第353話 『暴かれた想い』
「ハァァァァッ!」
クローディアはアメーリアに対して果敢に打ちかかる。
短槍を鋭く突き出して連続でアメーリアに攻撃を仕掛けた。
アメーリアは手にした金棒でこれを防ぎ、素早い身のこなしで回避するが、そんな彼女の動きにクローディアは違和感を覚える。
(確かにワタシの攻撃をかわしてはいる。だけど以前ほどの余裕はない)
アメーリアは表情こそ余裕の笑みを浮かべているが、クローディアの攻撃をギリギリでかわしている。
以前はもっと速かったアメーリアにしては、動きが緩慢だとクローディアは感じた。
(トバイアスの頭が邪魔している?)
アメーリアは不気味にもトバイアスの頭部を紐で首から下げたまま戦い続けている。
人の頭というのは意外と重いし、それが首元で揺れるから動きにくいのかもしれない。
そう考えたクローディアは疲労と負傷で弱った体に鞭を打ち、一気に攻撃の手を厳しく詰める。
(トバイアスを失って弱っているのなら、これ以上の勝機はない。討ち取れる!)
どちらにせよ戦いが長引けば体力が万全でない自分の方が不利だ。
そう考えたクローディアは勝負に出た。
短槍を放り捨てると、2本の剣を腰の鞘から抜き放つ。
彼女がもっとも得意とする二刀流の格好だ。
「すぐにトバイアスの元にあなたも送ってあげるわ」
そう言う彼女の後方では、先ほどアメーリアの投げた短剣で尻を刺された馬が倒れて虫の息となり、四肢を小刻みに痙攣させていた。
おそらく短剣に猛毒が塗られていたのだろう。
(相変わらずの毒物か。あれにやられたらマズイわね)
クローディアは油断せずに鋭い剣さばきでアメーリアを攻め立てる。
アメーリアは防御と回避でこれを凌ごうとするが、二刀流となったクローディアの多彩な攻撃を避け切れずに、腕や足をわずかに掠めて斬られていった。
(やはり動きは鈍いわ)
クローディアは容赦なく全力の剣をアメーリアに浴びせ掛ける。
その時だった。
クローディアの振るった剣先が、揺れ動くトバイアスの頭部を掠め、そのこめかみに切り傷を作ったのだ。
それを見たアメーリアは血相を変えて悲鳴を上げる。
「いやあああああっ! トバイアス様!」
表情を歪めてそう言うとアメーリアは持っていた金棒を放り出し、両手でトバイアスの頭を大事そうに抱き抱える。
そんな彼女の首を狙ってクローディアは剣を真横から一閃させた。
クローディアはその刃がアメーリアの首に食い込むことを確信する。
(もらった!)
だが……アメーリアの首を捉えるはずの剣は虚しく空を切る。
アメーリアが一瞬にして消えたようにクローディアには見えたのだ。
次の瞬間、クローディアは頭上から頭を蹴り飛ばされて吹っ飛ぶ。
「がっ!」
数メートル後方に倒れ込んだクローディアはすぐさま起き上がるが、強い衝撃に視界がグラグラと揺れた。
その揺れる視線の先では、着地したアメーリアが大事そうに清潔な布でトバイアスのこめかみを拭っている。
「トバイアス様。痛かったですよね。クローディアはひどい女ですわ」
そう言うとアメーリアは先ほどまでとは打って変わって、鬼のような怒りの形相でクローディアを睨みつけた。
そんな彼女の動きに注意を払いながら、クローディアは今しがたのアメーリアの超反応を思い返す。
自分の剣は確かにアメーリアを捉えたかと思ったのだ。
(一瞬で宙を舞って空中でワタシの頭を蹴ったというの?)
