1. ヘボ能力者:真壁 純
「よぉーっ。ヘボ能力者ぁっ!」
同じクラスの加田くんがニタニタ笑いながら純の元に近寄ってくる。
このところの加田くんはいつもこうだ。何が面白いのか、休み時間になるとこうやって絡んでくる。
加田くんは化け物クラスの能力者で、重力を操ってあらゆるものをくっつけたり弾き飛ばしたり、自分を浮かせたりなども出来るらしい。
まさに第四世代の能力者にふさわしい強力な能力で、校内でも加田くんを越える力を持っている人は数えるほどしかいないらしい。今年入学したばかりの1年生の中でも特に優秀な一人、という噂を純も聞いていた。
そんな加田くんが怖いのか、加田くんが純に近づいてくると周りの人たちは一斉に席を立ったり移動したりする。
「お前、あれやってみせろよ。アレ。お前の能力。ほら、いつもやってるやつ。」
机の上に座る純を見下ろすようにして、加田くんがそんな事を言ってくる。蛍光灯の光を背に受けて、見上げる純からはその表情は陰になってよく見えない。
加田くんから純はどのように見えるだろう? ヘラヘラ笑って、縮こまって、気持ち悪いとか思われているんだろうか?
「何黙ってんだよ。ほら、いつものアレ、やれよ。」心なしかむすっとした声の加田くん。
「う、うん。」純はともかく言われたとおりにしなければと、いつも通り自分の力を使ってみせる。
その様子をしばらく見ていた加田くんが後ろを振り返る。
「どうよこいつ。 なんかやってんの?」
後ろに控えているのは加田くんと仲がいい丸山くんだ。丸山くんは超能力の中でもメタ・サイと呼ばれる特別な能力の持ち主だそうで、なんでも相手の能力の強さとかが見えるらしい。
それで、純が能力を使うところを見て、その強さとかを判断する。
「いやーなんかそよ風? みたいな感じ。なんかやってるっぽいけど、全然わかんねーっ。」
丸山くんが加田くんにそう返事をすると、ぎゃははと少し大げさな感じで加田くんが笑う。
そうしたら少し遅れて、加田くんの後ろにいる館山くん、矢崎くん、それから丸山くんもゲラゲラ笑う。
「いやねーわお前。いくら何でもありえねーだろ。まじありえねぇ。なにそれ? 何してるつもりなの?」
加田くんがゲラゲラ笑いながらも聞いてくる。
「いや、あの。なんか、動かすというか……。」
純はともかく説明を試みる。この話は何度もしている説明なのだが、加田くんは毎回聞いてくる。
答えないと延々と聞かれるので、笑われるのが分かっていても純はとにかくいつものように言う。
「ずらすとか、伸ばすとか、なんかそういう能力……です。」
「何にも動いてねーよ!」加田くんが嬉しそうに声を上げる。
加田くんは毎回、純に能力を使わせて、毎回同じように笑う。どうして毎回おんなじことをするのか分からないけど、とにかく毎回させようとするのだ。
でも、笑い声の加田くんの顔を見ると、逆光を背負い影となったその目は笑っていないように見える。なんだか偽物の水晶玉が埋め込まれたみたいな、何の感情もないうつろな瞳が、純の方をじっと見ているように感じる。
純は、加田くんのその瞳がどうにも恐ろしくて、けど逃げ出すのも恐ろしくて、ともかく一緒になって笑顔みたいな顔を無理に作って合わせる。
「うん。えへへ……。」
「キモっ!」そんな純に対し、吐き捨てるように加田くんがそう返してくる。
このあたりはもう、毎回のお約束みたいな感じになっている。
それで、いつもはこのへんで加田くんが飽きてお終いになるのだが、今日はなんかいつもと気分が違うのか、加田くんがさらに話を続ける。
「いや実際、お前マジでなにしているの? それどういう能力なの? マジでなんかやってんの? なに動かしてるつもりなの?」
「えーっと、その。」純はなんと答えていいか分からない。これでも一生懸命能力を使っている最中なのだ。けれども目に見えて現実に直接的な作用がない純の能力は、はたから見て何をやっているのかが伝わらないという大きな問題がある。
「えーマジでなにしてんだか分かんねーっ! お前テキトーな事言ってごまかしてね?」加田くんはそう言いつつも横に立つ丸山くんに顔をむける。
「どうなん? 丸山。こいつ嘘ついてんじゃねぇの?」
丸山くんが口を開く。
「いやーさっきから何かしてるっぽい感じはあるよ。スゲー小さいけど。」
「ふうん?」加田くんが意外といった様子で純に向き直る。
そんな加田くんに対し、丸山くんがさらに言葉を続ける。
「なんかこの感じ、アレに似てるんだよね。幼児が分かんないまま能力を使おうとして不発している感じ。なんか能力の使い道が自分でも分かっていないからなんかしようとしてるんだけど何にも影響がない、みたいな。そういう感じの発動の仕方に見える。」
「なにそれ! つまりこいつ、幼児みたいな能力って事かよ!」加田くんが目を丸くする。
「なんかそんな感じがする。意味のない能力の発散みたいな感じ。」と、丸山くん。
