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2. 担任教師:神崎先生

「先生。」純は神崎先生に声を掛ける。

「もうやめませんか、先生。こんなの、いくら続けても意味がないっていうか……。」


純としては以前から思っていたことだ。

放課後の決められた時間、純は毎日神崎先生と特訓をしている。この特訓は、純の能力を神崎先生に色々試すことで使い道を考えたり精度を磨いたりする、という事になっている。


けれども純の能力は何も変わらないどころか、以前より酷くなっている気がする。さらには神崎先生にも悪い影響ばかりが出ている気がする。


純は正直この特訓の時間が嫌でしょうがなかったが、神崎先生が「絶対に必要だから」と言うので、訝しみながらも今まではずっと続けてきた。


それが、今日の休み時間に加田くんに「お前はもう学校に来るな」とまで言われてしまい、それで一挙に不安な気持ちが爆発してしまったのだ。


こんな事は続けても意味がない。むしろ今すぐ止めるべきだ。


純としては学校の授業には出続けるつもりであった。純にとって、超能力者として『学園』に入学出来た事自体は何かの間違いであっても、高校を卒業しない事には進学も就職も大変だという認識があったからだ。

貧乏な純の家庭では学費無料の『学園』は何よりありがたい事だし、それ以外にもいろいろ理由がある。


純の家は、今どきちょっと珍しい大家族で自分の両親や妹たち、おばあちゃん、従姉達の家族、叔父さんと犬猫を合わせて13人と5匹でワイワイ暮らしていた。それで、あまり裕福ではないもののみんなで助け合って生きてきたので、高校をちゃんと卒業しなければとか、その為には学校には毎日行かなければとか、そういった考え方を年上の家族から教わった。


それに、加田くんは「3年間引きこもってろ」などと言っていたが、そもそも純にとって家とは常に誰か家族がいる空間であり、一人で誰もいない寮の時間は息苦しくて仕方がないのだ。純も最初のうちは初めての一人部屋にワクワクしたのだが、そんなものは3日で飽き、むしろホームシックを未だに長く引きずっている。

クラスの中では純は浮いていたし、無視されまくっているけれど、それでも誰かが近くにいてガヤガヤしている雰囲気でないとどうしても安心できないのだ。

だから学校には毎日行く。


けど、毎日放課後のよく分からない特訓については別だった。先生が「純の能力の為に必要だから」と言うけれど、全然必要だとは思えない。

それどころか、純が美人の神崎先生と毎日何かしていることはクラスに変な風に伝わっていて、落ちこぼれ能力者が無駄に足掻いて力の訓練をしてもらっているとか、良くない噂になっていることも聞かされていた。

加田くんなんかが純にも聞こえるように大声でそういう話をするのだ。

だから特訓のせいで純はますますクラスのみんなから悪く思われていることを知っていた。


おまけに全国から集められて『学園』に通う生徒のほとんどが寮で暮らす中、みんなと仲良くなれる放課後の数時間が、純だけは毎日よくわからない特訓に費やされており、それでどんどん孤立していっている事も純には分かっていた。


だからこんな特訓は今すぐ止めにしたい、それが純の本音だった。

でも相手は学校の先生なので、今まで2か月間はずっと我慢してきた。

でももう我慢できそうにない。


純は震える声で言葉を続ける。

「僕は、僕はもう嫌です。こんな特訓、もうしたくありません。僕は……」


「駄目です!」殆ど悲鳴のよな金切り声を上げる神崎先生。

神崎先生はすごく美人で大人の女性ということでクラスのみんなから慕われているらしいけど、純にはヒステリックに叫び声を上げるだけの怖い先生にしか見えない。

今日の神崎先生は特に醜く顔を歪めて声を張り上げ、純には恐ろしいイメージしか湧かなかった。


「駄目です! あなたは特訓をしないといけないの! でないとみんなに迷惑がかかるんです! いいから言われたとおりにしなさい!」


「で……、でも……」純は精一杯の反論を試みようとする。


「口答えしない!」少しの間も開けず、純の声は神崎先生の大声に塗りつぶされる。「どうしてそんな事を言うの! どうして先生の言っていることが分からないの! あなたは特訓をしないといけないの! あなたは黙って私のいう事を聞いていればいいんです!」


「は……、はい……。」純は神崎先生の勢いに押され、ともかく首を縦に振ってしまう。

純の家では女性が強く、おばあちゃん、お母さん、おばさん、従姉や妹たちに男連中はみんな従う事が当たり前になっていた。叔父さんだけが時折頑張って反撃するので、男連中は消極的に応援したりもするのだがだいたい寄ってたかって潰される。

