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第372話 『生まれ変わったら』

 ブリジットとクローディアがアメーリアを撹乱かくらんするように右に左に動き回る。

 アメーリアはそれを追って攻撃を仕掛けるが、片足を引きずっているため、先ほどまでのようなすばやい動きが出来なくなっていた。

 一方、ブリジットとクローディアもその顔は苦痛にゆがんでいる。

 ブリジットは太ももに、クローディアは脇腹に重傷を負っていた。

 

 どちらも本来ならばこんなに動ける状態ではない。

 死に物狂いだ。

 動けば動くほどに傷口から血がれ出し、その量は増えていく。

 それでも2人は決死の表情でアメーリアの周囲を動き回った。


鬱陶うっとうしい……あなたたち鬱陶うっとうしいのよ!」

 

 アメーリアはこれに苛立いらだって強引に2人を止めようとした。

 だが、その途端とたんに彼女はガクッと地面に両膝りょうひざをついてしまう。

 まだ無事だった方の足が突然激しく痙攣けいれんし始めたのだ。

 アメーリア自身は何ら痛みも疲れも感じていないが、限界を超えた動きを続けたため、その足が耐え切れなくなったのだろう。

 

「くっ! 何なの? こんな時に……」


 アメーリアは痙攣けいれんする足を幾度いくどなぐりつけて、立ち上がろうとする。

 それを見た女王たちの目が、獲物を狩る瞬間のけもののように獰猛どうもうな色に染まった。

 

(ここだ!)

(今よ!)


 ブリジットはアメーリアの背後から、クローディアはアメーリアの正面から襲いかかる。

 共に剣を持つ手に最大限の殺意を込めて。

 だが……。


「うっ……」


 ブリジットは太ももを刺された左足が突然、すべての感覚を失ったように力が入らなくなり、アメーリアの背後で転倒した。

 そしてクローディアも唐突に意識が遠のき、アメーリアの眼前に倒れ込んでしまった。

 それを見たアメーリアは天恵を得たかのように冷たい笑みを浮かべて、2人をあざける。


「馬鹿ねえ。そんな出血量で動き回れば、そうなるに決まっているでしょう」


 そう言うとアメーリアはひざ立ちのまま、持っていた短剣を振り上げて、目の前で倒れているクローディアの後頭部を目がけて振り下ろした。


 ☆☆☆☆☆☆


 目を閉じてアメーリアの心に接触しているボルドが、目の前に横たわる赤児あかごに近付いていく。

 まだ生えたての柔らかな髪の毛は薄い黒色をしていた。

 きっと成長すれば美しい黒髪になることだろう。

 ボルドはその赤児あかごを抱き上げる。

 不思議ふしぎとそのぬくもりが両手に伝わって来た。


 赤児あかごは泣かず、目を閉じたままわずかに身を震わせる。

 ボルドがその小さな手に指で触れると、赤児あかごはビクッとしてボルドの指を握りしめてきた。

 小さな手が弱々しい力で精一杯ボルドの人差し指をつかんでいる。

 その様子にボルドは思わず胸が痛くなった。


(この世に生まれてきて、当たり前のように愛されたかったよね)


 善人と呼ばれる人も悪人と呼ばれる者も、生まれたばかりは皆、こうして無垢むく赤児あかごなのだ。

 アメーリアとてそうだったのだろう。

 だが、人生は決して平等などではなく、人は皆それぞれ道をたがえていく。


 ボルドは奴隷どれいとして過酷な人生を送ったが、今では最愛の女性と共に歩んでいる。

 だが、アメーリアはそうはならなかった。

 修羅の道を歩んで来たのだ。

 残酷だが、それが運命だったのだろう。


(あなたの愛する人を奪った罪は、私がこの先もずっと背負うよ。許して下さいとは言いません。でも決して忘れない。私にとっての一生の罪だから)


