第3章 王族と貴族のあれこれ
王妃様にも認められ、いよいよヒカルのお披露目を兼ねたぱーてぃーが開かれます。だけど、やっぱり貴族もいろいろで、あれやこれやと暗躍するのですよねぇ。
第3章 王族と貴族のあれこれ
王室主催のアラン王太子帰還パーティーの日がやってきた。王城の門の前に豪華な馬車が並んだ。広く円形に形作られた馬車の乗降場は着飾った貴族たちであふれている。しかし、その表情は両極端だ。ウェリントン公爵やマッコーエン侯爵など、アランに近い貴族たちは一様に誇らしげに、ルクセン伯爵をはじめとするリオン派は憤懣やるかたないと言った様子だ。
「まったく、今頃になってのこのこ出てくるとは、王宮内の婦女暴行容疑の言い訳でも発表なさるおつもりか」
「ルクセン伯爵殿、そこまで決めつけるのはいかがなものかと思いますよ」
「これは、これは、マッコーエン侯爵殿。ご令嬢はアラン王子の許嫁でしたね。これは失礼いたしました。このような噂が流れると、ご令嬢もさぞやご心配でしょう」
聞えよがしの発言に取り巻きの貴族たちも笑い声を漏らす。その様子を一歩下がったところでおろおろと見守っている伯爵夫人は気が気でない。
「お父様、私はそろそろリオン殿下を探してきますので」
「まぁ、アンジェリーナ、お待ちなさい。殿方を探し回るだなんて、はしたないわ」
そんな夫人の言葉を見下げるように振り向くと、アンジェリーナはため息を落としてさっさとその場を後にした。
―冗談じゃないわ。ぼやぼやしていたら、ほかの令嬢に大事な王子様を取られてしまうじゃない。ふふふ。ジーノは手筈どおり動いているし、アランは蹴落としたも同然よ。生真面目なだけのリオン王子なら私の傀儡にするのは簡単。見てなさい。今日のドレスなら、きっと殿下を落とせるはずよー
アンジェリーナは、2階にあるパーティー会場のベランダから馬車の乗降場を見下ろして、次々とやってくる貴族令嬢たちを観察すると、今夜が勝負だとこぶしを握り締めた。
貴族たちが会場に入っている中、ヒカルは王族控室の一室で準備を整えていた。
「ヒカル様、緊張なさっていますか? うるさい外野も多いですが、王族の皆さんが認めてくださっているのですから、きっと大丈夫ですよ」
「うん、そうよね。はぁ、でも初めてのことだらけでドキドキします」
小さな体で懸命に緊張を抑えているヒカルが愛おしいとベスは思う。少しずつ言葉遣いも緩んできたし、力になってあげたい。
「ヒカル様、手をお出しください。掌にこうやって、人という文字を書いて飲み込むふりをするのです。こうするとドキドキが少し収まるんだとか。小さい頃、隣に住むおじいさんに教えてもらったのです」
知ってる!日本にいるとき、音楽会の前に先生が教えてくれたおまじないだ。ヒカルは懐かしさにふと肩の力が抜けて行くのを感じた。
控室のドアがノックされ、リッキーが顔をのぞかせた。
「ヒカル、入場までまだ時間があるんだけど、ちょっとだけベスを借りてっていいか?」
「リッキー、仕事中よ」
「いいよ。今、ベスにおまじないしてもらったから、大丈夫。」
心配げなベスの手を引いて、「ごめん」とヒカルに声を掛けるリッキーの耳がほんのり赤くなっていた。
「どこまで行くの? ヒカル様の部屋から離れたくないのよ」
「うん、そこを曲がったところでいいんだ。」
控室の前の廊下を左に曲がったところで立ち止まると、今まで見たこともないような真剣な顔でリッキーがベスの手を握った。緊張で息が荒い、頬が熱いので顔が赤くなっているのが自分でもわかった。
「ベス、あ、あの。お、おれは…」
「どうしたの、リッキー? 元気がないのね。なんだか顔も赤いし…、もしかして風邪?ねえ、大丈夫なの?」
「え?」
いつもと雰囲気の違うリッキーに、ベスはすっかり勘違いをしていた。そっと両手でリッキーの頬を包むと、内側からぶわっと熱が噴出してくるのが分かる。その時だった。ヒカルの控室のドアがバタンと閉まる音で、二人は一気に現実に引き戻された。すぐさまヒカルの控室に走ると、深紅のドレスに身を包んだ令嬢がヒカルに近づいているところだった。
「どなたですか?」
「誰だ!」
ベスとリッキーが同時に叫ぶ。それを見下すように腰に手を当て、あきれた様子で令嬢は笑った。
「護衛も侍女もどこにいらしていたの? それに、なぁに?このダサいお飾りは!」
「ひどい! このお飾りは、ベスと一緒に選んだ物よ。」
ヒカルの抵抗にも動じないその令嬢は、ふふっと笑うと、ベスを指さして豪語した。
「あなたには、この方の侍女は無理よ。王太子殿下のお嬢様を放り出して、それじゃ侍女失格よ。私が替わってあげ…」
「失礼いたします。ご令嬢。ここはあなたが入っていいお部屋ではありません。今すぐ立ち去らないというなら、警備控室までお越しいただくことになります」
令嬢が言い終わる前に間に割って入ったリッキーが宣言すると、「な、なによ。今日のところは帰ってあげるわ」と部屋を出て行った。しばしの沈黙の後、リッキーは膝をついてヒカルに謝った。
「申し訳ございません! 俺の…私の自覚のなさでヒカル様を危険な目に遭わせてしまって…」
