第359話 『最終決戦』
ダニア分家の女王クローディアと黒き魔女アメーリアの戦いが続いていた。
左右の手で2本の剣を振るうクローディアに対し、アメーリアは無骨な金棒を振るって応戦している。
「もうすぐブリジットも来るんでしょ? そんなに焦らなくても2人そろってからでいいわよ。あなた1人で張り切っても疲れるだけだわ。それまでお話しでもしましょうよ。クローディア」
激しい打ち合いから一転して、後方に飛び退りながらアメーリアはそう言って微笑む。
息を弾ませながらクローディアは訝しげな表情を見せて言った。
「ずいぶん余裕ね。アメーリア。ブリジットが到着したら悪いけど2人がかりでやらせてもらうわよ。そうなる前にまずはワタシを片付けておいたほうがいいんじゃない?」
そう言いながらクローディアは油断なく剣を握り、呼吸を少しずつ落ち着かせていく。
そんな彼女の言葉にアメーリアは首を横に振った。
「いいえ。2人がかりでも勝てないという絶望と屈辱にまみれたあなたたちの顔をワタクシが見たいのよ。出来ればその表情のまま首を刎ねて晒したいくらい。そうしたらトバイアス様が喜ぶわ。もっともっとワタクシを愛して下さるかしら」
そう言うとアメーリアはのけ反るようにしてけたたましく笑い声を上げた。
正気を失っている相手と話すことなど何もないが、先ほどのように彼女からボルドの話をされるのは不愉快極まりないので、クローディアは機先を制した。
「トバイアスは本当にあなたを愛していた? あなたのその強さを利用していただけじゃないの? そんなことも分からないあなたではないでしょ」
クローディアの言葉にアメーリアはピタリと笑い声を止めた。
そして首をグッと傾け、両目を大きく見開いてジッとクローディアを見る。
「何も知らないのね。クローディア。まあ、あなたはまだ男を知らないものね。無理もないわ」
そう言うとアメーリアはトバイアスの首を持ち上げ、その冷たい頬に自分の頬を擦り付ける。
「トバイアス様は他人を愛さないわ。彼にとって女はただ自己の欲求を満たすだけの使い捨ての道具。でもワタクシだけは違った。トバイアス様はワタクシだけは一生かけても使い捨てられないと感じていた。それはワタクシが彼の欲しいものを全て与えられる存在だから」
そう言うとアメーリアはトバイアスの頭を胸に抱いて愛しそうに目を閉じた。
クローディアはその様子に吐き気を覚えながら、言葉を返す。
「全て? 権力、武力、色欲かしら?」
そんなクローディアの言葉を小馬鹿にしたようにアメーリアは笑った。
「あなたってまだまだ小娘くさいわね。トバイアス様が本当に欲しい物はそんなものじゃないわ。彼が欲しがっているもの。それは……」
そう言うとアメーリアはトバイアスの死してなお艶の失われぬ白い髪を撫でる。
「何をしても絶対に愛してくれる無償の愛よ。トバイアス様の欲しがる物はすぐに壊れてしまう。愛も女も。でも、このワタクシならば、それをトバイアス様に与えられる」
そう言うアメーリアの目が細められる。
「だってワタクシは絶対に壊されたりしないし、トバイアス様がどんなお姿になっても愛していられるから」
そう言うとアメーリアはクローディアに視線を送る。
その目を見てクローディアは背すじがゾッと寒くなるのを抑えられなかった。
(トバイアスを愛すること。アメーリアにとっては……それが全てなんだわ。そのためならば、この女は世界を破壊しても何とも思わない)
自分が相手にするのは、もはや人ではない別の何かなのではないか。
クローディアは己の心に浮き上がる嫌悪感を奥底に沈め、毅然と言った。
「この街はダニアにとって新たな歴史の始まりの地となるの。希望の歴史よ。それを誰にも踏みにじらせはしない。アメーリア。あなたは壊すばかりで何も生み出しはしないわね。そういう者にこの街に住む資格はないの」
アメーリアにとっては意味のない言葉だろう。
