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REALIZE  作者: しんた☆
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第7章 乗り越えるべき課題

課題山積のアイスフォレスト王国ですが、いよいよ動きます。

アランは? 

ヒカルは?

デビリアーノは? 

第7章 乗り越えるべき課題


 アイスフォレスト王国では、ソフィア指導の下、春の宴の準備が刻々と進められていた。街中もいよいよお祭りムードだ。アイスフォレスト王国では、王族主催の春の宴に合わせて、一般庶民も街を上げてお祭りをする。

 そんな賑わいの中、王の執務室にはガウェイン、ソフィアをはじめとした7人がそれぞれの成果を共有していた。


「ルクセン伯爵令嬢は、あの帰還パーティー以来姿を見せていないようです。噂では、暴走して馬車ごと湖に落ちたとも言われていますが、遺体はあがっていないそうです」


 リオンは気まずい思いを隠そうともせずそっぽを向いた。


「王子、それはあなたの責任ではないでしょう。レイナ嬢にあれだけの失礼を働いたのですし、誰かが馬車に罠を仕掛けたわけでもない」


 きっぱりと言い放つウィリアムだが、どうにも後味の悪い結果だ。ソフィアはウェリントン公爵夫人に依頼してライオネル子爵令嬢について調べてもらったという。ライオネル家の令嬢は、相変わらず思い込んだら突っ走る性格のままだそうだが、小さいころから世話をしていた乳母が最近になって自殺したとのことで、思うところがあったのか少しはおとなしくなってきたとのことだった。


「それにしても、アランはどうしているのかしら」

「リカルドからは、何度か中間報告が入っています。異世界日本のご自宅には、王太子殿下が到着されたと思われる痕跡がいくつかあったと。しかし、先日は、殿下が殺人の罪に問われているうえ、どうやら怪我をされたらしいと報告がありました。ヒカル王女様が大変ショックを受けられていて、翌日には収容されいてる病院に向かうとのことでした」


 その場にいた全員が少なからずショックを受ける中、ソフィアが腰に手を当てて怒り出した。


「いい加減にしなさいよ!婦女暴行の次は殺人なの?そんなわけないでしょう。女の子に追い掛け回されて半泣きになっていた子が人を殺めたりするものですか!」

「しかしだなぁ…」


 ガウェインが宥めにかかろうとしたとき、急にジークの水晶玉が光り出した。


「団長!大変です。ハワードさんが大けがをしてしまって、すぐにヒカル王女と一緒にそちらに転移させてシルベスタ様の治癒魔術を依頼しろと王太子殿下のご命令です!」

「分かった!すぐに手配する!」


 ジークが素早く部下に指図すると、すぐさま担架が用意された。それと同時に、目の前には息も絶え絶えのハワードと懸命に名前を呼ぶヒカルが現れた。


「ヒカル、少し離れて! 私に任せなさい!」


 シルベスタが両手の平をハワードにむけて魔力を送り込む。不安に震えるヒカルはソフィアに抱きとめられた。


「大丈夫よ。シルベスタならきっと助けてくれる」

「何があったんだ!」


 慌てたガウェインが叫ぶが、「そんなことは後よ!」と一括された。ソフィアはヒカルの肩をそっと抱きしめて、大丈夫を繰り返す。そうこうしている間もシルベスタの魔力はどんどんハワードを包み、出血を止め、傷口を癒していく。

 浅かった息はゆっくりと穏やかなものに変わってきた。


 やがてシルベスタは、ハワードの容体が落ち着いたので近くの客室に寝かせて引き続き治癒魔術を施すと言う。痛々しい姿から離れられないヒカルはシルベスタに説得され、自室に戻ってきた。

ほんの2,3日留守にしていただけなのに、まるで自分の部屋のような気がしない。ソファに突っ伏して不安に駆られるヒカルに、ベスが香りのよい紅茶を運んできた。


「王女様、以前の爆発の時、王女様やリッキーは今のハワードさんのような状態だったのですよ。だから、王女様のご心痛、理解しております。だけど、シルベスタ様がこんなにきれいに傷一つなく治してくださったじゃないですか。今は、あの偉大なる大魔術師さんの腕を信じてみましょう。」