「駄目じゃん!」加田くんが声を上げる。
純としてはそんなつもりはない。ちゃんとさっきから能力を使っている。純の能力は微々たるものだが、純自身にはちゃんと『動かしている』感触がある。
けれどもこれは相手に伝わらない感覚なのだ。
というのも、そもそも超能力というのはこの世界の物理法則の外にある力だから、その強さや能力、種類や方向性などを現実として把握するのはとても難しい。科学的に解析することが決して出来ない作用だからだ。
だから、例え同じ超能力者同士でも、相手の能力を正確に感じるのは非常に困難か、時には不可能なのだ。
例えば加田くんみたいに重力に直接作用するような力ならある程度の計測ができるし、相手に伝えることも出来る。
けれども純のように直接物理的に影響が起きない能力であった場合、超能力が正しく発動しているかどうかを確認する方法は通常の方法では不可能なのだ。
だから加田くんが純の能力を感じられないのは当然の事なのだ。
自称能力者と本物の能力者の違いを見分けることは、初めのうちはとても困難だった。だから、25年前に世界の何かが変わって、超能力者というものが少しづつ現れるようになった当初に大勢いた自称能力者の9割以上はインチキ、偽物だったといわれている。
それが、「超能力を見分ける超能力」といった特別な能力の存在が発見されることでようやっと世界は能力の有無や強弱、その効果などを正しく測れるようになった。
超能力そのものに対して効果をもつ超能力、これをメタ・サイといって、第三世代でその存在が確認され、第四世代と呼ばれる今の中高生くらいの間で一挙に花開いた新しいタイプの能力者だ。
丸山くんはまさにそんなメタ・サイの一人で、能力が発動した時の力の強さとかをかなり正確に読み取ることが出来るらしい。だから丸山くんはとても重要な能力者で、丸山くんみたいな人達がいないと世の中に大勢いる超能力者はその優劣がつけられないのだ。
実際のところ丸山くんはすごく優秀らしく、『学園』1年の今の時点で、すでにあちこちから能力測定のため何度も呼び出しを受けて、学校をちょくちょく休んで、全国にいる優秀と思われる新能力者の測定に出向いているのだそうだ。
そんな丸山くんだから、加田くんのような強力な能力者も馬鹿にせず一目置いているのだ。
丸山くんの力は直接現実に影響が出る能力ではないけれど、加田くんだけでなく、クラスのみんなからも受け入れられてカースト上位にいるのだ。
超能力が世界に発現してからまだ25年。世界はこんな風にして、手探りで新しい力と向き合い始めたばかりなのだ。
でも手探りだから手違いもいっぱいある。
本来、日本で第一級の超能力者と認められた人だけが通うことが出来る『学園』にも、測定の網の目をかいくぐってイレギュラーな存在が入学してしまうこともある。
そして、そのイレギュラーこそが純なのだと、加田くんからはそう見えるらしい。
加田くんだけじゃない。丸山くんや館山くん、矢崎くんも同じ考えらしい。
だから、加田くんが「お前、マジ終わってんな。」と吐き捨てるように言うと、後ろの三人もうん、うんと頷いた。
「お前もう、マジで学校くんな。ここはお前みたいなヘボ能力者が来るべきところじゃねーんだよ。どう見てもなんかの間違いなんだから、大人しく寮でじっとしてろよ。3年ずっと引きこもってろよ。
テメーみたいのはそういうのが一番似合ってると思うぜ。」
加田くんはそう言ってから、純の頭をちょっと力を込めて小突き、それからようやっと離れていった。
加田くんと一緒にいる他の3人も後ろをついていく。純は「今日もなんとかいなくなってくれてよかった」などと安心しつつも辺りを見渡すと、こちらを見ていた川名さんという女の子と目が合って、それから川名さんに目を逸らされた。
川名さんだけじゃない。純を見ていた何人かの生徒達が一斉に純から目を逸らす。
純だって気付いている。みんなが誰も純を助けたりかばったりしてくれないのは、加田くんとおんなじことを思っているからだ。
純は何かの間違いで『学園』に入学してきたイレギュラーなのだと。
加田くんみたいに明らかに純を嫌うそぶりをする人は少ないけど、助けようとも特にしないのだ。
実際のところ、純が使える力はほんのわずかな些細な能力だ。しかもある事情があって、能力の秘密は明かしてはいけないことになっている。
だから純はみんなから、なんだかよく分からない僅かな力しかもっていないイレギュラーだとみんなに思われている。
純自身もよくわからない。自分はどうしてこの『学園』にいるのか、この『学園』で何を学ぶべきなのか、何一つ分からない。
分からないまま、とにかく中学までとおんなじ風にしか出来ないから、純は今日も学校に来て、授業を受けている。
超能力者ばかりが集まる『学園』に入学して2か月。1年B組の真壁 純の1日はこうして今日も過ぎてゆく。