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第320話 『炎の突撃』

 南の平原に展開された戦場から少し離れた場所に潜伏するアデラたち鳶隊とびたいの少人数部隊。

 彼女らからもよく見えていた。

 南門の方角から無数の篝火かがりびいて南進する味方の軍の様子が。


「ブライズ様の騎兵部隊が動き出しました。我々もボルド殿の救出作戦を決行します」


 アデラの言葉に鳶隊とびたいの皆はうなづき、静かに立ち上がる。

 彼女らは全員、やみに紛れて地にせて敵の動静を探っていたのだ。

 その中の1人が恨めしそうに頭上に広がるやみを見上げる。


「チッ。日が暮れ落ちていなきゃヒクイドリが使えたんだがな」

「仕方ないですよ。それに夜の方がこの作戦はやりやすい」


 そう言うアデラの肩には夜空から舞い降りて来たカラスが止まった。

 アデラが干し肉の切れ端を与えると、カラスはそれをうまそうについばむ。


「よしよし。ボルドさんを助けるために力を貸してね」


 そう言うとアデラは拳大ほどの小壺こつぼをカラスの脚にひもで結いつけた。

 それはカラスの脚の鉤爪かぎづめで簡単に断ち切れる程度の細さだ。

 それらはベリンダが事前に用意してアデラたちに持たせた物だった。

 アデラがその黒い羽毛におおわれた背を指でひとですると、カラスは小壺こつぼの取っ手を爪でしっかりとつかんで空へと飛び立っていく。

 やみ夜の中でも方角を間違えることなく、カラスは力強い羽ばたきで舞い上がって行くのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「オラオラオラオラァ! 道を開けろ!」


 ブライズは猛然と馬をり、鉄棍てっこんを振るって敵の騎兵らを蹴散けちらして進む。

 彼女のすぐ背後には妹のベリンダと、ウィレミナを乗せた2人乗りの騎馬がぴったりと寄り添っている。 

 さらにその背後からは無数の赤毛の兵士らが騎馬を走らせて突撃していた。


 突破力重視の統一ダニア軍は一本の槍のように縦に長い隊列を組んでひたすらに突っ込んで行く。 

 統一ダニアの女戦士らは皆、鬼気迫る表情で怒号どごうを上げながら敵陣へと切り込んでいく。

 全員が決死の覚悟で敢行する突撃だった。

 それもこれも自分たちの女王であるブリジットとクローディアを助け出すためだ。


 そのあまりの迫力に、これを待ち受ける南ダニア軍の女らは押され気味だった。

 1人また1人と仲間が打ち倒されていき、自軍の瓦解がかい危惧きぐした黒刃エッジの各部隊長らが声を張り上げる。


「密集陣形を作れ! 防御網ぼうぎょもうを厚くいて敵軍を弾き返すんだ!」


 指示を受けた南ダニア軍の騎兵部隊は密集し、敵の突撃を押し返そうとする。

 統一ダニア軍の先頭で奮闘するブライズは目の前の敵を次々と打ち倒すが、敵の壁が厚くなったために倒しても倒しても前に進めなくなった。 


「チッ! ウジャウジャと邪魔くさいんだよ!」


 だがブライズは熱くなりながらも、あせりを見せなかった。

 なぜなら彼女の背後には少々意地が悪いが頭の切れると妹と、才気煥発さいきかんぱつぶりを惜しげもなく発揮はっきする若き軍師がいるからだ。


「ベリンダ! ウィレミナ!」


 ブライズの合図を受けた2人はすぐさま次の一手を打つ。

 馬のくらに備えつけられた左右の矢筒やづつから特殊な形状の矢を取り出した。

 普通の矢よりも少し長めのそれは、やじりのすぐ下に拳大の小壺こつぼが結い付けられている。


 その小壺こつぼの中に含まれているのは引火性の強い油だ。

 それは先日、ブリジットひきいる騎兵部隊が、トバイアスの用意した新型投石機を破壊するために使われた強力な火矢である焙烙火矢グレネードだった。

 ウィレミナは今回の強行突破作戦にそれを採用したのだ。


「今回焼かれるのは投石機ではありませんけれどね」


 松明たいまつの火をやじりの先に付けられた着火用の紙にともすと、ベリンダは冷酷な笑みを浮かべてそう言った。

 火のついた矢を受け取ったウィレミナは弓に矢をつがえる。

 そして気合いの声と共に密集した敵部隊に対して焙烙火矢グレネードを放った。


「ハアッ!」


 空中で弧を描いた矢は正確に部隊長である黒刃エッジの女に向かう。

 女はそれを持っている槍で叩き折った。


「こざかしい!」

 