 優しく微笑んでいるベスが、少し無理をしているように感じたヒカルは、はたと気が付いた。まだ終わっていない。アランもリッキーも帰ってきていないのだ。


「ごめんね、ベス。私、自分のことばかり考えてた。今から陛下のところに行ってくるわ。日本で起こったこと、きちんと報告しなくちゃ!」


 気持ちを切り替えたヒカルは、王の執務室へと急いだ。そして、日本での出来事を克明に伝えた。


「デビリアーノがボーグさんに成りすまして、父上を襲ってきたのです!そこで私の事を出来損ないといい、教育しなおすと言って拉致しようとしたのです。ハワードさんは私を助けようとして…」

「ヒカル、よく頑張りましたね。では、アランの疑いは晴れているのですね。」


 頷くヒカルを見て、その場のみんなはほっと息をついた。そんなヒカルを部屋に戻して、ソフィアは微笑んでいた。


「ソフィア、ご機嫌だな」


 なにがそんなに嬉しいのかと不思議そうに様子をうかがうガウェインに、「分からないの?」と返す。


「ガウェインは相変わらず鈍感だなぁ」


 ハワードの治療を終えて戻ってきたシルベスタがにんまりと笑った。


「いじらしいじゃないか。あれは初恋だね。しかもハワードもまんざらでもないみたいだし」

「ええっ?そうなのか。う~ん…」

「あら、浮かない顔ね」


 複雑な表情のガウェインの顔を覗き込んで、ソフィアが言う。


「あいつがな。ちゃんと受け入れることが出来るかどうか…」

「そうね。一人で必死に育ててきたんですものね。だけど、手を離さなくちゃだめよ。アランにはアランの立場と責任があるもの。いい機会かもしれませんわ」


 ドアがノックされ、ヒカルを部屋まで送っていったジークが戻ってきた。


「もうすぐ王太子殿下とリカルドが帰還するとのことです」


 言うが早いか、目の前にアランとリッキーが姿を現した。


「お、おい、リカルド。食事中に転移するとはどういう了見だ」

「え?あ、いや、違うんです。すぐ食べ終わりますから」


 ジークに注意されて、リッキーは慌てて手元のプリンを掻き込んで食べ終わった。


「ヒカルは無事ですか?」


 それどころではないアランは、早速娘の居所を確認する。ガウェインとソフィアは思わず顔を見合わせた。


「心配ないよ。ハワードも治癒魔術が終わって、落ち着いている。ヒカルには自室に戻ってもらっている。それどころか、さっきまで日本での詳細を説明してくれていたんだよ」

「そう、でしたか。それなら良かった」


 ソフィアは呆れた様子で心配性な息子をたしなめる。


「13歳の少女が国のためにと懸命に事情を説明してくれているのに、王太子たるあなたは自分の気持ち優先ですか?」

「まあ、仕方がないな。男親とはそういうもん…」


 ガウェインの言葉はソフィアのするどい視線によってさえぎられた。


「今回の春の宴でも、何人もの貴族の令嬢が出席するわ。あなたもいい加減に相手を決めなければね」


 ソフィアにくぎを刺されて、アランは言葉も出ない。


「あのそれで…。ヒカルの乳母の件ですが、…」


 気を取り直してアランが状況を説明する。リッキーから、偽物のボーグに接近されたことを聞いたガウェインは沈痛な面持ちでリッキーを労った。

 シルベスタから受け継いだ召喚器具をうまく装着させることができたと聞いて、ガウェインは早速召喚しようと言い出した。


「いえ、今はまだいいでしょう。」

「そうだね。あれは嘘をついたらどんどん縮まっていく器具だから、こちらに危害を与えないと約束させたならしばらくは大丈夫だろう。それよりも、帰らない父親を心配し、次には殺人犯にされそうな父親を心配し、けがをした父親を心配し、最後にはデビリアーノと対峙したんだよ。少しはあの子にほっとできる時間をあげたいじゃないか」


