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朝起きたら、俺の右腕がウツボになっていたんだが…

作者: 景李

タイトル先行で書かれた作品です。


なので、いくつか穴があることでしょう。

ウツボなだけに(上手くない)


それでも読んで頂けると幸いです。

それは何気ない朝、のはずだった。


俺はベッドの上で寝返りを打ち、目は開けずとも意識だけが起きた状態で、もぞもぞとしながらではあったが二度寝を決め込むつもりでいた。



今日は仕事も無いし、休日なんだ。


明日からはまた仕事だし、いつも早起きしてる分、昼過ぎまで睡眠に時間を費やしたい。



おやすみ。


俺の意識は真っ暗闇へと徐々に溶けていく。


黒から深い黒。

深い黒からより深い黒と、穴に落ちていくあの感覚。


しかし、その感覚に横槍を入れるように、鼻の頭がむず(がゆ)くなった。


当然、俺は無意識に鼻の頭を掻く。



ぺた。


爪を立て、上下に擦った。



くねくねくねくね。


全くもって痒みは引かず、むしろ鼻の頭で変な感触がする。


真っ暗闇に溶けようとしていた俺の意識は、鼻の痒みと変な感触の2つの不快感によって揺り起こされていった。


何で痒みが(おさ)まんないんだよ。



爪で掻けない程に、深爪した記憶は無いぞ?


俺は逆の手も使って、両方の指を使い、全力で掻く。



ボリボリボリッ!


すると鼻の痒みは治まったものの、次には激痛が走った。


痛い。


力の加減が出来てなかった。



でも、ちゃんと掻けるじゃないか。

もしかしたら本当に深爪にしてしまったのかもな。


さて、痒みも引いたことだし、寝よう。


俺は再び寝返りを打って、腕組みしながら眠りに着こうとしたその時だった。


またもや、俺は変な感触に(さいな)まれる。



もう何なんだよ……


俺はむくりと顔だけ上げて、寝惚(ねぼ)(まなこ)を覚ますように目を擦る。



ん?何かが変だ。


いつもなら入らない(まぶた)の間にまで入り込んで、眼球をやたらと刺激する。



気持ち悪!


俺は顔を左に反らし、虚ろな目で周りを見た。

いや、見ようとした。


左から右へと視線を移すと、訳の解らない物があった。


茶色い物体が目の前に存在している。



「うわぁぁぁあッ!」


俺は大声を出してベッドから転げ落ち、その場から離れようと仰け反ったにも関わらず、茶色い物体は俺から離れない。


俺は後ろに這いずり続けたが、次第に壁にぶち当たる。

それでも尚、茶色い物体とは距離を取れない。


これが何なのか不明な時点で、かなりの恐怖だ。



俺はじっとした。


動くという事は何かの生物なのは違いない。

だったら様子見だ。



俺は動くのを止め、目だけを動かし、茶色い物体を見る。


まじまじと見るとそれは尻尾の様で、周りには"ひらひら"してるものがある。


てか、これは絶体絶命じゃないか?これがもし尻尾だとして、このサイズの尻尾ってことは胴体の大きさはどうなる?



俺は考えてみた。


しかし、さっきまで寝てたのもあって想像が追い付かない。



全長を見なければどうしようもないが、これは死と隣り合わせな気がする。


運が悪ければ10秒とない内に、俺はこの世から消えてしまうかもしれない。


例えそうだとしても俺がまた動けば、この茶色い生物もまた俺を狙い、再び動くことだろう。



俺はまず、この茶色い生物が何なのか、それを知ろうと、視線を尻尾から胴体の方へと移した。


だけど、どんなに視線をずらしても胴体が現れない。


尻尾が思った以上に長い。


ヤバイぞ。



何故だかは判らないが俺の部屋には今、巨大生物が居る。


そんな事が頭に(よぎ)りながらも、俺はこの生物が何なのかを探るのは止めない。


生物を見る。


視線をずらす、そして見る、ずらす、そして見る、ずらす、そして見る、ずらす。



そして顔が来た。



えーっと……はい?何こいつ?



何で胴体無しで顔が来てるの?しかしこの時、こいつが何なのかよりも、気になる光景が飛び込む。


それはその生物の顔の先だった。

そして戦慄する。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!」



俺はこの朝、2度目の悲鳴を上げた。


茶色い生物の顔の先にあったのは。俺の右肩だった。


その…いや、この茶色い生物は俺の腕の8割を飲み込み、上腕部にかじりついているのだ。


これを見て、叫ばずにはいられない。


こんな蛇みたいな尻尾と顔しかないやつに、俺の右腕が食われているんだからな。



俺は恐れながらも、左手でこいつを引き剥がそうとした。


でも、片手では力不足なのか、食い込んでる歯はビクともしない。



完全に食われてる……


俺の頭の中は、焦りと困惑で埋め尽くされた。



「どうしよ……」


俺は小声も小声でぼそりと言った。


説明するとここは自宅で、俺は1人暮らしなので、小声にする必要はないんだけども。



今の心境を吐露した俺は、右腕のかじりつかれている部分をじーっと見つめる。



そういえばだが。



かじりつかれている割に、痛みを感じないんだよな。

感覚が麻痺してんのか?


それによくよく見れば血も出ていない。

今にして気付いた事だが不思議だ。



こいつの食い込んでる歯によって止血でもされてるのか?

だとしたら、無闇に動かすのはいけない。



でも、こいつがどういう生物かを知らないまま居るとか、気が気じゃいられない。


何が何だか判らないものに右腕を食われた上に、それが俺の多量出血を防いでくれているとか、安心して身体を預ける事が出来ない。


いや、別に預けようとは思ってないし、むしろ引き剥がしたいんだがな!



ともかくだ。


俺はこの手で、茶色い生物が何なのか、確かめようと決意した。


慎重に、相手を刺激しないように、そーっと左手の人差し指で尻尾の先端を触った。



質感は柔らかい。

表面もつるつるしている。


そして俺は直ぐ様、かじりつかれている右腕を見る。

こいつは微動だにしていない。


さっき俺が這いずった時に動いていたのは、気のせいだったのか?と思えるほどだ。



俺は再度、尻尾を見る。

次に触ったのは、尻尾の周りに付いている"ひらひら"だ。


目を擦った時に、瞼をかい潜って来たのは、間違いなくこの部分だ。


そしてこの"ひらひら"は尻尾の周りだけではなく、頭部の近くまで繋がっている。


"ひらひら"だけを見れば、これって魚のヒレだよな。


イグアナみたいに手足は無いし、こいつは魚なのか?



考えれば考えるほど、よく判らない。

その上、こいつは死んだように動かない。



「何か言えよ」


人間じゃあるまいし、喋らないのは解っている。


それでも心の奥底で溜り続けてきたやるせない気持ちを、その言葉と共に異常の無い左手に乗せて、茶色い生物の胴体真ん中へ叩きを1発入れた。


ぺしっと音がする。


ほんの少しだが痛みが走った。


「え……何で……?」



つい言葉に出してしまう。




俺は変に思った。


疑問と同時に、困惑がまたもややって来た。


それは到底、理解出来ないものだった。



俺が左手で叩いた時に走った痛み。


その痛みを感じた場所が右腕部分なら、左手で叩いたのをこいつが俺からの攻撃と看做(みな)し、その反撃で歯を食い込ませたのなら理解はまだ出来る。


でも、痛みがあった場所は、俺が叩いた胴体部分のその"一点だけ"だった。


何で、こいつの胴体を叩いたのに、俺が痛いって思うんだ?


