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REALIZE  作者: しんた☆
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第4章 ヒカル王女様

分かる人には分かる、ヒカルの魔力の高さ。その原因が分かるのか。。。

本人の知らない間に、大人たちの間では衝撃が走るのです。

第4章 ヒカル王女様


 フランソワに手伝ってもらいながら、ヒカルはハワード、ベス、リッキーに招待状を送り、いよいよ自分主催のお茶会が始まった。


「侍女長様、申し訳ありません」


 しきりにフランソワを気遣うベスを抑え、おっかさん侍女長が微笑む。


「エリザベス様、本日はようこそお越しくださいました。ヒカル王女様とのひと時を存分にお楽しみくださいませ。そして、次のお茶会の参考になさってください」

「そうよ。今日はお客様なんだからね。では、改めて、本日はみなさん集まってくださってありがとうございます。まだまだこちらの世界の事を知らない私なので、ゆっくりとお茶を楽しみながらいろいろ教えてくださいね」


 そっと淑女の礼をして、挨拶を始めると、フランソワがさりげなく紅茶を配り始めた。テーブルには愛らしい洋菓子が並んでいる。ベスがその一つに目を止めた。


「あら王女様、こちらのマカロン、シャルルローズの物ではなくて?手に入ったのですか?とっても有名でなかなか買えないと夜会でも話題に上がってましたのよ」

「そうなの? フランソワが準備してくれたの。マカロンは日本にもあったけど、こちらの方が甘さ控えめで食べやすいかも」


 二人は早速甘いものを口にして感想を述べ合った。ハワードもつられてつまんでみる。


「ほう、確かに甘さはずいぶん控えていますね。でも、フルーツの味わいがしっかり出ていて旨い」

「うわぁ、ハワードさんがマカロン食べるなんて、すごい不思議。でもかっこいい!」


ヒカルはベスにもハワードの以前の活躍を説明して、紅の騎士の話を熱弁する。


「…そうして、人間界を乗っ取ろうとした悪魔族が人間に悪魔の力を与えて操り人形にしてしまうの。いつの間にか世の中の常識がおかしくなっちゃうんだけど、そこに同じように悪魔の力を与えられながら、良心を強く持っていて操られない少年が現れるの。そして、天使に導かれながら、その少年とともに戦うのが、ハワードさんがやってた王でありながら最前線で戦っていた紅の騎士なのよ。はぁ、かっこよかったなぁ…」


 気が付くと、リッキーもベスもニヤニヤと笑っている。ハワードは照れ臭そうに苦笑いだ。


「ヒカル、今、自分が王女様だってこと、忘れてない?」

「あ、そうだった…。夢中になっちゃって、ごめん」


 だけど…。ベスは少し視線を落として何かを考えているようだった。「どうした?」とリッキーが声を掛けると、迷った末に気にしていたことを告白した。


「あの、こんなに楽しい会でお話するのはどうかと思ったんですが、実は、最近の夜会で気になることがあるんです。」


 ベスは侍女としては新米だが、それでもフォリナー侯爵令嬢として、夜会にはある程度慣れている。そんな彼女が言うには、とある令嬢の様子がおかしいという。今までそれほど目立つ存在でもなかったのに、何かと攻撃的な口調でこき下ろしてくると言うのだ。


「最近は、自分がヒカル王女様の侍女に相応しいはずだと執拗につっかかってくるので、夜会は控えるようにしていたんです。王族の方の侍女になるには、家柄も大事ですし、何より見習い期間を積んで初めて任命されるべきものだと思っているので、どうして急に彼女がそんなことを言い出すのか不思議で…」