 アランの言葉を引き継いだ割には、この魔術師、なかなかに厳しい現実を突き付けてくる。


「ふふふ、シルベスタもすっかりヒカルのファンになったのね。」


 楽し気なソフィアに、ちらっと片眉をあげ反論する。


「いや、あの子はきっと私の後継者になる。王太子殿下のお相手が決まったら、子離れできない父親から離れて、手に職をつけないかと、誘ってみようと思っているんだよ。」

「ほお、それは名案だな」

「そうね。あの子には魔術師の素質が十分にあるわ。シルベスタが後継に選ぶのなら、その地位も確立されるでしょうし。あとは、優柔不断な父親次第ね」


 両親の視線を浴びて、アランは大きなため息をついた。どんなに言われようとも、この世界の女性たちにはちやほやされすぎてしまったのだ。この外見や地位ではなく、自分自身を見てくれる女性など、あったこともない。


 

 春の宴の日がやってきた。爽やかな水色のサテンに白のレースがちりばめられたドレスを身にまとい、アランのエスコートでヒカルが会場にやってきた。帰還のパーティーのような夜だけの会ではなく、昼間は王城の庭園を惜しみなく開放して春の訪れを楽しみ、夜は華やかなダンスパーティーを楽しむ宴だ。王城の庭園には春の風が吹き抜け、季節の花が所せましと咲き誇っている。


「アラン王太子殿下、ヒカル王女様、ごきげんよう。」

「シャルロット先生!ごきげんよう」


 ヒカルが親し気に挨拶した先には、指導者らしい落ち着きのあるドレスを着た女性が微笑んでいた。


「やあ、あなたは確か、ヒカルのマナー教育の…」

「ええ、そうです。シャルロット・パーカーと申します。王女様もずいぶんと淑女らしくなられましたわね」

「先生のおかげですよ。」

「そうだと嬉しいですわ。」


 ヒカルはシャルロットにちらっと視線を送ると、アランに声を掛けた。


「お父さん、先生はいつも私の部屋に来てくださるけど、中庭に来るのは初めてなんですって。」

「そうなんです。王女様からは、素敵なお庭だからぜひにと招待していただいたのですが。もし、よろしければ、お庭をご案内いただけないでしょうか? 散策しながら今後の講習の進め方などお話させていただきたいのです」

「ああ、喜んで。ところで、最近ヒカルは随分大人との会話もできるようになったの思うのですが…」


アランの話に軽やかに相槌を打ちながら、シャルロットはヒカルにちらっと合図してアランのエスコートで庭へと歩き出した。ヒカルは嬉しそうにそれを見送ると、すぐさま庭に面したオープンテラスに駆け込み、シルベスタの控室へと向かった。


「おいおい、すごい勢いだな」

「シルベスタ先生、ごめんなさい。だけど…」


 少しはじらうしぐさをみせるヒカルに、シルベスタはにやりと笑ってハワードを呼び出した。


「おーい、姫君がナイトをお呼びだよ」


奥からやってきたハワードは、紅の騎士そのままのような貴族の装いだ。


「もう傷は大丈夫?」

「はい、主に診ていただきましたから。ご心配をおかけしました。では、お手をどうぞ」


差し出された手にそっと自分の手を預けて、二人は連れ立って春の庭に出かけて行った。



庭園を歩きながら、ふっと笑みがこぼれる。アランにはシャルロットの企みは分かっていた。シャルロットにもアランが気づいていることは分かっていた。


「殿下もお父さんなんですね。でも、ご自分の人生も楽しまないといけませんよ。子供に幸せになってもらいたいなら、あなた自身が幸せにならなくちゃ。」

「いやぁ、私にはヒカルがいるからね」


 シャルロットは足を止めてアランを見つめた。


「ヒカル王女様からは、お父様が子離れできなくて自分の幸せを諦めてるのが心配だって、伺いましたわよ?」


アランは目を見開いて驚いた後、大きなため息をついた。ヒカルは何もかもお見通しかと嘆いてみせた。


「ふふふ。殿下、本日はかわいい教え子の企みに乗ってくださって、ありがとうございました。では、私はこれで」


東屋に戻ってくると、シャルロットは美しい淑女の礼をしてその場を後にする。婚約者の決まっていない美形の王太子を残して。その潔いまでの後ろ姿に、アランは思わず引き留めた。


