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サイドストーリー1.加田 浩紀 その1

浩紀にとっての超能力に対するもっとも原始的な記憶は、幼稚園に入ったすぐあとのころだったか、ある方法で意志を込めるだけでフワフワとオモチャが浮くやり方を発見して一人で面白がっていたら、それを見た母親が大喜びしてくれたところから始まる。


だから浩紀にとって超能力とは、母を喜ばせる事が出来る素晴らしい力であり、浩紀自身の存在価値を高めてくれる大切な根幹なのだ。


それで浩紀は自らの能力を磨くことにすっかり夢中になり、小学生に上がるころには能力を使って自分自身を宙に持ち上げる事が出来るまでに成長していた。

これは当時としては極めて優れた技能であり、浩紀がやがて一流の能力者になることを予見させた。


それで、浩紀の能力は自治体を通じて国に報告され、専門の担当者がわざわざ浩紀の家までやってきて、様々な診断の上、第一級の能力者として登録されることになった。


母はさらに喜び、浩紀もまた大変誇らしい気持ちになった。

自分は特別な人間なのだと、浩紀は自らをそう思い、事実彼は特別だった。

それほどの力であったのだ。

浩紀はこの歳にして早くも人生の絶頂期を迎えようとしていた。



ここで、浩紀が認定された超能力者の国家認定制度について説明を加えよう。


超能力が世間で認められてから15年ほどとなる当時、国は超能力に対する社会体制をようやっと整えつつあり、ある一定以上の優れた能力をもつものに対する管理省庁への申告義務や認定制度、助成金の支払いや特別な社会保障などの補助制度が機能し始めていた。


ライセンスを受けたものは社会的優遇措置を受けるとともに、一定の義務や違反行為などに対する罰則を課せられることになる。

このような管理体制が整うまでに10年以上もの年月がかかった経緯には色々事情がある。


中でも最後まで議論されたのが、ライセンス制度の義務化に関する問題であった。

政府としては早い段階から義務化を目標に動いていたのだが、これに真っ向から反対したのが世論であった。


例えばライセンス制度がそのまま超能力者と一般人の格差につながるだとか、あるいはプライバシーの観点からライセンス制度による能力者の公表は好ましくないだとか、マスメディアがあの手この手を使ってネガティブキャンペーンを展開し、これに大衆が迎合して国内を大きく騒がせる大問題へと発展していったため、時の首相肝いりの制度は大きく後退せざるを得なくなった。


このような世論の醸成には国家間同士の諜報戦争による情報操作の影響があったのではないかというまことしやかな噂もあるが、真相は闇の中。


ともかくそんなわけで、最初の超能力者基本法が国会審議を通過し制定された際には、骨抜きのぐでぐでな内容となってしまっていた。

おかげさまで超能力が世に出始めた初めのうちは、自分が公表してもよいと考えた能力者だけが関係各所へ届け出をして認証を受ける、といった自己申告方式での管理が進められることになった。


このような申告制による管理・運営では当然のことながらほころびが出る。というのも、超能力はそれが世に出始めた最初のころから犯罪行為に使われていたからだ。


超能力と犯罪行為の相性の良さと来たら最高といってもいいほどで、とにかく証拠が残らない。

超能力は、人の意志によってのみ発動し、その原理、法則はこの世に元からある物理法則のいっさいと交わらないから、結果引き起こされる事象を科学的に解析、立証することは極めて困難ないし予め不可能であることが証明されてしまっている。


つまり、超能力を使って犯罪を行っても、これを立証する手段が科学の側にないのだ。

あるサイコキネシスがある物体を右から左に動かしたとして、何故動いたのかを科学的に証明する方法がない。だからこれが犯罪行為に用いられたからといって、犯罪者との因果関係を立証するすべもない。

