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第373話 『決着』

 太陽の光が西へと傾いていく。

 じきに夕暮れとなるだろう。

 新都を1キロ先に見据みすえる小高い丘の上。

 そこに陣取っていた黒髪のイライアスはふと顔を上げた。


「黒いうずが……消えた」


 共和国大統領の息子にして黒髪術者ダークネスとしての力を持つイライアス。

 常人には見えないものを見る彼の目は、その異変をすぐさま見定めた。

 新都に渦巻うずまいていた黒いきりが見る見るうちに晴れていく。

 それが何を示しているのかは明白だった。


「……決着だ。戦が終わるぞ」


 イライアスの言葉に彼の従者である双子の姉妹、エミリーとエミリアは立ち上がる。

 そんな彼女たちに顔を向け、イライアスは言った。


「丘のふもとに支援物資の馬車群を用意してある。それをひきいて新都に向かうぞ」


 その言葉をとがめるように双子はいぶかしげな表情を浮かべた。 

 

「イライアス様。すでにそのような準備を? 勇み足です」

「大統領はあくまでも今回はダニアの勢力の見極めをせよと命じておられました」


 そう言う双子にイライアスは泰然たいぜんとして言う。


「あの新都はまだ国家として卵の状態だ。あそこがきちんと国として機能するには10年はかかるだろう。そして10年後、父上はすでに大統領の座を退しりぞいている」


 不敬さすらただよわせるイライアスの言葉に双子は厳しい視線を向ける。

 だがイライアスはそれをものともせず言い放った。


「聞け。エミリー、エミリア。10年後に共和国をべる者として俺は今のうちから準備をせねばならん。あの新都は無限の可能性を秘めている。俺はその後ろだての役をむざむざ他の国にゆずってやるつもりはない。だから誰よりも早く今、動く必要があるのだ」


 そう言って胸を張るイライアスに双子は嘆息たんそくした。

 若きイライアスには確かに統治者としての器がある。

 それは認めざるを得ないことだった。

 大統領から息子の勇み足を止めるよう命じられていた双子の姉妹は、叱責しっせきを覚悟してイライアスに従うことを決める。

 そんな双子の観念を見て取ったイライアスはニヤリと笑うのだった。


「行くぞ。女王たちに挨拶あいさつだ」


 ☆☆☆☆☆☆


 ボルドは目を開けた。

 彼の目は確かにとらえている。

 黒き魔女アメーリアがブリジットとクローディアによって討ち取られたことを。


「勝った……勝ちました!」


 そう言うとボルドは弾かれたように立ち上がり駆け出していた。

 城壁の上の通路を走り、息せき切って階段を駆け下りていく。

 一刻も早くブリジットの元へ駆け付けたい。

 愛する女性の無事な姿をこの目で確認し、その勝利を祝いたい。

 そんな思いに駆られてボルドは走り続けた。

 

 彼の背後にはアーシュラとデイジーも続く。

 アーシュラもすぐにでもクローディアの元へ駆け付け、その無事な姿をその目で確認して奮闘をねぎらいたかった。

 彼らはほんの数百メートルの距離をもどかしく思いながら、走り続けるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 黒き魔女アメーリアの首が地面に転がり、その体がドシャッとくずれ落ちるのを見届けると、ブリジットとクローディアはたまらずその場に倒れ込んだ。

 もはや立っていることもままならず、2人は大地に横たわる。


「……生きてるか? クローディア」

「……ええ。まだ死んでないわよ。ブリジット」 


 強敵であるアメーリアを倒した。

 正直なところ、勝てたのが不思議ふしぎなくらいだ。

 相手の力は強大で、生まれて初めて本気で挑んでも倒せないと思わせる恐ろしい敵だった。

 ボルドとアーシュラが黒髪術者ダークネスとしての能力を発揮はっきしてアメーリアを押さえてくれなければ、今頃首なし死体として地面に転がっていたのは自分たちのほうだっただろうと2人は思う。


 その勝利の代償として、ブリジットもクローディアも相当に傷付き疲れ果てていた。

 疲労困憊ひろうこんぱい満身創痍まんしんそうい

 多量の出血によって体は疲弊ひへいし切っていた。

 このまま大地に横たわり、土にかえっていけたら、どんなに楽か。

 そんなことを考える2人の耳にその意識をハッキリとさせてくれる声が聞こえてきた。


「ブリジット! クローディア!」

 