「あの、もしよろしければ、夜の部で私にエスコートさせていただきたいのですが」

「まぁ、殿下!私でよろしいのですか?」


 突然腕を取られ、驚いたシャルロットは困惑した様子を浮かべていた。


「突然、申し訳ない。だけど、もう少しあなたとお話してみたくて」

「分かりました。では、支度をしておきます」

「ありがとう。では、後程馬車でお迎えに伺います」


 誠意のある瞳に、ほっと緊張を緩めて返事をすると、頬に少し赤みが差した王太子が満足げに答えた。



ハワードのエスコートで、庭園をゆっくり回るヒカルは、いつもより少しおとなしい。


「どうかしましたか?」

「ううん、なんでもないの。今こんな風にハワードさんと腕を組んで歩いているのがなんだか夢みたいで」

「そうですね、本当に。こんな風に穏やかな気持ちで春の花を楽しめる時が来るとは、先日まで思いもしませんでした。ヒカルのおかげですね」


 え?っと驚いたように隣を見上げると、春の風にあおられて薄茶の巻き毛が舞い上がった。ハワードは笑いながらその巻き毛を整えると、胸元から銀の髪飾りを取り出した。


「姫、こちらを。主にお願いして、守護の魔術を封印してもらいました。」

「わぁ、きれい。間で光っているこの粒はアクアマリン? ハワードさんの瞳の色とそっくりね」


 屈託なく笑うヒカルに、目を見開いて頬を染めるハワードは慌てて言い訳を募る。


「風が出てきましたので、少しまとめさせていただいてもよろしいですか?」

「はい、ではお願いします。」


 柔らかな薄茶の髪に手櫛を入れて、ゆるやかなハーフアップを髪留めで留める。


「よくお似合いです。では、今度はあちらのバラ園に行ってみましょうか」


 気恥ずかしさを隠すようにハワードが提案すると、後ろから「そうだな。私も付き合ってあげよう」と声がかかった。


「お父さん!」

「殿下!」

「そんなに驚かなくてもいいだろ。ヒカル、お父さんが案内してあげるよ」

「お父さん、シャルロット先生は?」

「先生は夜のダンスパーティーに参加されることになったよ。」

「本当に?! やった!」


 満面の笑みを浮かべた後、小さくガッツポーズを決める。


「ありがとう、お父さん。私のこと、ちゃんと見ていてくださるから、シャルロット先生が大好きなの。じゃあお父さん、バラ園に案内してくださる?ハワードさん、行きましょう」

「え? あ、そうだな」


 恐縮するハワードの腕をつかんで、ヒカルは楽し気に、少し肩を落とした父に続く。ミニ薔薇のアーチをくぐると、あちらこちらにテーブルが設えられ、みな思い思いに花を楽しんだり、お茶を飲んだりしてた。

 その中央にある噴水を眺められる席にアランが二人を呼び寄せた。


「ヒカル、少し話しておきたいことがあるんだ。」

「どうしたの、改まって」


 まだあどけなさの残るその表情を、隣で静かに見守る美しい青年に、アランは嫉妬しそうになって、ぐっと堪えた。


「お父さんが王太子だってことは知ってるだろ? 王太子になったってことは、次の王様になるってことなんだ。ヒカル、もし、お父さんが誰かと結婚することになったら、どう思う?」

「王様は次の世代を残さなくちゃいけないんでしょ?紅の騎士でも、王様は貴族の人と結婚してたよ。次の王様になってくれる子供を産まなくちゃいけないんだって。」


 少し寂しそうな瞳が父親の視線を避けるように影を落とす。


「お父さんがもし結婚しても、ヒカルの事は大事に想っているから心配しないで…」

「違うの! ハワードさんがやってたあのかっこいい王様が結婚したのがとっても悲しかったの。しかも好きでもない貴族の女の人と結婚したのよ。だから、だからね。お父さんが結婚するときは、ちゃんと好きな人と結婚してほしいの。」