「ベス…、私は誰が何といってもベスがいい!!」


 ヒカルがこぶしを握り締めて宣言するので、ベスも思わず笑ってしまった。


「ちなみに、その令嬢って、もしかしてあのパーティーの?」


 リッキーはやや心配そうに尋ねた。


「そう。ライオネル子爵令嬢よ。ほら、転移装置を開発したミスター・ライオネルの。」

「身元が分かってるから、ジークさんたちに注意されてるはずよね。あれ以来、王宮では見かけないよ。だけど、しばらくは気を付けた方がいいかもしれない。お仕事上がりの時間は、リッキーと時間を合わせてもらえるようにジークさんにお願いしてみるね。美しいお嬢様を守る黒猫の騎士参上!ふふふ」


 思わず紅茶を吹き出しそうになったリッキーを見て、3人は大笑いした。


「いや、しかし。確かに気を付けてください。まさかとは思いましが、ルクセン伯爵令嬢も、異様なほどに攻撃的でしたから、もしも、本当に悪魔的な何かが絡んでいるとしたら、冗談では済まされない話です」


 ハワードは水色の瞳に影を落として、そっと胸元のシャツに触れながらつぶやいた。あの馬車の中で自分の胸元を掴んだアンジェリーナの力は、とても女性のものとは思えなかった。馬車の揺れに合わせたとしても、馬車のドアを突き破って大の男を放り出すなど、簡単にできることではないのだ。

 静かになった室内に、笑顔のフランソワが入ってきた。新しく入れなおした紅茶とプチケーキやサンドウィッチが並ぶ。


「ところで、皆さんとても仲がよくて素敵ですが、リカルド殿とエリザベス嬢のご関係をうかがっても?」

「うかがっても?」


 ハワードのしゃれた振る舞いにヒカルが真似をしてニヤついている。途端に二人は真っ赤になってしどろもどろになった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。時計台の鐘がなったのを合図に、会はお開きとなり、リッキーはヒカルの言いつけでベスを送り届けることになった。二人を見送って、ハワードも今日の会の礼を言い、帰っていった。

 普段着に着替えるのを手伝ってもらいながら、ヒカルは気になっていたことを聞いてみた。


「フランソワ、教えてほしいのだけど。こちらの世界は貴族にも順位があるでしょ?エリザベスは侯爵令嬢だし、リカルドは子爵令息だし。でも、位が違うと結婚とかはできないの?」


 フランソワは手を止めて目を見開いている。


「王女様、あの二人の行く末を心配してくださっているのですか?」

「もちろんよ。あの二人にはとってもお世話になってるんだもの。幸せになってほしいなぁって思うの」

「そうですねぇ。あまり例はないですが、絶対ダメということもないと思いますよ。大切なのは本人たちの意志と両家の関係だと思います。あの二人なら、ご両親を説得できるんじゃないでしょうか」


 柔らかな微笑みを向けられ、ヒカルはほっと胸をなでおろしていた。



 その夜、食事を終えたシルベスタはベランダから街を眺めていた。大魔術師シルベスタ・サーガの邸宅は小高い丘の上にあり、そのベランダからは街の景色や晴れた日には遠くの海まで見渡せる。シルベスタは何か考え事をするときは決まってここに立って街を見下ろすのだ。


「旦那様、まだこの時期は冷えますので、どうぞお部屋の方へお戻りください。今、温かいお茶をお入れいたします」

「ああ、ハワードか。そうだな、さすがに冷える」


 昼間のふざけた人物とは別人のようなシルベスタに、これが主の本来の姿なのだろうと心に刻みつつ、ハワードは熱めのハーブティーを手渡した。ソファに深く腰掛け、ハーブティーの香りを楽しんでいたシルベスタはふと思い立って声を掛けた。


「そういえば、今日はヒカルのお茶会だったか。どうだった?」

「お時間を頂きありがとうございました。とても楽しい会になりました。ヒカル王女様は、なんというか、不思議な力をお持ちですね。リカルド殿やエリザベス嬢も素晴らしい人物ですが、幼いながら皆を包み込むようなあのオーラは、やはり王女様だからこそ、でしょうか」

「不思議な力か…」


シルベスタはなぜか考え込んでいるようだった。


「ええ、今日の帰り際、王女様に言われました。この世界の方々の前では、自分は王女として振舞わなければならないかもしれないけれど、私とは、単に一人の人として付き合っていきたいと。私は王女様と同じ世界から来ていますが、日本のごく普通の少女の言葉とはとても思えませんでした。」