だが、一族の中にはこの新都に移り住んでから生まれた子供もいる。
そういう子らにとってここは故郷になるのだ。
何としても守りたかった。
そうクローディアが歯を食いしばったその時、背後から馬の蹄の音が聞こえてきた。
「クローディアァァァァ!」
盟友のその声にクローディアは安堵を覚える。
不思議な気持ちだった。
彼女とは知り合ってから1年も経っていないのに、ずっと昔から背中を預けて戦ってきたような気がする。
「早かったわね! ブリジット!」
後方から駆けて来たブリジットは馬から身を翻すと、クローディアの隣に颯爽と舞い降りた。
クローディアは彼女が乗ってきた馬を確認する。
そこにボルドの姿はない。
「ようやく金と銀の女王様たちが揃い踏みね。トバイアス樣」
アメーリアが首から吊り下げたトバイアスの頭にそう話しかける様子を見て、ブリジットは嫌悪をその顔に露わにした。
「……醜悪だな。アメーリア。いよいよ気がふれたか」
「彼女、堕獄を口にしてるわ。普通じゃないから気を付けて」
クローディアはそうブリジットに忠告する。
アメーリアはブリジットを見つめると、おどけたように小首を傾げてみせた。
「ところでボルドはどこ? 途中まで一緒だったでしょ」
「フンッ。あいつは途中で置いてきたさ。おまえのその醜悪な姿をボルドに見せずに済んで良かった」
そう言うブリジットに気を悪くした様子もなくアメーリアは視線を巡らせると、300メートルほど先の城壁に目をやった。
そしてアメーリアの口元が歪に綻ぶ。
彼女にはボルドの居場所を感じ取ることが出来るのだ。
「ふ~ん。あんなところにボルドを隠したわけね。ブリジットったら彼がワタクシに殺されることを心配したの? 大丈夫よ。心配しなくてもそんな簡単に彼を殺したりしないから。ただ、両腕をもいで両足を切り落とし、その状態で甕に入れて飼ってあげる。しばらくは生きられるわよ。生き地獄だけど……」
アメーリアがそう言いかけたところで、ブリジットが目にも止まらぬ速度で剣を抜き放ち襲いかかった。
脳天に振り下ろされる鋭い剣の一撃を金棒で受け止めると、アメーリアは目を丸くした。
「あら。怒ったの? ブリジットは相変わらず短気ねぇ」
「今すぐにその口を閉じろ。薬物に穢れた貴様の舌でボルドの名を口にすることは許さん」
そう言うブリジットに嘆息するとアメーリアは一瞬で後方に下がり、いきなり金棒を勢いよく投げつけた。
襲い来るそれをブリジットとクローディアは左右に飛んで避ける。
それを見たアメーリアはニヤリと笑い、腰を低く落とした。
「じゃあ役者もそろったことだし、そろそろ最後の宴を始めましょうか」
そう言うアメーリアの両袖から2本の短剣が飛び出してきた。
アメーリアはその柄と柄の底同士を組み合わせると、それはカチリとはまって固定される。
対刃剣。
ブリジットとクローディアは用心深くその異様な武器を見据えた。
それは以前にスリーク平原における本家と分家の宴会場に現れたアメーリアが持っていた、大陸の外から持ち込まれた特殊な武器だ。
その際は見慣れぬ武器を使うアメーリア相手に苦戦を強いられたクローディアだったが、すでに前回の戦いを経て対策はしてある。
同じような武器を作成し、それを実際に自分で使ってみたのだ。
それによって対刃剣の特性が分かってきた。
前回の戦いではその場にいなかったブリジットも対刃剣を使ったクローディアとの訓練で、その特性をよく理解していた。
前回とは違う。
ブリジットは一本の長剣を両手で握り、クローディアは2本の長剣を左右の手にそれぞれ握り、アメーリアと対峙した。
「ここで貴様との悪縁を断ち切ってやる。アメーリア」
「あなたはこの新都にふさわしくないわ。アメーリア」
ブリジットとクローディアは疲れて傷付いた体に鞭を打ち、地面を蹴った。
アメーリアは自信に満ちた表情でそれを迎え撃つ。
最後の戦いの火蓋が切って落とされた。




