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第306話 『ウィレミナの発案』

「ボルド……」


 ブリジットは今は誰もいない避難室で、ボルドが残した荷物の前に1人しゃがみ込んでいた。

 彼女はここでボルドが使っていた毛布を引き寄せると、それを胸に抱き締める。

 間違えるはずもない彼のにおいがした。

 寝床でいつもブリジットを安心させてくれる愛しい男のにおいだ。


 彼は再び敵の手に落ちてしまった。

 それも今度は最悪の相手だ。

 今、ボルドがどのような仕打ちを受けているのかと思うと、ブリジットは胃が高熱のと化したかのように熱くなるのを抑え切れない。


「アメーリア。貴様は絶対に許さん。必ず貴様からボルドを取り戻し、この報いは死をもってあがなわせてやる」


 うなおおかみのような表情でブリジットはそう言うと、ボルドの荷物を自分の手でまとめた。

 自分の天幕に持っていくためだ。

 この作業だけは他の誰にもさせたくなかった。

 その時、彼の毛布のすぐそばからほんの小ぶりな小刀が出てきた。


 ブリジットはそれを握ると苦い表情を浮かべる。

 現在は新たな仮の避難所に身を寄せている小姓こしょう2人から、包み隠さず全てを打ち明けられた。

 ボルドにこの小刀を渡したことと、それが万が一の時のための自害用であることを。

 もし敵の捕虜ほりょにはなるのであれば、その前に自害するという話をボルドにしたと聞いた時、ブリジットはたまらずに小姓こしょうらを怒鳴りつけそうになった。

 だがボルドが小姓こしょうらの命を救うために敵の捕虜ほりょとなったと聞き、その怒りを胸の奥に飲み込んだのだ。


「死んでは全てが終わってしまう。たとえ屈辱くつじょくを受け泥水どろみずをすすろうとも明日へ生きてこそ、相手にやり返すことが出来るんだ」


 ブリジットはそう言って小姓こしょうらをさとした。

 彼らもブリジットの名誉めいよを重んじての忠義ゆえの行動だったが、ブリジットはたとえ汚されてもボルドに生きていて欲しいと心の底から思うのだ。

 もう二度と彼を失いたくない。


「ボルド。希望を捨てずに生き延びろ。必ずアタシが迎えに行くからな」


 そう言うとブリジットは小刀をさやに収めて自分の腰帯に差し、その場を後にした。


 ☆☆☆☆☆☆


「本来であればアタシとクローディアが東に加勢に向かうべきだ」


 ブリジットは緊急招集された軍議の席でそう言った。

 作戦本部には今、女王2人とオーレリア、ウィレミナの他に2人の女が同席している。

 クローディアの従姉妹いとこであるブライズとベリンダの姉妹だ。

 ベリンダはアメーリアにやられた左腕に痛々しい包帯を巻いている。

 まだ動かすことは出来ないようだ。


「でしょうね。東の戦況は徐々に押されてきているわ。総力を持って当たらなければ数日のうちに突破されてしまうかもしれない」


 クローディアの言葉にその場の一堂は厳しい表情を見せる。

 なぜならすぐにそうすることは出来ないことを皆が知っているからだ。

 今、敵は東だけではない。


 南門の前にトバイアスひきいる軍勢およそ3500名が陣取っている。

 そしてそこにはあの黒き魔女アメーリアが控えているのだ。

 アメーリアに対抗できるのはブリジットかクローディアしかいない。

 ゆえに2人を東に向かわせるわけにはいかないのだ。


「お聞き下さい」


 そこで話を切り出したのは、この中で一番若いウィレミナだった。

 皆の注目を受ける中、彼女は臆さずに自身の考えを話す。


「数で不利なこちらはとにかく局所的に兵を集中させ、各個撃破に努めるべきです。東の防衛戦はまだ2日は持ちこたえることが出来るはずですから」


 そう言うとウィレミナはブリジット、クローディアと順に視線を向け、話を続ける。


「トバイアスのねらいはブリジットとクローディアのお2人を引き付けておいて、東の前線に立たせないようにすること。ならば逆にその策に乗ってやりましょう。ただし向こうが予想するよりも大きく乗ってやるんです」


