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2.追放された魔導師は夢を見る


 ああ……夢だ──と、泣いている自分や周囲の景色に対して、今自分は夢を見ているのだと、どこか他人事のようにアイリスは悟った。

 ぐずぐずと鼻をすすり、溢れる涙を袖で何度も脱ぐっている自分は何もかもが小さく、手を繋いでいる姉──イヴの手も姿も幼くて、夢だという、ぼんやりとした認識は徐々に確かなものになっていく。

 立ち尽くす自分たちの目の前では、住み慣れた家が、赤い炎に包まれ燃えていた。

 目印だった赤い屋根や、賑やかな声が聴こえていた窓からは、炎や黒々とした煙があがっている。思い出が詰まった部屋だけでなく、晴れた日にはよくお茶をしていた、花が綺麗に咲いていた庭にも炎は容赦なく燃え広がり、自分たちが生まれ育った記憶すら燃やし尽くそうとしているように感じた。その認識は十年たった今、改めて見ても変わらなかった。


(この日は……確か、お父様の誕生日)


 思い出して、胸が痛む。

 この日は、大好きな父親の誕生日だった。

 魔導師の家系であるオルコットの者として、少しずつだが魔法が使えるようになってきたアイリスは、氷の結晶を使った薔薇の花をプレゼントにするために、誕生日パーティーが始まる前までイヴに教わりながら練習していた。

 魔法の練習は、家から少し離れた場所にある泉の周辺。

 都の中央に住みたがる他の貴族とは違い、王都から少し離れた場所にあるオルコット邸は、黒々とした森の木々に覆われていた。

 獣やモンスターが生息し、数々の植物が生える森は、まだ扱えぬ魔法を練習する環境にピッタリの場所であった。

 だからこの日も、パーティーの直前まで泉の周辺で練習していた。プレゼントとして初めて魔法を使うため、アイリスは勿論、教える側のイヴも気合いが入っていた。

 そして時間になって戻って来てみれば、家は既に炎に包まれていた。周囲には何とも言えない臭いが漂い、家の崩れ具合から、出火してから時間が経っているのが嫌でもわかった。

 周囲に人影はない。父も母も、家族のように接していた使用人たちも見当たらなかった。きっとあの異臭は、人が焼ける臭いだったのだろう。そんな状況を幼いながらに理解して、そして何も出来ずにただただ泣いた。泣くことしか出来なかった。


「……大丈夫だよ、アイリス」


 凛とした声が耳に届く。

 隣を見れば、イヴが崩れ行く家を見つめたまま、アイリスの手を強く握った。


「ねえ、さま……?」

「大丈夫。私がいるから」


 グジャグジャになって泣く事しか出来ないアイリスが見た姉の横顔は、十才とは思えぬほど毅然としてした。

 今聞けば一体何が大丈夫なのか一層不安を煽るが、まだ六つだったアイリスにとって、姉の真っ直ぐな声と姿勢は不思議と安堵をもたらした。


(やっぱり、姉様は姉様ね。今も昔も、一番頼れる人だわ。……でも)


 泣いている六才のアイリスの中で、十六才の自分が姉を見つめる。

 白銀の髪に似合う金色の瞳には、家族を亡くした絶望ではなく、小さな身体には大き過ぎるほどの怒りと、何かを決意した力強さが浮かんでいた。


(あの時は気付かなかったけれど……不自然、よね)


 幼い子どもが突如として家族を亡くしたにしては、何もかも受け入れ過ぎている不自然さに、アイリスは得たいの知れない恐怖を覚えた。

 何かがおかしい……強いて言えば、見ている夢が何故この悪夢なのかと、言い表せぬ不安がアイリスに襲い掛かった。


「大丈夫だよ、アイリス……。だから、ちゃんと休んでいてくれ」

「……え?」


 瞬間、イヴはアイリスの手を離して、炎の方へ向かって歩き始めた。


「姉様!?」


 一体何をしようとしているのか。

 慌てて止めようと一歩踏み出そうとしたアイリスだったが、まるで根が生えたかのように足は動かず、伸ばそうとした手も重くて持ち上がらない。


「姉様! そっちに行ってはダメです! 姉様!!」


 必死に呼び止めるが、イヴはどんどん進んで行ってしまう。


嫌だ。

行かないで。


 姉が離れていくのに連れて、周囲の景色も黒い闇に溶けて消えていく。

 これは夢から覚める合図だ。全てが闇に包まれ暫くすれば、アイリスはいつも目を覚ます。だが遠くなる姉をそのままにして夢から覚めるのは目覚めが悪すぎだ。


(姉様!)