 だが、その衝撃で割れた小壺こつぼから油が飛び散り、引火したそれを黒刃エッジの女は頭からかぶってしまった。

 

「ぎゃああああっ!」


 頭を炎に包まれて悲鳴を上げる黒刃エッジの女は落馬して地面をのたうち回った。

 同様に騎兵部隊が次々と放った焙烙火矢グレネードが敵兵の頭上から降り注ぎ、同じように炎に包まれる被害者が続出する。

 夜戦ということもあり、敵兵部隊が多くの松明たいまつを持っていることも被害を拡大させた。

 あっという間に火は燃え広がっていく。


(まったく。おとなしい顔して恐ろしいことを考える子だわ)


 燃え盛る炎に包まれて阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図を展開する敵兵部隊を見ながらベリンダは、自分の目の前に座るウィレミナに内心で舌を巻いた。

 激しい突撃を仕掛ければ敵軍は密集陣形をいて壁を厚くしようとするだろうと予測したウィレミナは、そこにこの焙烙火矢グレネードを打ち込んで敵兵を焼き払うという苛烈かれつな作戦を提案した。

 敵兵を馬ごと焼き殺してしまうこの残酷な作戦だが、これをさらに拡大することにベリンダは躊躇ちゅうちょしなかった。


「さあ、あなたたちの出番よ!」


 炎で赤く照らし出された頭上の空には、いつの間にか無数の鳥が旋回している。

 それは夜鷹よたかではなくカラスたちだった。

 アデラたち鳶隊とびたいが放ったものだ。

 そしてベリンダは目を見開いて確かに見た。

 そのカラスたちが鋭い鉤爪かぎづめつかんでいる小壺こつぼを。


 カラスたちは炎に包まれる敵兵部隊の上空から、それらの小壺こつぼを次々と投下する。

 するとそれらは敵兵のかぶとよろいに当たって割れ、中に入っていた油が次々と舞い散った。

 途端とたんに敵兵たちを包み込んでいた炎がさらに勢いを増し、被害が広がっていく。

 文字通り火に油を注いだ格好だ。


「うぎゃあああああっ!」


 敵兵らが悲鳴を上げて大混乱におちいる中、ブライズは炎に巻かれぬように迂回うかいして敵陣に突っ込んでいく。

 追いすがる敵にはウィレミナらが焙烙火矢グレネードを浴びせかけて排除した。

 炎による大惨事によって敵陣は密集隊形を解いて散開し始めている。

 当然、突破はしやすくなった。

  

「行くぞ!」

 

 そう言うとブライズは甲高く指笛を鳴らした。

 そんな彼女を止めようと、炎の難を逃れた敵部隊が十数人で襲いかかってきた。

 だが、突如として地面をる無数の音が響いたかと思うと、暗闇くらやみの中からうなり声を響かせて無数のけものが姿を現した。

 四足歩行で大地を駆けて来るのは黒い毛並みを持つ大型のおおかみ黒熊狼ベアウルフたちだった。


 ブライズに襲いかかろうとしていた敵の騎兵らだが、次々と現れた黒熊狼ベアウルフたちが彼女らの乗る馬に襲いかかった。

 馬たちは悲痛ないななきを上げて必死に抵抗するが、獰猛どうもう黒熊狼ベアウルフたちは馬の進路をふさぎ、その牙やつめで傷を与えていく。

 馬たちは恐慌状態におちいり、馬上の騎手らを振り落として暴れ回った。


「うわっ!」

「うげえっ!」


 馬から落ちた敵兵らは武器を手に必死に立ち上がるが、そんな彼女らを取り囲む別のけものの影があった。

 それは黒熊狼ベアウルフらと同時に現れた、同じく黒い毛並みを持つ大型の猿、黒牙猿ファングエイプだった。

 黒牙猿ファングエイプたちは兵士を取り囲んで威嚇いかくし、鋭いつめ強靭きょうじんな腕力で攻撃を加えていく。


 こうしたけものたちの邪魔立てのせいで、敵兵はブライズに近付くことが出来ない。

 このすきにブライズたちは薄くなった敵兵の布陣を蹴散けちらして、いよいよ敵陣の中心へと切り込んで行く。

 ブライズは敵から受ける槍やほこなどの長柄の武器から馬を守るべく、両手に鉄棍てっこんを握り、それで敵の攻撃を弾き続けた。

 自分の腕や足を刃がかすめようとも痛みに耐え、決して立ち止まらなかったのだ。

 その結果……。


「クローディア! ブリジット!」


 その視線の先についに2人の女王たちの姿が見えて来たのだった。

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