第337話 『稲光の中で』
雨の勢いが強まり、雷が近付いてきた。
稲光が夜明け前の大地を照らす。
「アデラさんに加勢する!」
ウィレミナはそう言うと護衛の女たち3人を引き連れてドローレスに向かっていく。
アデラが呼び寄せたヒクイドリの群れを用いても、獣女のドローレスを倒すことは出来なかった。
ヒクイドリはほぼ全滅し、アデラと共にいる1羽が残されているのみだ。
その1羽も深手を負って戦闘不能状態だった。
もはやこのままではアデラがドローレスに食い殺されるのを待つばかりだ。
アデラの能力は統一ダニアにとって貴重だ。
彼女を失うわけにはいかない。
だが、ここで自分たちが加勢に駆けつけたところで、彼女を救い出せるという確信がウィレミナには持てなかった。
(勝算は……ない)
懸命に走りながらウィレミナは内心でそう焦りを覚えていた。
自分を含めてここにいる4人で立ち向かっても、ドローレスに勝つことは出来ないだろう。
確かにドローレスもヒクイドリたちとの戦いで体のあちこちに傷を作り、その身にダメージを負っている。
それでも今の自分たちの中に、ドローレスを凌駕する者はいない。
(どうする? 今すぐ取れる手は……)
もしドローレスに接近して組み付くことが出来れば、手の打ちようはある。
仲間のうち1人あるいは2人が死を覚悟の上でドローレスに組み付き、相手の動きをほんのわずかでも止めることが出来れば、その隙に別の誰かがトドメを刺すことも不可能ではないはずだ。
だがそれは組み付くことが出来ればの話だ。
ドローレスの動きについていけなければ不可能だろう。
(だとすれば・・・・・・)
「アタシがあの獣女を引き付ける。その間に3人はアデラさんを救出して逃げろ」
そう言うとウィレミナは3人が驚いて抗議の声を上げるのを無視して、足を速める。
3人は護衛役であり、もしウィレミナを死なせて帰れば任務失敗を叱責されるだろう。
本来であればおまえたちが身を呈してウィレミナを帰還させなけれならないはずだ、と。
だがウィレミナは自分のために犠牲になれと3人に言えるほど傲慢ではなかった。
紅刃血盟長のオーレリアが自分に目をかけてくれていることは知っているし、自分も一族のためにこれからも役に立てる自負はある。
だからといって自分の命が彼女ら3人の命より重いとは思えなかった。
特にこうして戦場に立った以上、自分にも等しく死は訪れる。
だからこの状況を打開するためにウィレミナは自ら動いたのだ。
背後から追いかけてくる護衛の3人を引き離してウィレミナはグングン速度を上げる。
そして今にもアデラに襲いかかろうとするドローレスの気を引くべく、ウィレミナは大声を張り上げた。
「ドローレス! アタシの肉の方がうまいぞ!」
そう言うとウィレミナは2本の湾曲刀を振り上げ、アデラの横を通り抜けてドローレスへ襲いかかる。
だがウィレミナの振り下ろす湾曲刀をドローレスはやすやすとかわすと、腕を鋭く振り払った。
ウィレミナは足を払われて転倒する。
「うぐっ!」
ウィレミナは受け身を取って仰向けにひっくり返った。
そんなウィレミナにドローレスは迫ろうとする。
だが、それはウィレミナの望むところだった。
ドローレスの動きについていけなくとも、こうして相手から組み付いてくれるのならば、好機は自ずと訪れる。
(来い!)
