明日菜 優菜
「明日菜、明日菜!」
最近ちょっとだけ慣れてきたファッション雑誌の撮影を終えて、マネジャーさんが車で送ってくれた寮に入ると、仲良しの鈴木優菜、ゆっちゃんが私を見つけて、パタパタと笑顔でやってくる。
ゆっちゃんは、いつも快活に笑ってる。
寮のムードメーカーだ。
「あっ、おかえりなさい!だ」
まだ言ってなかったと相変わらず、騒がしい。ほんとうに元気だなあ。
ゆっちゃん。
私の故郷にいる南九州の片田舎の親友とは、タイプがまるで違うけど、私たちは仲がいい。
お互いに片田舎出身で、寮暮らしだからかな?
寮の中では、私たちが年下グループだ。
他の寮には小学生もいるけど、私たちの寮は、中学生の私が最年少だ。
みんな高校を卒業したら、一人暮らしになってるみたい。
たまに先輩の大女優さんや、シンガーソングライターさんが寮母さんにあいにきてる。
不思議な気がする。私は東京にきてテレビをよく見るようになった。
勉強のために、ファッション誌も目に通してるけど、事務所から禁止されてる事と、そこまで行きたい場所もなく、なんとなく、学校、仕事、寮、にいる。
マネージャーさんが言うには、東京でも私は目立つから、ひとりで出歩くのは、ダメだと言われてる。
まだ雑誌にも数回しか出てないけど?って不思議にはおもう。
目の前のゆっちゃんをはじめ、寮の先輩たちはきれいで、華やかで、やっぱりキラキラしてる。
まあ、同じく寮だから、リラックスした姿のほうが多いけど、私よりずーっと輝いて見える。
ー明日菜は、加納マネージャーの原石かな?
何人かの先輩が、いつも原宿なんかのお土産を買ってきてくれて、私をみて優しく笑う。
私のマネージャーさんは、わりと業界では、名前が知られているらしい。
らしい、というのは、いまだに初対面の強引さが頭に残ってるから。
ーあの人に勝てる人、いたかなあ?
しぶる両親すら、あっという間に説き伏せた。
仕事に関しては、手品師みたいな人だ。
それ以外は、まだ性格を知ってると言うほど、私はマネージャーを知らない。
ー勝てるなら、真央かな?
故郷の親友はちょっと変わってるし、私はもうひとり、脳裏に浮かんで、ちょっと笑ってしまう。
ー絶対に、マネージャーに勝つけど、絶対に、負けてもいるね?
真央は、素直にマネージャーに勝てる気がするけど、私の大切な村上春馬くんは、
ーよくわからない。
そう思って笑ってしまう。
「あっ、また明日菜、彼氏くんを思い出したな?」
「そんなことないよ?」
「うそだー。明日菜がそんな顔して笑う時は、彼氏くんのこと考えてる時だよ?」
ゆっちゃんが、イタズラな笑顔を浮かべる。
いつも底抜けに明るいまっすぐなゆっちゃんといると、かなわないなあ、って私もおもんだ。
「…みんなどうして、同じセリフ言うのかなあ?」
「そりゃあ、明日菜が可愛いからだよ?いちばん、可愛いもん、彼氏くんのこと考えてる明日菜」
ゆっちゃんが呆れ顔になると、頭の後ろで両手をくんで、寮の天井をみあげた。
「あーあ、私もいつかは、明日菜みたいに変わってるけど、初々しい恋なんかできるのかな?」
ー変わってるって、なに?
というか、まあ、たしかに、いまゆっちゃんが天井みた時、つい、探したけど。
ームカデやカメムシ。
私の部屋にある凍らすタイプの殺虫剤は、出番あるのかなあ?
可愛くラッピングされたそれは、殺虫剤だから、イラストがわりと強烈な存在感を放っていて、
ーなんで透明なラッピングにしたの?
春馬くんの中では、リボンつけたら、プレゼント、なんだろうなあ。
私の彼氏のプレゼントは、毎回、寮の名物になってきてる。
とくに先輩たちに好評だ。
先輩たちの彼氏さんは、なんかオシャレなプレゼントが多いなか、南九州の片田舎の少年が送るプレゼントは、なぜか評価がたかい。
私自身も、いまさら、あの春馬くんがふつうにかわいいものをプレゼントしてくれても、
ー真央以外の女の子のアドバイスだよね?
って思ってしまう。真央はたぶん春馬くんのプレゼントを止めない
あのふたりが、私のことを、例え別れても、悪口とか噂するとは、考えられないけど。
たんに真央も春馬くんも、あまり人と話すタイプじゃないだけかもだけど。
私は撮影でしか東京の街をまだ知らないけど、南九州の片田舎に比べたら、めちゃくちゃ人が多い。
歩く速度も速いから、ビックリする。
下手な田舎より、絶対、東京の人が健脚だと素直に思う。
だって、たぶん、東京の人ほどは、歩かないかな?
駅の大きさがまず違うし?
人混みには、まだ慣れない。
真央や春馬くんは人混みが、嫌いか好きかは、あまり考えてない、って言ってたなあ。
苦手感はあるけど、どうしても欲しいものや興味があるものなら、かなり人がいても並んだり、買ったりするとは、言ってた。
人の興味や趣味はそれぞれだから、すごい人混みだなあ?とは不思議だけど、不思議なだけらしい。
世界最大のコミケとかも、そうだろうなあ?
