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第371話 『疾風迅雷』

 城壁の上ではせまい通路を10人の南ダニア兵たちが縦一列になって、たった1人の女戦士に襲いかかっていた。


(1人目!)


 単独で10人の敵に立ち向かうデイジーは1人目を一瞬で斬り捨てると、すぐその背後から襲い来る2人目の敵の脇腹を斬り裂いた。

 そして悲鳴を上げる2人目を城壁の上からり落とす。


(2人目!)


 落とされた南ダニア兵は哀れにも城壁の外側斜面を滑落かつらくしていった。

 その行く末を目で追うこともなく、デイジーは3人目の首を斬り裂く。

 斬られた3人目の敵兵は血が噴き出す首を手で押さえながら、それでもデイジーに襲いかかった。

 しかしデイジーはその首を鋭く剣で突き刺して息の根を止める。


(3人目!)


 そして相手の首深くに突き刺さったその剣を手放すと、倒れていく敵兵が手にしていた剣を奪い取った。

 1対多数の戦いは目の前の相手1人を一瞬で戦闘不能に追い込むのが鉄則だ。

 1人に手間取ってしまえば、あっという間に次の敵が襲いかかってくる。


 相手の攻撃を一度でも浴びてしまえば、そこからは敗北の坂を転げ落ちるのみ。

 取り囲まれでもしたらなぶり殺されるだろう。

 だからデイジーは徹底的に相手の急所をねらう。


「次!」


 4人目はデイジーが首をねらっていることに気付き、装備している手甲で首を守る。

 だがデイジーは剣すじをさらに引き上げて横一閃させ、その敵の両目を斬り裂いた。


「いぎゃぁぁぁぁっ!」

「4人目!」


 悲鳴を上げて手で目を押さえる敵の首をあらためて斬り裂いてり倒すと、その敵を飛び越えて5人目の女が大上段に剣を構えて襲いかかってきた。


「調子に乗るなぁぁぁ!」

「うるせえっ! ノロマ!」


 デイジーはその無防備な腹に相手よりも早く剣を突き刺す。

 そして相手がそれでも振り下ろしてきた剣を体を左にずらして避けると、その女の顔面を素手でなぐりつけ、もう一方の手で相手の腹に突き刺さったままの剣を無造作に引き抜いた。

 すると裂かれた腹から血と共に長い臓物がこぼれ落ち、女はその上に腹ばいに倒れ込んで動かなくなる。


(5人目! これで半分!)


 6人目の女は前の5人があっという間に斬り倒されたことにひるんで、思わず足を止める。

 それを見たデイジーは相手に考えさせるすきを与えず、けもののように襲いかかった。

 剣で首をねらい、相手もそれを剣で防ごうとする。

 そこでデイジーは一瞬のうちに信じられないほど姿勢を低くして、すばやく相手の両足首を斬り裂いた。


「うぎゃっ!」


 そうしてよろめいた女の首に下から剣を突き上げる。


「ぐえっ……」


 のどを貫かれた女は愕然がくぜんとした表情で倒れ込んだ。


(6人目!)


 そしてその女の手からまたしても剣を奪って次の武器とすると、デイジーはひるむ7人目に鋭い突きを見舞う。

 相手の女も警戒してこれを剣で防ぐが、デイジーは構わずに連続で剣を突き出した。

 その速度がどんどん上がっていき、相手の女はそれを受け切れずに肩や首すじに傷を作っていく。 


「くうっ!」

「そらよ!」


 そこでデイジーは腰回りにいくつも下げている小刀の一つをつかんで投げつけた。 

 それは7人目の首に深々と突き立つ。


「ごほっ……」

「7人目!」


 息を詰まらせる女を城壁の下にり落とすと、デイジーはますますいきり立った。

 残った3人は完全にデイジーに気圧けおされている。


「こ、殺せ! 相手はたった1人だぞ!」


 そう言うとせまい通路の中を2人が横並びになってデイジーに襲いかかる。

 だが、それが返って彼女たちの動きをにぶくした。

 デイジーは再び取り出した小刀を向かって左側の女に投げつける。

 さすがにそれを予期していた女は手甲で小刀を叩き落とした。


「そんなもんが何度も……」


 敵の女がそう口にしたその時には、デイジーは大きく跳躍ちょうやくしていた。

 そして2人並んで向かってくる女と、さらにその後ろを走る女の頭の上を一気に飛び越えた。


「なっ……」


 予想外の動きにきょを突かれた最後尾の女は、頭の上を飛び越えて背後に着地したデイジーに向けて、振り向きざまに剣を振るおうとしたが、すでに遅かった。

 デイジーが鋭く一閃させた剣が女の首を狩る。


(これで8人!)