「ヒカル…」


 3人のテーブルを優しい春風が横切った。ヒカルが頬にかかった髪を払うように首を振ると、アクアマリンの髪飾りがきらりと光ってアランを驚かせた。


「ヒカル、悪いが少しハワード君と話をさせてくれないか」

「分かった」


 ヒカルは、ハワードに目線で挨拶してバラ園の中を歩きだした。その可憐な後ろ姿を柔らかなまなざしで追う美麗な青年を咳払いで振り向かせてアランが問う。


「ヒカルがつけていた髪飾りは君が?」

「はい。僭越ながら、シルベスタ様にお願いして、守護の魔術を封印していただいた宝石をちりばめたものをご用意いたしました。」

「ご丁寧にありがとう。だが、前にも言ったがヒカルにはまだ…」

「殿下。おぼえていらっしゃいますか?」


 珍しく自分の言葉を遮って問いただすハワードに、一瞬ひるんでしまう。


「あの時、デビリアーノが言った言葉を。遺伝の種を植え付けたら、仕事を終えて早々に死んでしまうはずだったと。まるでそれが当たり前に植え付けられたルールかのように。だとしたら、ヒカル王女様にもそんな危険が孕んでいるのではと思ったのです。私には、魔術の心得も魔力もありません。王族や貴族のような地位もない。ここではただの異世界の人間です。だけど、それでも王女様をお守りしたいのです!」


 こぶしを握り締め、懸命に訴える青年を無下にすることは、アランには到底できなかった。


「王女様もきっと気づいていらっしゃるのです。だから、もし、突然死が訪れたとしても後悔しないように、自分のしたいことを素直におっしゃるのだと思います。今まで、王女様は我慢なさりすぎだったのです。」

「冗談じゃない! こんな宴などしている場合ではないじゃないか!」


 突然席を立って、アランは声を荒げた。


「殿下、お待ちください。もう陛下も動いていらっしゃると主からは聞いております。私への指令は、ここしばらくのヒカル王女様の心労を癒し、ご自分の思い通りに行動されるのを手伝うことです。そして殿下が妃を選びやすい環境を整えろと言われております。」

「あっ…」

 

 ぽすんっと再び椅子に腰を下ろして、アランは茫然としてしまった。ヒカルのことが心配で視野が極端に狭くなっていたと気付いたのだ。


「殿下、どうか私が王女様の傍にいることを、今この時だけはお許しください。ご心配なさらなくとも、王女様ももう数年もすれば、ご自分の立場を理解され、選ぶべき未来を見つけられるでしょう。どうかそれまでは…。」


