第305話 『再びの拷問』
「トバイアス様。そのようなことは自分でやりますわ」
湯煙で満ちた湯浴み用の天幕の中、一糸まとわぬ姿となったアメーリアは居心地悪そうにそう言った。
そんな彼女の髪を湯で洗っているのは同じく一糸まとわぬ姿となったトバイアスだ。
「このくらいさせろ。おまえは自分の自慢の黒髪を不本意ながら赤く染めてまで情夫ボルドの身柄を手に入れるといった大仕事をやってのけたんだ。俺はおまえのことがかわいくて仕方がないぞ。アメーリア」
「トバイアス様……」
赤く染まっていた髪の毛は彼女本来の黒髪に戻っていくが、アメーリアの頬は赤く染まっていた。
トバイアスはそれからアメーリアを労うようにその体を隅々まで洗い、甘い言葉を囁やき続ける。
そして2人は互いの体を貪るように睦み合った。
トバイアスはいつにも増して情熱的にアメーリアを抱き、アメーリアもここまでトバイアスと離れていた、たった数日の間にたまった情念を噴き上げるかのように、天幕の外まで聞こえるのも構わずに嬌声を響かせるのだった。
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「トバイアス様。あの坊やを使ってブリジットをおびき出すのですね?」
事を終えて体を拭きながら服を着るアメーリアは、上裸のまま葡萄酒の杯に口をつけるトバイアスの背中にそう声をかけた。
「ああ。東の攻防は十中八九グラディスが勝つだろう。だが、もしブリジットとクローディアの2人が東の防衛戦に加勢したら、どうなるか分からん。女王が加わるとダニアの女たちはいつも以上に士気が上がるからな。劣勢を押し返してくるかもしれん」
「それを防ぐために女王の両方あるいはどちらかだけでもこちらに引き付けておきたいというわけですか。そのための情夫君ってわけですわね」
染料を落とした黒髪を厚手の布で拭きながらそう言うアメーリアに、トバイアスは笑みを浮かべて頷いた。
「だが、ボルドだけでは弱い。ブリジットがボルドを見捨てる判断は十分に考えられる。むしろ全てをかなぐり捨ててボルドのためだけに出陣してくるようならば、愚かな女王と言わざるを得ないな、それはそれで面白いが」
「ではトバイアス様はもう一手を仕掛けると?」
面白がるようにそう尋ねるアメーリアに、トバイアスは自分が飲んでいる葡萄酒の杯を手渡した。
「ああ。こちらからも打って出る。我が部隊の先頭に傷付いた哀れな情夫殿を捕虜として神輿に乗せる予定だ。そのために今、イーディスにボルドをかわいがってもらっているわけさ」
トバイアスの話を聞きながらアメーリアは彼から受け取った杯に口をつけた。
得意げに自分の考えを話して聞かせる時の彼の無邪気な顔がアメーリアは好きだった。
「この作戦の肝はブリジットをこちらに引き付けておくことだ。だから我々も本気で南門を攻めるぞ。もしブリジットが政治的判断で東に向かうのならば、いつでも南門に攻め込むという姿勢を崩さない。そうすれば結果としてブリジットを南門に釘付けに出来る可能性が高くなる」
そう言うと満足げな笑みを浮かべつつ、トバイアスはふと何かを思い出したような顔を見せた。
「そういえば……ドローレスが戻っていないぞ。南門の攻撃時には彼女にも活躍してもらおうと思っているんだが……」
そう言うトバイアスにアメーリアは平然と告げる。
「久々の自由なのであちこち走り回っているんだと思いますわ。ここのところ檻に入っている時間が長かったから。飽きたらワタクシのところに戻ってきますわよ。多分今日中くらいには」
そう言うとアメーリアは葡萄酒を飲み干してトバイアスに歩み寄る。
「今日くらいはトバイアス様と2人きりでいたいですわ」
そう言うアメーリアをトバイアスは抱き寄せる。
