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第350話 『狂気』

 雨が上がって晴天となった空の下、黒衣を身にまとった1人の女が軽やかな歩調で歩いている。

 黒き魔女アメーリアだ。

 そこは新都の東側に近い城壁の上の通路だった。

 未完成の城壁はそこから300メートルほど先で途絶とだえている。

 アメーリアはふと立ち止まると上機嫌で空を見上げた。


「ふふ。良いお天気ですね。トバイアス様」


 そう言う彼女の首からは……ひもり下げたトバイアスの頭部がぶら下がっている。

 彼女はその頭を愛しそうに抱きかかえると、通路のへりに足を投げ出す格好で腰をかけた。

 そしてトバイアスの頭を前方に向ける。

 その頭部はトバイアスの死後、アメーリアが彼の体から切断し、丈夫なひもを巻き付けて固定し、自分の首から下げたものだ。

 うつろで光の失われたトバイアスの目は、新都の街並みに向けられている。


御覧ごらんください。トバイアス様。この街がこれからワタクシたちの新居になる場所です。なかなか良い街でしょう? ここでいつまでもワタクシと暮らしましょうね」


 そう言うアメーリアは腰帯に下げた小袋こぶくろから何かを取り出す。

 それは小さな包み紙であり、開くと中には白い粉が収められていた。

 アメーリアはそれを指でひとつまみするとペロリとめる。

 舌先がしびれるような感覚の後に、身を包む陶酔とうすい感が広がった。


 それはアメーリアが死兵たちを作り出すために使った麻薬・堕獄ゲヘナだった。

 心身の疲れや痛みを感じさせる神経をにぶくさせるため、体が元気になったように感じられる。

 そして気分がこの上なく高揚するのだ。

 だが、使い続ければ一週間で感情や思考のせた廃人と化す。


 これはアメーリアが使うために持っていたものではない。

 本来であればブリジットやクローディアを捕らえた後、薬漬けにして意のままに操るために使うはずだった。

 だが……アメーリアにはもはやそんなことはどうでも良いのだ。

 彼女はすでに狂気に取りかれていた。


「まずはこの街をお掃除しないといけませんわね。トバイアス様。ワタクシとあなたの2人だけの楽園にするため、邪魔者たちは片付けないと。ああ、ほらほら。邪魔者の1人がこちらに向かってきますわよ。ふふふ」


 薄笑みを浮かべたままそう言うアメーリアの視線の先では、馬を駆って向かって来る銀髪の女王の姿があった。


 ☆☆☆☆☆☆


 東の防衛線は乱戦模様となり、統一ダニア軍の防御網をすり抜けて新都に侵入する南ダニア兵が増えてきた。

 彼女たちは仕掛けられたわなに引っかかったり、隠れていた統一ダニア兵の奇襲にあうなどして命を落としたが、徐々にそれをもすり抜けて新都の内部へと侵入していた。

 新都は今、敵の手によって侵食されつつある。


 侵入者たちは一定の人数で団結するべく、今は無人となっている建物に集結し始めていた。

 そのうちの一つである2階建ての食堂とおぼしき建物に今、グラディスが到着した。

 だが誰よりも強靭きょうじんなはずの彼女がひどく傷ついている姿を見て、南ダニア兵らは動揺する。

 グラディス将軍はアメーリアに次ぐ実力者であり、アメーリア以外でその鬼神のごとき強さにかなう者などいないと誰もが知っていた。

 そんな彼女がそこまで痛めつけられたことに息を飲む兵たちを見て、グラディスが怒声を張り上げる。


「情けない顔をするな! これが戦場だ! 相手は我らと同じ血を引くダニアの女だぞ! 私とて命を失うやもしれんのだ! 貴様らも死ぬ気で任務に当たれ!」


 グラディスの叱咤しったにその場の空気が再び張り詰める。

 彼女は傷が痛む素振りも見せずに大剣を振り上げた。


「目指すは敵本陣である中央地区の仮庁舎だ! 敵の牙城を奪い取り、我らのはたを打ち立てるぞ!」


 グラディスの号令に、部下たちは気合いを入れ直すように大声を上げて応じるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「ブリジット! オーレリア様からの報告です! 東の完成済み城壁の上に黒き魔女アメーリアが単身で現れました!」


 馬を飛ばしてきた伝令兵は作戦本部に駆け込むと、ブリジットの前にひざをつき、血相を変えてそう報告する。

 その報告にブリジットは怪訝けげんな表情を浮かべた。


「東だと? 奴はここをねらって来なかったということか」

「はい。現在、クローディアがやはり単身でアメーリアと交戦すべく城壁に向かいました。どうかブリジットも御参戦を願います!」


 言われるまでもなくブリジットはすでに剣を取っている。

 傷付き疲れた体は万全とは程遠いが、それはクローディアも同じことであり、彼女を1人で戦わせるわけにはいかない。

 

「ウィレミナ。ここを任せる。ケガ人の中ではベリンダが比較的元気だから、何かあればアイツに頼れ。いいな」


 そう言うブリジットにウィレミナは頭を下げる。


「ブリジット。どうぞご武運を」


 それからブリジットがボルドに顔を向けると、彼女が何かを言うよりも早く彼が先に口を開いた。


「ブリジット。私も共にまいります」


 ボルドの唐突な申し出にブリジットは思わずまゆを潜める。


「……何を言っている? そんなわけにいくか。おまえはここに残れ」


 ブリジットはそう言うがボルドの胸には漠然とした、だが強烈な不安が渦巻うずまいていた。

 それをぬぐい去ることが出来ずに彼はたまらず口を開く。


「お願いします。不安なのです。今のアメーリアはかつてないほど危険な気がするのです。ブリジット。どうかご一緒させて下さい」

「だめだ。あいつはおまえをうらんでいる。必ずおまえを殺そうとするだろう。そんな場所におまえを連れていくわけには……」


 そう言いかけたブリジットはボルドのいつになく必死な様子に思わず言葉を詰まらせた。

 普通に考えたら戦闘の出来ないボルドを連れて行くべきではない。

 アメーリアに殺害される危険性はもちろん、人質に取られて自分たちの身動きを封じられるかもしれない。 

 だが……。


「……それはおまえの黒髪術者ダークネスとしての直感か?」


 そうたずねるブリジットにボルドは神妙な面持おももちでうなづく。

 その顔にブリジットは彼の心情をみ取った。


(アタシがボルドを守りたいと思うように、ボルドもアタシを守ろうとしてくれているんだ)


 連れて行ったら後悔するかもしれない。

 だが連れて行かなくても後悔するかもしれない。

 ブリジットは拳を握り締めると、意を決してボルドに告げた。


「死ぬかもしれないぞ。アタシが殺されるところを見るかもしれない」

「……どちらも覚悟の上です」

「アメーリアは恐ろしい女だ。アタシと一緒におまえも地獄に落とされるかもしれない」

「地獄にだってお供します。あなたは……私のすべてですから」


 ボルドはまっすぐにブリジットを見つめてそう言った。

 その顔には鬼気迫る悲壮なまでの決意が浮かんでいる。

 ボルドの言葉にブリジットは胸が熱くなるのを感じたが、それを隠して肩をすくめてみせた。


「やれやれ。アタシも覚悟を決めないといけないな」


 そう言って大きく息をつくと、ブリジットはボルドの手を取った。

 そして彼の目を見つめると決然たる口調で言う。


「ならば共に来い。アタシとおまえ。生きる時も死ぬ時も一緒だ」


 ブリジットのその言葉にボルドは感極まり、涙ぐみながら言った。


「あなたについていきます。どこまでも。いつまでも」

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