 もはや声すら出なくなり、本格的に夢が終わるのを感じた。

 もうイヴの他は闇に包まれ、残った彼女の姿も徐々に消え始めていた──が、イヴは徐に振り返ると、アイリスに向かって微笑んだ。


「大丈夫。何回も言ってるだろう?……今度こそ、ちゃんと終わらせるから」


 その言葉を最後に、イヴの姿は闇に呑まれ、アイリスの足元がグラリと揺れた。

 夢が終わる。目が覚める。


──どうか、ご無事で……


 何か企んでいそうな笑顔を浮かべていた姉の顔を浮かべながら、アイリスは目覚めるために闇に沈んだ。












「……泣かせるつもりはなかったんだが」


 妹が追い出された王宮の、一番高い屋根の上に座りながら、イヴは困ったように頭を掻いた。

 精神干渉で妹の夢に侵入し、「大丈夫だからゆっくり休め」と伝えたはいいものの、休んでほしい当の本人は、号泣しながら追い縋って来た。


「あれはちょっと、心苦しかったぞ」


 久し振りに、子どもの頃の妹を見た。可愛い妹が泣きながら呼び止めて来る様は、姉の心を罪悪感という刃物で深く抉った。

 夢の内容もタイミングが悪すぎだった。夢の中の姉が今の姉なのに気付いていなかったアイリスにとって、家族を喪った夢は悪夢と言っても過言ではなかっただろう。ただ休めと伝えただけなのに、どうして罪を背負った気になるのか解せぬ。


「まぁ……ジルがどうにかしてくれるだろう」


 疲労と禁術で重症だった妹は、一番信頼出来るヴァージルに預けてきた。

 権力も実力も兼ね備えた彼は、妹の信頼も勝ち取っている。きっと一から説明して、困惑する妹を安心させてくれるだろう。イヴは「君にも休んでほしいんだけど」と困り顔で言っていたヴァージルを思い出して、クスリ、と微笑した。


「しかし……予知夢の力は健在か」


 妹が見ていた夢を思い出して、イヴは浅く息を吐いた。

 本人に自覚は無さそうだが、イヴの妹・アイリスは、未来に起きる出来事を夢に見る『予知夢』の力を持っていた。


「私がしようとしている事を見たのか……まったく、自覚無しに未来を見るのは困ったものだな」


 燃える家に向かっていくイヴの姿──今回アイリスが見ていた夢は、これからイヴがしようとしている事を表していた。

 イヴとアイリスが被った事件は、十年前に起きたオルコット一家焼死……否、暗殺事件に巻き戻り、またその前、イヴたちの祖母で近年最高の魔導師──ヴァイオレット・ベンフィールド、強いては強力な魔力と魔導師の素質を持つベンフィールド家にまで遡る。要は、根が深いのだ。


「仕方ないな……何せ三回目だ。私と交わした契約に違反している」


 アイリスには教えていなかったが、イヴは魔導師団を追放される際、妹のように何も出来ずに終わった訳ではなかった。

 訳のわからない罪を背負い、大切な妹を人質に捕られる代わりに、イヴは王家に交換条件を出し、渋る王に脅しをかけてしっかりと承諾させていた。その中の一つに、『オルコット家に対しての横暴に三度目はない。もし三度目が起きるなら関係者全員ボッコボコじゃ!国も出ていくからな!!』という内容の文書を入れている。

 一度目は、一家焼死の件。二度目は、自身が受けた冤罪事件。そして三度目は、大切な妹への冤罪……三度目が起きた今、行動しない理由はイヴになかった。


「さて、始めるとしようか……先ずはアイリスの私物の回収だな」


 立ち上がって、足元に視線を落とす。

 下にいる連中の末路を想像して、イヴはニヤリ、と、口元を歪めた。

 







読んで下さりありがとうございます!

次回は休日アップになります。

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