これほど犯罪にとって都合のいい力はないだろう。


だから心無い人間が悪い目的で超能力を使おうと考えたとき、誰も国の認証制度に登録などしなかったのだ。

そうして国家が把握していない不明の能力者による犯罪が少しづつ増えていく。


このような事態が最初のうちはあまり問題にならなかったのは、そもそもの超能力の発現が100万人に一人とか、50万人に一人だとか、ともかく数が少なかったことによる。

さらには超能力者は、初めのうちは皆力が弱く、せいぜい水の入ったコップを5cmほど動かすようなささやかなものばかりだった。

だから自己申告による任意登録といった素朴な管理でも特に大きな騒ぎにはならなかった。

それが、年月が進むにつれて能力者の数や質が増えていってから事情が様変わりしてゆく。


もともと能力者の数については今後増えていくだろうという予測があった。

さらにはその能力自体もどんどん強くなっていくだろうとも言われていた。

というのも、超能力とは人の心・意志に直接紐づいた力であるため、『気付き』さえ得られれば全ての人間が能力を得る機会がある事が研究の結果分かりつつあったからだ。


25年前のある日、宇宙の法則は変化し、人類の一部がそれに『気付き』、気付いた人々が特別な力を使い始め、これを目にした別のものが自ら自身の可能性に『気付き』、こうして連鎖的に気付きが生まれ、多くの気付きが能力そのものの効能を高め、指数関数的に能力者は増えて、より強力になっていった。


そしてそんな中、良識ある人々が率先して国家認定の能力者としてのライセンスを受ける傍らで、犯罪行為に手を染めた無申告の野良能力者がなんの管理も監視も受けることなく跋扈するという恐ろしい状況が生み出されようとしていた。


このような危機的状況はアメリカなどの西側諸国についてはどの国も似たり寄ったりで、そんなある日世界を揺るがす一大事件が起こった。


テロリストによるホワイトハウスの襲撃、その犯行には超能力が使われる。

大統領を始めとする要人は超能力を持った警護者に守られ無事であったが、多数の死傷者が出る。


これで一挙に世界の風向きが変わった。


西側諸国は慌ててこの状況に対策を打ち出し、とにかく能力者は国が強制的に管理しなければならないと義務化が進められる運びとなり、日本でもようやっとこれが実現したのだ。

それでも世論は未だに反対意見も多く、マスコミは今でもときおり「能力者の人権に配慮を!」といったよく分からないネガティブキャンペーンを展開したりする。


これが浩紀を取り巻く当時の日本の実情で、そんな中で幼い浩紀は優秀な能力者としての認証を受けたのだ。



そんな浩紀にとって、10歳を過ぎるころまでは黄金色の少年時代であった。

第四世代にふさわしい強力な能力と正義感の強い一本気な本人の性格が相まって、学校でも地域社会でも人気者であったし、女の子にもモテた。


さらに浩紀は、取材を受けTVに出たこともある。

超能力者ライセンス制度に関連するポジティブキャンペーンが政府とゆかりのある関係筋から展開され、その一環として発表された報道番組の中に「未来の子供達は本物のヒーローになる!」といった特集があり、この中の一人として浩紀はTVの取材を受けたのだ。TVが放映されてすぐに浩紀は学校一の人気者になり、まさに最高の時期であった。


そんな浩紀にとって人生を変えるほどの事故が起きたのは、小学4年生の時であった。


浩紀にとっては悪ふざけの一つだったのだ。あるクラスメイトの男の子とじゃれ合っているうちに、つい誤って能力が発動してしまった。

といっても浩紀にとってはほんの軽い、ちょっとしたお遊び程度の力だった。


ただそれだけの事で、この男の子の脊髄が損傷し、半身不随の身体になってしまった。


それから先は本当にいろいろなことがいっぺんに起き、浩紀としてもはっきりとは覚えていない。

ちょっと小突いただけのはずのクラスメイトが突如大声を上げてのたうち回りだし、救急車で運ばれて行って残った生徒達は教頭先生に事情を聴取された。


それで、浩紀もまさか自分が原因とは最初思いもしなかったのだが、クラスメイトのうちの一人が浩紀を指差し、「加田くんがちょっと小突いたら山本くんが突如暴れ出した」と証言し、浩紀はぎょっとなってしまった。

確かにあの時思い返せば、山本くんが悪ふざけみたいな感じで軽く拳をぶつけて来て、少しだけイラッときた浩紀は押し返して、その時つい弾みで能力が発動したような……?