倒れているウィレミナの喉にドローレスが手を伸ばす。
その手を狙ってウィレミナも手を伸ばした。
だが……ドローレスは何かを察したかのようにサッと手を引っ込め、後方へと下がる。
「なっ……」
「グゥルルルルル……」
予想外の展開にウィレミナは思わず面食らいながら即座に立ち上がる。
(読まれた? この女……本能のままに動くばかりじゃないのか)
自分の狙いが顔や視線に出てしまっていて、それをドローレスが察知したのだと思いウィレミナは思わず顔をしかめる。
そんなウィレミナの元に護衛の3人が追いついて声を荒げた。
「ウィレミナ! 馬鹿なことするな」
「アデラもそうだが、おまえが死ぬのも困るんだよ! アタシらに任務を諦めてオメオメと逃げ帰った臆病者の汚名を着せるつもりか!」
護衛の3人は怒りの表情でウィレミナをどやし付けると、ウィレミナやアデラを背に守って前に出る。
イーディスと戦った時と同様に3人が壁役として防御に徹する陣形だ。
だが、ドローレスは間違いなくイーディスより動きが速く、さらにはアデラやウィレミナは傷を負って体力を消耗している状態だ。
ドローレスを相手にするには心許なさ過ぎる。
(何とかアデラさんだけでも逃がせれば……)
ウィレミナはアデラをチラリと見る。
そんなウィレミナの意図を悟ったのか、アデラはヒクイドリの背に手を置き、首を横に振った。
手負いとなって走れないヒクイドリを見捨てていくことは出来ない。
そういうことだろう。
ウィレミナは難局を前に手詰まり感に悩みながら、それでも仲間たちに声をかけた。
「ドローレスを捕まえたい。組み付きさえすれば、全員でかかって何とか出来る」
それがいかに難しいことか、その場にいる全員が分かっていた。
そして敵は待ってはくれない。
「ウガウッ!」
ドローレスはその身に傷を負っているとは思えないほど精力的に動き回り、攻撃を仕掛けてきた。
そしてウィレミナたちがその身を捕まえようとしていることを察しているのか、ドローレスは先ほどまで以上に素早く動きながらも深入りはしてこない。
防御に徹する護衛の3人だがドローレスを捕まえることが出来ずに、攻撃を受けて傷付き体力を削られていった。
状況はジリジリと悪化するばかりだ。
そして……雨と風の勢いがさらに増し、雨粒が体に叩きつけられる。
雷鳴が轟いて、空気がビリビリと震えた。
ヒクイドリと共に状況を見守るアデラは思わず表情を歪める。
(最悪だ。これじゃ夜が明けても天雷を使うことが出来ない)
アデラがそう思ったその時だった。
空が大きく光ったかと思った瞬間、轟音と共に雷が平原を直撃した。
「うわっ!」
視界が真っ白になり、アデラは思わず隣のヒクイドリにしがみつく。
だが衝撃でアデラもヒクイドリも後方へ吹き飛ばされた。
「……うぅ」
地面から身を起こしたアデラは、すぐ近くに雷が落ちたのだと悟る。
ゆっくりと目を開け、アデラは目を細めて前方を見た。
すぐにその目が大きく見開かれる。
「……ああっ!」
見るとわずか数メートル先で戦っていたドローレスと護衛の3人、そしてウィレミナが大地に倒れていた。
全員、雷に打たれたのだと分かり、アデラは声を上げて彼女たちに駆け寄っていく。
だが、1人はすでに手遅れだと分かるほど、その体が黒焦げになっていた。
雷の直撃を受けたのは、護衛のうちの1人だった。
「そ、そんな……」
そしてその傍には護衛の残り2人も倒れていたが、共に両目を大きく見開いたまま、すでに息をしていない。
さらにその後方にはウィレミナが倒れている。
「ウィレミナさん!」
アデラはゾッとしてウィレミナの傍にしゃがみ込むと彼女を助け起こした。
すると目を閉じたままのウィレミナの胸が上下に動いている。
(よかった。まだ生きて……)
そう思ったその時だった。
再び雷鳴が轟き、稲光が辺りを照らし出す中、倒れていた者の1人がゆらりと身を起こしたのだ。
「グルルルル……」
起き上がったのはドローレスだ。
その目は爛々と輝き、アデラを見据えているのだった。