「ううん、私も悪かったの。ノックがして、ベスだと思い込んで入室を許してしまったから」
「ヒカル様、なにもされていないのですか? 私が部屋を開けたばっかりに、申し訳ございません」
三人がそれぞれ謝りあって、ことを穏便にすませようと考えていた。しかし、それは簡単に済ませることではなかったのだ。王族控室の手前には近衛兵が2人立っていたはずだったが、急患がでたので助けてほしいと言われ、一人がその場を離れると、助けを求めてきた令嬢が残る一人の隙をついて薬品を吹きかけ眠らせてしまっていたのだ。
リッキーは後日ジークから呼び出され、洗いざらい白状させられる羽目となった。
同じころ、パーティー会場の片隅で、マッコーエン侯爵の娘レイナが緊張のあまり気分を悪くしてしまい、今は会場のすぐそばの控室にいた。今日、みんなの前でリオンとの婚約が発表される予定なのだ。リオンが甲斐甲斐しく世話を焼く姿を、マッコーエン侯爵夫人は満足げに見守っていた。
「レイナ、そろそろ私は会場に向かうことにするよ。アラン王太子殿下のお出ましの時間だ。リオン王子、どうか娘をよろしくお願いします」
後からやってきた侯爵は、深々と頭を下げる。
「マッコーエン侯爵、僕のわがままを許してくださって、本当にありがとうございます。これからはレイナと力を合わせて王太子殿下の支えになれるよう努力します」
「王子、頼りにしておりますぞ」
控室を出る侯爵の背中は少し寂し気に見えた。
軽やかなファンファーレが鳴り響くなか、ガウェイン王、ソフィア王妃、アラン王太子の姿が会場に現れた。多くの貴族が優雅に礼をして華やかなパーティーの始まりとなった。
「今日はアランの帰還のパーティーに集まってくれたこと、喜ばしく思う。この10年余りのことは後程クライツ首相の方から説明してもらう。今回のパーティーでは、発表が2つ…」
ガウェイン王の話が続いている中、アンジェリーナはさっさと会場を後にした。冗談じゃない、リオン王子がいないのなら、そんなところにいても仕方ない。自慢のドレスをふわりと広げ、もうすぐやってくるだろうリオンの通りそうな廊下へと向かう。
その途中、会場からわぁっと華やかな声が響いたが、アンジェリーナは眼中になかった。おかしい、もう会場入りしていて当然なのに。陛下や王妃を差し置いて会場に来ていないなんておかしい。アンジェリーナが焦り始めたとき、待ち伏せしていた会場の扉が開き、リオンが会場から出てきた。
「リオン殿下!ずっと探していたのですよ。どちらにいらしたの?」
アンジェリーナは、上目遣いに少しすねたようなそぶりを見せてすぐさまリオンに駆け寄るが、その隣に令嬢がいることに目を止めてキッと睨みつけた。
「あなたどなた? リオン殿下の隣に並ぶなんて、ぶしつけな方ね!恥ずかしくないの?」
アンジェリーナは、令嬢を押しのけるようにリオンの腕にしがみつき、ここは自分の場所だといわんばかりに見下ろした。
「レイナ!」
「やめたまえ!」
リオンと護衛のウィリアムが同時に叫ぶ。
「ご令嬢といえども、許される行為ではない。あなたはルクセン伯爵家の令嬢だな。最近のあなたのなさりようは、王室でも問題になっている。今日のところはもう帰りたまえ」
「どういうことですの?」
「自分のしたことが分かっていないようだな。先ほどガウェイン陛下から発表があったばかりだ。こちらのマッコーエン侯爵令嬢は本日正式にリオン殿下の婚約者になられた。」
ウィリアムの発言におののいたように後ずさったアンジェリーナは「いや、いやよ!そんなの認めないわ!」と叫びながらその場から走り去った。
こんな騒ぎになっていても、会場内の貴族は一人も覗きに来なかった。会場内では、アランが異世界転移していたこと、子を設けて帰ってきたことが発表され、大騒ぎになっていたのだ。
そして、ヒカルが王女として認められたことも発表されると会場内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「おかしいだろう。10年余りも王族としての仕事を放り出して、異世界にいたんだと?おまけに子供まで作って、ふしだらにもほどがある!」
怒り狂うルクセンに、アランは丁寧に説明するが、聞く耳を持たない。
「異世界どころか、王宮に閉じこもって夜な夜な女性を襲っていたのではないですかな?婦女暴行事件には必ず王太子の紋章が入ったものが落ちていたと聞いている」
幾ら攻めても冷静に対応するアランに、ルクセンはいよいよ肩を怒らせて詰め寄った。しかし、その肩にそっと手を添える者がいた。
「ルクセン伯爵殿、少し、そのことで伺いたいことがあります。別室までお越しください」
「なんだと? クランツ首相ともあろう人が、なぜこのような事態を抑えられないのです。」
「あなたのお力をお借りしたいのですよ。さあ、こちらへ」
クランツに詰め寄るルクセンを、静かにしかし圧倒的な圧力で別室へと連れていくのはジークだった。
どうなるかと思われたパーティー会場はルクセンの退場であっという間に和やかな空気に包まれた。首相と第一騎士団の団長に連れられていくルクセンを見たら、鼻の利くほかの貴族も何かが起こっていることはすぐに気づく。
