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第365話 『反旗』

「どきなさい!」


 クローディアは自分を取り囲む敵兵らを次々と斬り捨てる。

 負傷と疲労で動きがにぶくなったとはいえ、その強さは並の兵士に押さえられるものではなかった。

 黒い腕章を身に着けた黒刃エッジですらクローディアには付け入るすきもない。


「くそっ!」


 黒刃エッジは馬上から槍を突き出すが、クローディアはそれをサッとかわすと他の敵兵が落とした槍を拾い上げ、それを馬上の黒刃エッジに向けて鋭く突き上げた。


「かはっ……」


 黒刃エッジは槍の穂先に首を貫かれ、落馬して絶命する。

 クローディアは即座にその馬に乗ろうとしたが、何かが飛んできて馬の横腹にぶつかった。

 それは……アメーリアに投げ飛ばされたブリジットだった。

 馬はあわてて逃げていき、地面に倒れ込んだブリジットはすぐに起き上がるが、足に力が入らないようでガクッとその場にひざをついてしまう。


「くそっ……あの女、また動きが良くなった」


 そんなブリジットの元にクローディアは駆け寄り、アメーリアに向かって剣を構えた。

 アメーリアは猛然と飛びかかってくるが、その速さは戦い始めた当初の俊敏しゅんびんさを取り戻している。

 ボルドのしがらみから一時的に解き放たれたのだとクローディアは悟り、くちびるんだ。

 城壁の上をチラリと見ると、3名の敵兵らがボルドをはさみ撃ちにして追い詰めている。


「やっぱりあの坊やはまだまだ未熟ね」


 そう言うアメーリアの両手には地面から拾い上げた2本の短剣が握られていた。

 それを対刃剣アンフィスバエナに組み合わせたり、切り離したりと自由自在な攻撃を見せるアメーリアの前に、クローディアは胴を、四肢ししを斬り裂かれていく。

 明らかにクローディアはアメーリアの速さについていけていなかった。


(ううっ……足が動いてくれない)


 クローディアはここに来ておのれの体力が尽きかけているのだと知る。

 アメーリアの強さと速さに対抗すべく全力以上の力を出し続けてきたツケが、いよいよ回ってきたのだ。


「ほらほら! どうしたの? 足がふらついているわよクローディア!」


 そう言って一気呵成(かせい)に攻め立てるアメーリアを前に絶体絶命の危機におちいるクローディアだが、そこにブリジットも再び加勢する。


「調子に乗るなよ! アメーリア!」

「あなたの大事なボルドが捕らえられても、その威勢いせいを保っていられるかしらね? ブリジット!」


 そう言うとアメーリアは2対1だというのにクローディアのみならずブリジットをも圧倒する。

 彼女が振るう短剣をブリジットやクローディアは自身の長剣で必死に受け止めようとした。

 だが受け止め切れずに短剣の刃先に体を切り裂かれ、さらにはアメーリアのりやひじ打ちを浴びて次々と負傷個所が増えていく。

 ブリジットもクローディア同様に体中傷だらけであり、出血量が増えて荒い息をついていた。

 限界が近いのだ。

 アメーリアもそのことを感じ取っているらしく、彼女は首から下げたトバイアスの髪に口づけをすると、その目に鋭い光を宿した。


「さあトバイアス様。いよいよ憎らしい女王たちが死ぬ時間です。見ていて下さいまし」


 アメーリアの胸の前では、光の失われたトバイアスの双眸そうぼうが、じっと女王2人に向けられているのだった。


☆☆☆☆☆☆


「踏ん張れ! 敵を押し返せ!」


 オーレリアは必死に声を張り上げて仲間を鼓舞こぶする。

 そんな彼女自身も苦しげな顔でほこを振るい、次々と押し寄せる敵兵たちを斬り裂いた。

 周囲には多くの仲間の遺体が敵の遺体に折り重なるようにして倒れている。


 新都東の防衛線はすでに敵味方入り乱れる乱戦となり、当然のように数で大きく勝る南ダニア軍が押し込んでいた。

 統一ダニアの兵たちは統率も乱れつつ、それでも目の前の敵兵を必死に攻撃する。

 だが赤い翼の意匠いしょうが焼印されたよろいを身にまとう彼女たちは、1人また1人と倒されていった。

 オーレリアのいる演台にも大勢の敵兵が詰めかけ、この部隊の指揮しきる彼女を討ち取ろうと襲いかかる。

 そうはさせじとオーレリアを護衛する部隊が決死の戦いを繰り広げられていたが、すでにオーレリアの命運も風前の灯火ともしびだ。

 

(くっ! ここまでか!)


