第360話 『女王たちの戦い』
ボルドは城壁の上に立ち、前方の景色に目を凝らした。
距離にして300メートルほど先の街中で、ブリジットとクローディアが黒き魔女アメーリアを相手に戦い始めている。
「2人とも。どうかご無事で」
2人の女王たちの勝利を願ってそう言うと、ボルドは新都の通路上に腰を下ろし、背すじを伸ばして深呼吸した。
彼がこの場所に来たのは戦いを見守るためではない。
自らも戦いに参加するためだ。
幾度か深呼吸を繰り返し、神経を集中させるとボルドは目を閉じた。
暗く閉ざされた視界の中で、ボルドは前方のアメーリアの気配を注視する。
暗闇の中でアメーリアが動いているのが感じられ、徐々にそれが鮮明になっていった。
神経を研ぎ澄ませるほどに アメーリアの動きがより明確な輪郭を伴って、ボルドの肌に伝わって来る。
(……よし。感じられる)
アーシュラから訓練を受けたボルドは黒髪術者として着実に成長している。
だが、それでもボルドは己の力を過信していなかった。
まだ黒髪術者となって日が浅い。
こうした力についてはアメーリアに一日の長がある。
自分が下手に動いても以前のようにアメーリアからの力の逆流を受けて、再び力を失うことになってしまうだろう。
ゆえにボルドは時を待った。
ほんの一瞬、アメーリアに隙を作り出すための好機を。
そうすれば必ずやブリジットとクローディアが、黒き魔女に決定的な一撃を浴びせられるはずだと信じて。
ボルドは静かに目を閉じたまま、感覚をより鋭敏に研ぎ澄ませていくのだった。
☆☆☆☆☆☆
「フンッ!」
「ハアッ!」
ブリジットとクローディアが連携しながら果敢にアメーリアを攻めたてる。
アメーリアは対刃剣を巧みに操りながら、これに対抗するが、2人そろった女王たちのほうが優勢に押していた。
(やっぱり2人そろうとやりやすいわね)
先ほどまで1人でアメーリアと戦っていたクローディアはそう感じていた。
ブリジットが加勢してくれたことで、防御の負担が半分に減り、逆に攻撃の手数は2倍に増える。
これによって攻守のバランスが変化し、アメーリアも防御に回らざるを得なかった。
さらにアメーリアは首から下げたトバイアスの頭が傷付かないように注意を払っている。
そのことが明らかに彼女の足枷になっていた。
それを感じ取ったブリジットとクローディアは互いに目配せをし、トバイアスの頭を吊るしている縄を斬らぬよう、あえて首付近への攻撃は避け、アメーリアの両腕両足に攻撃を集中させた。
アメーリアにはこのままトバイアスの頭をぶら下げていてもらったほうが、2人としては戦いやすいからだ。
そして2人は攻撃が単調にならぬようリズムに変化をつけて、アメーリアの虚を突くような攻撃を仕掛けていった。
訓練の成果で2人の連携はかなり円熟味を増してきている。
そのためアメーリアは反撃もままならずに防御に徹さざるを得ない。
だが、その顔から余裕の笑みは消えてはいなかった。
「かなり鍛練を積んだようね。勤勉な女王様方。だけど……」
そう言うとアメーリアは対刃剣を切り離して2本の短剣に戻す。
そして袖から取り出した黒い鎖をそれぞれの柄の底にはめ込んだ。
以前にスリーク平原で見せたのと同じ戦法だ。
「これならどうかしら?」
鎖に繋がれた2本の短剣は投げ放って使うことが出来るため、アメーリアの攻撃の間合いが伸びる。
クローディアも以前にこの戦法に苦しめられた。
だが……。
「二度同じ手は通じないわよ!」
当然この形態の攻撃方法も、実際に鎖を取り付けて訓練済みだ。
だがアメーリアは構わずに鎖を掴んで、その先に繋げた2本の短剣をグルグルと高速で振り回す。