リオンはアランの臣下につくと宣言した。もうこれ以上もめる必要もないだろうというのが大方の考えだった。
「お父さん…」
「ヒカル、大丈夫だよ。この雰囲気なら、もう認めてもらえてるさ」
小声で話す親子に、貴族たちが次々挨拶に訪れる。
「ヒカル王女様、初めまして。私はジョージ・ウェリントンと申します。息子ジークとは、親しくしていただいております。我々の領地は王宮の南、海辺の街並みは美しい場所ですので、ぜひ遊びにおいでください」
「ありがとうございます。」
「ヒカル王女様、はじめてお目にかかります。スチュアート・フォリナーと申します。エリザベスを侍女に召し抱えてくださいましてありがとうございます。アラン王太子殿下、私は愚かにもルクセン伯爵の垂れ流す噂に翻弄されておりました。いや、お恥ずかしい。ウィリアムがいろいろ調べ上げております。後程ご報告差し上げます。
此度の事では、息子にもずいぶん意見されてしまいました。ですが、もう大丈夫です。我々貴族も間違っていることと分かれば、身を正すことを知っております」
フォリナー侯爵は潔く告げると、膝を折って忠誠を誓った。
「フォリナー侯爵、リオンを正しい道に引っ張ってくれたのはウィリアムだとジークから報告が上がっている。今後ともどうか力を貸してほしい。そして、不慣れな娘の傍に、エリザベスがついてくれるのは心強い限りだ。」
「有り難きお言葉」
次々と挨拶に来る貴族たちは一応に歓迎ムードで、華やかなパーティーの夜は更けていった。
そんな華やかな場を後にして、一騎の馬車が王宮を出発した。
「アルフォート! 帰るわよ!」
「アンジェリーナお嬢様、いかがなされたのですか?」
ひときわ豪華な馬車に乗り込み、執事のアルフォートを同席させたアンジェリーナは、会場で恥をかかされたと怒り心頭だ。
「今日のこのドレス、どれだけお金をかけたかあなたなら知ってるでしょ?それなのに、リオン王子はほかの令嬢と婚約したっていうのよ!しかも、王子の護衛に帰れって言われたわ。周りの護衛たちもまるで私を悪者みたいに追い立てて!!」
「お嬢様、それは大変でしたね。ですが、先ほど周りの者が噂をしているのでは、レイナ嬢はリオン王子の想い人だったとか。そればかりは仕方がないのでは…」
言いかけたアルフォートははっとした。今まで見たこともないほどの怒りに包まれたアンジェリーナがいきなりアルフォートの胸倉をつかんだのだ。
「何をバカなことを言っているの。リオン王子には王太子になっていただいて、私と結婚してもらうのよ。そのためにお父様にも働いてもらってるのだし、お金に糸目をつけずにいろいろ計画してきたわ。財界トップのルクセン伯爵家の娘の私が、王妃になるにふさわしいはずよ!」
「お嬢様、落ち着いてください。立ち上がられると馬車が揺れて危険です」
「うるさい!!まったく、どいつもこいつも使い物にならないわね!私の言うことを聞かないのなら、いっそ、王国ごと焼き払ってしまった方がいいんじゃないかしら!」
「ぐぐっ、苦しい…。お、お嬢様、なんてことを…」
胸元を締めあげられ、息もできないアルフォートは、意識を失う直前アンジェリーナの瞳の色が真っ赤に染まって見えた。
その時、轍に車輪がかかって馬車が大きく揺らいだ。腹の底から無限にわいてくる怒りをそのまま握りしめた手に込めると、アンジェリーナは勢いよくアルフォートを馬車の外に突き飛ばした。
「ぐはっ!」
背中から道端に落ちていく執事を目の端に捉えて御者が止めようするのを制止すると、アンジェリーナは馬車を進めるよう命令した。そして暗闇の中に馬車は消えて行った。
パーティーから数日が過ぎた。ヒカルは午後からの魔術の時間を、王宮の森をはさんだ北側にある演習場で過ごしていた。魔術の先生は王城魔術師団のメンバーが交代で担当している。
「ちっ、まったく。子供の相手なんぞ、王城魔術師団の大魔術師たる俺らの仕事ではないぞ。」
「まあそう言うな、フィル。あれでもアラン殿下の娘だというじゃないか。どれほどの魔力があるか、試してみてもいいんじゃないか?」
その日の担当は貴族出身のフィルとロイスだ。二人は魔術師団の古株で、大抵のことは部下にさせ、自らは大魔術師と名乗っている。そんな彼らにとって、ヒカルはただの子どもに過ぎない。そのお相手となれば、ままごとの付き合いのように感じているのだった。ヒカルの傍で待機するリッキーが若いのもあって、尚のこと小ばかにするのだ。
「さて、王女様、本日は何をいたしましょう。風を起こすことはもうできますかな?」
「はい、風はこの通り」
ヒカルが爽やかな風を起こすと、次は火を起こすように言い渡す。ヒカルが小さな炎を空中に浮かべると、フンっと鼻で笑った魔術師ロイスは近くの木箱に火炎をぶつけて見せた。
「王女様、あなたがアラン殿下の娘だというなら、あの向こうにある黄色の壁の小屋の一つも焼いてみればいいのです」
「おい、ロイス!あれは!」