 懇願する水色の瞳には、娘を奪おうという野心などどこにもなかった。ただ愚直なまでに、ヒカルを助けたいと、それだけを訴えている。


「デビリアーノについては、主もすでに陛下と策を講じているようです。明日にもご報告が上がると思われます」

「そうか。」


 アランはそういうと、噴水の向こう側で薔薇の香りを確かめている愛しい娘の姿に目をやりながら、答えた。


「はぁ、…しばらくヒカルを頼む」

「承知いたしました」


 アランはそっと席を立つと、近くにいた侍女に薔薇ジャムのムースと紅茶を2人分持ってくるように言って王宮に帰っていった。


「あら? お父さんは?」


 バラ園を回って戻ってきたヒカルが不思議そうに言いながら、椅子に腰かける。それを見計らったように、薔薇のムースと紅茶が運ばれてきた。


「殿下が二人で楽しむようにと声を掛けてくださったのです」

「ふーん、お父さんも一緒に食べればよかったのに。お父さんって、実はスイーツ大好き人間なのよ」

「ふふ、そうなんですか。殿下は甘いのが苦手なのかと思っていました。」


 そんな二人を双眼鏡で覗きながら、満足げな様子のシルベスタは、ガウェインにどうだと言わんばかりの笑顔を見せた。


「ほうらね。うちの執事はやるときはやるんだよ。アランとも堂々と渡り合い、二人の時間を死守したんだからね。」

「そうか、ヒカルもそんな年頃なのか。ジュリアーナの嫁ぎ先も決まってしまったし、寂しくなるな」


 ガウェインは肩を落として愚痴る。シルベスタはそんなガウェインを無視して続ける。


「そろそろ昼の部はお開きだね。夜会までに着替えておかなくちゃいけないだろ。ハワードも今夜は王子様みたいに着飾らせてヒカルをもてなしてやらなくちゃ。」

「その役目、俺がやってはダメか?」

「ガウェイン、ダンスの相手はせめてアランの後にしてやってよ。だいたい君にはソフィアがいるじゃないか。」

「はぁ、まあな。ところで明日の手筈は整っているのか? デビリアーノを召喚するとは聞いているが、ただ召喚したところで本当の事は言わないだろう?」


 シルベスタはにんまりとほほ笑んだ。


「準備は出来ているよ。ここでヒカルに掛けられた術を解かないと、次はないだろうからね」


日が暮れて、夜会の時刻が迫っていた。 ヒカルはベスに着付けをしてもらっていた。ふんわり透き通るジョーセットの生地を幾重にも重ねた夢見るようなドレスは、襟元が薄い水色に、ウエストから下は徐々に濃い青へとグラデーションになっている。髪は結い上げられ、ハワードにもらった髪飾りで留めている。耳の前に一筋髪を残し、きれいに巻き上げて躍らせる。


「王女様、いかがでしょう?」


 姿見の前に立ち、全体を映し出すと、つぼみが開くようにふわっとほほ笑んだヒカルを見て、思わずベスが目を見開いた。ヒカルの中で何かが変わったのが分かったのだ。その時、ドアがノックされハワードがやってきた。

 ハワードはキリリと引き締まった黒の燕尾服で、襟元はシルバーのサテンに切り替わっている。胸元のチーフはヒカルのドレスに合わせた水色で、長い髪は後ろで束ね、前髪を後ろになでつけている。


「ハワードさん、王子様みたい。とっても素敵」

「姫、今宵、私にエスコートすることをお許しください。」


 そんな二人を嬉しそうに見ていたベスは、はたと気づいて退室を申し出た。


「では、失礼いたします」


 ベスが部屋を出ると、ヒカルの目に力がこもる。


「ハワードさん、お願いがあります。もしも、デビリアーノが掛けた術で、私が夜会を台無しにするようなことをしそうになったら、どんなことをしてでも止めてください。そのために私が死ぬことになっても構わないです。でも、もしそんなことになるなら、私を殺すのはハワードさんであってほしいの。」

「ヒカル! なんてことを言うんです。私は、私はあなたを… いえ、そんなことにはさせません。絶対に守ります。」


 ハワードはたまらなくなって、小さな体を抱きしめた。ヒカルはその背中にそっと手を回して、優しい胸に耳を当てると、ドキドキと早めの鼓動が聞こえてくる。驚いて顔を上げると、困ったような恥ずかしそうな瞳がこちらを見つめていた。

 ハワードは抱きしめていた両手でヒカルの耳をそっと塞いで胸に押し当てると、「ヒカル、あなたを愛しています」とつぶやいた。


「さあ、そろそろ参りましょうか」


 気分を変えるように声を出すと、ハワードはさっと手を差し出した。その手に自分の手を預けるヒカルの頬は、ほんのり桜色になっていた。



 数日後、ヒカルはアランやジーク、リッキーとともに王の執務室に集まっていた。そして、シルベスタ指導の元、ヒカルによってデビリア―ノが召喚されていた。

 小さく貧弱な姿に召喚器具が巻き付いている。異世界に召喚されていてもデビリアーノはやはりふてぶてしい。玉座から鋭い視線を感じながらも精一杯の虚勢を張っているようだった。

 

「お前はボーグに成りすましていたそうだが、ボーグ本人はどうした?」


 邪魔くさそうな態度に、リッキーが思わず剣の柄を握るが、それを鼻で笑いながら知らないと言い張る。すると、突然召喚器具がぎりぎりと小さくなっていく。


「う、く、苦しい」

「ヒカル、制御だ」


 シルベスタの指示でヒカルが制御の魔術を使う。緩めるのではなく、止めるだけだ。


「うう、緩めてくれ。息ができない」

「…」


 ヒカルがゆるめる様子を見せないと分かると、とたんにパタリと倒れて意識を失ってみせた。だが、そんなことに騙されるヒカルではない。


「先生。もう少し締め上げた方がいいですか?」

「そうだな。いつまでもくだらない茶番に付き合っていられないよね。もういっそのこと…」

「分かった、分かったから!俺が殺したんだよ。ここの転移技術がお粗末だったから、ちょいといたずらして違う場所に転移させたんだ。んで、おっさん、めちゃめちゃ焦ってたから、まあコーヒーでも飲みなって、毒入りを飲ませたわけさ。」