 そしてデイジーは首を失ったその女の体を前()りで倒す。

 その遺体が後方の2人のうち1人にぶつかり、その1人が倒れ込んだ。

 デイジーは気迫を込めて立っているもう1人に突っ込んでいく。


「おおおおおっ!」


 9人目の女は剣を振るってデイジーを斬り捨てようとする。

 だが、デイジーはその剣を大きく弾き、返す刀で女の胴を斬り裂いた。

 腹を深々と斬り裂かれて血と臓物を噴き出しながらくずれ落ちる女を尻目しりめに、デイジーは最後の女に目を向ける。


(9人目! 次で最後だ!)


 だがそこでデイジーの顔に砂袋がぶち当たった。

 10人目の女が投げたものだ。

 そして砂袋には亀裂が入れられていて、中身の砂が舞い散り、デイジーは目に砂礫すなつぶてを浴びてしまった。


「うくっ……」


 視界をふさがれたデイジーは、前から踏み込んで来る音を聞き、咄嗟とっさに半身になって体をずらす。

 だが左肩を斬り裂かれて鋭い痛みを感じた。


「ぐっ……めるな!」


 デイジーは視界がかない中で敵兵の攻撃からその位置を予想する。


(私は誰よりも真摯しんしに、貪欲どんよくに戦いと向き合ってきた。他の女たちが男(あさ)りをしている時だって、私はひたすら自分を高めることに邁進まいしんしてきたんだ。こんな状況くらいで……)


 デイジーは腹の底からえた。


「負けられねえんだよ!」


 そう言うとデイジーは目を閉じたまま剣を横一閃させた。

 その瞬間に右の脇腹に鋭い痛みが走る。

 相手の刃がかすめたのだと分かった。

 だが、デイジー自身も手応てごたえをしっかりと感じ取り、確信していた。

 悲鳴は聞こえなかったが、10人目の敵を斬り裂いたのだと。


 ドサッと女が倒れ込む音が聞こえてきた。

 すぐさまデイジーは腰から水袋を取り出して、砂の入った目を洗う。

 そして痛みをこらえて目を開けた。

 そこには頭と胴が切り離された10人目の女の遺体が転がっていた。


「ふぅ。10人目だ」


 デイジーは大きく息をつく。

 彼女は暗闇の中での訓練や目を閉じての訓練も、嫌になるほど繰り返し行ってきた。

 戦場では今のように目潰めつぶしを食らうことも少なくない。

 目が見えないから負けた、なんて言い訳は死んでもしないとデイジーは心に決めていた。


「他のことも全部捨てて、あんなに訓練ばかりしてきて、こんなところで負けたら馬鹿みたいだろ」


 そう言うとデイジーは周囲を見回した。

 8名の敵兵の遺体がある。

 2名は城壁の下で死んでいる。

 合計10名。

 すべてデイジーが疾風迅雷しっぷうじんらいの働きを見せて1人で倒したものだ。


 デイジーは肩と脇腹を斬られて負傷はしているものの重症ではない。

 十数メートル先ではデイジーを信じ、ボルドとの作業に没入しているアーシュラの姿があった。

 2人を守れたことにデイジーは胸を張り、友の元へ向かう。


 すると戦いの声が聞こえなくなったことに気付いたアーシュラが顔を上げた。

 そしてデイジーが無事なことを確認すると、彼女はその背後に見える敵兵の遺体に目を丸くする。


「すごい。今日から10人斬りのデイジーだね」

「やめてくれよ。10人斬りは微妙だろ」


 肩をすくめてそう言うとデイジーは自分の手を見つめた。

 ここまできたえ上げてきたこの腕は、決して自分を裏切らない。

 そう思うと自然と握り締める拳に力がこもる。


「まあ、10人斬りが私の現在地ってことか。ここから山を登っていけばいいさ」


 そう言うとデイジーは城壁の上から女王たちの戦いを見守るのだった。

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