傍にいたフィルが慌てて止めに入る。その小屋はレンガで作られたもので、この国では、黄色い壁は火薬庫などの火気厳禁を現している。
「なにをおびえているのだ。こんな小娘にレンガを焼き切れるわけがないだろう。ちやほやされて調子に乗らないように、今のうちに身の程を知らしめないとな。」
こそこそと話す二人には耳を貸さず、真剣に取り組むヒカルは、ぼうっと火炎を出して見せた。しかし、その程度では焚火の火種ぐらいにしかならない。
「どうすれば、強い火力がでるのですか、先生」
「腹に力を込めて、火山が噴火するようなイメージで、掌に意識を集中するのです。まあ、頑張ってもあなたのような子供には…!!」
言い終わる前に、ヒカルは足を踏ん張り腹筋に力を籠めると、すうっと瞳に赤い炎が浮かび、怒涛のごとき火炎を放出した。その炎はレンガどころか、中の火薬にも燃え移り、一つ、二つと爆発が起こり始めた。
「やばい、逃げろ!!」
「何しやがる、このガキ!」
二人の魔術師はすぐさまバリアを張り巡らせて退避したが、多くの魔力を消耗したヒカルはそのまま倒れてしまう。
「な、なにやってんだ!」
離れた場所で待機していたリッキーは、異変に気付くとすぐに爆発が連続する演習場に飛び込んだ。あのパーティーで、自分の望みを優先させたがために、ヒカルに危険な目に遭わせてしまったことが、ずっと頭の隅でくすぶっていた。ヒカルは絶対に自分が守るのだ!リッキーは心に強く誓っていた。
爆音で耳がきーんと悲鳴を上げ、視界は煙で閉ざされ、ヒカルを見つけられない。
「ヒカルー!どこだ!!ゴホッゴホッ」
叫んだ拍子に熱風で喉が焼けるように痛む。何が起こったんだ、煙でヒカルの居場所が分からない!リッキーはやみくもに走りだした。
「ヒカル… ちくしょー! どこだー! あ、この靴は! うわっ!!」
もうもうとした煙の中で微かに見えた見慣れた靴に駆け寄ったが、続いて起こった爆発に、リッキーは最後の力を振り絞ってその靴の主に覆いかぶさり、そのまま意識を失った。
演習場の事故の後、謁見の間にガウェイン王と対峙する二人の魔術師の姿があった。魔術師たちは、それぞれ慌てた様子でヒカルの容体を案じる発言をしたのち、それにしてもと、ヒカルがおもしろがって勝手に火薬庫に火炎を打ち放ったのだと証言した。
「いや、確かに王女様の魔力は素晴らしかったのですが、我々も幼い王女のなさりように振り回されて、助けに入るのが遅れてしまいました。」
大げさに嘆いて見せる二人をガウェイン王は黙ったまま見つめていた。
「陛下、我々の証言は今お話しした通りでございます。その、これよりまだ仕事が残っておりますゆえ…」
「そなたたち、我の言を聞かずに立ち去るというか」
ガウェイン王の目は恐ろしく冷たい。二人がそれの意図するところにおびえ始めたところに、近衛兵の声が聞こえた。
「大魔術師シルベスタ・サーガ殿がお見えです」
背の高い扉が静かに開けられ、銀髪の長い髪をなびかせた長身の美丈夫がゆっくりとした足取りで入ってきた。
「此度は世話になった。ヒカルの様子はどうだ?」
「危ないところだったが、なんとか間に合ったよ。傍にいた護衛の彼が守ってくれなかったらと思うとぞっとする。二人には治癒魔法を施したから、しばらく寝かせてやれば大丈夫だ」
緩やかになびくローブを身にまとい、妖精のような白い肌と青空のような瞳。そして王をも恐れぬ物言いに、王城魔術師団の魔術師たちは声を上げた。
「貴様、さっきからガウェイン陛下の前で失礼だぞ!」
「そうだ。たまたま居合わせて、良いとこ取りしやがって!」
いきり立つ二人を一瞥し、シルベスタはゆっくりと玉座に歩み寄った。
「久しいな、ガウェイン」
「ふふふ。まったくおまえと言うやつは。どこをほっつき歩いていたんだ。」
ガウェイン王とシルベスタはしばらく見つめ合ったあと、ガシっと握手する。
「とりあえず、報告だ。先ほど私が演習場の近くを通りかかった時、ずいぶんと濃度の高い魔力の塊を感知してな。それで、ちょっと覗いてみたんだ。そうしたら、あの少女に火薬庫に火炎を浴びせろと指導している魔術師がいてな。まあ、だれとは言わないが」
言葉を切って、ふっと王城魔術師の方をみやるシルベスタを見て、その場にいた全員がじっと二人を見る。ロイスとフィルが生唾を飲み込む音が謁見室にささやかに響いていた。
「あの護衛はよくやっていた。煙で視界の悪い中に飛び込んで、ギリギリ少女を守っていたのだからな。本当に大切なものがなんなのか、きちんと分かっているのだろう。それに引き換え…、自分の身を守る結界を張ったとて、そんなものは足元からあっさり崩れ去ると言うのに」
「へ、陛下、あの…」
「ロイス、フィル。シルベスタに部屋を用意したい。王城魔術師団の宿舎にまだ空き部屋はあるか?」
「残念ですが、今は満室です。物置小屋ぐらいしかご用意できませんね」
「そうか、では、その物置部屋をお前たちの部屋とする。すぐに荷物をまとめろ!」
ロイスとフィルはまったく意味が分からない様子だ。
「ガウェイン、ずいぶん手ぬるいじゃないか。こんな雑魚を置いておくとは」
「ははは。相変わらず手厳しいな。まあ今日のところは貴賓室でくつろいでくれ。あとでゆっくり話そう」
