第202話 『同病相憐れむ』
早朝。
クローディアが新都を訪れると、ダンカンが驚いて彼女を出迎えた。
「レジーナ様! 鳩便を飛ばして下さいましたら、途中までお迎えに上がりましたのに」
「あなたならそう言うと思ったから黙って来たのよ。ダンカン。もう子供じゃないんだから何でも1人で出来るわ」
それこそ赤子の頃からクローディアことレジーナを知っているダンカンは、何かと彼女の心配をする。
気持ちは嬉しいのだが、毎度心配されると自分が子供のように思えてくると思い、レジーナは少し意地悪な笑みを浮かべて言った。
「ワタシがいない間、あなたたちが怠けていないか抜き打ちチェックの意味もあるのよ」
本当はあの森の小屋で1人過ごしたい気分だったので、何も言わずにやってきたのだった。
事前に知らせればダンカンは必ず使いを寄越してくると分かっているからだ。
「皆の仕事を邪魔するつもりはないわ。昼までは普段通り働いてちょうだい。昼食の時に報告があるので皆を集めてくれる?」
「承知いたしました」
ダンカンはそれ以上、何も聞かなかった。
ボルドのその後について気になっているであろうこの老人に気を持たせるのも悪いと思ったので、レジーナは先に言っておいた。
「ボールドウィンなら無事にブリジットの元へ戻ったわ。元気にしているはずよ」
新都でダンカンにはボルドに目をかけるようレジーナから指示していたが、働き者のボルドと過ごすうちに彼を息子や孫のように思うようになったのだろう。
レジーナの話にダンカンはホッと安堵の表情を浮かべた。
「本家との同盟がうまく行けば、また彼に会える機会もあるわよ」
そう言ってダンカンの肩をポンと叩きながら、レジーナはまるで自分に言い聞かせているようだと内心で自嘲した。
そして昼。
労働者の皆が集まったところでレジーナは彼らにまずはボルドの無事を告げる。
彼に思いを寄せていた女戦士のジリアンは、先ほどのダンカンと同じく安堵の表情を浮かべていた。
「今後の話だけど、この環境が大きく変わることになると思うわ」
そう言うとレジーナは新都建造により多くの人員を割くため、近いうちに労働者の数が大きく増えると告げた。
今もボルドがいた頃よりは労働者の数が増えているが、それでも新都建造の進み具合は遅々としたものだった。
人手が足りなさ過ぎるのだ。
そのため今後はまず分家から数十人の女戦士と同じ数の小姓が派遣されることとなる。
それに伴い、ダニアの街から追放されたジリアンやリジーなど5人には恩赦が与えられ、分家に復帰できることになった。
「そうは言っても、はいそうですかと元の鞘には収まりが悪いわよね」
5人とも驚き、素直には喜べないようだった。
それもそうだろう。
追放されるからには相応の理由がある。
戻れたところでかつての仲間たちが皆、快く受け入れてくれるとは限らない。
だが、レジーナがきちんと5人に働きやすい場所を配慮すると約束してくれた。
その夜だった。
ジリアンがレジーナの寄宿舎を訪れたのは。
そこはレジーナがこの新都に泊まる際に使われる上等な宿舎だ。
「来ると思ってたわよ。ジリアン」
そう言うとレジーナはにこやかに彼女を迎え入れた。
ジリアンは普段ならそうそう飲むことのない上等な酒を持参して、それをレジーナに献上した。
「またレジーナ様をクローディアと呼べる日が来るとは夢にも思いませんでした。感謝いたします」
「そんなことを言いに来たんじゃないでしょ。ジリアン。こんなものまで持って」
そう言うとレジーナは酒瓶を手にニヤリと笑うのだった。
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「ボールドウィンの奴、手紙の一つもよこさないのよ。薄情だと思わない?」
ほんのり頬を赤く染めて16歳のレジーナはグラスの酒をグイッと呷る。
昨年15歳で成人となり、酒が許される年齢であるとはいえ、普段は酒を飲まないレジーナは、慣れない蒸留酒にすっかり飲まれていた。
女王クローディアとして公の席で酒を飲むこともあるが、そういう時は気が張っているし酒量を抑えるので酔うことはない。
だが、この日は条件が揃っていた。
レジーナとしてこの場所に来ると彼女はいささか開放的になる。
クローディアとしての責務の重圧から一時でも解放されるからだ。
そしてボルドが去ったことによる寂しさ。
さらには酒の相手がジリアンという同じくボルドを気に入っていた女だ。
同病相憐れむ。
そうしたいくつもの事柄が、レジーナの酔いを進ませた。
ジリアンもそれを諫めるどころか一緒になって呑んだくれているから始末に負えない。
「その通りですよ。あいつが今、元気でいられるのは全てレジーナ様のおかげだってのに、顔の一つでも見せるべきです」
「そうよ。まったく不義理よ」
そう言うとレジーナは酒瓶を手にしてジリアンのグラスに酒を注ぐ。
ジリアンはふいに神妙な顔で注がれた酒を見つめながら呟いた。
「もし……あのままボールドウィンの生存をブリジットに知らせず、今もあいつがここにいたら……」
その言葉を遮ってレジーナは首を横に振る。
「……それはダメよ。そんなことしたらワタシは自分を許せなくなる」
「まあ……そうですね。クローディアとして分家全体の利益を考えれば……」
「そうじゃないわ。ワタシが考えたのはボールドウィンの気持ち。ブリジットに会いたかったはずよ。それを無視してワタシの気持ちだけで彼をここに留めるなんて……ワタシには出来ない」
そう言って目を伏せるレジーナにジリアンは小さくため息をついた。
「本気で好きなんですね。あいつのこと。そもそもどうしてボールドウィンを好きになったんですか?」
ジリアンの問いにレジーナは静かに目を閉じると言った。
「ボールドウィンは……あの子の優しさには下心がないのよ。何か見返りを期待することなく他者の心に寄り添うことができる。ブリジットに拾われる前は奴隷だったというし、きっと他人に多くを期待しない癖が身に沁みついているんだと思うわ。それでも生来の優しさで接してくれる。そんなところをワタシは好きになったの。でも……あの子はブリジットのものだから」
結局、ボルドは自分には靡かない。
それを分かっているからこそレジーナは辛いのだ。
彼女はグラスに残った酒を全て飲み干すと、椅子に深く腰掛けて大きく息を吐いた。
「ブリジット……ボールドウィンを独り占めするからには幸せにしないと許さないわよ」
そんな彼女を見てジリアンは努めて明るい笑みを浮かべた。
「次にあいつにあったら文句を言ってやりましょう。ワタシはともかく、レジーナ様にはその権利がありますよ」
「……ジリアン。ありがとう。何だか少し気持ちが軽くなったわ」
そう言ってレジーナは笑った。
だがその翌日、彼女の元に思いもよらぬ報せが飛び込んで来た。
その報せの主は公国だったのだ。
物語の都合上、若年層の飲酒シーンが描かれていますが、
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。