浩紀は自分が恐ろしい事をしてしまったと思った。それで何も言えなくなり、俯く事しかできなくなった。


教頭先生は「加田くん? 本当ですか? 君は彼に何かしたのかな?」と聞いてきたが、浩紀は返事をする出来ず、とにかくずっと黙ってしまった。


そうしたら、ため息をついた教頭先生はそれで追及をお終いにして、その場は解散となった。

明らかに騒然となったクラスの雰囲気に、これでは授業にならないと判断し、4年3組のクラスは特例として昼前に全員が帰宅することになった。


その後山本くんの身体が半身不随となり、その原因が浩紀の超能力にあるのではないか、と疑われたのはすぐの事であった。

いつの間にか話が大事になり、警察の事情聴取があったのだ。

浩紀が後から聞いたところによると、山本くんの容態が明らかに通常ではありえない異常な損傷の仕方であったことに事件性を感じた病院が警察に通報したのだそうだ。

そして山本くんの通う学校の同じクラスには、ライセンス認証まで受けた強力な超能力者、浩紀がいることは情報として公開されている。

だから浩紀が一番に疑われるのは当然の帰結だった。


浩紀の父は地元ではそれなりに有名な建設会社の上役で、裕福な家庭かつ弁護士などの知り合いもいたから即座に相談に乗ってくれたそうで、すぐに対策が講じられた。


そんな父親から浩紀が言われたことはただ一つ。

「一言も話すな。とにかくいっさい黙っておけ。」というものだった。


浩紀はあの時の父親の顔が今でも恐ろしくてはっきりと思い出せない。

父は淡々とした声で「お前がやったのか……?」と聞いてきた。

浩紀は震えながら「……分からない。」と答えた。確かにあの時、自分は少しだけ能力を行使したような覚えはある。

けれども能力は発動されなかったような気もする。

ほんの一瞬の事で、しかもその後の大騒ぎの中で浩紀もすっかり混乱してしまっていたから、記憶がどんどんぼやけて曖昧になってきていたのだ。

父は「そうか。」とだけ言って、後は冒頭の「黙っておけ。」という話が続き、それでこの会話はお終いになった。


何度も重ねて言おう。超能力とは、この世の物理法則では一切感知できない超常の力である。

唯一、人の心の動きにのみをきっかけに発動し行使されるこの力は、能力を使った人間の心の中にしか因果が見い出せない。

浩紀が実際に能力を使って山本少年を傷つけたかどうかは、浩紀の心の中にしか答えがない。

もちろん浩紀はライセンス認証を受けていたから、加害行為が認められた場合は罰則の規定がある。

けれどもこの時代はまだ、超能力を用いた犯罪行為は当人の申告ベースでしか立証できなかったため、罰則は殆ど有名無実化していた。

つまり浩紀が何も言わなければ、その真実は決して証明されることはない。


警察は調査したが、事件性を立証することは出来なかった。

山本くんの両親は浩紀が犯人であると声を荒げ、裁判を起こすと息巻いて、実際に民事訴訟が起きたのだが、浩紀と事故との因果関係を証明する方法がなかったため訴えは棄却された。

この時期、どう見てもあり得ない問題を超能力のせいと偽ってあれこれ訴えるスラップ訴訟が横行し、裁判所はパンク状態になりつつあったのだ。


超能力は犯罪や違反といった違法行為と大変相性がいい。行為の立証に必ず因果関係を求める法律の世界では決して証明できない、超常の力によって問題が引き起こされるからだ。