そういうと、ガウェイン王は玉座を立った。しかし、微かにロイスとフィルの緊張がゆるむのを見落とさない。部屋を出る直前、ぼそりと呟いた。
「おまえたちが物置小屋に行くことは確定だからな。まあ、そこにすら今後居られるかどうか」
王の退室を機に、崩れ落ちる二人だった。
演習場の事故から2週間が経っていた。意識を取り戻したリッキーは、傍にいた侍女にすぐさまヒカルの状態を確かめていた。リッキーの意識が戻ったことは、すぐに王宮内に伝わり、アランとジークがすぐさまやってきた。
「リッキー、お前がヒカルの護衛についていてくれて良かった。礼を言うよ」
「王太子殿下!もったいないお言葉です!」
無理に起き上がろうとするリッキーを、ジークが制した。
「やっと気が付いたんだな。まだ無理はするなよ」
「団長、申し訳ありません。王女を守り切れず…」
「大丈夫だ。あの爆発の直後に魔術師のシルベスタ様がお前たちを救いだしてくださった。気づいているかもしれないが、ここは王族エリアの控室だ。シルベスタ様がヒカル王女様共々毎日治癒魔法を施してくださったんだ。もう、怪我も癒えているだろ? あとはなまった筋肉を鍛えなおすだけだ。」
ジークにそう言われて、改めて自分の体を確かめ、リッキーは深いため息をついた。あの時、耳がおかしくなるような爆音と息をすることすら躊躇われる熱風に包まれながら、かすかに見えたヒカルの靴に覆いかぶさるしかできなかった。主であり、大切な友人でもあるヒカルを絶対に失いたくない!ヒカルの笑顔を守るためなら、命など惜しくもなかったのだ。
今、落ち着いて考えると、傷跡すら残らず、あの日の出来事がなかったことのように思える。こんなことは、ありえないのに。リッキーは顔を曇らせてジークを見た。
「お前はシルベスタ様に会ったことがなかったな。そのうちお目にかかれるだろう。あの御仁は、国内最強の魔術師だ。陛下とともにこの国の建国に力を尽くされた大魔術師でな。お前も今は気持ちと体がちぐはぐで不安定だろうが、じきに落ち着くだろうとおっしゃっていた。まぁ、ちょっと変わった方だが、陛下が親友と位置付ける唯一無二の存在だ」
リッキーは呆気にとられていた。そんなすごい人がなぜ今まで国政に関わっていなかったのか。ヒカルはともかく、なぞ自分まで助けて傷まで治してくれたのか。
「ふふ、とにかく変わった人なんだ。リカルド、お前のことはとても気に入ってるとおっしゃっていた。これは非常に珍しいことだぞ。」
ジークは楽しくて仕方がないのを必死でこらえているように、妙にまじめな顔で言い、アランも苦笑している。動けるなら早めに鍛えなおしておくことだと言い残すと、ジークを連れてアランは仕事に戻った。
上司を見送ってゆっくりとベッドに起き上がる。まだ少しふらつく体を気力で奮い立たせるが、2週間は体力を奪うのに十分だった。
トントンと、控えめなノックが聞こえ、そっとドアが開いた。
「リッキー…。」
声の主は、リッキーが起き上がっているのを見て、思わずその場に座り込んだ。
「お、おい。大丈夫か。今、やっと起き上がれたばかりなんだ」
「リッキー、生きてるのね。ちゃんと動けるのね。どこも具合悪くないの?良かった。」
いつも勝気なベスの頬が、あふれ出る涙でべちょべちょになっている。奇跡を目の当たりにしたように小さな声で確かめながらそっと立ち上がり、ベッドサイドに近づく肩は不安で震えている。リッキーはとっさにそんな肩を抱きしめた。
「心配かけたな。ごめんな、ベス。ヒカルはどうしてる?」
「王女様も3日前に意識を取り戻されたわ。事故の事はほとんど覚えてないみたいだった。シルベスタ様が王女様を治療されて、どこにも傷が残らないようにしてくださったの。リッキーを治療されたのもシルベスタ様よ。」
「そうか…。あの爆発の中にいて、生きているのが信じられないぐらいだ。とにかく、ヒカルが生きていて、元気でいてくれるなら良かった。」
「うん、シルベスタ様から言われたの。リッキーが王女様の盾になってくれたから、王女様の命が守られたんだって。そういえば、リッキーの倒れていた場所だと、もう生きているだけで不思議なぐらいだったって言われてたけど、リッキー、何か危険回避の魔法とか使ってたの?」
「ん?…あ、そういえば、ヒカルにもらったお守りのブレスレットは身に着けていたんだけど、どうなっただろう。」
ベスは、異世界で初めて見たリッキーのブレスレットの強い魔力を思い出してはっとした。
「確かに、あれは強い魔力が封じ込めてあったわ。だけど、あのシルベスタ様もそんなお守りのことは仰ってなかったわ。ヒカル王女様に魔力を封じ込めるような高度な魔術が使えるのかしら…。ううん、そんなことどうだっていいわ。もし、ヒカル王女様のブレスレットが守ってくれたのなら、最高に嬉しいもの。リッキー、生きていてくれてありがとう。王女様の命を守ってくれて、ありがとう。」
思わずベスの顔を覗き込む。いつもなら、自分の気持ちだけを優先していたベスが、急に大人びて見えたのだ。
「あ、当たり前だろ。」