だから純としてはなるべく女の人には逆らわない癖がついているのだ。それで、神崎先生に対しても、ついつい純は従ってしまう。


「いつものようにしなさい。」


嫌で嫌で仕方がないけれど、純は放課後の特訓も神崎先生の事も本当に嫌だけれど、それでもとにかく言われたとおりにする。


純は自らの能力を使って神崎先生に干渉する。

純は休憩時間の加田くんたちの前では自分自身に能力を使ったが、本来はこのようにして別の人に対して使う能力なのだ。


そうして神崎先生に対して力を使っていると、見る見るうちに神崎先生の顔が真っ青になってゆく。


それで5分もしないうちに神崎先生は口を押えて足元のバケツへと屈みこみ、そのまま「おええええっ!」とえづきだす。

純の能力のせいで吐き気をもよおした神崎先生が、堪えきれず嘔吐をするのだ。

最初のうちは我慢していた先生も、2か月も経った今では恥も外聞もなく純の目の前でもどすようになっていた。

といっても、胃液が少し混じった程度で、後は水ばかりだった。

神崎先生はどうせ吐いてしまうのだからと、最近は昼食は抜いて水ばかり飲むようになったそうだ。


ただ、神崎先生にとってこのようは生活サイクルは辛い事らしく、たった二か月の間ですっかりやせ細って目の下に隈が出来つつある事を純も気付いていた。


こんなの嫌だ!

これではまるで純が神崎先生に酷いことをしているようではないか!


純はこの場から逃げ出したくなる。

そんな純の心を見透かしたか、一通り吐瀉物を戻した神崎先生が、幽鬼のごとき目つきでぬらりと下からねめつけてくる。


「真壁君、あなた……。手を抜いたわね?」


純はびくりとなった。確かに純は少しばかり手加減をした。純は女性を傷つけたり苦しめたりするのが本当に嫌なのだ。

だから今日はつい我慢できず、いつもより能力を抑えてしまった。

そこを神崎先生に咎められた。


「あなた! 自分がどういう立場だか分かっているの!?」そう声を張り上げ、純のそばへと詰め寄ってくる神崎先生。


立場? 純に立場なんてあるのだろうか? ヘボ能力者としての、どうしようもない立場の事だろうか。

純にはさっぱり分からない。先生が何に対して怒っているのかもわからない。


それから純は、神崎先生から矢継ぎ早にあれこれと非難の声を浴びせられたが、正直殆どその意味が理解出来なかった。

とにかく恐ろしい、といったイメージばかりが膨らんでしまい、ただただ鬼の形相で叫ぶ神崎先生の顔を見るばかりであった。


それから特訓が再開され、純はボロボロと涙が溢れながらも、何度も神崎先生に対して能力を使った。


純が能力を振るうたんびに、神崎先生はのけぞったり、苦悶の表情で悶えたり、ギリギリと食いしばったり、再び胃液ばかりの嘔吐を繰り返したり、とにかくそんなよくわからない時間が何時間も続いた。



気が付くと夜の帳が降り、時刻が20時を回ろうかというところでようやっと解放された純は、惨めな気持ちに足を引きずりながら寮への帰路へとついた。


寮の夕食は無料だが、20時までで閉まってしまう。こんな場合、寮の各部屋にはIHコンロや簡単な調理スペースもあるので自炊が出来るならどうとでもなるのだが、純は料理は出来ても実家からの仕送りを一切受けていないので、食材などが全くないのだ。

純の家は数年前に亡くなったおじいちゃんがコンビニ経営で失敗してそれなりの額の借金が残っており、家族一同が貧乏暮らしから抜け出せていなかった。

だから純は、家からの仕送りなどはすべて断っていたのだ。


当初の予定ではその代り、空いた放課後の時間にアルバイトをして生活費を稼ごうというつもりだったのだが、神崎先生との特訓のせいで計画は滅茶苦茶になってしまっていた。


純は空腹のまま寮の前までたどり着き、入口付近で寮生たちがたむろして騒いでいるところに出くわし、気後れしてしまい後ずさった。


同じクラスの名前も知らない誰かが、先輩達と楽しそうに喋っている。

その笑い声が純には何故か不快だった。

昼間の加田くんがゲラゲラ笑っている時の声とイメージが重なり、訳もなく自分が責められている気分になった。


だから純はその場で踵を返し、寮を背に今来た道を戻り始めた。

とはいえ学校へは戻れない。


どこへ行く?


どこにも行く場所なんかない。


純はともかく、当てもなくただやみくもに適当な小道を曲がった。

ともかく彼らがいなくなるまで、何時間でもそこらをぶらぶらする心積もりだった。



雲一つない夜空には大きなまん丸お月様が出ていたが、今の純には気付けなかった。

ただ月明かりが照らす地面ばかりを見つめながら、ただただ両足を交互に動かして、どこでもないどこかを彷徨うばかりだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] うへぇ…本人が一切納得してない練習に何の意味があるんだ…
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