俺の右腕はこいつの腹の中じゃないか。



何度も考え、何度も答えを出そうとした俺だが、どういう推測を立てても、答えらしい答えにはならなかった。


困惑した末、俺は何故か冷静になった。


謎が謎を呼ぶ謎の連鎖のせいか、頭が限界に達してパンクしたのかも知れない。


ここまで何で?何で?が続けばそうなるだろう。



でも、冷静になったお陰で、気になる事が出来た。


それは一体どういうものか。


もしかするとだが、こいつにかぶりつかれてしまった俺の右腕はまだ、食い込んでる歯より奥は、茶色い生物の腹の中に無傷で存在していてるのではないか、というものだ。



痛みを感じたのなら、この胴体の中に俺の右腕が現存してる可能性が高い。


俺は実証を図る。


今まで力を入れようとも思わなかった右腕を、正拳突きをするように前方へと突き出した。


すると、俺にかじりついている茶色い生物は、ピンと真っ直ぐ伸びた。


俺の腕の長さの2本分はあろうその全長全てが伸びるのは、自分にしても予想外だったが、これは……



あり得る!!


俺にしてみれば、ちょっとした希望だったが、こいつの体内にはまだ、俺の右腕がある可能性は無くはない!!



可能性があるなら次の確認だ。


今のままだと、現存してるという確率が高いだけ。



じゃあ次は……関節だ。


この突き出した右腕の肘を曲げる。


そうすれば俺の右腕は、無傷な状態である可能性がより高まる。



よし、実証だ。


俺は今突き出している右腕の肘を曲げる為に、腕を反転させる。


そして俺は目を瞑り、祈るようにしながら肘を曲げた。


目を見開く。



肘が……曲がっていた。


確かに曲がっていた。



曲がってはいたのだが……


違和感が全開だった。



曲がった部分。


それは茶色い生物の全長である真ん中。


つまりは目測で腕の長さ2本分あると思われる所の、1本目と2本目の境目辺りで腕が曲がっていた。



俺は固まる。


固まる他ない。



そこで曲がるって、どうなってんだよ……


俺の肘は、拳辺りに存在するんですか?

もうそれ、人間辞めてるよ。



希望を見出だすはずの実証が、逆に絶望を発見してしまった。


こいつの腹の中で、俺の腕はどういう風になってるんだろう。

ハッキリ言うと、今すぐ考えるのを止めたい。


それでも俺は実証を続けようと決めた。



肘関節までの腕はまぁ……どうなってるのかが判らないけど、俺にはもう1つ確認したい部位がある。



その場所とは、かじられている右腕の先にある右手だ。


こいつの体内の中で1番奥にある故に、正直言って原形を留めていないと思われる部位だ。


でも、ここがもし無事だったなら、俺の右腕は何とかなるかも知れない……気がする。



自信を持って言えた事じゃない。


普通はあり得ないからな?

朝起きたら訳の判らん生物に右腕を食われてました、とか。


こんな出来事、夢オチにしてほしい。

夢オチだとしたら平和に終わって一件落着だ。



まぁ、本心としてはそれを願うが、ベタな手法で頬をつねって痛かったら夢じゃないっていうやり方だと、俺は1回、こいつの胴体を叩いて自分が痛みを感じてるしなぁ……



それはそれで理解不能だけど、夢オチは望み薄っぽい。


はぁ……こんな状況なのに冷静になりすぎて達観の域だよ、俺。


「とりあえず、動かしてみるか」


俺は頭が真っ白と言うよりは空っぽのままで、右手でグーとパーを交互に、高速で作ろうと指の関節を動かす。


すると、それに応じて、尻尾の先端がぴょこぴょこと内側に曲がる。


この時点ではもう、俺の右手がどうこうなってるとかは考えず、検査でもしてるかの様にひたすら指を動かし続けた。



あぁ、親指とか人差し指とかの感覚はちゃんとあるんだなぁとか思いながら、じゃあ今度は手を広げてパーの形に全力を注いでみようと思い立った。


パーを作る。


気のせいか、尻尾の先端が気持ち少しだけ広がった気がするな。



ここまで指に何の異常も無い。


だったら次は……手の形はパーのまま、指を逆方向に反らせてみよう。



自分の腕が変な事になってるのを良いことに、妙な事を思いついてしまった。


俺は指を反らそうとした。


右手だけの力で。



そうすると、尻尾の先端がさも当然のように外側に曲がった。


おぉ、曲がった曲がった。


これだったら、指だけで往復ビンタが出来るな。


見事な指関節だ。


すげぇ、曲がった曲がった……



曲がっちゃったよ……


ここに来て、我に帰る。



これって俺の腕だよね?


こいつに食われているとはいえ、痛覚はあったから、骨が折れているって事は無いんだろうけど……



右肩から、こいつを引き剥がす方法が無いだろうか……


暗中模索同然の思いで、部屋をじっくり見渡す。


色々な物が目に入ってきた。



掃除機……ガッチリ歯が食い込んでるのに、吸引力だけでこいつを引き剥がそうなんて、まず無理だ。


テレビ……見たところで解決はしない。


ゲーム……やってる場合じゃない。


携帯……何か調べられるかもしれない。


冷蔵庫……冷やして何にな……?


今何か見逃したような……携帯?



そうだ、携帯で調べれば良いんだ!

でも、何を?


うぅ、それが問題だ……



いや、ここで何もしないよりかは、何かした方が良い。


俺はようやく、()ってぶつかった壁からおもむろに立ち上り、ベッド近くで充電してあった携帯を取りに行く。


この状況で何を調べたら良いんだろうか?


とりあえずはグーグル先生だな。

検索ワードは、グーグル先生を開いてから熟慮(じゅくりょ)しよう。



そう思い、俺は左手で携帯を開く。


真っ暗な画面には光が灯り、そこに映されたのは、SNSのLINE通知だった。


表示されたアイコンを確認すると、それは会社の後輩である(かなめ)からだ。


通知が来た時間をみると、およそ1時間前。



どうやら俺が寝てる間に通知が入ったらしい。


俺はグーグルを開くのは後にして、通知をタッチしてLINEを開く。


まだ何から調べるか検討ついてないからな。



無駄に時間を割くより、他の事をしてた方がまだマシだろ。


スマホの画面から直でトーク画面に替わると、要からのメッセージが映し出される。



〔先輩、昨日はかなり酔ってましたけど、大丈夫っすか?無事に帰れました?〕



家には帰れてるけど無事じゃねぇよ、特に右腕が。


要から来たメッセージの率直な感想がそれだった。



そういや、衝撃的な事が多過ぎて忘れていたけど、昨日は要と2人で居酒屋で飲んでたんだったな。


にしては、二日酔いとかの不快なものは全く無い。

まぁ、そんなものは無い方が良いから、気にしないでおこう。



メッセージを確認した俺は、相手にこれ以上無事かどうかを心配させるのは悪いと思い、すぐに返信した。


既読した時点でそこら辺の部分は解消されてるとは思うんだがな。



〔あー何とか家に帰れたよ。てか、俺そんなに酔ってた?(笑)〕



結構軽い感じの内容を慣れない左手で打ち、要に返信する。


そして携帯を左手に持ったまま、昨日の事を思い返したみた。



昨日は仕事が終わり、要と2人で会社から居酒屋に直行した。

そこから会社の愚痴やら色々喋って……


あれ?