 シルベスタは紅茶を少し口にすると、「うん、確かに」とつぶやいた。


「ハワード、私がヒカルの持つ魔力に畏怖を覚えると言ったら信じるかい?」

「畏怖、ですか?」

 

 意外な言葉を発する主に目を見開いたハワードだったが、思い当たる部分もあった。


「そうですね。魔法に縁のない私ですら、あの方は底知れない力を持っているように感じます。見た目の愛らしさとは裏腹に、神々しいというか。こちらに引き取っていただいた日にもお話しましたが、私は以前王女様と同じ異世界で俳優をしておりました。その時の代表作の物語にとてもよく似た登場人物がいました」


 ハワードは紅の騎士の物語を簡単に話して聞かせた。もとより俳優であるので、穏やかで聞き心地の良い声で話すハワードの話に、ゆったりとソファにもたれながら聞いていたシルベスタだったが、途中からカップを置き、前のめりになって聞き出した。


「その世界を征服するために、人間たちに悪魔の力を授ける、か。なるほど、その少年の話はヒカルに似ているな。

ヒカルの父親のアランはね、ああ見えてとても計算高いんだよ。あの容姿だから子供のころから女官や侍女たちに騒がれていてね。まぁ、そのあたりは君も同じ目に遭ってるだろうけど、なかなかプライベートな時間を取れないんだよね。どこに行っても黄色い声と好奇の目に晒される。だから、ふわふわとつかみどころのない風にしているんだろう。貴族の中にあからさまに敵を作らない。だけど、間違ったことに流されない。そんな彼を父親に持っているのだから、あの子も視野が広いし正義感も強い。」


 物語では、ここから死闘が始まるのだが、いくら魔法が使える世界といえども、そこまでのことは起こらないだろうと、この時ハワードは考えていた。


「もし、ヒカルの魔法について何か新たな事を聞き及んだら、私の耳に入れてほしい。それから、ハワード。君は、ダンスは踊れるか?」

「ええ、少しなら」

「では、明日の午後から王宮に通って、ヒカルとダンスの練習をしておいてくれ。話は私から通しておく。宴の当日、ヒカルが多くの者と踊らなくていいように対策を取りたいんだ」


 ハワードは「承知しました」と美しい所作で礼をしてその場を辞した。その後ろ姿を見送って、シルベスタはぼんやりと建国の頃のことを思い出していた。ガウェインと二人、魔素の鉱脈を探し当てた後の厳しい戦闘の日々を。


アイスフォレスト王国は建国30年余り。それまでは、大陸のずっと東にある山岳地帯を中心とした場所にあった小さな国だった。しかし、巨大地震とそれに続く豪雨で、多くの街は壊れ、当時の王が国民を守るため準備していた避難所はダメ押しのような余震によって、避難していた王族や国民の多くを巻き込んで崩れてしまった。

その当時、王の命によって旅をしていたガウェインとシルベスタは、生き残った近衛兵からの連絡で災害が起こったことを知り、急いで国に戻ってきたのだった。

アイスフォレスト王国は魔術を使う国、山岳地帯の下に眠る魔素の源となる地下鉱石がこの災害によって流れ去ってしまった。ガウェインは魔素を失ったこの土地に国を復興させることを断念し、新たな土地を目指したのだ。

 やっと見つけた地下鉱石の規模を計測しているときだった。突然、山の頂から大きな岩が襲ってきた。それがデビリアーノ族を見た最初だった。ギリギリのところで岩をかわしたガウェインはとんでもない力で奴らを蹴散らした。食料を節約しながら、へとへとになって日々を過ごしていたさなかだと言うのにだ。


「ふふ。まったく、あの頃のあいつはなんでも力業だったな。しかし、ここ十数年デビリアーノ族からの攻撃はない。嵐の前の静けさでなければいいが。まあ、備えあれば憂いなしか」