 ウィレミナの話に皆、きょを突かれたような顔を見せたが、彼女の説明を聞くうちにその大胆なやり方に全員がおどろきながらも笑みを見せるようになった。

 だが当のウィレミナだけは微塵みじんも表情をゆるませることなく厳しい顔つきで言う。


「はっきり言って捨て身の作戦でもあります。東の戦線が持ちこたえているうちに決着をつけなければなりません。失敗すれば東も南も共倒れになる恐れがあります。すなわち、我らは敗北と新都陥落を余儀なくされるでしょう。ただアメーリア及びトバイアスを討ち取れるなら、この作戦にはやる価値があります」


 ウィレミナはきっぱりとそう言いきる。

 その言葉を聞いたブリジット及びクローディアはたがいに顔を見合わせてうなづき合うと、ウィレミナの案を即決した。


 ☆☆☆☆☆☆


 ダニア新都の南門の前には多くの部隊が集結していた。

 統一ダニア軍の兵士たちだ。

 その数およそ4千人。

 現在、東の防衛戦で戦っている5千人を除くほとんど全ての兵力が集まっている。


 そのため北門、西門やその周辺にはもう本当にわずかばかりの兵しか残っていなかった。

 そしてこの場にはブリジット、クローディアの2人のみならず、紅刃血盟長のオーレリアとその補佐ウィレミナ、そして銀髪姉妹のブライズとベリンダもそろっている。

 この厚い布陣はウィレミナの発案だ。


 他の守りを手薄にしたため、万が一にでも北門や西門から攻められたら、防衛は城門と城壁のみに頼ることになる。

 だが見張りやぐらで周辺監視任務にあたるとび隊のアデラからの最新の情報では、南門と東地区以外に敵の姿はなく、遠くから近付く軍勢の姿もないとのことだった。

 それを聞いてウィレミナは思い切って兵をかき集めたのだ。


 ここでトバイアス軍を叩き、アメーリアとトバイアスを討ち取り、人質となっているボルドを奪還する。

 そのためには兵力をここに大きく投入するのが最も効果的というウィレミナの考えにブリジットもクローディアも賛同してくれた。

 ウィレミナもオーレリアもここに同席し、作戦本部そのものをこの南門へ移動させたのは彼女の本気の証拠だ。

 統一ダニア軍は一気に勝負に出た。


 一方、南門から見下ろす数百メートル先にはトバイアス軍が布陣している。

 その数はこちらよりわずかに少なく3500名ほどだ。

 兵力の上ではやや統一ダニア軍が優勢だが、敵軍はボルドを人質に取っている。

 それで揺さぶりをかけてくる可能性は少なくないだろう


 だが、こちらには女王2人のみならず、2人に次ぐ実力者である銀髪姉妹もいる。

 さらにブライズが準備している黒熊狼ベアウルフが数十頭。

 そして黒牙猿ファングエイプが100頭余り。

 これらのけものたちが収められたおりが南門の近くには用意されていた。


「ウィレミナ。ワタシはあまり戦力になれないわよ」


 ウィレミナが作戦を告げた時にそう言ったのは、左腕を負傷しているベリンダだ。

 確かに彼女の戦闘能力は半減しているだろう。

 だがウィレミナが彼女に期待しているのはそこではない。


「ベリンダ様の知識と智謀をアテにさせていただきたいのです」


 そう言うウィレミナの言葉にニヤリと笑みを見せ、ベリンダは部下たちに命じて自身の天幕から物資を大量に持ってこさせた。

 それらを見たブリジットは顔をしかめた。


「おい、毒物のたぐいを使うのはいいが、絶対にボルドを巻き込むなよ」

「心得ておりますわ。ブリジット」


 そう言ってうやうやしくこうべれるベリンダにうなづくと、ブリジットはきびすを返して背後を振り返る。

 そこには見張りやぐらから降りて来たとび隊のアデラが立っていて、ブリジットの前にひざまずいている。

 ブリジットが彼女を呼んだのだ。


「ブリジット。とび隊のアデラ。ただいま参上いたしました」

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