俺、どうやって家に帰ったんだ?



要と飲んでたのは覚えているけど、飲んでから家に帰った記憶が無い。


俺は頭の中を何度も整理してみる。

それでもやっぱり思い出せない。


俺は溜め息を吐いた。



いい大人になって、何やってんだか。

酒を飲んで記憶を失うなんて。


そして、ふと右腕が目に入る。


挙げ句の果てには、茶色い生物に右腕を食われている始末。



俺は携帯をベッドに放り投げ、それと一緒にベッドに(うつぶ)せで倒れ込み、溜め息をもう1つ。


ぐちゃぐちゃになっている掛け布団も気にならない。


そんなベッドの上に身体が沈んでる中、俺の気持ちも同じく沈んでいる。


そうなってる俺の気持ちを知ってか知らずか、放り投げた携帯から(かん)高い音が鳴った。


音からして、LINEの通知だろう。



俺は左手で携帯を取ろうとした。


しかし、左手で周りをまさぐっても触れるのはベッドのシーツだけで、肝心の携帯が見当たらない。



あぁそういや、右側に放ったんだっけ。


そう気付いて、俺は右手で携帯を取ろうとベッドをまさぐる。


こつんと当たった携帯らしき物を掴み取り、俺は顔の前にそれを差し出した。


目に映るのは自分の携帯と、茶色い生物の尻尾の先端。


一瞬驚いたものの、こいつの全てを普通に使ってる自分の順応性に、複雑な気持ちを抱いた。


俺の右腕がこいつの腹の中で、どうなってるのか判らないってのに。



とは言え、既に驚きやら疑問にお腹一杯の俺は、深く考えずに携帯を開く。


今度の通知も後輩の要からのメッセージだった。



〔そりゃあもう酔ってましたよww駅まで送ったのは良いけど、ちゃんと最寄駅で降りれるかな?思ったくらいですし…泥酔ってああ言うんだなって思いましたねw〕



俺は泥酔してたのか。


しかも後輩にだいぶ迷惑を掛けている。

会社の先輩として、恥を晒した気がした。


やってしまったなぁと思いながらも、俺はそのメッセージを見返した。



そして、ある事に気付いた。


要に駅まで送ってもらったって事は、俺はそっから後でこいつに右腕を食われたって事か。


家に帰って来れてるのを踏まえると、最寄駅でちゃんと降りてるはずだが……



俺の家から最寄駅は大体10分程度で行ける距離だ。


だとしたら、その道のりの間でこうなったって事だよな……



いやいや、最寄駅から帰るだけでこうなるとか、ちょっとデンジャラス過ぎない?


全米が震撼するレベルだろ。


あぁ、日本だし全日か。



こんなどうでも良い話を頭の中で繰り広げていると、またもや携帯が甲高い音を鳴り響かせた。


LINEの通知音。


手に持っている携帯に目を向けると、映し出されたアイコンは先ほどの要だった。



既読付けたままで、返信してなかった俺はトーク画面を開く。



〔そういえば先輩が言ってたウツボ料理、いつ行きます?店は自分の方で探しておきますけど…〕



はい?何のこと?


全くもって身に覚えがない。


俺はすぐに返信する。



〔ごめん、全然覚えてない…これって何の話?〕



俺は思った事をそのまま書いた。

すると、すぐに既読が付く。


たぶん速攻で返事が返ってくるだろうと思い、トーク画面を開いたまま待っていた。


時間にして1分も掛からなかった。

トーク画面に新たなメッセージが現れる。



〔覚えてないんすか?w飲んでる時に先輩が「海のギャングと言われてるウツボは美味いらしい。だから今度食いに行こう」って言ってたじゃないですか〕



俺は酷く反省する。


酒は飲んでも呑まれるな、なんて言葉があるけど、まさにその通りだ。


喋った事をここまで覚えてないなんて。


そして間髪入れずに、もう1件。



〔あんなに言ってても、酔いすぎると覚えてないもんなんですねwww〕



この文面の感じだと、何度もしつこく言ってたぽい。

へべれけも良いとこだ。


俺はそれを含めて冗談混じりで返事を返す。



〔いつ話したかも覚えてないくらいだ(笑)悪いな、迷惑掛けたようで〕



当然、謝りの一言も入れる。

醜態を見せた先輩の俺を、駅まで送ってくれたんだしな。


その時に要の顔がどんな顔をしてたかは、今やもう本人に聞く以外に知り得はしない。


そして、俺は聞く勇気がない。



いや、聞こうとも思わないけど。



それにしても、ウツボ料理なぁ。

ウツボって俺の記憶が確かなら…アレだよな。


海に住んでて、蛇みたいにウニョウニョしてる生き物で間違いないよな。


それで噛まれたら最後、引っ張っても離さないとか何とか…そんな魚だ。



俺は自分が知ってる限りのウツボの知識を、脳内でつらつらと並べた。


その知識量は一般程度、もしくはそれ以下だったかも知れないが、飲みの席で出てきた話。


それも自分発信だ。


喋った記憶は無くても、思い出そうとする努力はしないといけない。


俺はウツボ情報を頭の中でぐるぐる回し、要と飲んだ時の記憶の断片を追おうとした。


俺の中で引っ掛かる言葉は何か無いか……



ウツボ……ウツボ……蛇みたいな……蛇みたい?

何処かでそんな事を思った気がする。


でも居酒屋でじゃないな。


何処でだっけ?


その言葉に、何か思い出せそうな気もするんだ。



うーんダメだ、思い出せない。


他には……、噛まれたら引っ張っても離さない……



すっぽんとかも噛まれたらアウトって言うよな。

ああいう生き物って顎もそうだけど、噛む力が強いんだっけ。

怖いよなぁ、噛まれたら離さないとか。


はっは~、怖い生き物もいたもんだ。


まるで、コイツみたいだよなぁ。



俺は俯せから仰向けになり、右肩下にある顔に目をやった。



沈黙。



決して短くはない。


時計の秒針が1周するんじゃないかと思えるくらい長い間だった。


まばたきもせずに、コイツの口周りと顎を見る。


鋭い歯だなぁ。



そこから流して胴体を見る。


蛇みたいだよなぁ。



尻尾まで視線を流す。


このヒレ、胴体から尻尾まで繋がってるんだったなぁ。



俺はついにコイツから目を離し、仰向けから起き上がってベッドに座り、あぐらをかいたままで真正面を向いた。


すると、陽射しが差している窓とのご対面。



俺が目を覚ましてから、どれくらい時間が経ったのだろう。

それはもう判らないが、今の時間は判る。


左手に持っている携帯のディスプレイの右上に、小さくではあるが現在の時間が表示されているからだ。



現時刻は午前10時34分。


たぶんこれから時計で10時34分を見てしまったら、絶対に今日の日を思い出すんだろうな。



10時34分。


それは俺がこの時間に、右腕にかじりついてるのがウツボだと知った―――人生で1度あるか無いかの貴重な経験をした――そんな瞬間となった。


いや、1度だってあってたまるかよ。



いや、あるんだがな……





やるせない気持ちが高まっていく。


はけ口が無い分、思いのやり場に困る。


これはこれで厄介だ。



どうしようもなくなった末、今更になって、怒りが込み上げてくる。


大体言わせてもらうが、ウツボに右腕1本噛まれましたって、どんな状況になればそうなるんだよ。


海の生き物だから、海に居てこうなったってんならまだあり得なくないよ?



