第324話 『必死の抵抗』
「2人で協力すればワタクシにも対抗できると思った? 浅はかね。女王などと言ってもあななたちはまだ小娘なのよ」
そう言うアメーリアの苛烈な攻撃を前に、疲れ切って体力を失っているブリジットとクローディアでは長くは持たなかった。
2人で協力して互いを守り合おうとも、アメーリアの振るう刃は確実に2人の体をあちこち切り裂き、1秒ごとに傷は増えていく。
出血量も馬鹿にならなくなってきた。
息が切れ、視界が霞む。
「くっ!」
「ううっ!」
ブリジットとクローディアは必死に身を守りつつ、ジリジリと後退せざるを得なかった。
防御に徹する。
そう言えば聞こえはいいが、守勢に回らざるを得ないというほうが正しい。
それももう長くは持たない。
2人とも限界が近付いており、足に力が入らず膝が崩れそうになる。
「ハアッ!」
そしてついにアメーリアの剣圧に押し負けてクローディアが尻もちをついてしまった。
そのクローディアの両足首を狙って、アメーリアは身を低くすると地面スレスレで剣を横薙ぎにする。
だがブリジットが地面に剣を突き立ててこれを防いだ。
「させるか!」
「フンッ。甘いわよ!」
そう言うとアメーリアはパッと剣を放り出してブリジットの腹に思い切り前蹴りを食らわせる。
そしてブリジットの体が【くの字】に折れ、突き出た顎にアメーリアは思い切り下から拳を突き上げた。
「がはっ!」
どちらもまともに当たり、ブリジットは大きく宙に跳ね上げられて背中から地面に落下する。
(く、くそっ……)
すぐに起き上がらなければならないのに、ブリジットは自分の体を動かすことが出来なかった。
アメーリアの打撃をまともに受けて頭が激しく揺さぶられ、肉体と意思が切り離されてしまったかのように体が言うことを聞いてくれない。
一方のクローディアも激しく痙攣する足に力が入らず、立ち上がることが出来ない。
(ま……負ける)
(くっ……情けない)
2人は共に悔しげに唇を噛みしめる。
やはりここまでの戦いで傷付き疲れ果てた体では、たとえ2対1でもアメーリアを相手にすることは出来なかった。
「さあ、もういい加減にこの馬鹿騒ぎは終わりよ。勝つのはワタクシとトバイアス様。あなたたちの英雄譚はここでオシマイね」
そう言うとアメーリアはあらためて剣を拾い上げ、クローディアの前に仁王立ちで相手を見下ろした。
「まずはクローディア。あなたの両足の腱を切って立ち上がれないようにしてあげる」
そう言うとアメーリアはクローディアの肩を蹴りつけてうつ伏せに倒した。
そのままクローディアの足首の裏側を狙って剣を振り上げる。
その時だった。
空中から1本の矢が正確にアメーリアの頭を狙って飛んできたのだ。
「フンッ!」
アメーリアは何なく剣でその矢を叩き落とす。
だが矢は立て続けに連続で放たれ、闇夜の中でもアメーリアの首や胸を正確に狙った。
そしてアメーリアがそれを連続で叩き落としていると、周囲の兵の囲いを突き破って一騎の騎兵が飛び込んで来た。
「うおおおおおおおっ!」
猛然と鉄棍を振るいながらその場に現れたのはブライズだった。
ブライズは馬の背から大きく飛ぶと、大地を割らんばかりの勢いで鉄棍を振り下ろす。
アメーリアはそれをも剣で受け止めるが、ブライズの怪力で振り下ろされる鉄棍の衝撃に耐え切れずに剣がへし折れてしまった。
「チッ!」
アメーリアはすぐさま一度後ろに下がる。
だがブライズは止まることなく両手の鉄棍を振り回し、すさまじい勢いでアメーリアに迫る。
その腕前は確かだが、アメーリアはその動きを全て見切っていた。
(クローディアの従姉妹ブライズ。確かに相当な使い手だけれど、女王たちと比べると二段も三段も格下ね。物足りないわ)
アメーリアはブライズが繰り出す鉄棍を余裕でかわすと、彼女の腕に狙いを定める。
そしてもう一本、腰に帯びていた剣を抜き放った。
(まずは片腕を斬り落として……ん?)