「うん、そうだよね。 ごめん、まだ仕事中だから、そろそろ王女様のお部屋に戻るね。リッキーが意識を取り戻したって連絡が来たから、王女様が早く顔を見せて、励ましに行くように言ってくださったの」
途端にリッキーの顔が赤くなった。部屋の扉をあけながら、ベスがふと振り返る。
「お仕事上がりに、もう一度来るわ。ゆっくりやすんでね」
「ああ、じゃあな」
ベスを見送ると、リッキーはベッドで悶絶した。
「どうしたんだよ、ベス。可愛すぎるじゃないか!!」
思えば事故の前にもヒカルには散々問い詰められていた。やれ、告白したのか、やれ、デートに誘わないのかとか。なんだよ、ヒカルってまだ12歳かそこらだろ?なんでこっちの気持ち汲み取っちゃうかなぁ。
体調がすっかり良くなると、ヒカルは早速魔術の勉強を再開した。ガウェイン王の指示で、指導はシルベスタがすることとなった。幸い、あの事故の際に魔力の放出が激しく気を失っていたヒカルは、どれほど大きな爆発の中にいたのか記憶にない。ただ、恐ろしいことに、魔力を多く放出することで体の中のもやもやしたものがすっきりするという感覚だけは覚えていた。
「ヒカル、君の魔力はこちらの世界でも類を見ない量なんだが、今までどんな暮らしをしてきたんだ?」
シルベスタが呆れたように問えば、きょとんと不思議そうな表情が帰ってくる。
「えっと、普通の暮らしです。」
「う~ん、無意識か。魔素のない世界でも魔力を使い続けると、鍛えられてより多くの魔力を生み出せるというからな。しかし、無意識か…」
「あ、そういえば、急に雨が降ってこまった時は、全力で雨雲を追い払うおまじないとかしてました。これ、ほんとに聞くんですよ!ふふ。」
「!!」
シルベスタは、この素直で愛らしい王女の無意識の真実に脅威を覚えていた。
「今日の講義はここまでだ。すまないが、これから魔術師団の会合があるので、私はこのまま移動する。ヒカルは護衛と帰宅してくれ。おい、リカルド!君の出番だ。」
「先生、魔術師団では何かあったのですか?」
「ん?」
少し眉間を寄せながら問いかけるヒカルに、シルベスタは魔方陣を止めた。
「だって、私と廊下ですれ違うと、魔術師の人たちがちょっとばつの悪そうな顔するんです。」
「なんだ、そんなことか。それはね、王女がその辺の魔術師より多くの魔力を持っているとわかったから、すねているのだ。いいか、今度廊下でへんな顔する奴がいたら、バーカって言ってやれ。おい、リカルド、お前も一緒に言うんだぞ。バーカってな。あはははは」
「…」
大笑いしながらシルベスタはさらっと転移していった。残された二人は面食らったままそれを見送った。
「先生。黙ってたらかっこいいのに、中身はこどもみたい」
「確かに…。じゃあ、そろそろ帰ろう」
リッキーが演習場の出口に向かい始めた時、ヒカルが「あれ?」と声を上げて、出口と反対の森の方に歩き出した。
「どうした?」
後を追うリッキーはその先の森に何かが動いたのが見えて、すぐさまヒカルの前に立ちはだかった。
「リッキー、あの森に誰かいるみたいなの」
「そのようだな。俺が確かめに行くからちょっとここで待っててくれ」
リッキーが森に向かうと、大きな木の根元に男が一人蹲っていた。
「誰だ!」
「すまないが、どこかに水を飲めるところはないだろうか」
顔を上げた男は、まだ若く、土埃に汚れていたが、明るい金色の長い髪は微かに艶を残し、涼やかな水色の瞳に長いまつげが影を落としていた。そして、その服装はどこかの貴族の執事のようだった。よく見ると、ベストのボタンに貴族の紋章が見て取れる。
「君は、もしかしてルクセン伯爵の執事じゃないのか?」
「そうです。いえ、今はもう…。いろいろあって、クビになりました。」
疲れ切った顔をゆがませて、悲し気に笑う姿を見ると、リッキーはいたたまれなくなった。
「とにかく、こっちに水飲み場があるから。手を貸すよ。立てるか?」
リッキーに助けられながらなんとか立ち上がったその手首から、キキキッと錆びた機械のような音がしていた。
「リッキー、どうしたの? 大丈夫?」
心配して近づいたヒカルは、その男の姿を見て驚いた。
「えっ? うそ! ハワード王子!」
「え? 君は私のことを知っているのですか?」
ヒカルにしがみつかんばかりのハワードにリッキーは慌てて止めに入った。
「なんだかよく分からないけど、ちょっと落ち着こう」
リッキーは、二人を演習場の休憩室に連れて行った。ここならば、水も飲めるし、テーブルやイスもある。
勢いよく水を飲んだハワードは、ふうと大きなため息を一つついて、自分の身に起こったことを話し出した。
「申し遅れました。私はハワード・スミス。元の世界では俳優をしていました。こちらでは、アルフォートと名付けられていました。ある日突然この世界に召喚されたのです。召喚の際、見ての通り右手首を失う事故に遭い、それを助けてくれたのが、ルクセン伯爵でした。召喚した者も分からず、なぜ召喚されたのかも分からない状態で、事故のせいで私は元の世界の記憶すら失っていました。
