第314話 『女王への挑戦』
「今から我が軍の女たちが女王2人に挑戦する。見事、女王の首を取った者には将軍の地位を与えることをこのトバイアスの名においてここに約束しよう」
その話にその場がざわめいた。
金髪もしくは銀髪の女王に挑戦する権利を与えられる。
それはダニアの女にとって栄誉なことだ。
その結果として将軍職を得られるなら尚更だった。
だが普通に真正面から戦って勝てる相手ではない。
勝負にもならないだろう。
そんな戸惑いがその場に広がっていく。
それを見越してトバイアスはさらに大きく声を張り上げる。
「もちろんこの2人の女王を相手に戦って勝てる者はそこにいるアメーリアをおいて他にはいないだろう。だが1対1でないのならばどうだ?」
そう言うとトバイアスは女王との戦闘に条件をつけていく。
ブリジットあるいはクローディアのどちらかは必ず1人で戦うこと。
南ダニア軍は5人組で戦い、その中で女王にトドメを刺せた者に将軍職を与えること。
女王側は5人を退けたらそのまま次の戦いに臨むこと。
休めるのはどちらか一方が戦っている間のみ。
いかに実力差があるとはいえ、女王2人には絶望的な戦いとなる。
「誰も挑戦する者がいなくなった時は女王たちの勝利だ。その時は潔くこの情夫殿を解放し、女王お二人と共に新都に帰還することを許そう」
そう言うトバイアスを憎々しげに見つめてブリジットは声を荒げる。
「そんな話をアタシたちが信じるわけがないだろう。くだらん!」
だがトバイアスはそんなブリジットを見下ろして悠然とした態度で言った。
「信じようが信じまいがどうでもいい。貴君らは俺の言う通りにする他ない。ここで何か別の選択肢を見出せるか? そんなものは無かろう。ちなみに今この俺に危害を加えたら、その時はそこにいる彼女がボルドの首を切り裂いて殺す」
そう言うとトバイアスはボルドのすぐ傍にいるイーディスをチラリと見た。
イーディスはそんな話は聞いていなかったが、話を合わせて小刀をボルドの首すじに向ける。
「くっ……」
唇を噛んでトバイアスを睨みつけるブリジットにクローディアが歩み寄り、唇の動きを読まれぬよう口元を手で隠しながらブリジットだけに聞こえる声で囁いた。
「今、ブライズがワタシたちの救出のために準備をしているわ。時間を稼ぐために、ここはこの話に乗るしかない」
そう言うクローディアに、ブリジットも同じように口元を手で隠しながら言葉を返す。
「事前の打ち合わせ通り、アデラが奇襲をかけてくるはずだ。この状況は難局だが、あいつならやり遂げてくれるだろう。その時はアタシが多少の無理をしてでもボルドの元まで一気に駆け抜ける。おまえは援護を頼む」
クローディアにそう言うとブリジットはあらためてボルドを見た。
100メートルほど先の晒し台だが、愛しい男の顔をブリジットはハッキリと見て取れる。
彼も彼女を見つめていた。
その顔は申し訳なさそうであり、彼の心情は容易に理解できた。
迷惑をかけてしまったと思っているのだろう。
ブリジットはこんな状況であるというのに、思わず優しく微笑んだ。
(そんな顔をするな。すぐに助けてやるからな。ボルド)
一方、クローディアも同じようにボルドを見つめた。
彼の視線がブリジットに向けられていることに胸がチクリと痛んだが、ボルドは自分にもすぐに優しい視線を向けてくれた。
彼はやはり申し訳無さそうに表情を曇らせている。
その表情を見たクローディアは自身の慕情を胸の奥底にしまい込み、とにかくここは彼を救い出すことだけを考えた。
ボルドの露わになっている上半身は痛ましくも傷だらけであり、拷問を受けたことがありありと窺える。
ブリジットもクローディアもその胸に激しい怒りが湧き起こり、互いに視線を交わし合った。