 シルベスタは心を決めたように私室に戻っていった。



 翌朝、シルベスタが王の執務室を訪ねると、ソフィアと鉢合わせとなった。麗しの王妃の手には2通の手紙がある。


「ソフィア王妃様、おはようございます。本日もご機嫌麗しく」

「まぁ、シルベスタ。ごきげんよう。陛下に御用?」

「ええ、少しご相談したいことがありまして。もしかして、王妃様も、ですか?」


 薄いとび色の瞳がほんの一瞬空をさまよって、そしていつもの意志の強い瞳になった。


「ええ、そうよ。もしかして、ちょうどよかったのかもしれないわね」


 40代にはとても見えない若々しい笑顔で言うと、すぐさま執務室のドアをノックした。扉が開かれると、中ではすでにクランツ首相が打ち合わせを行っていた。


「ソフィア、ちょうどよかった。ん?お前も来たのか」

「ん、ちょっと気になることがあってね。先に王妃様のご用件をどうぞ」


 会釈した王妃は先ほどの2通の手紙を差し出して、ガウェインの表情を伺った。


「1通はルクセン伯爵、もう1通はライオネル氏に宛てたものです。春の宴には、招待しなければならない二人ですが、警戒が必要な人物でもあります」

「ルクセン伯爵は先日のパーティーでも実行犯のジーノに罪を擦り付けて逃げ切りましたからね」


 クランツ首相は悔し気に呟いた。それを引き継いで、王妃が続ける。


「このライオネル氏は転移技術の科学者ですが、彼というより、その娘がどうも曲者のようで。ウェリントン公爵夫人からも気を付けた方がいいと忠告をもらっていますわ」

「曲者と言えば、ルクセン伯爵令嬢もどうも様子がおかしいそうだ。先日うちに引き取ったルクセン伯爵家の元執事から聞いたんだが、何かに立腹して馬車から彼を突き落としたというんだ。リカルドが見つけて助けたときは、ろっ骨が2本折れていた。腕の骨にもひびが入っていたしな。本人はボロボロになっていて気づいていなかったみたいだが」


 黙って聞いていたガウェインがうなる。


「なんだ、最近の娘たちはそんなに気が強いのか」

「はぁ? どうしてそんなくだらない発想になるのです?!何かの企みではないかとは考えないのですか?憶測なら良いのですが、王族に近い令嬢たちがこんな気性の激しい者ばかりでは困ります」

「そ、そう言われてもなぁ」


 そばで聞いていたシルベスタがこらえきれずに笑い出す。


「何がおかしいのです!」

「いや、失礼。ガウェインに一番近い人物がなかなか気性の激しい方でね。クックック」


 クランツも下を向いているが肩が微妙に震えている。


「笑っている場合ではないかもしれないわよ。この娘たち、なぜか共通点が多いのです。二人とも母親とは縁が薄く、乳母に育てられているそうです。」

「いやぁ、しかし、ルクセン伯爵にはご夫人がいらっしゃるでしょう」


 クランツ首相の言葉にソフィアは首を横に振った。


「ルクセン伯爵令嬢は夫人の子どもではないの。伯爵家に引き取るまでは乳母に育てられていたそうよ」

「しかし、乳母に育てられたぐらいなら、ヒカルも同じ条件ではないか」

「それだ!」


 ガウェインの一言にシルベスタが飛びついた。そして、前夜にハワードから聞いた話を伝えると、ガウェインは考え込み静かに呟いた。


「もしや、遺伝の種か…」

「おそらく。アイスフォレスト家の古書にあったよね。大地に根を張る大樹のように、何日もかけてじわじわと脳内に浸透させ、まるで最初からデビリアーノ族だったかのような考え方に染めてしまう術だ」

