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第349話 『クローディアの意地』

「ソニア! しっかりしろ!」


 東地区から南方面に回った場所にもうけられている救護所。

 戦場から離れているここには、東の防衛線で負傷した者たちが運び込まれている。

 皆、もう戦えない者ばかりだ。 

 正直なところ治療も積極的には行われておらず、検傷分類トリアージれた重体の者はもう死を待つばかりだった。


 要するに救護所であると同時にそこは遺体安置所のようなものだ。

 だがそこにソニアが運び込まれると、救護所で働く面々は一様におどろき、どよめいた。

 ブリジットの幼馴染おさななじみにして若き精鋭であるベラとソニアのことは、本家出身の者なら誰もが知っている。

 そして巨岩や大木のごとく頑丈がんじょうなソニアがそこまでやられたということに、動揺が広がった。

 だがそんな者たちをセレストが一喝いっかつする。

 

「ボサッとするな! こいつはまだ助かる! すぐに治療しろ!」


 紅刃血盟会のセレストの言葉に、その場にいた救護班の男らははじかれたように動き出し、ソニアの治療に当たり始めた。

 すると寝台に寝かされたソニアがわずかに目を開ける。

 その視線が自分を呼んでいると感じ取ったベラは、ソニアのすぐそばに歩み寄った。


「ソニア。くたばるんじゃねえぞ」


 そう言うベラにソニアはわずかに口を開き、何かを伝えようとする。

 だが、その口から発せられるのはソニアのものとは思えぬほどか細く弱々しい声だった。

 ベラはそれを聞き取るためにソニアに顔を近付ける。


「……まえ……倒せ」

「なに?」

「おまえが……グラディスを……倒せ」


 ソニアは確かにそう言った。

 その言葉にベラは思わずくちびるむ。


「……情けねえがアタシ1人では無理だ」


 悄然しょうぜんとそう言うベラの腕をソニアの手がつかんだ。

 いつもは腕力の強いソニアを馬鹿力と笑うベラだったが、今のソニアの手はほとんど力を失っている。

 それほどに彼女は弱っているのだ。

 それでもソニアはかすれた声をしぼり出して言った。


「おまえには……仲間がいる……アタシ以外にも」

 

 そう言うとソニアは口からまた血を吐いた。


「ソニア! もういい! しゃべるな!」


 セレストがそう叫ぶ中、ベラはグッとくちびるむ。

 そして自分の腕を弱々しい力で握り続けているソニアの手を取り、ギュッと握った。


「……任せろ。何が何でもグラディスの奴を倒してやる。おまえはそこで吉報を待ちながら、ゆっくり寝てろ」


 相棒のその言葉にソニアは満足げに口元をほころばせ、そして目を閉じた。 

 ベラはソニアの手を彼女の胸の上に置くと、セレストに目を向ける。


「ソニアのことを頼む。アタシは……グラディスを討つ!」


 ベラは有無を言わせぬ口調でそう言うときびすを返し、セレストが止める声も聞かずに再び戦場へと駆け出して行くのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 太陽が天頂に達し、西へとゆるやかに下降し始めた昼過ぎ。

