダニアの軍勢は、そうしたいくつもの敵対する部族がアメーリアの一派によって再度統一されたものだ。

 ダニアの女は強い者に従う。

 だがその者が尊敬できるかいなかは別問題だった。


 アメーリアは逆らう者への残虐ざんぎゃく非道な所業を見せしめのように行い、民へ恐怖政治をいた。

 決して尊敬に値する人物ではない。

 少なくとも民をひきいる女王にはふさわしくない。

 デイジーのように仕方なく従っている者も少なくなかった。


 戦場で命をかけるなら、尊敬できる主のために戦いたい。

 それが出来ないのであれば、せめて友のために戦いたい。

 デイジーはそう思うようになっていた。

 そんな彼女の耳に冷たい声が響く。


「全員集合しろ! グラディス将軍の招集だ!」


 そう叫びながら十数人の女が隊列を組んで街の大通りを行き、酔って道端みちばたに寝ている女たちを叩き起こしたり、男を路地裏に引っ張り込もうとしている女たちのしり蹴飛けとばしたりしている。

 それを見てデイジーは仕方なく、自分も屋根から下りて招集に従うのだった。

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