「確かめることはできないのですか?」


 クランツの問いにガウェインは首を横に振った。母国のあの災害の中、王族の蔵書のほとんども失われていた。


「アランとリオン、それにそれぞれの騎士団長をここに」


 ガウェインの命に近衛兵が動く。ここからは王子たちを交えての作戦会議だ。



 午後になって、王宮の一室に規則正しいリズムが刻まれている。ハワードがそっと覗くと、部屋というには広すぎる場所に、レモンイエローのふんわりしたドレスに身を包んだヒカルがダンスのレッスンを受けていた。

 ハワードが名乗ると、講師はお待ちしておりましたと丁重に挨拶して、さっそく何パターンかのステップについて説明すると、ヒカルに声を掛けた。


「王女様、お待たせしました。それでは本日からハワード様にお相手をお願いします。宴では、実際にハワード様ともダンスされるでしょうから、今から慣れておかれるのが良いですよ。では、音楽に合わせてやってみましょう」


 向かい合ってそっと手を差し伸べられると、ヒカルはちょっと恥ずかし気にその手に自分の手を預ける。音楽が始まり習いたてのステップを思い出す。


「王女様は今までダンスを習ったりしていたのですか? とてもお上手です」

「習ってはいなかったですよ。友達が習っていたダンスを教えてもらったことはあるけど、もっと今風なダンスだったし。ほかは学校で習ったフォークダンスぐらいです。あっ!ごめんなさい!」

「大丈夫です。ダンスは慣れですから、本番まで私の足なら、何度でも踏んでもらっていいですよ」


目の前の金髪の麗人に微笑まれ、ヒカルはなんとも落ち着かない気分だ。タンタンタン、講師が手をたたく音がだんだん大きくなってくる。


「ほら、王女様。リズムに乗って。背筋が曲がってますよ。」

「うう、背中が痛いよぉ…」


 講師に聞こえない程度の声で、ヒカルが悲鳴を上げる。ハワードはクスクス笑いながらも優雅にヒカルをフォローしながら踊った。


「ハワード殿は筋がいいですね。動きに隙がなく優雅です。さぁ、王女様も頑張りましょう。ああ、左手が下がっていますよ」


 ダンスの講習をなんとか終えると、はぁ~と大きなため息をついて二人を笑わせるヒカルだった。


「お疲れ様でした。王女様、初めて来られた時よりずいぶん上達していますよ。それに、まだ背丈も伸びるでしょう。そうすれば、より踊り易くなるはずです」

「では、王女様。お部屋までお送りしましょう」


 講師に見送られてハワードがドアを開けると、慌てた様子の侍女たちが恥ずかしそうに笑いながら去っていった。あとにはあきれ顔のリッキーが残されていた。


「どうかしたのですか?」

「ああ、さっきの連中はハワードさんを一目見ようとやってきたんだ。元々シルベスタ様のファンだったはずなのに、最近はハワードさんに鞍替えしたみたいだ。まったく…。俺なんか、邪魔だって言われたし」


 リッキーがふてくされて言うと、「仕方ないよ」とヒカルも苦笑していた。


「でも、リッキーには素敵なお嬢様がいるでしょ?」

「えっ、あ、うん」


 軽く茶化すつもりだったが、否定しないどころかわずかに頬を赤らめて照れた様子のリッキーにヒカルとハワードはピンときたようだ。


「ねぇ、ハワードさん。また4人でお茶会しなくちゃいけない気がしてきたけど、どうかなぁ」

「ああ、そうですね。私はこの歳までドキドキするような恋をしたことがないので、どんな感じなのかぜひご享受願いたいものです」


 そう言えば、とハワードは思い立ってヒカルに耳打ちしてきた。


「先日のお茶会の帰り、ジーク殿が二人を呼び止めていたのですが、なにかあったのでしょうか?」


 さぁ、と答えつつ、ヒカルには心当たりがある。パーティーの控室での出来事はすでにジークの耳に入っていると聞いている。何事もなければいいのだけれど。



 二人が次のお茶会の相談をしている頃、王の執務室では、王子たちを交えた会議が行われていた。この中でデビリアーノ族と対峙したことがあるのはガウェインとシルベスタだけだ。