その時、アメーリアは獣の臭いを感じ取った。
まるでドローレスのような臭いだ。
するとブライズの後方から数匹の獣が飛び出してきてアメーリアに襲い掛かる。
「チッ!」
アメーリアはその獣たちを容赦なく斬り捨てた。
地面に崩れ落ちて息絶えたその獣たちは黒熊狼だ。
さらに数頭の黒熊狼がブライズを守るように群がり、アメーリアを威嚇している。
そしてその後方からは十数頭の猿たちが寄ってきてブライズの周囲を固め始めた。
黒牙猿だ。
それを見たアメーリアは舌打ちをする。
「チッ。まるで獣の姫ね。邪魔する者は人だろうと獣だろうと斬るだけよ」
そう言うとアメーリアは猛然と獣たちに斬りかかる。
ブライズは獣たちを操りながら自身も前に出て必死にアメーリアと戦うが、やはり実力が違い過ぎた。
黒熊狼や黒牙猿たちは次々と斬り殺されていき、ブライズは怒りの声を上げて鉄棍をアメーリアに向けて振るう。
しかし自慢の怪力で繰り出される連続攻撃も、アメーリアにはまったく当たらなかった。
ブライズも分かっている。
アメーリアと戦うには自分では実力不足だと。
ブライズに出来るのはほんのわずかな時間稼ぎしかない。
だがその時間稼ぎは決して無意味ではなかった。
彼女が獣たちを駆使してアメーリアと戦っている間に、後方からウィレミナとベリンダを乗せた馬が駆け寄って来る。
それを見たブライズは声を張り上げた。
「ウィレミナ! ワタシが乗ってきた馬を使え!」
その言葉にウィレミナは即座に彼女の意図を理解した。
そして倒れているクローディアの元に駆け寄ると、馬から飛び降りて彼女を抱える。
「クローディア。こちらの馬に」
そう言うとウィレミナは傷付いたクローディアをベリンダの乗る馬に乗せた。
ベリンダは後ろからクローディアを右手で抱え込むようにして手綱を握りながらウィレミナに声をかける。
「クローディアのことはワタシに任せて。あなたはブリジットを」
「はい。ありがとうございます」
そう言うとウィレミナはブライズが乗ってきた馬に駆け寄り、その手綱を引きながら、倒れているブリジットの元へ駆けつける。
「ブリジット! 遅くなりまして申し訳ございません!」
「ウィレミナ。すまない。無理に切り込んだアタシのせいでこうなった」
そう言うブリジットを抱え上げ、ウィレミナは馬に乗せる。
そして自身もその馬の後ろに跨り、傷付いたブリジットを背後から支えた。
「どうか気を落とさず。その無茶な突破のおかげでここまでボルドさんに近付くことが出来ましたから。ここまで来たら何としてもボルドさんを救出しましょう。今、アデラさんたちが鳥を……」
そう言いかけたウィレミナは前方に目をやって思わず言葉を止める。
ブリジットも同じように前方を見つめて驚きの声を漏らした。
「あれは……」
ボルドのいる晒し台の上空に何か大きな鳥が複数羽舞っているのが見えたが、その光景は異様だった。
大きな鳥たちの脚から何やら長い縄のようなものが垂らされていて、そこに人がぶら下がっているのだ。
夜の闇の中なのでハッキリとは見えなかったが、その人物は赤毛を翻し、晒し台の真上からボルドの元へと向かって飛び降りた。
その姿を人並み外れた視力を誇るブリジットの目は確かに捉える。
「……アデラだ!」
どうやってあのようなことが出来たのかブリジットもウィレミナも分からなかったが、アデラがボルドを救うべく、晒し台の上に単身舞い降りたことだけは分かった。
「ウィレミナ! アデラに加勢するんだ! あそこまで馬を飛ばせ!」
「はい!」
傷付いたブリジットを後ろから支えながら手綱を握るウィレミナは馬を駆り、一路晒し台へと向かっていくのだった。