 オーレリアは苦しげに息をつきながら背後に守る新都をチラリと見やった。

 ほどなくして自分が死に、この防衛線がくずされて、新都内部に敵軍が一気に押し寄せるであろうことを考えると口惜しくてたまらない。

 だが、いよいよ新都陥落(かんらく)の時が来てしまったのだ。


(クローディア。申し訳ありません。力及ばず、このオーレリア。今日が命日となりました)


 オーレリアはずっと支えて来た若き女王クローディアの身を案じ、その行く末をうれう。

 そして最近出会ったばかりだが、弟子として目覚ましい成長をげつつあるウィレミナのことを思った。

 どちらもこの先きっと戦士としても人間としてもすばらしい成長を遂げ、統一ダニアの歴史に栄光の名を残す人物となっただろう。

 だがこの戦に敗れれば、その2人も無事では済まない。


(何か別の道があったかもしれんな。こんなところで若者たちを死なせずに済んだ道が……)


 そう悔やみながらオーレリアは再び視線をめぐらせ、前方を見やった。 

 敵軍の後方からはさらに砂漠島からやって来た増援の大部隊が、今まさに敵軍に合流しようとしていた。

 これがトドメとなって一気に統一ダニア軍の防衛線は飲み込まれるだろう。

 オーレリアはほこを握り締めて怒りに声を張り上げると、前方から迫る敵に玉砕ぎょくさい覚悟の突撃を仕掛ける。


不埒ふらち者どもが! このオーレリアの首、簡単に取れると思うなよ!」


 その時、戦場に突然の突風が吹き渡る。

 その風は……戦場の空気を一変させた。

 オーレリアは目の前に突如として広がった光景に思わず目を見開く。


「あ、あれは……」


 後方から押し寄せて来ていた敵軍の増援部隊がひるがえす黒いはたが、風にあおられて地面に倒れ落ちた。

 すると同じように無数にひるがっていた黒きはたが次々と地面に打ち捨てられていく。

 黒き魔女アメーリアに忠誠をちかう黒いはたは、またたく間に増援部隊の間から姿を消した。

 その異変に何事かとおどろく南ダニア兵らの耳に、大勢の声が集結して一つの大きな声となり届く。


「我ら監獄島のクライド一派! 金と銀の女王への忠誠を示すべく、黒き魔女アメーリアに反旗はんきひるがえす!」


 増援部隊の女たちが一斉にそう声を上げ、そんな彼女らの間から今度は純白の白いはたが次々と打ち立てられたのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「さあ、黒髪の小僧。おとなしくついて来い。貴様をアメーリア様に引き渡す。オイ。そいつをふんじばれ!」


 腕に黒い腕章をはめた女が反対側から歩み寄って来た2人赤毛の兵士らにそう命じる。

 彼女らは腰に結わえつけておいたなわを手に取り、ボルドの腕や肩をつかんだ。

 先ほど固い砂袋を頭にぶつけられた衝撃でフラつきながら、ボルドは懸命に抵抗する。

 だが、屈強なダニアの女を前に、彼のはかない抵抗は意味を成さなかった。


「おとなしくしやがれ!」


 ボルドは地面に押し倒されて押さえつけられ、後ろ手になわしばられていく。


(くっ! ブリジット。申し訳ありません……)


 だが、ふいになわしばる女たちの手が止まり、背中を押し付けてくる彼女らの手の圧迫感が消えた。 

 そして何かがボトリとボルドのすぐかたわらに相次いで落ちる。

 それはボルドを捕らえようとしていた赤毛の女たちの頭だった。

 突然のことに息を飲むボルドの耳に、聞いたことのない女の声が聞こえてくる。


「その人はおそれ多くも女王ブリジットの情夫殿だぞ。気安くさわってんじゃねえよ」

 

 ボルドは顔を上げてその声の主を見る。

 それは赤毛を首の辺りで短く切りそろえた、ダニアの若き女戦士だった。

 ボルドが見覚えのないその女が手にした剣には、敵の女たちの首を斬り落とした時に付着した赤い血がしたたっている。

 突然の闖入者ちんにゅうしゃに、黒い腕章を身につけた敵の女は慄然りつぜんとして身構えた。


「な、何だ貴様!」

「フン。てめえ黒刃エッジのくせに、このデイジー様を知らねえのか? 私も顔が売れてねえな」


 そう言うとデイジーは剣を構えて、黒刃エッジと呼ばれた女に向かっていこうとする。

 それを迎え撃とうとした黒刃エッジの女だが、突如として背後から飛んできた矢がその首を後ろから貫いた。


「かはっ……」


 黒刃エッジの女はまったくの不意打ちに気付くことが出来ず、目をいて真横に倒れ、城壁の下へと落下していった。

 ボルドはその矢の飛んできた方向に目をやる。

 そこには1人の小柄こがらなダニアの女が弓を手に立っていた。

 それはボルドが良く知る人物だ。

 待ちがれていた仲間の登場に、ボルドは思わず歓喜の声を上げる。


「ア……アーシュラさん!」

「遅くなってしまいましたね。よくぞご無事で。ボールドウィン」


 赤毛を風になびかせ笑顔でそう言ったのは、クローディアの腹心の部下にしてボルドにとっては黒髪術者ダークネスの師でもあるアーシュラだったのだ。

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