 東の防衛線で兵たちの戦いを見守るクローディアは、演台に設けられている本陣の椅子いすから思わず立ち上がった。

 彼女の優れた視力を誇る目は、確かにとらえていたのだ。

 南の平原に現れた黒だかりを。

 それは大勢の兵がこちらに向かって進軍している姿に他ならなかった。


「オーレリア。来たわよ」


 クローディアの言葉を受けて、オーレリアは彼女の見つめる先に自分も目を向ける。

 オーレリアの目にはその姿はハッキリとまでは見えなかったが、ぼんやりと黒い集団が地平線近くに見えた。

 間違いなく砂漠島から駆け付けた南ダニア軍の増援部隊だろう。


「来ましたね。我らにとって天使となるか悪魔となるか」


 そう言いながらオーレリアは後者の展開を想像せざるを得なかった。

 アーシュラからの連絡が途絶とだえている今、甘い期待は抱けない。

 そしてあれが敵の増援として加われば、もう統一ダニアに勝ち目はないだろう。

 劣勢れっせいは悲劇的に加速し、南ダニアの兵力に飲み込まれてこの東の防衛線は瓦解がかいする。

 そうなれば新都は陥落かんらくし、残るのは同胞のしかばねの山だ。

 オーレリアはクローディアに顔を近付け、彼女にだけ聞こえるように言った。


「クローディア。最悪の場合、撤退も視野に入れて下さい」


 その話にクローディアはまゆを潜める。


「撤退してどこへ行くというの? ダニアの街に戻る? 王国に背を向けたワタシたちを王が受け入れると思う?」

「しかしこのままでは……」


 苦渋くじゅうの表情を浮かべるオーレリアにクローディアは神妙な面持おももちで言った。


「オーレリア。打つ手がないのは分かるわ。でもワタシたちダニアは戦って生き抜いてきた一族よ。撤退してどこかの庇護ひごを受け、飼われるような暮らしをするなら、それは敗北と同じよ」


 そう言うとクローディアは前方で戦う兵たちをじっと見つめる。


「やっとこの新都に新たな生きる道を見つけられた。本家と分家の垣根を越えて協力し合う姿も見られるようになった。この暮らしを捨ててまた以前のような飼い犬の暮らしに戻るなら、ワタシは皆の期待を裏切ることになるわ。この新都はワタシが計画し、一族の皆を巻き込んだ。それなら皆の期待に応えるのがワタシの役目よ」


 そう言うとクローディアは椅子いすに腰を下ろす。

 その表情は至極しごく落ち着いていた。

 だが、ふと視線をめぐらせた彼女の目が大きく見開かれた。

 その表情にオーレリアはいぶかしげにたずねた。


「クローディア? どうされましたか?」


 そうたずねるオーレリアにクローディアは耳打ちする。

 その話を聞いたオーレリアがおどろいて背後を振り返ると、数百メートル先にある城壁の上に何やら1人の人物が立っているのが見えた。

 オーレリアの目にはハッキリとは見えなかったが黒い人影だ。


「あれは……」


 目をらすオーレリアのとなりでクローディアはハッキリとその人影を見定めていた。


「アメーリアよ。ブリジットよりも先にワタシをねらってきたみたいね」


 そう言うとクローディアは剣を手に立ち上がる。

 オーレリアはそれを押し留めようとした。


「お待ち下さい。クローディア。まだお休みは不十分です。今の体力ではアメーリアに……」

 

 だがそんなオーレリアの言葉をクローディアはさえぎった。


「オーレリア。今ここから見渡す戦場にいる同胞たちの中で、体力が万全な者なんていないわ。皆、疲れて傷付き、それでも戦っている。ワタシも同じよ。ああしてアメーリアの方から姿を現したのだから、ここを逃すわけにはいかない。戦局を逆転するために彼女を討ち取ることは絶対必要条件よ。体力が戻るまでのんびり休む時間はワタシには許されていないの」


 そう言うとクローディアは演台の上で剣をかかげ、声を張り上げた。


「これよりこのクローディアは黒き魔女アメーリア討伐とうばつの最終作戦に入るわ! 勇敢なる統一ダニアの同胞たち! ワタシがアメーリアの首を持ち帰るまで、持ちこたえて!」


 よく通るクローディアの声だが、怒号と悲鳴の渦巻うずまく戦場では遠くまでは届かない。

 だが、近くの兵たちが口々にクローディアの告げた内容を叫び、それがさざ波のように伝わっていくと、統一ダニア兵たちの間から歓声がき起こった。

 それを受けてクローディアは演台を後にする。

 そんな彼女にオーレリアは追いすがるようにして言った。


「ブリジットにはすぐに伝令を出し、駆けつけて下さるよう伝えます。ブリジットが到着するまで、どうかご無理をなさらず」

「ええ。ここを頼むわ。オーレリア。あなたも必ず生き残るのよ」


 そう告げるとクローディアは部下が用意した馬に颯爽さっそうまたがり、疲れて傷ついた体にむちを打って駆け出すのだった。

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