「デビリアーノ族は、小人族に属する種族だ。成人でも背は140cmぐらい、力も少年ぐらいのものだろう。魔術に長けていてその暮らしぶりは自由奔放だ。魔素を湯水のように使って暮らしている。だから、魔素を含む地下鉱石を見つけると、その国を乗っ取ったり、国のトップの人間に取り入って魔石を貢がせたりしているようなんだ。」

「まったく、大切な魔素をくだらないことに無駄遣いしやがって。あんなひ弱な連中にどうやってそんなことが出来るんだと、私も最初は不思議でならなかったが、先代が保管していた古書にその情報が載っていたのを思い出したんだ。」


 シルベスタの説明にガウェインが憎らし気に付け加える。


「情報? 陛下、具体的にそれは?」


 ジークの問いに、「遺伝の種という術だ」ガウェインは眉間をもみながら答えた。


「私も若い頃に学んだ程度の知識だが、その術は相手の脳内に”種“を植え付けて、まるで昔からデビリアーノ族であったかのように彼らを自分達と同じ思想に染めてしまうらしい。」

「とにかく、今不審な動きをしているのはルクセン伯爵令嬢とライオネル子爵令嬢よ。さっきも言ったとおり、この条件にはヒカルも当てはまるの。シルベスタから聞いた物語がこの令嬢たちと同じとは決められないけれど、気を付けるに越したことはないわ。アラン、あなたはもう一度日本に行って、ヒカルの乳母を、リオンはルクセン伯爵令嬢の乳母を調べてちょうだい。」


 「それでいいわよね?」とガウェインを振り向くソフィアに、セリフを全部取られて苦笑いのガウェインが頷いた。


「シルベスタ、すまないがサルビィの丘の跡地を調べてくれないか。古文書が見つかれば、対応策があるかもしれない」

「そうだね。長らくあちらには行ってなかったから、調べてみるよ」

「陛下、春の宴までにしなければならない準備は多いわ。心配ではあるけれど、準備を進めますね。そうだわ、ウェリントン公爵夫人と相談しなくちゃ…」


 ソフィアは半ばから独り言のように呟いて、早々に部屋を出た。それを見送って、ジークは苦笑いを浮かべた。自宅では母親がなにやら計画しているのを知っている。そう、ソフィアが話しているウェリントン公爵夫人とは、ジークの母に他ならないのだ。


「ま、そういうことだ。ジーク、ウィリアム、王子たちを頼む。」


 皆は頷き合って、それぞれの先に向かった。


 久しぶりに親子での夕食を楽しみながら、ヒカルはリッキーとベスの事を話して聞かせた。身近な二人をまるで自分の事のように心配したり悩んだりする娘を見たアランは、複雑な心境だった。


―いつの間に、こんなに周りの人を気遣えるようになったんだろう。それにしても…―


 今日の会議で聞いたデビリアーノ族の話は、今まで一度も父親であるガウェインから教えられたことがなかった。それに、シルベスタが話していた物語は、確かにヒカルが夢中になっているとは知っていたが、そんな話だったのか。しかも本人にも関わる話になるかもしれないとは。目の前で楽しげに話す娘は、こちらの世界に来てから驚くほど成長している。ドレスやヘアスタイルのせいもあるが、ちょっとおませなこの子なら、明日にでも突然彼氏を連れてくるかもしれない。


「お父さん、どうしたの?」

「ん?あ、そうだ。実は、お父さん、一度日本に戻らないといけなくなったんだ。ヒカル、一人でも大丈夫かい?」

「お父さん、日本に戻るの?じゃあ、私の本棚になる「紅の騎士」の本、持ってきてほしいなぁ」

「ああ、分かったよ」

「やった!」


 ご機嫌な娘にちょっとだけ寂しいお父さんだった。



 2日後、アランは異世界日本に帰ってきた。1年足らずの不在だったが、店内には長く捨て置かれたような空気が充満していた。王宮が落ち着いてから諸々を片付けるつもりで、電気や水道も自動支払いでつながっているし、転移の際に置いてきたスマートフォンも無事だった。

