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第318話 『再出撃!』

「お姉様。少し落ち着かれてはいかがですか? ウロウロとまるで黒熊狼ベアウルフかと思いましたわよ」


 ブライズの元を訪れてそういさめたのは妹のベリンダだった。

 彼女は左腕を負傷しているため、部隊の最後列にある移動式の作戦本部となる馬車に滞在していた。

 だが姉の窮状きゅうじょうを見かねて前線へと足を運んだのだ。

 ベリンダは妹の言葉に眉根まゆねを寄せる。


「ベリンダ。これが落ち着いていられるか。クローディアの危機だぞ」

「分かってますわ。でも確実に救出できる手はずを整えるまであせりは禁物です」


 そう言うベリンダのそばにはウィレミナが付いていた。

 作戦本部をオーレリアに任せ、彼女は負傷しているベリンダの補助役として同行しているのだ。

 ウィレミナはブライズに一礼する。


「ブライズ様。今、鳶隊とびたいのアデラさんがボルド殿の救出に向け、斥候せっこう任務を遂行すいこう中です。アデラさんの鳥使いの腕は確かですので、必ずうまくいくと信じましょう」

「そうですわ。その時に向けてお姉様は冷静に作戦に参加する兵を選別しなければなりません。救出作戦が上手くいくかどうかはタイミング次第なのですから、機が熟すのを待ちましょう。そんなにイライラせずともその時はすぐにやってきますわ」


 そう言うベリンダにブライズはわずかに冷静さを取り戻したのか、深く息を吐くのだった。


「ふぅぅ……分かったよ。ベリンダ」


 ☆☆☆☆☆☆


「ブリジット。交代よ」


 そう言うとクローディアは立ち上がる。

 ブリジットは結局、15戦目を戦い終えていた。

 合計で75人を斬ったことになる。


 熱くなりやすい彼女は、とらわれのボルドの姿が見える状況で、疲れや痛みも忘れて怒りのままに戦い続けた。

 おそらく今は体が興奮状態にあるので戦い続けることが出来るのだろうが、無理をすれば必ず後に響く。

 十分に休憩時間をもらったクローディアはそこで自ら交代を申し出た。

 ブリジットは返り血で顔を汚しながらフウフウと荒い息をついている。


「ほら。これで顔をいて休みなさい」


 そう言うとクローディアは腰のふくろから手拭てぬぐいを取り出して、ブリジットの顔に押し付けた。

 そしてくちびるの動きを隠すべく口元を手で隠して、ブリジットにささやきかける。


「もう少し短い間隔かんかくで交代にしましょ。8戦くらいで。ワタシもあなたも疲れ切ってしまうと、いざという時に動けなくなるわよ。少し余力を残しておかないと」


 クローディアの言葉にブリジットは息を整え、顔を手拭てぬぐいできながら、だまってうなづいた。


☆☆☆☆☆☆


「準備整いました。騎兵2400名。出撃可能です」


 部下の報告にブライズはうなづく。

 彼女の乗る騎馬のとなりにはひときわ大きな体を持つ馬が並び、その馬にはウィレミナとベリンダが乗っている。

 ウィレミナが前、ベリンダが後ろという2人乗りだった。


「ウィレミナ。作戦本部にいなくてもいいのか? おまえまでが前線に出ることはないんだぞ」


 そう言うブライズだがウィレミナは首を横に振る。


「指揮はオーレリア様がいらっしゃいますから大丈夫です。アタシは最前線で作戦に参加したいのです」


 この若さで紅刃血盟長オーレリアの補佐役に抜擢ばってきされるほどウィレミナは優秀な人物であり、いずれは統一ダニアを背負っていく存在になると目されている。

 前線に出て死ぬのはもったいないとブライズは思ったが、ウィレミナの考えは違った。


「アタシの養母であったユーフェミア様はブリジットの補佐として作戦立案を行う立場であったにも関わらず、度々(たびたび)最前線で雄々しく戦いました。現場を知らぬ者に指揮を振るうことは出来ないと母は常々言っていたのをよく覚えています」


 確かにウィレミナの言う通りだとブライズは思った。

 ウィレミナはなまじ優秀なため、今では周囲から将来有望な逸材いつざいとして期待されるようになっている。

 だが、だから戦場に出て命を落とすことを恐れるというのは、ダニアの女としてあるべき姿ではないとウィレミナは言っているのだ。


「死を恐れて前線に出ない者の言葉を、ダニアの女たちは聞くでしょうか」


 ウィレミナはそう言うと決然と口を引き結ぶ。

 その様子を見てブライズは意見を改めた。


「……そうだな。だが無駄むだに死ぬなよ。お前が死ねばオーレリアは残念がる。あいつも分家の政治に生涯をささげてきたような女で、子供がいないんだ。おそらくユーフェミアと同じような気持ちでおまえに接していたんだろう」


 その話にウィレミナはハッとした。

 オーレリアには良く目をかけてもらっている。

 それはそうした感情もあったのかと思い、ウィレミナはありがたく感じた。


「はい……決して無駄むだ死にはしません。作戦を成功させ、南ダニアの女たちを蹴散けちらして生きて戻ります。まだまだオーレリア様に教えていただかなければならないことが山ほどありますから」


 そう言うウィレミナの後ろで、ベリンダがすずやかな笑みを見せた。


「まあ、この子にはワタシが付いていますので、心配は御無用ですわ。お姉様」


 そう言うベリンダにウィレミナは意外そうな顔で後ろを振り返る。


「え? アタシがベリンダ様のことをお守りするものだと思っておりましたが……」

「生意気な子ね。片腕が使えなくてもあなたに守られるほどワタシ弱っていなくてよ」


 そう言うとベリンダは右手でウィレミナのほほをつねり上げるのだった。

 それから10分ほどが経過し、ブライズひきいる騎兵部隊の準備が整う。

 

「よし! 松明たいまつけ! 明かりを絶やすな!」


 ブライズの号令によって騎兵らの一部が松明たいまついた。

 片手で手綱たづなを握り、もう片方の手で松明たいまつを持つため、槍などの武器を持つことは出来ない。

 そうして明かりを確保するための兵士が必要になるため、実際に戦える者の数は限られる。

 夜戦では避けられないことだった。


 自軍の兵士たちのよろいに焼き付けられた赤い翼の模様が、やみの中で松明たいまつの光を受けてキラキラとかがやく。

 暗闇くらやみの中で光る特殊なキノコの胞子を溶かした塗料で描かれたそれらは、夜戦においても味方の存在を教えてくれる。

 夜の戦いを想定したベリンダの発案だった。

 それでもやはり昼間の戦いよりは圧倒的に視界が悪く、戦いにくさは避けられないだろう。

 

「月とは言わないまでも、せめて星が出ていれば少しは違うんだけど……」


 そう言うとベリンダは恨めしげに夜空を見上げた。

 どんよりと厚い雲におおわれた夜の空は、西の彼方かなたの雲間で青い稲光が見え隠れしている。


「ひと雨来るな。雨に降られると色々とまずい。早めにケリをつけるぞ」


 空を見上げながらブライズはそう言い、味方に号令をかける。


「これより救出作戦を開始する! 全員進め!」


 その号令に従い、騎兵たちは隊列を組んで夜の平原を走り出すのだった。

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