でも俺が居るのは自宅。


昨日の飲んだ帰りに何かあったとしても、最寄駅から自宅までだって住宅街だ。


"うみ"の"う"の字もねぇよ。



色んな事を頭で思っても、フラストレーションは一向に消化されない。


ますますムカッ腹が立ってきた。


あぁ、この怒りはどうしたら……



そう思ってる最中だった。


携帯に入ったLINE通知。

要から、俺が送ったメッセージに対しての返信だった。



〔それくらいの迷惑、構わないっすよ~wじゃあ店は自分が探しとくので、ウツボ食いに行きましょうね。言われまくって俺もちょっと気になってきたんでw〕



要よ、それどころじゃないんだ。


ウツボを食うどころか、今の俺はウツボに右腕を食われてる所なんだよ。


ミイラ取りがミイラになる的な感じで、ウツボ食いたい奴がウツボに食われる、だ。


言葉のままだから意味は全く違うし、語呂も悪い。



俺はこのメッセージには返信しなかった。

する気力も起きなかった。


したらしたで、文面が怒りに満ちそうだったからだ。



俺は気分をどうにか落ち着けようと、そのままベッドの上で大の字になり、天井を見上げる。


ずっと見ていると雪の様な白い天井が、俺の曇った心の部分を取り除いてくれる、そんな気がした。


これは単なる気分の問題。


気がしただけで、本当のところ何も変わっていない。

治まらないイライラともやもやが押し寄せて来る。


もう寝起きの時にする気だった二度寝(完全に1度起きてるんだけど、これ)を、このまま実行してやろうか。


どんなとんでもないトラブルだって、放っておけば時間が解決してくれるもんだ。



さぁ、寝よう。


今の意識を深い海に沈めようじゃないか。


もしかしたら、俺の右腕にかぶりついてるウツボだって、ここは母なる海ぞと思い込み、食い込ませている歯を腕から離すかもなぁ。



なぁんて、冗談みたいな話…起これば良いのに。


俺はベッドで大の字のまま、瞼を閉じる。


日光降り注ぐ海面から、次第に降下して行き、底を見せない濃紺の海底へと意識を沈ませようとした。


……のだけれど。



何の前触れもなく、それはやって来た。


扉を叩く鈍い音が3連。


俺の意識は、一気に海面へと浮上する。


誰だよ、俺の気の毒な……ではなく貴重な休日を邪魔する訪問者は。


今日は誰とも会いたくないんだよ。

そんな気分なんだよ。



俺は居留守を決め込む。


再び寝ようと、俺は大の字から右へと寝返りを打った。

それ以外の物音は立てていない。


室内の空気がしーんと静まり返った。

誰も居ないと思って帰ったか。



これで眠りに就けると気が緩んだ。



だからだ。


またもやドンドンドンと部屋の中に響いた鈍い音が、俺の身体と共に心臓を飛び上がらせる。


視線は自ずと、外へと繋がる扉に行く。



驚かせやがって……心臓に悪い。


リアルに気の"毒"になってるじゃねぇか。


不快感を滲ませながらも、俺は玄関の扉から目を離さない。


どうせまだそこに居るんだろ?



俺は飛び上がって不意に取った姿からベッドに座り、あぐらをかいて、両手を(片方がウツボに食われてるのは、この際ノータッチで)足元に置く。


視線は変わらず玄関方面。



あと1回くらいはノックをしてきそうだな。


これは、その音に油断しない為の臨戦態勢だ。


来るか?来るか?

来るんだろう?


いや、絶対に来るッ!



ピンポーンとインターホンが鳴った。



インターホンかよッ!!


何でノックの後にインターホン?

普通、逆だろうが!!



正直、怒りでぶっ飛び、その事について叫びたい気持ちで一杯になったけど、グッと堪えて口を真一文字に結んだ。


俺は居留守をしているんだ。


なのに、ここで叫んでしまったら、家に居るってのが相手にバレてしまう。



相手がどんな奴かってのは対面してみないと判らないが……


ノックを2回にインターホンを1回。


このしつこさだと、勧誘か集金ってところか?



勧誘はまぁ、まだ手強くはないが、もしこれが集金なら、そんじょそこらの集金じゃあない。

それでも、居留守するから別に関係ないけどな。



俺は扉の奥に居る奴が帰るまで、気配を殺そうとした。

たとえ、どんな凄腕の集金だって、面と向かなきゃ取れる物も取れない。


籠城すれば勝ちなんだよ。



俺は早くもしたり顔で、勝ち誇った気で居た。

だが、それも僅かな時間だった。



ピンポーンピンポーン、ドンドンドン、ピンポーン、ドンドン、ピンポーン、ドンドン



ノックの連続だけじゃなく、インターホンも鳴らしまくられる。


しかも、リズミカルにテンポを変えて、ノックとインターホンの規則性が無くなっていく。


さながらそれは、太鼓の達人みたいだ。


最悪にも俺の自宅の扉とインターホンが、どこのゲームセンターにもあるような、アーケードゲームに成り果てたらしい。



超うるさい。



何コイツ、集金に必死か!

クレイジー過ぎるだろ!!


自宅内に広がる騒音によって、俺の鼓膜を大いに刺激する。


ダメだ、耐えられない。


さすがにここまでされるとは思っていなかった。


自宅内アーケード 太鼓の達人に限界が達した俺は、急いで玄関へと駆け寄り、勢い良くドアを開けて一言文句を言い放った。


「うるさいッ!!」



あそこまでうるさくされたのもあって、扉前にいた奴に、今まで溜まってた怒りを全てぶつけた。


ノック以外に関しては、とばっちりも良いとこだが、それは不運だったと相手に思ってもらうしかない。


怒りに満ち満ちた故に、はぁはぁと息が荒くなる。


しかし、相手からは思いも寄らぬ第一声だった。



「良かった良かったぁ、生きてたんですねぇ」


そんな言葉を口にしたのは、白衣を着た、ちんちくりんとも言える若い男だった。



あんなに激しくノックをしてたとは思えない、無垢にも程がある声のトーン。


しかも、表情は俺とは真逆で満面の笑みだ。

全部が飛び抜けて明るい。


てか、この男、変に爽やか過ぎる。


俺の怒りで歪んだ顔は、自然と(いぶか)しんだ表情へと変わる。


怒りもそうだが、それと一緒に毒気を抜かれた感じだ。


そして、俺は思った事を言葉にした。



「あんた……誰?」


そう。


こんな男、俺は知らない。


初対面、のはずだ。


なのに、第一声にやたらと親しげを感じる。



そんな友人ポジションを気取る白衣の男は口を開く。



「やっぱり記憶が無いんですねぇ。仕方ないです仕方ないです。"記憶無くなっちゃう"のなんて副作用みたいなもんですから」


やっぱり?こいつ、何言ってんだ?