 住居スペースに移って、ヒカルの本棚を見に行くと、「紅の騎士」が数冊並んでいる。横には映画のポスターが貼られている。


「あ、これは…」


 キリリと勇ましい表情のハワードが、子役の男の子と一緒に剣を構えている。アランはポスターをそっと壁から外して、紅の騎士の本と一緒に丸めてヒカルの机に置いた。


「さて、これからが本番だ」


 戸棚の引き出しから母子手帳を取り出すと、メモ欄にある連絡先を見つけた。ベビーシッター派遣会社の電話番号と平田という名前が書かれている。早速電話してみると、受付嬢の明るい声が応対した。しかし、平田というベビーシッターはいないと言う。10年以上前だと伝えてみたが、登録者名簿にはないということだった。

 

「参ったなぁ」


 考え込んでいると、母子手帳の間から何かがするりと零れ落ちた。アランが拾い上げると、それは小さい頃のヒカルの写真だった。


「こんなにかわいいのに…」


 ガウェインやシルベスタの言うように、デビリアーノの魔の手がヒカルに罹っていたのだろうか? 素直で明るく、小さいころからしっかりしていたあの子が。確かに傍にいても膨大な魔力を持っていることは分かっていた。だけど、人の脳に作用して洗脳まがいなことをする術を跳ね返すなど、幼い我が子に出来たのだろうか? 


 アランは気を取り直して、店内に移動すると、窓を開けて空気を入れ替え、慣れた手つきで自分用にコーヒーを入れた。豆は古くなって香りは薄かった。


「さすがにダメか。新しいのを買って来よう」


 新鮮な空気が入って、レースのカーテンを揺らしている。ここに満員のお客が入って、ヒカルと二人、よく頑張っていたなと自分でも感心する。店の前の通りを小学生たちが下校していくのが見えた。二人の女の子がわいわい楽し気に話している後ろを、一人少し離れた場所からついていく子。それを見た途端、アランはふと昔のことを思い出した。

 そうだ、めったに泣き言を言わないヒカルが、一度だけしょんぼりして帰ってきたことがあったな。


「晴れがいいって言ったじゃない。」

「ヒカルちゃん、気持ちわるい~…」


 あれは、なんと言って気持ち悪がられていたのだった?子供たちの小さないざこざだと見逃していたことが、なぜかとても重要に思えてならない。じっと扉を見つめていると、突然、カランとカウベルが鳴った。


「あ…」

「マスター!帰ってきたのね!」


 常連の女性客が嬉しそうにほほ笑んでいた。


「すみません。ちょっと空気を入れ替えに来ただけなんです。家族が体調を崩しちゃって、身動きが取れないんですよ。」

「まぁ、大変ですね。みんなさみしがっていましたが、それじゃあ仕方がないですね。でも、いつでも戻って来てくださいね。マスターのファンは多いですから。あと、晴れ娘の光ちゃんにもよろしくね。お二人がいなくなって、ホントにしばらく雨が続いていたんですよ。じゃあ。」


 女性はそういうと、会釈して店を出て行った。ん?晴れ娘の光? その言葉がマスターの記憶を紐解いた。そうだ!ヒカルは100%晴れにできる特技を持っていたんだ。そして、そのことで友達に魔女だと言われたのだ。


「ヒカルちゃん、気持ちわるいよ。魔法で雲を動かすなんて、悪い魔女みたい」


 そうだ!ヒカルは自分の力で天候を操っていたんだ!魔素のあるアイスフォレスト王国ですら、そんなことが出来る魔術師はいない。アランの背筋を冷たい汗が流れる。これは、本当にデビリアーノ族の悪意を跳ね返したのかもしれない。


異世界日本に再び戻ってきたアランは、ヒカルの乳母を見つけられるのか? ドキドキです。

ハワード演じる紅の騎士のポスター、ちょっと見てみたいかもw

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