「なんだと!」


 リッキーは怒りで震えている。それをジークが押さえていた。


「陛下の前だぞ。控えろ」


 その時、転移省捜査課の人間が慌てた様子で執務室に現れた。


「お取込み中失礼いたします。陛下、ご指示いただいていた例の国からの返答がきました。」

「うむ」


 差し出された書類に目を通して、再びガウェインはデビリアーノを睨みつける。


「ジャンマルコ3世。それがお前の名前か。」


 はっとするデビリアーノに対して、ガウェインは書類を読み始める。


「この者は、デビリアーノの王族に当たるが、他国の魔素鉱脈を奪い取り多くの人の命を奪い、私利私欲にまみれた王族の恥さらし。よって、王族としての地位をはく奪するものとする。なお、貴国にその身柄があるのであれば、いかような償いを要求しても自国は干渉しないものとする。 となっているが、どうする、ジャンマルコ3世?」


 立っていられないほどに足がガタガタと震えだし、しまいには膝をついてうなだれた。


「もう、二度とこのようなことをしないと誓えるか。」

「誓う!誓うから、許してくれ」


 床に這いつくばって懇願する姿を見て、ガウェインが頷いて立ち上がろうとした。その時、隣に座っていたソフィアがすっくと立ちあがってジャンマルコ3世の前に立ちはだかった。


「つまり!あなたはあの時のデビリアーノに間違いないってことよね?」


 その場にいた皆が、一斉にその妖艶な王妃に注目する。マーメイド型のスレンダーなドレスに身を包んだソフィアは、パシンっと鞭を一鳴らしして、獲物を見つめる蛇のように微笑んだ。


「デビリアーノ族がどれだけいるのか分からないけれど、その文面からは明らかに、私たちと戦ったあの時のデビリアーノに間違いないってことだわ。覚えていないとは言わせないわよ。あの時、もう2度とこの国に関わらないと約束したのに、これはいったいどういうことかしら。」


 言い終わるが早いか、鞭がしなりデビリアーノに叩きつける。


「やめて、やめてくれよ。なんだよ、この女。誰か止めてくれぇ!」

「残念だけど、ここにいる人はみんな、一緒に鞭を使いたい人ばかりよ。」


 どこまでも冷静な表情でヒカルが言う。シルベスタとガウェインが、ぼそっと呟く。


「これは、ハワードには見せられないな」

「やっぱり祖母に似たんだろうか…」



 そのあと、しばらくいっそすがすがしいほどの鞭の音が鳴り響き、デビリアーノは転移させられていった。 

 デビリアーノがボーグの遺体が埋められている場所を白状したので、リッキーはすぐさま、日本に転移して亡骸を回収することが出来た。そして、ボーグの葬儀は国葬となり、多くの要人に見送られることになった。


 葬儀の全ての段取りが終り会場を後にするリッキーにベスが寄り添った。


「ベス、俺も騎士団の人間だから、伯父さんみたいに危険なことになるかもしれない。それでも、…それでも」

「リッキー、私、もうずいぶん前からリッキーが騎士団の団員だってことは知ってるわ。それに、ヒカル王女様の爆発事件の時にも、その危険は味わったもの。今さら怖気づいたりしないわ。私は、これからもリッキーの傍にいる。それが私の望みなんだもん」


 ニカッと笑うベスに思わずリッキーがしがみついた。


「こらこら、お嬢さんにしがみつく奴があるか。相手は侯爵令嬢なんだぞ。もっと丁寧に扱いなさい」


 ボーグの弟でもあるマイヤー子爵は、そんな風に窘めながらも、この度の事件解決に関わった息子を誇りに思っていた。


「フォリナー侯爵殿には、一度ご挨拶に行かねばならないな」

「じゃじゃ馬ですので、もらっていただけるなら父もどんなにか喜ぶでしょう」


 葬儀に参列していたウィリアムが横を通り過ぎながら、さらりと呟いた。


 執務室に戻ったガウェインに、一通の書類が届いた。そこにはデビリアーノ族の王族からの正式な謝罪と大量の魔石を送ったということ。そして、最後にジャンマルコ3世は死刑となり、その刑は執行されたと記されていた。


20代半ばのハワードと13歳のヒカル。でも、決してハワードはロリコンじゃないですよ。w

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