浩紀の父親は知っていたのだ。浩紀が黙ってさえいれば、いっさいの罪に問われることはないと。


そんな中、浩紀は。



人気者であった浩紀の黄金の少年時代は唐突に終わりを告げた。

皆は潮が引くように浩紀のそばから離れていった。

例え対外的には原因不明ということになっていたとしても、クラスメイト達からすればこれが浩紀の超能力の影響であろうことは明らかだったからだ。


だが、苛めなどにはならなかった。誰もが浩紀の能力を恐れたからだ。

さらには浩紀の父親の一族が地元では名士と呼ばれる人種の一員であったことも大きく影響していた。


浩紀は初めのうちは恐る恐る学校に通ったが、すぐに拍子抜けしてしまい、漫然とした居心地の悪さも手伝い、次第に馬鹿らしくなって学校を休むようになった。

自室に引きこもるようになって浩紀がハマったのが、当時SNSや動画サイトで隆盛を誇っていた超能力者=優生人類説を声高に叫ぶ人々の発信であった。


能力者は現在の社会のルールで規定することが出来ない。すなわち新しい人類の先駆けであり、自分達は特別な存在なのだ。

やがて人類の全ては超能力を獲得するだろう。後から来るであろう彼らのために、新しい未来の地ならしをする事が先駆者たる我々の使命なのだ。


このような言説は後にナチズムの再来などといわれ、欧米を始めとした西側諸国では今では大きく否定されているが、当時はまだまだ熱狂的な支持者がそれなりにいた。

超能力は若者の柔らかい脳の方が発現率が高い事が実証されつつあり、強力な能力者はおしなべて皆子供だった。

そして、自らがヒーローになれる超能力者優生人類説は若い彼らの心をひきつけるのに充分だったのだ。


浩紀もこれにどっぷりとハマり、初めのうちは皆の意見を吸収するばかりだったが、途中からSNSなどを通じで自ら発言もするようになった。


浩紀の発言は現役の強力な能力者からの率直かつ過激な意見として一部熱烈な支持者を生み、同じように過激な発言をする協調者と熱心に意見を交わし合い、アンチ勢力と不毛な言い争いをしたり、通報されてBANされたり、軽い気持ちで上げたスマホで撮影した画像データに位置情報が残っており身バレしそうになったりと、ともかく色々な事を体験しながら、浩紀は少しづつ新しい自分へと変わり始めていた。


浩紀の生きる現実世界では、中国とアメリカが超能力を使って戦争を始めており、日本はその戦争にすでに巻き込まれ、浩紀の持つ超能力に対する非難や浩紀自身への糾弾は全て敵国からの攻撃なのだった。