ルクセン伯爵はその魔術で私にこの不思議な手首を与えてくれました。そこで、行き場のない私に執事として働くことを許してくれたのです。
アラン王太子の帰還パーティーの夜、私は、ルクセン伯爵のご家族とともに王城に向かいました。ところが、まだパーティーの途中だというのにアンジェリーナお嬢様が大層立腹されて馬車にお戻りになったのです。もともと、アンジェリーナお嬢様はリオン王子にご執心で、リオン王子に王太子になってもらって、ご自分はその伴侶となるのだと決めておいででした。ところがそれが叶わなくなったようで…。そのまま馬車を走らせていると、どうしても怒りが収まらないお嬢様が、走行中の馬車から私を突き落として行ってしまわれたのです。」
「そんな、めちゃくちゃな…。お体は大丈夫だったのですか?」
今目のまえで起こったようにヒカルがきゅっと肩を寄せると、ハワードはふっと力なく微笑んだ。
「全然大丈夫じゃなかったです。しばらく土手に倒れて気を失っていたようです。気づいたときは、空腹で死にそうでした。どうやら通りがかった旅の人が少し治療してくれたらしく、包帯などが巻かれていました。通りかかった村の人が、納屋まで運んでくれて、食べ物を分けてくださったので、なんとか動けるようになったのです。」
「この国には貧しくても親切な人はいるのですね」
ほっとしたようにヒカルがつぶやいた。
「だけど、ルクセン伯爵のお嬢さんは助けてくれなかったのか?ひどい話だなぁ」
「あのパーティーではリオン叔父様とレイナ様の婚約が発表されていたからかしら」
「リオン叔父様…? はっ、もしやあなた様は!」
ハワードは慌てて膝を折って騎士の礼をした。
「はじめまして。私は、アラン王太子の娘、ヒカルです」
「も、申し訳ございません。知らずに大変な失礼を…」
恐縮するハワードをいたわるようにリッキーが声を掛けた。
「大丈夫だよ。ほかに誰もいないし。ヒカルももとは普通の一般人だったんだし」
「そうよ。私、ハワード王子の「紅の騎士シリーズ」が大好きだったんだもの」
「なぁ、さっきから王子って言ってるけど、どちらの国の?」
心配げに問うリッキーを見て、ヒカルははじけるように笑い出した。
「あちらの世界ではね、かっこいい俳優さんやタレントさんのことをなんとか王子って言ったりするの。「紅の騎士」って物語のシリーズでは、王子でありながら騎士として最前線で戦う姿がすごーくかっこよかったんだから!」
ヒカルが満面の笑みで言うと、ハワードはちょっとてれたように頬を染めた。
「いや、こちらに呼び出されてから、自分の作品の事を賞してくださる方がいなくて、忘れそうになっていました。ありがとうございます。では、王女様も召喚ですか?」
「いいえ、私はおと…、父上と一緒に転移してきました。父上が陛下の指示の元、転移していた日本で私は生まれ育ったので、こちらに来るまでは普通の日本人として生活していたのです。」
「日本!私も行ったことがあります。日本の騎士が使う剣が好きで、レプリカを自宅に飾っていたぐらいです」
休憩室のドアが開いて、シルベスタが入ってきた。
「リカルド、呼んだかい」
「シルベスタ様、実はこちらの方が…」
ハワードについて説明しようとしたリッキーを押しのけて、シルベスタはハワードの腕をつかむと、じっと手首から先を見つめた。
「よくぞ無事で生きていたな。腕の調子はどうだ?」
呆気にとられるハワードにかまわず、シルベスタはハワードの義手に魔力を込めていく。
「先生、どういうことですか?ハワードさんと面識があるってこと?」
「ああ、彼自身は気を失っていたから、私の事は知らないだろうけどね。この義手は私が施したんだ。国内を視察しようと出かけた時だったが、妙な魔術の気配がしてね。違法な召喚をしていたようだ。確認しに行ったら彼が倒れていた。おまけに傍にいた男がどういうわけか、意識のない彼に刀を向けた。脅すつもりだったのかもしれないが、奴らにとっても思わぬ大けがだったのだろう。おろおろしていたので、とりあえずこの義手をね。しっかり睨みを聞かせておいたのだが、あの男は想像以上の愚か者だったようだ。ヒカル、あの男にもバーカと言ってやれ」
言葉もなく驚いている3人を前に、シルベスタは楽し気に懐から何かを取り出した。
「そうだった。これを渡しておこう。このブレスレットの宝石の裏にはミラーが仕込んである。ヒカル、もしもチャンスに出会えたら、その男にこのミラーを向けてバーカと言うんだ。きっと楽しいことが起こるぞ。ふふふ」
ヒカルはリッキーに視線を送るが、苦笑いが帰ってくるだけだった。その横で、驚愕に打ち震えるハワードがいた。
「そんな…、ルクセン伯爵は、私を助けたと、この義手をつけてくださったとおっしゃったのに…。」
そういいながら、手首が滑らかに動いていることに気づくと、もう片方の手で滑らかに動く義手を握り締めた。
「ああ、そうか。それなら合点がいく。あのパーティーの後、意識を取り戻して、なんとかお屋敷に戻った私に、伯爵は会ってもくださらなかった。ただ、裏口に回されて、奥様からささやかな餞別を渡され、この家は何かに取りつかれているかもしれない。あなたはこんなところにいない方がいいと。そんな風におっしゃって」
