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第346話 『激戦区』

 新都東は防衛線をめぐる激戦区と化していた。 

 南ダニア兵たちが声を上げて、一斉に木造のやぐらの脚を押し始めた。

 それを受けて高さ5メートルのやぐらがグラグラと揺れる。

  

「おっ? おおおおっ!」 

「ち、ちくしょう!」


 グラリと揺れるやぐらの上で双子の弓兵ナタリーとナタリアは態勢をくずしてひっくり返る。

 同じやぐらに乗っている他の弓兵らも同様だ。

 彼女たちが乗っているのは射撃用のやぐらだ。

 今、そのやぐらの下を守っていた衛兵たちが、押し寄せる敵兵らに打ち倒され、やぐらは敵兵らによって押し倒されようとしている。


「く、くそっ!」

 

 グラリと大きく傾くやぐらから、数名の弓兵らが放り出されて落下する。

 ナタリーとナタリアはやぐらの上の柱につかまって必死に落下をまぬがれるが、それも限界だった。

 ついにやぐらは地面に向かって押し倒されていく。


「うおああああっ!」


 やぐらは完全に地面に横倒しとなって、土埃つちぼこりが舞う中に2人とも投げ出されていくのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 やぐらが1基、倒されるのを見たオーレリアは、すぐさま部下たちに命じる。


「敵に応戦しつつ、防衛線を50メートル押し下げよ。それからやぐらは全基、敵軍に向かって押し倒せ。敵に奪われるくらいなら押し倒してしまったほうがいい」


 そう言うとオーレリアは次に演台のすぐ傍に控えている部下に命じる。

 演台を後方に下げるように、と。

 クローディアとオーレリア、そして矢除けのために大盾を持つ衛兵数名の乗る演台の下には車輪がついていて、4頭の馬でそれを引いて移動できるようになっている。


「クローディア。場合によっては作戦本部に……」

「まだ戻らないわよ。兵たちが戦っているのにワタシが逃げ出してどうするの」


 そう言うクローディアの目には強い光が浮かんでいる。

 その光を見ていると、この劣勢も何とかなりそうな不思議ふしぎな気持ちにオーレリアはなるのだ。


(この御方は幼き頃からこうした目をされていたな。生まれながらに女王の気質があるのだ)


 オーレリアは頭を下げ、引き続き指揮しきる。

 敵軍の勢いは先ほどから変わらず激しいが、統一ダニア軍の防衛線も踏ん張っているため、敵軍の死者も増えてきた。

 だが、こうしてねばれるのも今のうちだろうとオーレリアは危惧きぐする。

 たがいに兵を消耗するこの展開では、時間がてばつほど絶対数が少ない統一ダニア軍が不利になる。


 5千人の兵で1万人を迎え撃つのと、千人の兵で5千人を迎え撃つのでは後者のほうが当然、全滅するのは早まる。

 兵が死に、兵力がけずられていく速度は徐々に加速していくのだ。

 このままいけば今日の夕方には統一ダニア軍は取り返しがつかないほど損害をこうむるだろう。


(考えたくはないが最悪の場合はクローディアとブリジットだけでも……)


 オーレリアは誰にも言わず、最悪の展開となった場合に備えて、脱出手段を用意していた。

 それは統一ダニア軍の敗北が決定的となり、新都が陥落かんらくするとなった場合に、クローディアとブリジットの2人をどこかに生きて逃がすという考えだった。

 この2人はダニアの象徴であり、たった2人きりになったとしても、その血を途絶とだえさせるわけにはいかないとオーレリアは考えている。

 そのため新都の外とつながる仮庁舎の地下通路に、2頭の早馬で引く小型の馬車を用意していた。

 いざというというはそれで2人を逃がせるように。


(2人の血筋は特別だ。共和国にでも亡命すればきっと手厚くかくまってくれるはず)

 

 もちろんこんな話にクローディアやブリジットが納得してくれるはずはない。

 しかしオーレリアは2人の女王を補佐する身として、最後の禁じ手であってもそれを選択肢の中から排除するわけにはいかなかった。

 なぜならオーレリアの頭の中ではいまだ勝利への明確な道筋が見えてこないのだ。

 盤上遊戯チェスで先読みを得意とするオーレリアにとってそれは敗北が確実であるということと同義であり、勝利の見えない戦いを指揮しきする辛苦が彼女をさいなむのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 射撃用のやぐらがいくつも押し倒されて地響きと土煙つちけむりが上がる中、ベラとソニアはグラディスを攻めあぐねていた。

