兵隊さんを、待たんといかん。
あの日。冬の夜。
雨降りのさむい夜。
夜の訪問介護。
のこりまだあと一件あった夜。
ね?
まだ、あんな想いをかかえている方々がいる。
ー兵隊さんを、待たんといかん。
寒い夜、もう車イスが必要だったのに、
ーなんで⁉︎玄関にいるの⁈
慌てて車をとめて傘もささずに、飛び出した夜。
さむい、土砂降りの夜。
ーどうしたんですか?
身体は濡れてない。ほっとしながらも声にいらだちがまじってしまった。
ら、
老いて痩せてしまった細い腕が、ガシッと力強く私の腕をつかんできた。
ー兵隊さん、は?帰ってきたと?アタシより若かとよ?帰ってこんといかん!あたしはここで待たんといかん!
そっか。
バックグランドは知ってた。
そっか。
まだ。お元気な頃からきかされていた。
もう何年も通ってるんだ。
けど、もう、私のことさえ、わかってくれているのか。
だけど、
そっか。
ーだいじょうぶですよ?私はが代わりにお待ちします。さむいから、中にはいりましょう?
ーそうね?なら、入ろうかね?あんたなら。よか。帰ってきたら、教えんじゃい。
ーはい。わかりました。
よく歩けたな。
車イスでそのあとは。ふつうの身体介護。
ベッドで休んで、つかれたんだろう。
退室する時には、眠られていた。いつもどおりに、安全確認をして、鍵をかけて、退室した。
次の訪問が残ってた。
雨はずっと、降り続いて、
ー違和感がぬけなかった。
ちゃんと落ち着いてくれていた。
安全確認もした。
はじめは驚いた、けど、
ーいつも通りの夜、な。はず。
なのに、
ー私はなにかを確実に間違えた?
ラストの訪問を終えて、上司に報告した。
ーしかたない。どうしようもない。帰りなさい。
わかりきったこたえが返ってきた。
し、
ー介護保険法。
私たちには、絶対的に守らないといけない法律。
税金を使っている以上、当然、厳しい制約がある。
私は、
サービス提供責任者。
いつもヘルパーさんたちの優しさを、優しさとわかっていても注意する立場で、
たいへんな時はヘルプに行く立場で、
ーいまの時間に働いてるのは、私だけ。
バレない。
介護保険法違反だ。
いつも、ヘルパーさんたちに注意しないといけない立場で、下手に私たちが動けば、提供サービス時間以外に訪問したら。
ー会社がペナルティをおってしまう。
でも、違和感が消えない。
寒い夜。どしゃぶりの夜。
玄関だけ、外から確認するだけ。
ーいいわけだ。
介護保険法、違反だ。
現場には、いつも絶対的な壁。
で、
ー税金を使用するなら、いる法律。
だから、自費システムだ。
繰り返しながらも、
ー車を走らせた。
ひとめだけ、外から確認するだけ、祈るようにハンドルを握った、あの夜。
どしゃぶりの冬の夜。
いた!
慌ててまた、傘をささずにとびたした。
ーだいじょうぶですか?
だいじょうぶ。濡れてない。パジャマだけの身体もまだあたたかい。
ほっとした。
ら。
ー兵隊さんは?帰ってきたとね!まだ、若かとよ⁈帰ってこんといかん!
そうだ。
ーまちがえた。
ふがいなさに唇をかみしめた。
ーだいじょうぶです。私がちゃんとお迎えしました。みなさん、もうおうちに帰られましたよ?
ーそうね?なら。よか。
にっこり笑った。
しわしわの目。
ーあんたが言うなら信じられる。あんたは、嘘つかん。
いま、ついた。
そう思いながら、車イスをまた用意した。
必死に玄関のドアにすがりついて。身体を支えていた。
もう、ろくに歩けなかった。
なのに、
ー兵隊さん、たち。を、
待たんといかん。
アタシはえらかとよ?つよかとよ?
若いもんば。叱りつける大人をいつも叱りつけとたとよ?
ーアタシはつよかと。
むかし、従軍看護師さんだった方。
だけど、
ね?
アタシより、若かとよ?帰ってこんといかん!
ね?
あなたも、
ー若かった、はず、だよ?
兵隊さんを、待たんといかん。
消せない想いを。
ーいまもどこかで、してる。
兵隊さんを、待たんといかん。
ね?
あなたも、
若かった、よ?
兵隊さんを、待たんといかん。
ね?
いつまで、待つんだろ?
兵隊さん、たち。を、
待たんといかん。
ね?
あなたも、
若かった、よ?
ー兵隊さんを、待たんといかん。
いまも、この日本で続く、
ね?
リアルな想いだよ?
兵隊さんを、待たんといかん。
ー消せない記憶が、
ふえていく。
兵隊さんを、
ー待たんといかん。
ね?
あなたも、
若かった、
よ?
ー兵隊さんを、待たんといかん。
いまも。
待ってるんだね?
ー兵隊さんを、待たんといかん。
土砂降りの、冬の記憶。