先ほどまでの緩慢な動きとは打って変わって、まるで雷のような素早い身のこなしだった。
クローディアは警戒しつつ剣先をアメーリアに突きつける。
グラグラと揺れる視界を回復させる時間が欲しかった。
「そんなに大事な彼なら土にでも埋めてあげたらどうかしら? 何なら一緒にあなたも埋葬してあげるけど」
そう言うクローディアにアメーリアは心底呆れたような顔を見せ、トバイアスの頭部に語りかける。
「冷たい土の下なんて嫌ですわよね? トバイアス様」
それはおどけたような口調ではなく、本当にトバイアスと会話をしているように感じさせる。
あくまでもトバイアスを生きた人間として扱っているかのようだ。
クローディアはあらためて確信した。
(……完全に正気を失っているんだわ)
クローディアはゆっくりと少しずつアメーリアとの距離を縮めながら、視界が元に戻るのを待った。
目眩はしない。
動くことは出来る。
剣を握る手にもまだしっかりと力が残っていた。
「アメーリア。ここにあなたの居場所はないわ。彼と一緒にあの世で幸せに暮らしなさい」
そう言うクローディアにアメーリアは笑顔で首を横に振る。
「いいえ。ワタクシとトバイアス様はここで幸せに暮らすわ。あなたとブリジットこそ土の中で眠ってちょうだい。でも……黒髪の坊やだけはダメ。安らかになんて眠らせない」
そう言ったアメーリアの目が大きく見開かれ血走っていく。
「ボルド。トバイアス様を傷付けた憎らしい子。あの子は両腕と両足を切り落として胴だけにして、長い時間をかけて苦しませ、生き地獄を味わわせてあげなくちゃ」
そう言うアメーリアは怒り混じりの笑みという不気味な表情を見せていた。
それを見たクローディアは、冷えた怒りが腹の中に据わるのを感じて、アメーリアを睨みつける。
「ボールドウィンに手出しはさせない。彼をさんざん苦しめたのはあなたたちじゃないの。トバイアスは自業自得だわ」
クローディアの言葉にアメーリアの目が細められ、その顔に意地悪な笑みが浮かぶ。
「南平原での戦いの時、あなた、囚われのボルドのことばかり気にしていたでしょう。ふ~ん。そういうこと。ブリジットの情夫に横恋慕しているんだ? かわいそうなクローディア。叶わない恋なのに、健気に彼のこと守ろうとしているのね……馬鹿みたい」
そう言うとアメーリアはクスクスと笑った。
クローディアは思わずカッとなって声を荒げた。
「くらだないお喋りはやめなさい。あなたには関係のないことだわ」
そう言い放つとクローディアは強い踏み込みから一気に間合いを詰め、気合いを込めて左右の手に握った剣を繰り出す。
だがアメーリアはそれをすばやく避けながら言葉を続けた。
「関係あるわよ。同じ恋する女ですもの。あなたの気持ち分かるわ。お茶でも飲みながら恋のお話をしたいくらい」
「黙りなさい!」
「そうだ。いいこと思いついた。ワタクシがブリジットを殺せば、ボルドはあなたのものよ。あなたが独り占め出来るの。どう?」
そこでクローディアの鋭い突きがアメーリアの頭のすぐ傍を通り、風に舞う黒髪をわずかに切り裂いた。
「不快な言葉でワタシを動揺させようなんて姑息ね」
クローディアは鋭く殺気のこもった目を向けるが、アメーリアは平然と話を続ける。
「……まああの憎らしい黒髪の坊やを生かしてはおかないわ。でも殺す前にあなたと一夜を共にする時間をあげるくらいの慈悲はあるわよ。ワタクシにも」
「まだそのつまらない話を続けるつもり? ワタシという女を甘く見ているなら心外だわ」
そう言うとクローディアは一度後方に下がり、剣を構えたまま息を整える。
そんなクローディアを見据え、アメーリアは先ほど放り捨てた金棒を拾い上げて言った。
「彼と肌を合わせることを一度として想像しなかったとは言わせないわよ。クローディア。あなたの心と体はボルドを欲しがっている。盟友であるブリジットの愛する情夫に対して邪な気持ちを抱いている。けれど理性が邪魔をしているせいで、あなたはずっと指を咥えながらブリジットとボルドが愛し合うのを見ていなきゃならない。そんな人生に意味がある?」
そう言うとアメーリアは懐から包み紙を取り出して、その中身である白い粉を全て舌で舐め取った。
そして空になった包み紙を放り捨てると、恍惚の表情を浮かべる。
「ワタクシは嫌。愛する男を自分のものに出来ない人生なんて。だからトバイアス様とはずっと一緒なの」
そう言うとアメーリアはトバイアスの頭部を持ち上げ、その頬に口づけをしてみせた。
そのおぞましい光景にクローディアは吐き気を覚えつつ、剣を構えるのだった。




