1.エースデバッカーの日常
カチッ…カチッ…
時計秒針が鳴り響いている。この部屋は緊張感に包まれていた。
残り5秒前。4、3、2、1───。
秒針が12を差して、18時ジャストになった。
小部屋の上役席に座る女性は、息をついた。
「メンテナンス終了よ。皆、今バージョンもお疲れ様。次のバージョンも頑張りましょう」
「やっったぁー!」
男達の歓喜の声があがる。他のチーム、まだ仕事中だし、うちの所も定時まであと1時間あるからね…?
業務中にも関わらず、喧しい声に溜め息をついてると、隣の席の女性が、にこりと微笑んだ。
「月岡さんもお疲れ様。月岡さんの怒涛の追い上げ、流石だなぁ、て感心しちゃった」
所々崩れている敬語と彼女の労いの言葉に笑みを返す。一応上司の人だから、礼節は守らないとだけど、友人でもある彼女の言葉は素直に嬉しいと思っている。
「清水さんが、私を良い感じに野放しにしてくれるからですよ。こちらこそ、いつもありがとうございます」
私の言葉に彼女…清水雪菜は満足げに頷いた。
「月岡さん、次のバージョンの開発状況どうなっています?」
「そうですね…先方さんから次の施策の半分は開発環境に適用したと連絡が来ました。次のバージョンの項目書は1通り作ってあるので次の作業を行うことができますよ」
「ありがとう。それでは…皆さん、定時まで次の作業振るので、検証をお願いします」
清水さんは部屋のメンバーに言うとテキパキと作業を振る。元引きこもりの多いゲームシステム側のチームでは異彩を放つ清水さんのコミュ力は、彼らのやる気を引き出している。
◇◇◇◇◇◇
定時10分前。チームの男達は、パソコンの終了処理を行い帰宅の準備を進めている。
仕事だけの関係の見慣れた景色だ。
私はと言うと、チーフである清水さんの補佐のために少しだけ作業が残っている。
清水さんに声をかけられた。
「月岡さん、先方さんに送るメールのチェックをお願いします」
「了解です」
私は、了承すると、清水さんの操作しているパソコンを動かし、メールの内容を確認する。内容は問題なし。
送信作業を行い、私達もパソコンの終了処理を行う。
19時になった。残業は基本許されていないため、今日も定時上がり。
「19時になりました。今日もお疲れ様でした」
清水さんの言葉に合わせて、ぽつぽつと「お疲れ様です」と言いながら部屋を去っていく。集中力が要らなくなる分が疲れとなって体に影響を与えるのだ。
「りあちゃん、今日もお疲れ様。一緒に夕飯食べてく?」
清水さんが名字呼びや敬語をやめて、フランクに話しかけてきた。彼女のそれは『仕事は終わり』の合図だ。私もそれに合わせてプライベートの口調になる。
「そうだね。雪お姉ちゃんは、宅飲みと外食どっちにする?あ、明日も仕事だからお酒は程ほどにね」
年上の親しい人には名前に『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』とつけるのは、一人っ子で幼い頃に染み付いた呼び方だ。ちなみに雪お姉ちゃんは、私のこの呼び方をとても気に入ってるようで、私の事を時々『妹ちゃん』と呼んでいる。
「分かってるって。じゃあ、りあちゃんのお家で宅飲み!今日もいつもの持ってきておいたんだ♪」
「最初からそれ狙いでしょ。しょうがないなぁ。夕飯軽く買ってからだからね」
「うん、それじゃあ失礼しました~!」
雪お姉ちゃんは、私と退室する時、案件で使っていた小部屋の電気を消す役割をしている。
これが私の会社内での日常だ。