 その声を2人が聞き逃すわけはなかった。

 ボルドだ。

 ブリジットもクローディアも反射的に身を起こした。

 すると城壁の方角からボルドが駆け寄ってくるのが見えた。


 その無事な姿に2人は安堵あんどする。

 だが各々の心持ちは違った。

 ボルドはまっすぐにブリジットの元へ向かっていき、それをブリジットも歓喜の表情で迎える。

 それを見たクローディアの顔にさびしげな色が差した。

 

「ボルド!」

「ブリジット!」


 愛し合う2人は固く抱きしめ合う。

 まるでたがいの存在が確かにそこにあるのだと確かめ合うかのように。


「ボルド。よくやってくれたな。おまえのおかげでアメーリアを討つことが出来た」

「ブリジット。大変な戦いでした。こうして生き残って下さって……」


 そこでボルドはブリジットの体の状態を見て青ざめた。

 全身傷だらけであり、特に太ももからの出血がひどい。

 それが命にかかわる重傷だと理解したボルドは、すぐさま自分の衣服のそでを破る。

 ブリジットの太ももにはすでに止血帯が巻かれていたが、ブリジットが巻いたそれは血で真っ赤に染まっていた。

 ボルドは破ったそでを新たな止血帯とし、血で染まった止血帯のさらに上から巻き付ける。


「ブリジット。すぐに治療を」


 いつになく強い口調でそう言うボルドにブリジットはうなづいた。

 ボルドはすぐにクローディアにも目を向ける。

 クローディアのケガも相当ひどく、すぐに治療しなけれなならない状態だ。


 そんな彼女の元にはアーシュラが駆け寄っていて、抱擁ほうようを交わしている。

 クローディアはボルドと目が合うと疲れたように笑った。

 ボルドも彼女の無事を喜び、目に涙を浮かべて笑顔を返す

 クローディアはアーシュラの肩を抱きながら友に声をかけた。


「アーシュラ。よく無事で戻ってくれたわね。本当に良かった」

「クローディア。遅くなりまして申し訳ございません。紆余曲折うよきょくせつありましたが、無事に任務を果たしてございます。詳細は後ほどお話しいたしますので、まずは治療を」


 そう言うとアーシュラは背負っているふくろの中から数々の治療具を取り出しながら、クローディアの脇腹に突き刺さっている短剣を見て顔をしかめた。


「痛むでしょうけれど、その短剣はまだそのままで」

「ええ……ブリジットのこともてあげて。彼女の方が出血量が多いから」


 そう言うとクローディアは顔を上げてアーシュラと共にやってきた、初めて見る若き女戦士に目を向けた。

 彼女は首を斬り落とされたアメーリアの遺体を見下ろし、拳を握り締めて歓喜の表情で肩を震わせている。

 クローディアはそんな彼女に声をかけた。


「あなたが……デイジーね。2人を守ってくれて礼を言うわ」


 そう言うクローディアにデイジーはハッとして背すじを伸ばす。

 そしてブリジットにも目を向け、自らの名と出自を申し出た。


「さ、砂漠島から参りましたデイジーと申します。アメーリアを倒して下さって……こ、こちらこそお礼を申し上げねばなりません。黒き魔女は……長年の怨敵おんてきでしたので」


 使い慣れない敬語でそう言うとデイジーはブリジットに目を向ける。


「ロ、ロダンでのブリジットのご活躍に感銘かんめいを受けました。ど、どうか私を……配下にお加え下さい!」


 事前に何度も練習してきたことをうかがわせる、たどたどしいデイジーの言葉を笑うことなく、ブリジットはうなづいた。   


「1人で多数の兵に立ち向かったのだな。おまえのような勇敢な女ならば大歓迎だ。さっそく一つ頼みたいんだが……そこにいるアメーリアの首と体を運んでくれ」


 そう言うとブリジットは東の方角に目を向ける。


「あの馬鹿騒ぎを……終わらせる」


 ブリジットがそう言った時、ちょうど後方から一台の馬車が護衛の騎兵たちに守られながら向かって来るのが見えた。

 その御者台にはウィレミナとベリンダが乗っているのだった。

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