いやいや、それより……今こいつ"記憶が無くなる"とか言ったか?


記憶って、もしかして昨日の事か?

昨日なら確かに、飲んでる時の記憶が抜け落ちてるっぽいが……


あと、意味深な発言……俺はこいつと会ったことがあるのか?



「なぁ、あんた。俺の事、何か知って」


「それじゃあ立ち話もなんですし、中に入らせてもらいますねぇ。おっじゃまっしまぁーす」


俺の言葉をかち割って、白衣の男は玄関に侵入し、ズカズカと俺の部屋に踏み込んでいった。


俺は、ちょっと待てと白衣の男に掴み掛かろうとしたが、あっさりかわされる。


「へぇ~、部屋を見た感じ1人暮らしですけど、ちゃんと整理されてるんですねぇ。もしかして几帳面なんですかぁ?」


ニコニコしながら、そんな事を言う白衣の男。俺はその態度に腹が立つ。



「ちゃんと話を聞きやがれッ」


「はい、何でしょう?」


妙に素直な返しだった。


そしてスマイル。



「勝手に家に入りやがって、お前は一体何なんだッ?訳も判んねぇ事言いやがって……早く出ていけッ!」


「そう怒んないでくださいよ~。寿命縮んじゃいますよぉ?」


またしてもスマイル。


ぶっ飛ばしてやりたい気持ちで一杯だ。



「イライラするのは解ります。恐らくですけど朝起きて、昨日の記憶があやふやだったり色んな事が起こって気が立ってるんでしょう?」


解ります解ります、とうんうん(うなず)く白衣の男。


図星は図星だったが、さも知ったげな風に言われたのに対し、逆にイライラした。



「お前に俺の何が解るってんだよッ!!」


「解りますよぉ~?例えば、昨日は何があったのかな~とか、どうやって家に帰ったのかな~とか……」


白衣の男はほんの少しの沈黙の後、不敵な笑みを浮かべながら言葉を続ける。



「他には、そうですねぇ……右腕がウツボになってたり、とか?ですかねぇ」


その言葉を聞いた途端、俺は遅いと思いつつも右腕を見えないように隠す。


白衣の男のペースに飲まれたせいで、頭の中から右腕の存在が消えていた。



「隠さなくても大丈夫ですよ?安心してください。僕はこの通り、あなたの事を全部知っています」


ニカッと笑っている白衣の男。


爽やかな笑顔のつもりなんだろうか?


逆にそれが恐怖心をそそるんだが。



俺は男に質問と尋問をする。



「俺の全部を知っている?じゃあ、まずは俺の名前、生年月日、出身地を言ってみろ」


「すいません、嘘を吐きました。全部は知りません。名前も生年月日も何も知りません。知ってるのは精々、あなたが昨日の夜に僕と会ってから、あなたが今、再び僕に会うこの時までの事くらいしか知りません」



語弊(ごへい)を生んでしまってすいませんでした、と淡々と言いながら、深々と頭を下げて謝られる。



言葉が出ない。


何も言えない。


さっきまで横柄だった奴がそんなに(かしこ)まったら、俺が悪いみたいじゃないか。

罪悪感が芽生えてくるじゃないか。


何だか自分が大人げない感じがしてきた。



謝りたくない。

でも、このままだと俺が全面的に悪い雰囲気になる……


だとしても謝りたく……いや、素直になろう。


俺も子供じゃないし、非はこっちにもある。



「俺も悪かったよ……イライラしてるのに図星を指されたからな。言い過ぎた」



俺は謝りの一言を白衣の男に言った。


これで気まずい空気になってしまうな、と反省しかけた俺だったが……



「あっそうですか?じゃあ、今のでお互いチャラって事で」


笑顔1つ、あっけらかんとした態度でそんな事を言われた。


ブレないのはある意味、賞賛に値するレベルだけど……。

何だろう?この憎めないイラつきというか、猫みたい性格は。


自分のペースで行きたいのに、全く持ってそれをさせてくれない。

振り回される一方だ。


もう呆れてきた。


その張本人はというと、辺りを見回し、丁度良い所にといった感じで、平然と俺のベッドに座った。


しかも勝手に。



「さてさて、じゃあこれでお互いに和解はしたとして……どうします?」


「何がだ?」


「いやぁ、あなたの右腕が何故、ウツボになっているのか、その理由とか聞きたいのかな~とか僕は思ってるんですけど……これも当たってます?」


「それも大正解だ、教えて欲しい。でも、その前に俺は聞きたいことがある。お前は昨日の俺を知ってるって言ってたが、お前と俺は何処で会ってるんだ?居酒屋か?」


「居酒屋じゃないですねぇ。道端です」


道端?俺は考える。


「それもあなたの家近くの道端で、ですね。そこであなたが倒れていたんですよ」


「もしかしてあれか、その俺が倒れていた時には既に、何故だか判らんがウツボに襲われていて、お前が俺を助けて家まで送ってくれた、とかか?」


結構、突拍子もない話だが、白衣の男に聞いてみる。



「う~ん、60%ってとこですかねぇ。真実には近付いていますが、重要な部分が違います」


口角を上げて喋ってはいるのだが、笑顔という顔ではない。

真剣なつもりなんだろうけど、へらへらしてる様に見える。



「重要な部分?ウツボの事か?」


「そうですねぇ。あなたにとって重要な部分とはそこでしょう。でも、あなたはその部分で勘違いをしてるんですよぉ」


「勘違いだって?まさか、あれはウツボじゃないってオチか?」


それだと大きな勘違いと言えるが、今になって右腕にかじりついてるのがウツボであろうがなかろうが、俺はどうでも良いんだけど。



「いやいや、根本的に違うんですよねぇ。どうやらあなたはウツボに"襲われた"と思っているみたいですが、それ自体が勘違いなんですよねぇ、コレが」


「襲われたんじゃない?じゃあ、俺が襲ったってのか?そんな訳あるかよ。道端でどうやったら襲えるんだよ。相手は海洋生物だぞ?出現すらしないだろうが」


第一、俺が襲う必要が何処にある?


自分で言ってて、事の可笑しさに笑ってしまう。

したくはなかったが嘲笑になってしまった。


すると、白衣の男は急に右手で顎を触りながら、う~んと唸り始めた。



「難しいですね、説明って。僕の中では、これだけ言えばもう答えに辿り着けるもんだと思ってたんですが……やっぱりアレなんですかねぇ?真実を知ってる者と知らない者とじゃあ、話の繋がりに差異(さい)があるんですかねぇ?」


そうは言われても、こっちとしては謎しか増えてないんだが……



白衣の男が言う真実に到着したくても、その真実へのパズルのピースがまだ足りていないのに、勝手にガッカリされても困る。


白衣の男は未だどうしようか悩んでるみたいだ。


これって俺の理解力が無いだけなの?

俺が全面的に悪いのか?


とりあえず俺が悪いのかは不明だが、謝ろうとした時だった。


白衣の男が目を見開き、何か閃いた風な顔付きになる。



「そうだそうだ!だったらクイズにすれば良いんだ!これだと、お兄さんにも簡単に真実に辿り着いてもらえますし!説明じゃあ遠回りですしねぇ」


盲点だったぁなんて言いながら、白衣の男は右手の平を額に打ち付ける。


意外と古典的だな、こいつ。


「と言うことで、答えを100%にしてもらう為に3択クイズにします。3択だったら答えに直結しやすいでしょう?」


この男、俺をおもちゃにしてるような気がするのは、俺の思い違いなんだろうか?