 ボルドの心が伝わったのか、赤児あかごはむずがり、弱々しく泣き始めた。

 ボルドはそんな彼女に自分の遠い記憶を重ねながら優しくあやす。

 奴隷どれいに落とされる前の、ほんのわずかに覚えている家族との幸せな時間。


 アメーリアにもおそらくそうした記憶が残っているのだろう。

 そしてそれは彼女を人知れず苦しめ続けたのだろう。

 ボルドは肩を震わせて自分も涙を流しながら赤児あかごを優しくあやし続けた。


(次に生まれる時は、きっと幸せになれるよ。だから……また生まれておいで。きっとあなたを幸せにしてくれる人にめぐり会えるから)


 赤子はいよいよせきを切ったように激しく泣き出した。

 ボルドはその声を聞きながら、いつまでも彼女をあやし続けるのだった。


☆☆☆☆☆☆


 アメーリアはクローディアの後頭部に短剣を振り下ろそうとしたその瞬間、赤児あかごの声を聞いた気がした。

 頭の中にほんの一瞬聞こえたその声が彼女の動きを止める。

 なぜだか分からないが誰かに抱きしめられたような気がしたからだ。

 気付くと視界が涙で揺れていて、それがアメーリアの目から止めどなくこぼれ落ちた。


 心が激しく震えていて体が動かなかった。

 その時、首に下げていたトバイアスをつななわが唐突に切れる。

 女王たちとの戦いで幾度いくどとなく斬りかかられたため、切れかかっていたのだ。

 トバイアスの頭はアメーリアの体を離れて地面を転がっていった。


「あ……トバイアス樣」


 そう言ってアメーリアがトバイアスの頭を追おうとしたその時、ドスッという衝撃と共に何かか胸にぶつかってきた。

 痛みは感じなかった。

 だがアメーリアの胸には……クローディアが突き出した長剣が深々と突き刺さっていた。


 ☆☆☆☆☆☆


 クローディアは自分が倒れ込んでいたことに気付き、ハッと顔を上げた。

 アメーリアに向かっていったはずだが、途中で意識が遠くなりいつの間にか倒れていたのだ。

 だが……顔を上げるとそこには、短剣を振り上げた状態で不自然に動きを止めているアメーリアの姿があった。

 その目からは涙があふれ出している。


 なぜそのようなことになっているのかを考える前にクローディアは動き出していた。

 意識を失っている間に左手の剣は放してしまったようだが、右手にはまた剣が握られている。

 クローディアはその剣を両手で握り直した。

 するとその時ふいに、アメーリアの首にるされていたトバイアスの頭が地面に落ちて転がったのだ。

 いつの間にかなわが切れていた。


「あ……トバイアス樣」


 アメーリアがそう言ってトバイアスの頭を追って歩き出したその時、クローディアの体は自然と動いていた。

 渾身こんしんの力を込めてクローディアが突き出した長剣は、アメーリアの右胸を貫いて背中側に突き抜ける。

 そこに確かな手応てごたえがあった。

 心臓を貫いたのだとクローディアには分かったのだ。


 アメーリアは信じられないといった顔でクローディアを見る。

 堕獄ゲヘナの影響で痛みを感じない彼女は、微塵みじんも苦しそうな顔をしておらず、すずやかに笑った。


「クローディア。邪魔じゃましないでくれる? トバイアス様が行ってしまわれ……」


 そこまで言うとアメーリアは唐突にむせて、その口から血を吐き出した。

 だが、それでも彼女は震える手で短剣を振り上げて、クローディアの頭をねらう。

 もうクローディアにはそれを避ける体力は残されていなかった。


「死に……なさい」

「死ぬのはおまえだ」


 ブリジットの声と共にアメーリアの背後から長剣が横一線にひらめいた。

 一瞬の静寂せいじゃくの後、アメーリアの手がガクッと真下にすべり落ちて、その手から短剣がこぼれ落ちる。

 そしてアメーリアの体から切り離された彼女の首が地面に落ちて転がった。

 ブリジットが最後の力を振りしぼり、アメーリアの首を斬り落としたのだった。

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