あれ、たぶん、ふだんは、人混み嫌いな人たちが、率先して行ってるよね?
ようは、そこに価値や興味があるない、じゃないのかなあ?
まあ、人酔いは、普通にあるけど。
って、ふたりとも、話していた。ただあまり南九州の片田舎で、それほど強く何かを欲しい、は、ふたりにはないらしいし、
ーそもそも、東京と比べる時点で、なんか違う。
春馬くんの欲しいものは、よくわからないし?
真央には、たまにモデルのお仕事でもらうサンプルなんかをプレゼントしてるけど、真央は、ああ見えて、あまりファッションに興味がない。
ーそういえば、真央の趣味ってなに?
前にきいたら、
ー明日菜と村上。
って、かえってきたなあ?
真央は不思議な笑顔でそう言うから、ちょっと判断に私は困って、なぜか春馬くんは、かなり喜んでた。
たまに春馬くんは、私より真央が好きなの?と疑いたくもなるけど、ふたりをみていたら、
ー恋愛感情がないは、わかる。
そのかわり、私には入れないナニカがあるのも、なんとなくわかるけど。
ーなんとなく、でしかない。
真央の話では、春馬くんの成績がだいぶ上がってきていて、真央と同じ高校を受験すると言ってたな。
真央、学年トップで、春馬くんは、たしか私より成績悪かったはず?
真央が言うには、春馬くんは勉強のやり方が、ちょっとだけ、基本が違うだけだから?教え方次第とも言ってた。
勉強する意味がわかれば、面白がって解いていく。そこには純粋な興味しかなくて、
ー楽しいらしい。
ただ春馬くんは凹凸が激しいから、苦手をどこまで暗記するか?らしい。
もはや、そこは考えない努力がいる。
村上の暗記は、考えさせたら終わり。
考えさせない工夫がいる。
って、よくわからない理由を真央は、言ってた。
ー柴原は、俺の家庭教師だ?
って、春馬くんも言ってるけど、
ーそんなに2人きりで、会ってるのかなあ?
ちょっとだけ、やっぱり、おもしろくない。
ゆっちゃんがまた笑う。
「ふくれっつらも、もはやワンシーンだね?明日菜がやると」
勉強なるわ、と笑うけど。
「演技なんかしてないよ?」
「明日菜はね?そういえば、朝ドラのヒロインの若い頃、決まってた?いいなあ、明日菜」
ゆっちゃんがぼやくけど、まったく悪気ないのは、わかるから、私は素直にうなずいた。
「うん、加納さん、すごいよね?」
どう考えたって、私じゃない。加納さんや事務所のおかげだ。
「まあ、マネージャーさんもすごいけど、やっぱり明日菜の存在感かなあ?私にはないから羨まし…くは、ないかなあ?」
ゆっちゃんは首を傾げる。
「うちのお兄ちゃん、明日菜とはちがう意味で目立つから?あれはあれで、苦労してるし?あんまり、いらないかなあ。とりあえず、私は、地道に実力つけて、頑張るだけだ」
ぐっと両手を握りしめるゆっちゃんの瞳は、いつも夢を追いかけて、キラキラしてるから、素直に羨ましいなあ?って私は思うんだ。
事務所との具体的な契約は、私の地元での環境とかを考えて、学生としては、たぶん一区切りの高校卒業まである。
まだ中学生の私は、高校もゆっちゃんや仕事をしている子たちと同じ高校に行く。
いまは高校までは、進学を考えている。義務教育は中学生までだけど、そこは素直に親に甘えておく。
高校で将来の目標が決まるのか、大学や専門の学校に進学したいほど、何かを見つかるかは、わからない。
とりあえず高校には行ける環境にあるから、高校かなあ?
基本的には、まだ将来的に具体的な希望はない。
マネージャーは、仕事を少しずつ増やしていきたいと言ってるけど。
私はいまのお仕事は高校まで、と意思表示は、してる。
たんにゆっちゃんやまわりの先輩みたいに、具体的な夢がない。
ただ、春馬くんもそれでいいじゃんって言ってる。
言いながら、たくさん、学び始めてる。私の大好きな人は、新しいおもちゃをみつけたみたいに、
ーよくわからない世界にいる。
たまに真央とふたりで、スマホにでて、よくわからない話をしてるけど、それはそれで、楽しそうなふたりを見てるのは、ヤキモチはあるけど、
ーほっとするんだ。
私はあの場所から逃げ出しちゃって、春馬くんと真央は残ってる。
たぶん、いろんな噂が飛び交ってたはず。それでもふたりは、マイペースで笑ってくれて、
ー明日菜、元気?
って毎回きいてくれる。ゆっちゃんや先輩、寮母さんも優しいし、少しずつ家族が、あの故郷が恋しいはなくなってきた。
スマホで、いつでも連絡がつくから。
真央も春馬くんもマイペースに、なにも変わらないでいてくれる。ううん?春馬くんは、少し優しくなったかなあ?
私は、泣き虫になったかもしれない。それでも、
「うん、私もゆっちゃんのヒロイン役みてみたい」
「明日菜!可愛い!」
ぎゅーっと抱きついてくる大切な友人が今日もにぎやかに私のまわりにいてくれる。
このまま高校まで、そばにいるんだ。
そう信じて疑わなかったんだ。