こいつが何で、俺の家に来たのかっていう目的も判らないままなのに。



「んじゃあ行きますよぉ~?第1も~ん、そして最終もんだ~い!!あなたの右腕はウツボになっています。では、それに関しての真実とは一体どれでしょーか?番号でお答えくださーい」



白衣の男は無駄に張り切っている。


まぁ、この際どうでも良いや。


真実を判り易くしてくれてんだ。

それぐらいのテンションアップは許してやろう。


寛容な心も持ち合わせないとな。



「1番!えーっと、えーっと……ウツボが空から降ってきて、偶然それがあなたの右腕に()まってしまった!」


白衣の男は考えながら言う。


よくもまぁ、それでクイズにしようとか思ったな。


選択肢を言う途中でえーっとなんて言ったら、それは違うって言ってるのと同じだろうが……



「2番!えーっと……実はッ!右腕のそれはウツボじゃなくて、ウミヘビだ!」


その答え、俺がお前に聞いた質問じゃないか。


考えながら言ってたら、そりゃあクオリティが低くなるわな。

いや、低いどころか、悲しいくらいにゼロだけど。


しかもまた、えーっとって言ってるし。



「3番!」


もう判ってんだよなぁ、答えが3番なのは。


それでもな、問題は問題だ。

きれいに終わらせて、真実を詳しく聞こうじゃないか。


お待ちかねの正解発表だ。



白けつつも、俺は白衣の男を見る。


当然、答えを言う訳だから自信に満ちた顔をするんだろうなと思って見ていた。


案の定、表情が変化した。


そして切り出す。



「その右腕は、僕がウツボにした」


不敵な笑みをした顔で俺を見る。



「え……?」



思考が止まる。


本当に止まってはいない、そう感じるだけ。



時間が止まる。


本当に止まってはいない、そう感じるだけ。



世界が止まる。


これも本当に止まってはいない、そう感じるだけ。



ありとあらゆる物が止まった気がした。


そんな事言われて、何て言えば良い?


俺は顔が引きつりながら、半笑いで言葉を絞り出す。



「お前、嘘だろ……?お前が俺の右腕をウツボにし…」


「番号でお答えくださーい」


ニッコリしながら俺の言葉を(さえぎ)り、とびっきり明るい声で俺に言い放つ。


こいつは何を考えてやがる?


何が目的なんだよ……



沸々と怒りが沸き上がる。


何なんだよ、こいつは。

俺を怒らせたり呆れさせたりと弄びやがって……


お前は、一体、何が、目的なんだよッ……



「さぁ早く、番号でお答えくださーい」


もう、その明るい声が嫌になる。


嫌がらせか?


それともお前は俺に怨みでもあるのか?

(おとしい)れに来たのか?そうなのか?


だとしたら俺は何をしたって言うんだ?


怒りと疑問のスパイラル。



それでも、今の感情を表に出さまいと必死に(こら)えている。

押し殺そうとしている。


結果が(ともな)っているかは別だけど、ごちゃ混ぜの感情で溢れ返ってる俺は、視線を白衣の男から逸らしたが宛もなく、自ずと真下のフローリングにやる。


視線が刃に変わるなら、床を突き破ってただろう。



「さん…ばん…」


振り絞って出した声。


この時の俺の顔はどうなってたかは推測でしかないが、眉間にはしわが寄り、目も血走っていた、はずだ。


鬼の形相と言うよりは、鬼そのものだった、と思う。


ここまで来ると怒りが治まらない。



「ピンポーンピンポーン、こんぐらっちゅれーしょーん」


天使みたいな笑顔で言ってる姿を見て、怒りが頂点に達しそうになる。


もう今すぐにでも掴み掛かって、へらへらした顔に右手で1発、鉄拳をぶち込んでやりたい……


それをしないのは理性がダメだと言ってるからだが、どうしてもあいつの顔面に、渾身の一撃を入れてやりたい。


じゃなきゃ、怒りでどうかしてしまいそうだ。



「ほらほら、お兄さん。正解したんですから、もっと喜んでくださいよぉ。楽しまなきゃクイズじゃないですよぉ?」


無言の俺。



「もしかして怒ってます?ダメですよぉ?怒ると血圧が高くなりますし、ヘタしたら脳梗塞とかで死んじゃいますよぉ?リラ~ックス、リラ~ックス」


微動だにしない俺。



「う~ん、ダメですねぇ……そういや、カルシウムが足りてないとイライラするらしいですよ?牛乳でも飲みます?僕の家じゃないですから、あるのかは知りませんけど」


「おい、お前」


「はい、何ですか?」


「1発殴らせろ……右手で1発殴らせろ……」


「いやだなぁ、お兄さんったらぁ。右腕は今、ウツボになってるじゃないですかぁ。それだと殴るじゃなくて、ビンタになっちゃいますよぉ?」


「だったら……だったら、左で殴らせろッ!!」



俺は左手で掴み掛かった。


勢いよく。


それでもベッドに座っている白衣の男は、表情1つ変えなかったが。



「左で殴らせろって言ったのに、左手で掴むんですか?やっぱり右で殴ります?じゃなくて、ビンタでしたか。それでも構いませんよ?人にグーで殴られるのは痛いって知ってますけど、ウツボの尻尾でぶたれるのは初体験ですし」


痛いのかどうかワクワクしますよ、と変わらない笑顔。


本当にお前は……お前は……お前はッ……


俺の怒りはダムが決壊したように、諸々全て白衣の男にぶち撒ける。



「お前はよぉ、一体何の目的で、俺の前に現れやがったんだよッ!俺を嘲笑う為に来やがったのかッ?ふっざけんじゃねぇッ!!目的を言いやがれ、この野郎ッ!!」


相手に掴み掛かったまま怒鳴り散らした。


俺は右腕を振り上げている。


いつでも殴る準備は出来ているぞ。



さぁ言え。


目的を話し終わった時が、お前を裁く審判の時だ。


さぁ口を開けッ!



「あなたの右腕を直しに来ました」


掴まれたまま、淡々とそんな事を言う。


この期に及んで、まだ俺を騙そうとするのか?