 確かに今の状況だけを見ればベラとソニアが優勢に見える。

 だが2人はまったくそう感じていなかった。

 グラディスは2人の猛攻を防ぎ続けながらも息ひとつ切らさず、その動きはブレることなく、何よりも鋭い眼光でずっとベラとソニアを観察するかのように見つめ続けている。


 ベラとソニアは攻めているのは自分たちだというのに、まるでジリジリと追い詰められているかのような嫌な感じを覚えていた。

 グラディスの強さは何年も実戦と緻密ちみつ鍛錬たんれんを重ねて築き上げてきた賜物たまものだろう。

 その分厚い壁を短期間の集中的な訓練だけで破れるほど甘くはなかった。

 ベラもソニアも攻めながら徐々に疲れが見え始め、攻撃の精度が下がってくる。


 もちろんそれに気付かぬグラディスではない。

 グラディスは防御に徹しながらベラとソニアの攻撃を観察し続けていた。

 先ほどの爆発によって聞こえにくくなっていた耳はだいぶ元に戻ってきた。

 だがこうして防御している彼女も決して余裕ではない。


 若い2人の攻撃を前に自分も集中し続けなければ痛い目を見る。

 それほど油断の出来ない苛烈かれつな攻撃だった。

 前回ロダンで戦った時よりベラもソニアも確実に腕が上がっている。


(だがそれでも勝つのは私だ。アメーリア軍の将軍に敗北は許されぬ。それどころか苦戦する姿すら見せてはならぬのだ)


 グラディスは戦いながら周囲の状況を視界のはしに映す。

 やぐらは倒れ、弓兵らの鬱陶うっとうしい矢は飛んで来なくなった。


(頃合いだな)


 鼓膜こまくが傷付いたのか、耳の状態は万全とは言いがたいが、グラディスはそこで防戦一方から切り替えて打って出る。

 大剣をその場に放り出し、左右の腰に下げた2本の長剣を抜き放った。


「そろそろこちらの番だな」


 そう言うとグラディスは2本の長剣をたくみに操って、ベラとソニアに攻撃を加えていく。 


「くっ!」


 大剣とはまた違った細かく速い剣すじに、ベラもソニアも攻撃の手を止めて防御に回らざるを得ない。

 

「防戦一方というのはつまらん気分だろう? やはりダニアの女は刃を振るって敵を斬り裂く時が一番美しい。そう思わんか?」


 その言葉の通りグラディスはまるで楽しむかのように刃を振るい、一方で先ほどまでとは一転して守勢に回るベラとソニアはその攻撃を避け切れずに苦しい表情で傷を増やしていく。


「くそったれ!」


 そこでめぐらしくソニアが感情をき出しにして怒声を上げ、おのを短く持って前に出た。 

 攻撃よりも防御を前面に押し出す格好だ。

 その決死の覚悟をベラは読み取った。


(ちくしょう! 死ぬ気かソニア!)


 グラディスの振るう剣をソニアはおのを小刻みに振るって防ぎながら、距離を詰めていく。

 しかし接近し過ぎてソニアはグラディスの斬撃ざんげきを防ぎ切れずに、体中に傷を受けた。

 ダニアのよろいは機動性をかすために金属の防具は最低限、胸部と腹部を守るのみとなっており、残りの部分はかわの防具だ。

 

 その革鎧かわよろいがグラディスの剣で次々と斬り裂かれていく。

 ソニアがそんな無茶をするのは勝つためだ。

 寡黙かもくなソニアの背中が雄弁に語っている。

 奴を仕留めろ、と。

 ベラは迷いを振り払い、鬼の形相ぎょうそうで槍を握った。


(死んでも知らねえぞ! 馬鹿野郎!)

 

 そしてベラは足をドンッと強く踏み込み、ソニアの脇腹近くを目がけて最大出力で槍を突き出すのだった。

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