「あいつをあんな目に合わせた者たちには必ず報いを受けさせるぞ」
「ええ。もちろんよ。ただでは済ませないわ」
そう言うとクローディアは2本の剣を鞘から抜き放つ。
「とりあえずワタシがしばらくは躍るから、あなたは少しでも体を休ませて。しんどくなったら目で合図するから」
そしてクローディアは2本の剣を両手に握り締めて前に出る。
ブリジットはクローディアにその場を任せ、地面に座り込んだ。
先ほどから続く戦いで体には疲労が蓄積されている。
クローディアは時間稼ぎと言うが、騎兵部隊の馬たちは給餌と睡眠で3時間ほどは休ませなくてはならないだろう。
(夜になるな……)
敵は同じダニアの女たちだ。
区別のために統一ダニア軍は鎧に赤い翼の意匠を焼き付けているが、夜になるとそれが見にくくなる。
そうなると敵味方の判別がつきにくく同士討ちの危険性があるため、乱戦は避けるべきだ。
(ブライズの救援はアテに出来ないと思ったほうがいい)
そう肝に銘じ、ブリジットはクローディアの戦いを見守る。
一方、女王たちが自分の提案に乗って来るのを見たトバイアスは満足げに目を細めた。
そんなトバイアスの元にはアメーリアがいつの間にか戻っている。
「まずは分家のクローディア殿か。さあ誰が最初に彼女の首を取る? 早い者勝ちだぞ!」
その言葉に威勢の良い若い戦士らが5名、前に出た。
皆、勝ち気な表情の者ばかりだ。
先ほどのブリジットの強さを目の当たりにしてもなお、怖気づくことなくクローディアに挑戦する。
元よりこの戦場に出て来た時点で皆、命を捨てる覚悟は出来ていた。
こうして衆目の前で己の武功を示すことが出来るなら、たとえ命知らずな挑戦だとしてもやる価値は大いにある。
それがダニアの女の気質であり、トバイアスはそれをよく知っていて利用しているのだ。
今、クローディアの目の前には5人の屈強な戦士らが目をギラギラさせて武器を手に立っている。
全員、小柄なクローディアより20センチは背の高い大柄な戦士ばかりだ。
だが、たとえ1対5でもクローディアなら問題はないだろう。
そう思うブリジットの視線の先、敵の5人の中でも、もっとも鼻息の荒い1人の女が先陣を切ってクローディアに襲い掛かった。
「クローディア! 死ねぇぇぇ!」
だが相手の戦士の渾身の一撃をクローディアは紙一重で避けると同時に、2本の剣を一閃させる。
すると女の胸が斬り裂かれ、その首が飛んだ。
ほんの一瞬の出来事に残り4人の女たちが一瞬、動くことも出来ずに息を詰まらせる。
クローディアの動きを見たブリジットは、彼女がこの戦いを長丁場になると踏んでいることを理解した。
クローディアの脚力があれば、もっと楽に避けることが出来たはずだ。
それこそ一瞬で相手の背後に回り込むことだって可能だろう。
それをしないということは、体力の消耗を極力避けようという意図があるのだ。
「4人同時にかかってくることをオススメするわよ。少しでも勝つ確率を上げたいでしょ?」
そう言うとクローディアは残った4人の女たちに手招きをしてみせる。
「ナメやがって!」
激昂した女たち4人が各々の武器を手に、クローディアに襲いかかるが、結果は同じだった。
首と胴の離れた遺体が4つ増えただけだ。
クローディアの凄まじい腕前に、周囲の観衆からは戦慄のどよめきが巻き起こる。
だがそこでトバイアスは間髪入れずに声を張り上げた。
「次! 次の挑戦者はいないのか?」
その言葉に数名の血気盛んな女たちが名乗り出る。
だがクローディアは鋭く剣を振り回すと、余裕の笑みを浮かべながらその女たちに剣の切っ先を向けて言った。
「まだまだ暴れられるわよ。かかって来なさい」