その速度は常人には目にも止まらぬほどの速さであり、誤ってその間合いに踏み込んでしまえば、あっという間にその身を斬り刻まれてしまうだろう。
だがそれも2人は想定済みだ。
クローディアは先ほど放り捨てた短槍を拾い上げると、アメーリアの頭上で回転する鎖に向かって鋭くそれを投げ込んだ。
短槍は回転していた鎖に絡み付き、巻き込んでその回転を止める。
すると鎖がアメーリアの手から離れ、その先に付いていた2本の短剣は地面に落ちた。
「ハアッ!」
それを見たブリジットが猛然と地面を蹴り、一気にアメーリアと間合いを詰める。
だがアメーリアは突っ込んでくるブリジットに向けて、その口から何かを吹き出した。
ブリジットは即座に地面に滑り込むようにしてそれを避けた。
「毒針も想定済みだ!」
アメーリアは接近戦において口から毒針を吹き出してくる。
それも当然、2人の頭に入っていた。
ブリジットは滑り込んだ勢いのまま剣を横薙ぎに振るってアメーリアの両足を狙った。
だが捉えたと思ったブリジットの剣は虚しく空を切る。
「なっ……」
ブリジットは驚きに目を見開いた。
アメーリアが瞬時に宙を舞っていたのだ。
その超反応はクローディアも先ほど身をもって知った。
そして先ほどのクローディアと同じように、ブリジットは頭を蹴られて後方に吹っ飛んだ。
「ぐっ!」
「ブリジット!」
クローディアはすぐに動いて、倒れているブリジットを守るようにアメーリアの前に立ちはだかった。
すぐさま起き上がるブリジットだが、頭を蹴られた衝撃でわずかにふらついている。
「くっ……。急に速く動いたぞ。あの女……」
ブリジットの言葉を背中に受けながらクローディアは表情を曇らせた。
(時折、目で捉えられないほど速く動く。何なの? あれがアメーリアの本当の力だとしたら……)
先ほどもそうだったが、決定的な隙を突いて渾身の一撃を繰り出した瞬間、アメーリアが超人的な速さでそれを回避してみせた。
まるでアメーリアの身の内に宿る生存本能が、その体を守ろうとして急激に限界を超えた身体能力を発揮しているかのようだ。
「気をつけて。ブリジット。さっきワタシも同じようにやられたわ」
そう言うとクローディアは次の一手を考えた。
このままでは戦いが長引き、東の防衛線が瓦解してしまう。
そうなる前にアメーリアの首を取らねばならない。
(確実にトドメを刺すには……)
クローディアはブリジットに目配せをし、手指で合図する。
それはこれまでの訓練であらかじめ2人で決めて、何度も確認を重ねた合図だ。
それを見たブリジットは目で分かったと告げ、剣を力強く握るのだった。
☆☆☆☆☆☆
新都から少し離れた南側の平原。
黒き魔女アメーリアに恭順の意を示す黒い旗がいくつも風に吹かれてはためいている。
「いよいよこの時が来たね。ダルシー」
傍らに控える姪のダルシーにそう言うと、ディアナは前方に迫り来る戦乱の渦を見据えた。
その背後には岩山の上に新都が聳え立っている。
砂漠島の属島である監獄島からこの大陸の見知らぬ土地にやって来て数日、ようやく目的地に辿り着いたのだ。
彼女らをここに呼びつけたのは黒き魔女アメーリアだ。
ディアナにとっては夫を殺した憎き仇だった。
だが、彼女は亡き夫であるクライドが残した一派の者たちの命と生活を守るため、夫を殺した女に従うことを決め、監獄島から出てきたのだ。
それは断腸の思いだった。
ディアナはここまで付いて来てくれた仲間たちに声をかける。
「さあ、おまえたち! 最後の仕事を終わらせるよ!」
彼女の言葉に皆は気合いの声を上げ、各々の武器を手に足を速めていくのだった。