この際の日本にとっての敵がアメリカなのか中国なのかは浩紀に言わせればケースバイケースなのだそうだ。

それが事実かどうかは全く証明のしようがないが、浩紀の心の中では真実であった。

浩紀はそんな事を毎日考えるような少年へと育ちつつあったのだ。



そんな中、浩紀の父親が殆ど命令に近い話を持ち掛けてきた。

このまま小学校を休み続けるのは構わないが、親の世話になっている以上、浩紀は中学受験をして父親が薦める私立に入らなければならない。

その為に家庭教師をつけるから、今すぐ勉強の遅れを取り戻し、さらには受験に備えるように。


この時浩紀はネットを通じてそれなりに自分に自信が持てるようになって来ていたから、むしろこれを父親からの挑戦と受け取り、前向きに取り組んで見せた。


あるいはこれは浩紀なりの父親へのいびつな反抗、あるいは愛情表現であったかもしれない。

自分は優秀なのだから、父親の言うような程度の低い目標などは完璧にこなしてみせる。

浩紀は不思議な高揚感を覚え、幼少期からの持ち前の熱心さを前向きに発揮し、見事完璧な成績で中学受験を成功してみせた。


また、勉強が楽しかったこの時期、ネットでの活動は控えるようになっていたから、自然と過激な言動もなりをひそめ、母親は大いにこれを喜んだ。


そうして、小学校での知り合いが一人もいないそれなりに名門の私立中学に入学することになり、浩紀は再び学校に通うようになりだした。


中学での浩紀は再び人気者へとなっていった。

それなりに容姿もよく、頭の回転も速く面白い事を沢山知っており、何より大変社交的だった。

浩紀の周りには大勢の人間が集まり、女の子にもモテるようになった。

けれども、10歳までのあの充足感、満足感が何故か得られなかった。

みんなは口先だけでは浩紀をすごいと褒め称えるのに、どうにも本心では大してすごいと思っていないように見えた。


さらには何故だか、浩紀が仲よくしようとする相手のうちの何割かは、こちらが近づこうとすると逃げてゆくようになった。


浩紀には恋人が出来て、男女の関係も経験したが、深い仲になると大抵向こうがいつの間にか離れていき、長続きしなかった。


ある時浩紀は何気なく会話しているクラスメイトの話を立ち聞きしてしまう。


「加田ってあいつ、なんか上から目線で偉そうじゃね?」

「あー確かに。」


浩紀はイラッとなり、後日この二人がたまたま並んで階段を降りるところを見かけた際、能力を使って下へ突き落としてやった。

この時の浩紀ははっきりと加害意識があった。悪意を持って二人をつき飛ばし、そのうち一人は骨折により全治2か月の大けがを負った。

けれども何の物的証拠もなくまた、そもそも浩紀が害したということすら当人達は知らなかったから、いっさいお咎めはなかった。

だが浩紀には一切心が痛むようなことはなかった。むしろ当然の事をしたのだという自負すらあった。これが、中学に入るまでに獲得した新しい人間性であった。


ともかくこんなふうにして毎日が過ぎてゆき、おおむね浩紀の中学生活はまずまず楽しいものであり、自分が特別であることをより強く実感する毎日であった。

自然と浩紀は、特別ではない人間に嫌悪感を覚えるようになっていった。



そんな浩紀がエスカレーター式の高校への進学を蹴り『学園』への入学を決めたのは、自らが優れた能力者である事に対する誇りによるところが大きい。


超能力に関する研究は20数年の間に格段に進歩していて、最近の調査では能力者同士が相互に影響し合うことで自然と力が高められる効果がある事が明らかになりつつあった。

だから、強力な能力者達はなるべく一か所に集め、お互いに触れ合うようにした方が好ましいという話が議論されるようになり、『学園』などはまさにそういった施策の一環として生み出された施設の一つである。

中学に入り再びネットを通じて能力者優生人類説へのシンパシィを高めていった浩紀は当然この事も知識として仕入れていた。


浩紀は今通っている私立の一貫校について不満があった。

今の学校にもそれなりの能力者はちらほらいたが、それぞれが自分のテリトリーだけで活動しお互いに干渉しあわない関係が出来つつあり、浩紀としては物足りないどころか愚かしくさえ見えていた。

『学園』には優れた第四世代の同い年の少年、少女が大勢いる。自らを高め、周囲の皆へも高める最高の環境であると浩紀にはそう見えた。


浩紀の父親はもともとは学校にそのまま所属し、大学まで進学することを強く求めていた。

対する浩紀は言葉を尽くし、『学園』の優位性、素晴らしさ、超能力がこの先の社会に与える影響力などを語って聞かせ、ついには父親も浩紀の意見に心を変え、『学園』への入学が認められた。

その代り、現在の私立学校での成績を上回る実績が求められた。

浩紀はもちろん、自信をもってこれを父親と約束した。


「お前の好きにやってみるといい。」と厳しい口調でそう浩紀に返事をする父親の口元が笑顔に歪んでいるところを、浩紀は見逃さなかった。


自分は父を認めさせたのだと、とても強い自信と大きな満足感があった。


母親一人がそんな浩紀を不安げな顔で見てきたが、浩紀にしてみればそれはただの杞憂であり、母がとても愚かな人間であるようにしか見えなかった。


「ヒロくん……。本当に大丈夫なの?」


心配そうに語り掛けてくる母親を、浩紀は鼻で笑ってやった。

「大丈夫に決まってんだろ! あんた何にも分かってねーんだな。」


それから浩紀は滔々とこれからの世の中における超能力の価値や意義、社会の大きな変化について母親に語ってやる。

それは先日父親を説得するのに語った内容と同じものだったが、より大げさに、より素晴らしい事であるかのようにアレンジが加えられていた。


浩紀は母も父と同じように最後は喜び、認めてくれるだろうと自信満々であったが、どうにも様子が違っていたためどうにもやり辛くなってしまった。


それでもとにかく浩紀は最後まで語って聞かせ、母親は悲し気な表情で目を伏せつつも、黙って浩紀の話を最後まで聞き、それから二度と浩紀に話しかけるようなことはしなくなった。


そんな母親の様子に、浩紀は母親も自分を認めたのだろうと思うことにしたが、どうにも居心地が悪かった。だから浩紀は、その事について深く考えること止めてしまった。

浩紀が中学を卒業した春のある昼下がりの事であった。



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