「そうだな。戦と名誉ばかりでは疲れてしまう。俺とおまえの進む道は血と花の両方が必要だ」
トバイアスはアメーリアの唇に自らの唇を重ね、アメーリアは深い口づけを歓喜の思いで受け止めるのだった。
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「うっ……ううっ」
薄暗い天幕の中に蝋燭の明かりが揺れ動く。
その部屋の中に響き渡るのは、ボルドの苦痛に呻く声と、鞭が肌を叩くビシッという音だった。
イーディスが黒い短鞭でボルドを責め始めてから、もうすぐ一時間が経過しようとしていた。
イーディスはアメーリアから命じられていた。
ボルドを適度に痛めつけろと。
殺すのはもちろん禁じられているし、五体満足でいさせること、顔は傷付けないことが条件とされているが、それ以外は好きにしていいと言われていた。
その意図をイーディスは理解している。
ボルドに傷をつけてブリジットへの見せしめにするのだろう。
自分の情夫がそこまで傷付けられているのであれば女王のメンツに関わってくる。
ブリジットをおびき出せるかもしれない。
(まあ、そんなことを考えるのはアメーリアではなくトバイアスでしょうけどね)
そうした思惑の為の演出をするのがイーディスの役目だ。
最初は適度に遊ぶつもりだったが、ボルドの反抗的な態度が彼女の心に火をつけた。
「ホラホラ。その綺麗な肌が真っ赤になっているわよ。もっといい声で鳴きなさい。そしたら少しは手を抜いてあげるから」
そう言って嬉々とした顔でイーディスは短鞭を振るう。
「くっ……うぅ」
だがボルドは必死に歯を食いしばり、叫び出さないように堪えていた。
彼の美しい肌は胸や腹に幾筋もの赤い線が走り、熱を持ったように赤いミミズ腫れになり始めていた。
イーディスは彼の背後に回ると背中や肩、腰にも鞭を浴びせていく。
ボルドの美しい体が赤く傷ついていき、彼がその顔を真っ赤にして痛みを堪えているのを見るうちにイーディスは次第に鞭を打つ自分の手が熱を帯びていることに気付いていた。
彼女はめずらしく興奮していたのだ。
自分に夢中になっている男と交わる時でさえ、彼女はどこか冷めていたのだが、今回は自分の胸が熱く昂ぶっているのを彼女は感じていた。
女王の情夫を痛めつけられる優越感と、痛みを受けても簡単には心を明け渡そうとしないボルドを屈服させたいという気持ちがイーディスを燃えさせているのだ。
イーディスは自分が息を弾ませているのを気取られぬように呼吸を整えながら、鞭を一度その場に放り捨てる。
そして近くに置かれた水差しを手に取ると水を飲み、口に含んた水を飛沫のようにボルドに吹きかけた。
「どう? 体が熱くなってきたでしょうから、水が気持ちいいでしょう?」
そう言うとイーディスはボルドの黒髪の上から水差しの水をかけた。
水がヒリヒリと肌に沁みて痛むが、それでもボルドは無言で耐えている。
「まだまだこんなものじゃないから。お楽しみはこれからよ」
そう言うとイーディスはボルドの赤く腫れた肌に指を這わせる。
「くっ……」
ボルドは歯を食いしばって耐えるが、イーディスがその肌にグッと爪を立てると、堪え切れずにボルドはとうとう苦痛の声を漏らした。
「くあっ!」
爪が肌に突き刺さり、血が滲む。
イーディスはニヤリと笑うと、指に付いた血をボルドの胸に押し付けた。
「ほら。返すわ。この血もブリジットのものなんでしょ?」
そう言うとイーディスは机の上に置かれた数々の拷問具を順に手に取り、愉悦の表情を浮かべる。
「爪を剥がす。歯を抜く。指の関節を潰す。肌を焼く。針を眼球に突き刺す。なんていうのもあるわよ。どれも痛そうね」
イーディスはその顔に嗜虐の笑みを浮かべながら、再びボルドに歩み寄っていくのだった。