「ハワードと言ったかな。行く当てがないなら、私の屋敷に来ないか? 元の世界に戻すのは、召喚した本人でないのでできないが、生活の保障ぐらいはできる。」
「よろしいのですか?」
「もちろん、執事として働いてもらうよ。しばらく視察に明け暮れていたから、仕事は山積みだ。先だってもガウェインに注意されたところだ」
願ってもないとハワードはシルベスタの提案を受け入れた。
「ところで、ヒカル。君はソフィア王妃とは親しいのか?」
「いえ。父上と一緒に一度お目にかかったきりですが」
「ふ~ん、そうなのか。ふふふ。王妃はずいぶんヒカルを気に入ったようだな。城に帰ったら、体制がいろいろ変わっているから確認しておけよ。“大魔術師で王城魔術師団のリーダー的存在”だったロイス殿とフィル殿は掃除夫になったようだ。いやぁ、彼らがそんな偉大な魔術師だったとは、知らなかったなぁ。ま、王妃が恐ろしい剣幕でガウェインを攻め立てた結果だ。ふふふ。」
楽し気に話すシルベスタは、まるでいたずらが成功した小学生のようだとヒカルは思っていた。それにしても、あの優雅な王妃様に叱られる陛下って、どんな感じ?想像がつかない。ヒカルも耐え切れず笑い出した。
「さて、では帰ろうか。ハワード、君は私と転移魔法で屋敷に向かおう。まだ少し静養が必要だろう。リカルド、ヒカルを頼んだぞ」
それだけ言うと、シルベスタはハワードとともにさらりと消えて行った。
「なんだかいろいろありすぎてびっくりね」
「そうだなぁ。シルベスタ様が戻ってこられてから、陛下の容体もすっかり良くなられて、さっきの話じゃないけど、今まで王城魔術師は何をやってたんだろうって思うよな。…さぁ、王女様、馬車へどうぞ」
「ありがとう」
二人は馬車の待つ乗降場までやってくると、王女らしく、騎士らしく言葉を改めた。
王城に戻ってくると、さっそく魔術師団の一人と鉢合わせした。ヒカルを見た途端ビクッと身構え、それでも憎々し気な視線を送ってくる。さっとヒカルを庇うリッキーを止め、ヒカルがブレスレットを持ち上げてにやりと笑うと、小さな声でばーかとつぶやいてみた。その途端、ミラーから魔術師に向かって鋭い突風が吹きだし、自慢のローブや派手な衣類、つややかなかつらを吹き飛ばしてしまった。
「わっ!えっ? な、なんてことするんだ!」
「キャー!変態!変態よ!王女様、逃げてください!」
下着だけになってずり落ちそうなパンツを抑えて怒鳴る魔術師に、後から迎えにやってきたベスが飛び蹴りをくらわした。廊下の端まで蹴り飛ばされた魔術師はちくしょーと叫びながら逃げて行った。ヒカルはびっくりしすぎて声も出ない。これじゃ、また逆恨みされそうだ。
「王女様、大丈夫ですか?」
ヒカルをヒシっと抱きしめて、ベスが心配げにヒカルをうかがう。
「あ、あれ、リッキーもいたの? やだ、どうしよう、恥ずかしいわ」
「あははは、見事な飛び蹴りだったよ、ベス」
リッキーは笑いながら言うと、ふと真顔になってベスの耳元でつぶやいた。
「だけど、俺が傍にいない時は、十分気を付けるんだぞ」
「う、うん。分かったわ」
不意打ちのようなつぶやきに、ベスは真っ赤になってうつむいていた。
「ははは。見事だったよ。あ~面白かった」
「先生!」
「どんなに魔術に優れていても、忠誠心がない者は王城に置いてはおけないのでね。そうやってふるいにかけていくのさ。さっきの男も解雇された口だ。」
シルベスタが満足げに話していると、「シルベスタ様!こちらでしたか」と声がかかった。
「ガウェイン陛下がお待ちですよ」
「ああ、ジーク、手間をかけたな。ちょっとヒカルに渡した魔道具の具合を確かめたくてね」
王を待たせることなど、なんてことないとでも言いたげな言い方に、護衛達もすっかり慣れっこで笑っている。シルベスタはガウェインの親友であり、同志。二人がいたからアイスフォレスト王国は建国でき、安定した政治を行えているということは、王宮では周知の事実だ。それでも、自由奔放なシルベスタが国内を際限なく旅するため、王族の側近でなければ、その存在を知らない者も少なくないのだ。
「王女様、あまりシルベスタ様のいうことを真に受けない方がいいですよ。昔からいたずらっ子で有名な人なので、ね」
うん、知ってる。。。ヒカルは心の中で頷いていた。
「ヒカル、これからしばらくはアランも私も忙しくなるかもしれない。魔術の勉強はひとまずストップだ。今のうちに、もうすぐやってくる春の宴のダンスの練習をしっかりしておけよ。あ、それから、ハワードが会いたがっていたから、茶会でもして呼んでやってくれ。こいつらも巻き込めば、気楽な会になるだろうし」
視線を送られたリッキーとベスが真っ赤になるのを楽しんで颯爽と去っていくシルベスタを見送って、「では、失礼いたします」とジークは声を掛け、銀髪の美丈夫を追いかけて行った。
パーティーの後も、事件?事故? そして新たな出会いもありましたねぇ。次の章では、ヒカル王女様の人となりが見えたらいいなぁと思っています。






