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第220話 『王都にて』

 王都。

 クローディアは数名の従者だけを連れて、久しぶりに王の元を訪れた。

 訪問の表向きな理由はロダン奪回への進軍を含めた各種の報告を王に行うためだが、本来の目的はそうではなかった。 


「コンラッド王子の一件、心よりお悔やみ申し上げます。このクローディア、痛恨つうこんの極みでございます」


 そう言うとクローディアは王の前にひざを着いたまま、深々と頭を下げた。

 謁見えっけん中、王は終始、固い表情をしていた。

 第四王子であるコンラッドの死は、老いが見え始めた王には大きな心痛をもたらしていた。

 本来ならば怒りに任せてクローディアを怒鳴どなりつけたいところだろう。


 だが、クローディアはコンラッドの窮地きゅうちに駆けつけて、一度は彼の命を救った。

 コンラッドが死んだのは単独行動の際にアメーリアに襲われたためだ。

 それゆえ王も強い言葉でクローディアを非難することはしなかった。


 今からこの王を裏切ることになるのだと思うとクローディアは苦い思いを抱いたが、すでに心は決めてある。

 迷いは微塵みじんもなかった。

 王への謁見えっけんを終えると、クローディアは本来の目的のために王宮の一室へと足を向ける。

 

「ご無沙汰ぶさたいたしております。母上」


 そう言って母親である先代クローディアの居室を訪れたクローディアことレジーナはおどろきに目を見開いた。

 室内には母の他に多くの者がいたからだ。

 それはまだ幼子から成人前の若者たちだったが、全員が黒髪だったこともレジーナをおどろかせた。


「久しぶり。レジーナ。会いに来てくれたのね」


 母はそう言うと鷹揚おうよう微笑ほほえむ。

 年を重ねても美しい銀髪を長く伸ばし、元女王としての優雅な所作は変わらない。

 しかし、かつては勇ましく戦場で剣を振るう分家の女王だった彼女だが、王のめかけとなって隠居いんきょした今ではその当時の面影おもかげはない。

 王の寵愛ちょうあいを受けるため、強さよりも美しさに重きを置くようになった結果だ。

 それをさびしく感じるレジーナだが、顔には出さずに母の周囲を見回した。


「この者たちは第2世代の……」

「ええ。この王国で生まれた子供たちよ」


 黒髪の子女たちは先代に似た若きレジーナを不思議ふしぎそうに見つめている。

 この者らは分家が政策としてかき集めていた黒髪の一族の子供の世代に当たる。

 この大陸で黒髪の者は男女ともにめずらしい。

 そして黒髪を持つ者たちは皆、身目みめうるわしい姿をしている。


 分家がそんな希少価値のある者たちを集めるようになったのは先々代のクローディアの時代からだ。

 大陸各地から黒髪の者たちを保護あるいは誘拐ゆうかいし、分家の元で育てる。

 そうして年頃に育った美しい者たちは、王国のために働くようになるのだ。

 ある者は貴族の愛妾あいしょうとして、ある者は貴婦人の小姓こしょうとして。

 

 そんな分家のやり方を奴隷どれい商人などと揶揄やゆする声も少なくないが、分家はそうして王国に貢献することで、今の立場を得ている。

 今この部屋にいる者たちは、その時期に集められた黒髪の者たちの子供の世代となる。

 それをまざまざと見せつけられたクローディアは内心で苦々しい思いをみしめた。

 

(先人たちのこの努力をワタシは今からブチ壊そうとしているわけね)


 そんなクローディアの内心を知らず、先代は部屋のすみでまだ幼い黒髪の子供たちと遊んでいる幼子に声をかけた。


「チェルシー。あなたの姉上がいらしているわよ」


 先代に呼ばれたのはようやくヨチヨチと歩き始めたばかりの幼子で、美しい銀色の髪をしていた。

 その幼子を見てクローディアは息を飲む。

 

「母上。この子がチェルシーですね……」


 王と先代クローディアとの間に生まれた娘だった。

 父親違いの妹がいることは知っていたが、こうして直接会うのは初めてのことであり、レジーナの心に味わったことのない感情がき上がって来た。

 それは嬉しさと戸惑いとが、ないぜになったような複雑な感情だった。

 血を分けた妹がこの世に確かに生きているのだという現実が目の前にある。


「ほら。姉さまよ。初めてお会いするわね。ごあいさつしなさい。チェルシー」


 母のその言葉を聞き、チェルシーはヨチヨチと覚束おぼつかない足取りで、レジーナに歩み寄って来た。

 物怖ものおじしない性格のようで、その顔にはニコニコと無邪気な笑みが浮かんでいたが、勢い余って転びそうになる。

 レジーナはサッとしゃがみ込むと、転びかけたチェルシーを抱き止めた。

 チェルシーはおびえた様子もなく、レジーナの銀色の髪をその小さな手でギュッと握ると、レジーナを見上げた。 


「ねえ……しゃま?」

「チェルシー……そうよ。ワタシがあなたの姉さまよ」

「ねえしゃま……ねえしゃま!」


 そう言うとチェルシーはキャッキャッとあどけない笑い声を上げた。

 そんな妹を優しく抱き上げると、そのぬくもりが伝わって来て、レジーナは決意が揺らぎそうになる。

 自分が今からやろうとしていることは、まだ何も知らないこの妹の人生を大きく変えてしまうことになる。

 そのことに心が痛むが、レジーナは当代のクローディアとしての自分の立場を強く意識して深く息を吐くと、くちびるをキッと引き結んだ。

 そして抱いている妹を母に手渡し、勇気を持って声をしぼり出した。


「……母上。大事なお話が……」


 そんなレジーナの様子を察したのか、先代はこの部屋にいる黒髪の子女の中でもっとも年長の娘にチェルシーを手渡した。

 チェルシーもその娘にはなついているようで、おとなしく抱かれている。

 

「ショーナ。少し別室で話をしているから、チェルシーを見ていてちょうだい」

「はい。かしこまりました」


 そして先代はレジーナをともなって向かい側の部屋へと移動する。

 そこは客人をもてなすための豪華な客室だった。

 部屋に2人きりになると母はレジーナを手招きし、その体をそっと抱きしめる。

 そして優しい目でレジーナの顔をまじまじと見つめた。

 幼き頃にそうしてくれたように。

 

「母上……」

「本当に久しぶりだから、つい……。立派になったわね。レジーナ」


 そう言ってひとしきり娘の感触を確かめるように抱きしめると、母は娘の顔を見て言った。


「聞かせてちょうだい。どんな話でも受け止めるわ。だってワタシはあなたの母親だもの」

「母上……分かりました」


 母の言葉にうなづくと、レジーナは自分の考えを落ち着いた口調で話し始めた。

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