「お前、往生際が悪いぞ?」


怒りによって、俺の声は震える。


それでも白衣の男の表情に変化は無い。

むしろ、白衣の男は言葉を続ける。



「正確に言うと"直して欲しければ直そう"と思って来ました。こう見えて、医者なんですよ?僕」


俺の言葉にも動じない。

強がってる風にも見えない。


冷静そのものだった。



ダメだ、もう我慢が出来ない。


俺は振り上げている右腕と半身を、弓を引く様に思い切り右へと反らし、右腕を頭の後ろに持ってくる。


座ってるお前だ。


位置的に体重入れて顔面ぶん殴れば、歯の1本や2本は折れるかもな。


そうなったら、今みたいな爽やかな笑顔が出来るのも、俺で最後だ。



じゃあな。お前の爽やか笑顔に引導を渡してやるよ。


俺が名誉ある引導に決意をした時だった。



「直して欲しいですか?」


自称、医者の男が俺に聞く。



「その右腕、普通の腕に直して欲しいですか?」


俺の心が揺れる。


こいつの嘘か本当か判らない一言二言に。



いいや、心が揺れたどころじゃない。


怒り心頭で沸き立っていた熱湯に、冷や水を急に注がれた感じだ。


無理矢理にも精神状態を冷静に近い所まで引き戻され、それと伴い、殴るという行動に迷いが生じた。


身体は石みたいに固くなる。

なのに、右腕は震えていた。


このまま右腕を振り抜けば、こいつを殴れる。


でも、解ってるのに出来ない。


葛藤渦巻いてる俺が出した答え。



それは……



「本当に、直せるのか…?」


半信半疑なのは否めないが、(わら)にもすがる思いで白衣の男に聞いた。


俺からしてみれば、残された希望なのは言うまでもない。



「はい、あなたがそれを望むなら」


揺るがない笑顔。


2度とこいつの笑顔を見る事もないと思ってたのに、あっさりと世に出してしまった。



俺の決意って、何だったんだよ……



「分かった……直してくれ。頼む」


その言葉と一緒に、振り上げていた右腕をだらんと下ろし、掴んでいた左手も離す。


こいつとの会話全てが別の何か、勝負とかだったとしたら、自分から見ても俺はこいつに完全敗北だ。


決意のそれも、何もかも。



「分かりました。あなたの右腕を直しましょう」


白衣の男は快諾した。



「でも……」


白衣の男が言葉を続けた。


快諾した後だというのに、少し言葉に詰まる。


俺は今度は何を言い出すんだと身を構える。



「あなたは、どうして右腕がウツボになったのか、納得出来ていませんよね?日常の中で、右腕がウツボになるなんて、普通はあり得ない事ですし……当事者のあなたには、それを知る権利があると僕は思うんですよねぇ」


「まぁ、そうだが……」


「だから、このタイミングで話そうと思うんですよ。昨日起こった事、知りたいと思われる真実を。あと、僕とあなたとの経緯もです」


じゃなきゃ、僕に身体を預けるなんて出来ないでしょう?と見た感じ、(よこしま)な気持ちゼロで話してくる。



確かにな。


俺はお前との関係が謎だ。


それを明かしてくれるなら、全部は信用出来なくても、少しは不安が取り除かれるだろうな。



「少なからずだが、真実とやらを聞けば、俺はこうなってる事に納得だけは出来るんだよな?」


「いえいえ、そうとは限りません。僕にとってもこれは、イレギュラー中のイレギュラーなんですよね~。だから正直言うと、もし僕がこの話を第三者として聞いたら、話してくれた人に向かって、嘘だぁって笑いながら言っちゃいますねぇ」


そこまでなのか……



いや、そう言えば少し前に言ってたっけ。


こいつに突拍子もない俺の推測を言ったら、真実には近付いてるけど重要な所が根本的に違うとか、そんな事を。



「だからこれから聞く話は、真実でありながらフィクションっぽいんだけど、やっぱり真実でしたぁ~的な感じで聞いてくださいね」


結局は真実なんじゃねぇか。


要するに、ウソみたいなホントの話のようなスタンスでって事だろ?

まどろっこしい言い方するなよな。



「あぁ、分かった分かった。じゃあ話してくれ。その真実ってやつをさ」


前置きは十分だ。


さっさと本題に行ってくれと言わんばかりに、俺は白衣の男に話を促す。



白衣の男は嘘だと言っちゃう、とか馬鹿っぽく言ってたけど、もう俺はどんな内容が来ても驚かない自信がある。


と言うよりは、驚く事に疲れてしまったってのが本音だ。



「もう、そんなに急かさなくても、ちゃんと話しますよ、欲しがりさんなんですからぁ。もしかしてお兄さんって、好きな物は最初に食べるタイプですか?いや、聞いた割りに、興味なんて無いんですけどね。ちなみに僕は、最後に食べる派です」


こっちも興味ねぇよと言いたかったが、スルーしよう。



本題までの雑談が長い。



「そんな冷ややかな顔は止めてくださいよ。傷付きますよ?僕だって。場を暖めようとしたんですが逆効果でしたねぇ、あはは~失敗失敗っと。それじゃあお兄さんにはこれ以上、そんな顔をされたくないので全部お話しますね、昨日あった夜の事を」


長くなるので悪しからず、そう言いながら微笑む白衣の男。



こいつがどんな事を言っても笑うのは癖に思えてきた。



「まずは何から話しましょうか?解りやすくするなら、僕があなたに出会った所からが良いですかねぇ?」


白衣の男は上を向きながら、そんな事を言った。



そして、おもむろに話し始める。




「昨日の深夜、僕は散歩に出掛けてたんです。特にこれと言った予定もなくて、ただの暇潰しだったんですけど、ぶらぶら歩きながら、今日の星はいつもより綺麗だなぁとか、そんな事を思ってたんですよ

「それで、ずっと空を見てたら急にお酒が飲みたくなってきましてね。何て言うんですか?気分的にお花見とかお月見みたいに、綺麗なものを見ながら一杯引っかけたくなったんですかね?

「飲みたくなったものは仕方ないと、僕はお酒を買う為にコンビニを探してる途中でした。その時にあなたと出会ったんですよ、無惨にも血塗れで倒れているあなたに……

「そりゃあ驚きますよね?お兄さんには、そうなってる時の記憶が無いんですもん。でも、血塗れになってたんですよ

「出血していたのは右腕でした。言いにくい事ですが、あなたの右腕があなたの身体から引き裂かれて……十数メートル先の道端に転がってたんです

「倒れているあなたの周りを見たら、くっきりとしたタイヤ痕があったので、これは完全に僕の推測になるんですけど、どういう状況だったかは知りませんが、あなたは車に跳ねられた後に運悪く右腕だけ()かれた……。そして右腕だけが十数メートル先まで飛ばされた、と僕は推測しました

「悲惨極まりないですが、骨を砕いてまで吹っ飛ばすと考えると、軽自動車とかではなく、大型トラックと考えるのが妥当ですかね

「かなり酷い状態だったあなたでしたが、それでも意識はあったみたいですよ?

