15「伊南悠1」
ついにデスゲームが始まってしまった。
僕、伊南悠は、せわしなく動き出した参加者の中で、全く動けずにいた。
こんなの、どうしたらいいんだろう。
無理だ。本当に無理だ。
なんでみんなはそんなに、すぐに行動できるの?
……誰か、助けて。
自分だけが動けない状況に、僕は早くも逃げ出したかった。
どれほど経っただろう。
多分そんなには経っていないけど、会場に埋め尽くされていた人はどこかに消え、今はまだらにいる程度だ。
僕は思う。
そんな中で、あれに存在感がないのは、どうしてだろうか――
「――うわぁ」
近づいてみるが、そんな感想しか出てこない。
もちろん死体を見るのは初めてだった。
宙に吊り上げられた男は、すでに地面に落ちている。
首がひどい色になっているし、ぴくりとも動かない。
そんな状況なのに、周りにいるのは僕だけだ。
誰も気にしていない。
デスゲーム……何もしなければ24時間後に死ぬと言われれば、当然なのかもしれないけど。
ただ一つ疑問に思ったのは、どうやって宙に吊り上げたのか、ということだった。
「ん?」
きらりと何かが光った。
よく見ると、男の体に何か光るものが巻き付いている。
さらに近づいてみると、その正体が分かった。
ワイヤーだ。
透明なワイヤーが、体に巻き付いている。
周りを見てみる。
そうか、分かったぞ。
この広場の周辺には、二本の鉄塔があった。高い鉄塔だ。
その二つを結ぶ直線上に、この男がいる……つまり、二本の鉄塔から透明なワイヤーで男を引っ張ったんだ。物理的なことは分からないけど、多分いい感じにうまく引っ張れば、人一人を吊り上げられるんじゃないかな……
ふと、怖くなった。
自分の体をまさぐる。確認してほっと一息をついた。
僕の体にワイヤーはなかった。
――ということは、この男は元々殺される予定だったってこと?
そもそもこの男はうるさかった人の一人なのだろうか。
状況的にそうなのだと思い込んでいたが、もしかしたら違ったのかもしれない。
……頭が痛くなってきた。
僕は現実逃避したかった。
現実逃避しかしたくなかった。
それでも時間は流れていく。
「……チーズバーガーとBLB下さい」
参加者の個室が集まった地区には、食堂がある。
そこで僕は、大好きなハンバーガーを注文する。
参加者はすべて無料だ。
最高だと思う。
今現在がデスゲームの真っ最中じゃなくて、店員も黒服じゃなければ、という但し書きがつくけれども。
……死にたくない。
でも、現実と向き合う強さもない。
助けて。
……誰でも良いからさ。
僕は個室に戻った。
ベッドにうずくまる。
僕はずっと無害に生きてきた。
誰かの迷惑になることや傷つけるかもしれないことは、一切しなかった。
誰かに話しかけることはしない。
だってその人の迷惑になるかもしれないから。
でも誰かが僕に話しかけてきたら、なるべく笑顔で嬉しそうに振る舞う。
だって、話しかけてきたってことは僕と話したいってことだ。だから、僕もそうだよ、と伝えてあげる。
成績は常に平均を目指した。
だって僕なんかが1位を取ったら、誰かの迷惑になるかもしれない。誰かを傷つけることになるかもしれない。
「先生、伊南のためにほら、就職先見つけてきてやったぞ!」
「ありがとうございます、先生の見つけてきてくれた場所なら安心です。そこにします」
それはクラスメートだけではなく、すべての人に対して行った。
特に頼んでもないが、先生が就職先を見つけてきてくれたので、感謝して、受け入れた。
僕は今、高校三年生。
もう残り半年もない。
就職先も決まっている。
平凡、すべてが平凡。
でも僕は満たされていた。
女子との接点なんてなく、でもクラスの隅にいる僕に話しかけてくれるクラスメートがいる。先生がいる。家に帰れば家族がいる。
それで十分だった。
「……こんなの僕には無理だよ」
ベッドにうずくまると、涙が出てきた。