第210話 『進軍する赤き波』
王国領の南部最大都市ロダン。
公国との国境付近にあるこの街の人口は3万人ほどであり、そのうち8000人が兵力として常時この街を守っていた。
国境を挟んで東側に位置する公国が南部から攻め込まんとする場合の、守りの要衝となるべきこの街には、王都から予備兵力として2000人が追加配置され、合計1万人が防衛に当たっていた。
だが、そのロダンはたった一夜にして陥落した。
その夜、街の中に突如として漆黒の鎧をまとった兵の一団が出没したのだ。
それ自体は数も300人そこらだったのだが、剣や矢を受けても平然と突き進む一団に街中の警備兵たちは苦戦し、外壁防衛に当たる兵たちの一部を投入してようやく敵を鎮圧した。
だが、その混乱によって生じた隙がこの街に致命傷を許すことになる。
その後、押し寄せる赤き波への対処が遅れたのだ。
現れたのは公国軍の旗を掲げた赤毛の女の大軍勢だった。
ロダンの防衛兵力よりも数の多い赤毛の女たちは、縦に長い陣形を作り、まるで一本の槍のように街を南側から襲ったのだ。
一点集中突破の勢いに押されて、外壁の門は破られ、街中に侵入を許すと、もうそこからは一方的だった。
赤毛の女たちは次々とロダン兵を殺戮し、戦えない老人や女子供は次々と北側の門から街の外へと逃げ出した。
赤毛の女たちはそれを無視して、敵兵の殲滅に集中した。
捕虜にするつもりもない。
戦意を失って投降の意思を示した敵兵すらも、赤毛の女たちは容赦なく殺し尽くした。
その先頭に立っていたのはどんな男よりも高い背丈と筋肉質の巨体を持つ、人間離れした女戦士だった。
彼女がこの部隊を率いる将軍だ。
「グラディス将軍。敵将を討ち取り、敵勢力の指揮系統は瓦解しました。ここからは敗残兵らの掃討作戦に入ります」
「よくやった。地下水路からの死兵どもの侵入が効いたな。街の外に出た敵は深追いするな。奪った街の守りを固めることに集中せよ」
側近の部下からの報告を受けてすぐさま次の指示を出すのは、砂漠島出身のダニアの中でも比類なき大きな体を持つグラディスという女だった。
将軍の地位は彼女の主である黒き魔女アメーリアより与えられている。
グラディスは厳しい顔付きで周囲を見回しながら、側近の部下に命じた。
「もうすぐアメーリア様が御到着なさる。その前に敗残兵を1人残らず炙り出せ」
☆☆☆☆☆
ロダンの街は血と焦げ臭い煙の臭いが漂っていた。
戦が終わった後の臭いを感じながら、アメーリアは街の中を歩き続ける。
公国の都から早馬を飛ばしてここまでやって来た彼女は、街の有り様に満足げに笑みを浮かべた。
あちこちに王国兵たちの死体が転がっている。
そして敵兵と思しき若い男たちが、赤毛の女たちに抱え上げられて建物の中に連れて行かれる。
ダニアの女たちにとって勝利の後の褒美ともいえる戦利品は、金、貴重品、食料、そして……男だった。
生き残った敗残兵のうち若い男らは、身ぐるみを剥がされ、ああして建物内に連れ込まれる。
そこでは何十人もの女たちが舌舐めずりをして待ち受けているのだ。
彼らは媚薬で強制的に奮い立たされ、精根尽き果てるまで彼女たちの性欲解消の相手をさせられる。
すでにあちこちから男に跨る女たちの嬌声が聞こえてくる。
哀れな男らは恐らく、順番を待てない女たちに体中に吸いつかれて、身動きも取れない状況だろう。
跨る女が達すれば、すぐに次の女が跨って来る。
息付く暇もなく、媚薬を局部に延々と塗り込まれて、萎えることすら許されない。
そこに甘美さなど欠片もなく、戦に敗れた男たちは赤毛の女たちの性のはけ口としてひたすら消費され尽くすのだ。
女たちはもはや我を忘れて快楽を貪ることだけに集中していることだろう。
アメーリアにはそのことを咎めるつもりは毛頭ない。
それがダニアの女だからだ。
ああして発散することで士気が高まり、次の戦への意欲が掻き立てられるのであれば、大いにやればいいと思う。
だが、今だけは女たちの喜びの声が忌々しく、アメーリアは苛立ちのまま敵兵の死体を蹴り飛ばした。
なぜなら、あれから一度もトバイアスに抱かれていないからだ。
その事実がアメーリアを苛立たせていた。
砂漠島に絶対の王として君臨していた頃、アメーリアにとって男は望めば好きなだけ抱けるものだった。
実際、彼女は年間に何百人という男を味わい尽くして来た。
だが、今は男を抱く気になどなれなかった。
なぜならトバイアスという男の味を知ってしまったからだ。
あれだけの狂気を孕んだ男を知ってしまったからには、もう他の男と関係を持つ気にはなれなかった。
トバイアスだけがアメーリアにとってこの世でただ一人、狂おしいほどに欲しい男なのだ。
(もっと……もっと戦果を上げなければ、トバイアス様はワタクシを抱いて下さらない)
そう思い唇を噛みしめながら歩くアメーリアの前方で、大きな女が待ち受けていた。
その女はアメーリアの姿を見つけると、歓喜の声を上げる。
「アメーリア様!」
待っていたのはアメーリアの腹心の部下であるグラディスだった。
砂漠島でアメーリアが見出した有能な女だ。
グラディスはその大きな体を折り畳むようにして、アメーリアの前に膝を着くと頭を垂れる。
「皆、随分とお楽しみのようね。グラディス」
「お見苦しい限りで申し訳ございません」
「構わないわ。前の漁村では若い男はロクに見繕えなかったのでしょう?」
その言葉にグラディスは苦笑した。
先日占拠した漁村の若い男らは一晩中、何十人もの女の相手をさせられ、夜が明ける頃にはもう指一本すら動かせないほどのボロボロの裸体を晒して、地面に横たわる有り様だった。
まるで出汁を取り切った後の、干からびた煮干しのような姿だっただろう。
それでもこれだけの数の女たちを相手にすることなど出来ず、あぶれた女たちからは不満の声が上がった。
それゆえ、グラディスも女たちが掃討作戦で敵を殺さずに捕獲することを黙認したのだ。
戦で勝利したからには、彼女たちには褒美が与えられてしかるべきなのだから。
「こざかしいクライドの首です」
そう言うとグラディスは袋に入れた首をアメーリアに差し出した。
アメーリアは袋を開けると、すでに腐敗が始まっているそれを平然と取り出した。
異臭が立ち込めるのも構わずに、その首を目の前に掲げて黒き魔女は禍々しい笑みを浮かべた。
「クライド。哀れな姿ね。馬鹿な男」
そう言うとアメーリアは首を袋にしまった。
「よくやってくれたわね。グラディス。遠路はるばる御苦労さま。ワタクシたちでこの大陸を乗っ取るわよ。まずはその第一歩ね。存分に働いてちょうだい」
「はい。仰せのままに。アメーリア様」
大陸の南に入り込んだ赤き波は、病が少しずつ体を蝕むかのように大陸を赤い血と戦火に染めていこうとしていた。