「ただまぁ、泥酔してたせいか、ご自身の右腕がなくなってるという事には、理解が出来てなかったみたいですけど

「僕は取り敢えずあなたに麻酔を打って、応急措置として右腕上腕部の止血、その後はあなたと引き裂かれた右腕を、僕の使っているオペ室に運んだんです。あんなに大怪我してる人を放っては置けませんからね

「ん?どうやって運んだのか?あははっ、それは言えませんよぉ、企業秘密です

「察してもらえてるとは思いますが、僕は普通の医者じゃないんです

「俗にいう、ヤミ医者ってやつですよ

「もちろん、ヤミ医者の"ヤミ"は門に音と書く"闇"ですよ?病の方の"病み"医者だったら、誰かを見てる場合じゃないじゃんって話ですしねぇ

「おっと、話が横道に逸れちゃいましたぁ。話を戻しますね

「オペ室に戻った僕は、あなたの腕を治そうとしました。でも、引き裂かれた腕をよく見ると、粉砕骨折の程度が悪すぎたんです

「切断部分だけが問題かと思ったら、右腕も全体的に粉砕骨折してたんですよね。形状もかなり際どいものでした

「さすがにどうしようかと思いましたよ。応急措置で止血してるとはいえ、それも長くは持ちませんし、時間が経てばまた出血が酷くなる。だけど、腕を繋げようにも肝心な右腕は重度の粉砕骨折

「困り果てた僕は、苦肉の策でしたが、1つだけ方法を思い付いたんです

「でも、結果的にこれが最善かつ最良の方法でした

「その方法とは、右腕を"何か"で代替して生活してもらい、その間に粉砕骨折している右腕を復元するというものです

「そうすれば出血も防げるし、時間が作れます。時間さえあれば右腕の復元なんて、僕に掛かれば造作もない事ですしね

「ですが、これにも問題があります

「右腕を"何"で代替するか……これが1番の問題です

「条件としては生物であること、形状が酷似していることの2つ。これが簡単に思えて、かなり難しいんですよねぇ

「生物が条件になる理由は、無機物だと神経を通わせられませんからね。機械でも良いんですが、僕には機械に神経を繋げる技術は持ってないので、どのみち生物でないといけません。形状が酷似というのは、一時的とはいえ、代替品で生活してもらう訳ですし、大きくかけ離れてしまうと、身体のパーツとして機能しませんから、その点でも酷似している必要があります

「僕は悩みました。何で代替するべきか……

「そしたら、あなたが寝言みたいな事を言い出したんです。ウツボ、ウツボと……

「麻酔をしているから、普通だったら言葉を発しないはずなんですがねぇ

「けど、僕はこれを天啓(てんけい)だと思いました。ウツボ……条件の生物であること、形状が酷似してること、両方ともクリアしています。まぁ、長さが倍以上あるのはこの際、目を(つむ)ってもらおうと思いました

「そうと決まれば、僕はすぐにウツボを調達、もちろん裏ルートでですよ?ここら辺は近くに海が無いですから

「たとえあったとしても、僕自らは取りに行きませんけどね

「そして、右腕をウツボで代替した手術は成功

「神経に関しては、起きてみないと判らないので、手術完了後はあなたを家まで運びました

「住所が判った理由ですか?身分証等で拝見したんですよ

「と、昨日あった出来事は大体はこんな感じです。少し駆け足気味でしたが、ご納得はされましたか?」




つらつらとした白衣の男の語りが終わる。


驚かない自信があると言った俺だが、事故にあって、右腕が切断されたという事実は、衝撃過ぎるものだった。


大怪我して危ない状態だったにも関わらず、その実感がない事に驚いた。


とはいえ、ウツボになってしまった右腕が事故にあった証になるんだろうけど。



白衣の男の話を聞き終わった俺は、何の言葉も言えずに、黙り込んだままだった。



「やっぱり今の話、信じられませんか?」


「いや、そういう訳じゃない。そういう訳じゃないだが……自分の知らない中で助けてもらったってのに、礼どころか暴言を吐いてしまったなと……」


むしろ話としては信じれる。



昨日の俺は、しつこいくらいウツボに執着してたしな。


そのワードが俺から出たって言われたら、信じるしかない。



「あっはは、そんなの気にしないでくださいよぉ。暴言なんてよくあることです。日常茶飯事です」


よくあったらダメだと思うけど、こいつの性格的に人を逆撫でしやすいからな。


これは仕方ないのかも知れない。



「ではでは、昨日の夜にあった真実はこれにて終了……真実を知ってもらった所でもう1度お聞きします。右腕を直す為に、僕に身体を預けれますか?」


白衣の男の質問に、俺は二つ返事で返す。



「あぁ、預けられる。だから俺の右腕を直してくれないか?」


躊躇う必要なんて、どこにも無かった。


話を鵜呑みにし過ぎていると言われても、状況証拠が揃ってる分、否定する方が賢くない。



「分かりました。これで契約成立です。それでは早速ですが、値段交渉と行きましょうか」


「値段交渉?」


「そうです。僕だって慈善事業でやってるんじゃないんですよ?ましてや、部類で言っちゃえば非合法。お金が掛かるのは当然でしょう?」



言われてみれば、そりゃそうだ……


タダで直してもらえるなんて、虫の良い話は無いよな。



「あの……こういう非合法のやつって、相場は大体どれくらいなんだ?」


「そりゃあもうピンキリですよ、非合法ですし。最近やった大きなケースで言うと、税込みで800万くらいですかねぇ」


「はっぴゃく……」


言わずもがな、俺の顔は引きつった。


俺はこの歳で多大な借金を背負う事になるのか……



ははっ。


泣きたいところだけど、逆に笑ってしまいそうだ。


そんな絶望の淵に居る俺を笑ってるのか、そうでないのかは不明だが、白衣の男が笑顔で俺に言葉をかけた。



「安心してください、お兄さん。その為の値段交渉ですよ?」


俺は顔が引きつったまま、疑問符を浮かべる。



「今回の一件で、いくつか僕も学んだことがあります。だからその分、あなたとの契約金から値引きしようと思っているんです。こういう経験というのは、僕からしてみればお金に変えれない物なんですよ。どうですか?悪くない話でしょう?」


「あぁ、そうだな……」


悪くないっていうか、良すぎる話だ。


いや、もしかしたら、油断をさせておいてから法外な値段吹っ掛けて「こんなの安いですよぉ?本当なら〇〇〇万円なんですからねぇ?」とか言う魂胆なんじゃ……



値段聞くまでは油断出来ないぞ、これは。



「それでは、あなたとの契約金ですが……」


いくらだ?

どれだけの大金を請求してくる?


俺は今、お前の言葉が1番の恐怖だ。



一体、いくら請求してくるんだ?



「1万円となります」


1万円だってッ?そんな大金払えるわけ……安いッ!!!


非合法の癖して、法的医療機関より安いんじゃないか、それッ!?



「今、1万円って言った?」


俺は聞き返した。


「はい。1万円って言いました」


「安すぎないか?それだと」


「そうですか?僕は相応な金額だと思いますが」


そうか、お前にとってはそうなのか。


でも、俺にしてみれば違うんだよ。



「お前からすれば相応な額なんだろうけど、こっちからすると安すぎて不安になるんだよ」


「じゃあ、内訳を聞きます?」


非合法なのに良いのか?一般人が知っても。


そういうのって隠すもんだろ?



「あなたの不安が少しでも解消されるなら、内訳くらいどうってことないですよ?」


「じゃあ、聞かせてもらえるなら……」


俺は恐る恐る、白衣の男に期待しないで尋ねてみた。



「はは~ん、さてはビビってるんですねぇ?お兄さんみたいな一般人が、裏世界の情報を知っても良いのかな~的な感じで」


そりゃあビビるだろ。


腕が直った後も、そっちの世界に片足突っ込みながら生活とか、絶対にしたくない。


後腐れない方が良いに決まってる。



「あっはは、内訳を知ったくらいじゃ何もありませんよ。それがもし他人のでしたら、話は違いますけどねぇ」


自分のだったら良いのか……


てか、他人のを知ったらどうなるんだろう?

それはそれで気になるけど……首を突っ込むのは止しておこう。


聞いたら聞いたで後悔しそうだ。



「それじゃあ、内訳を聞くって事で良いです?」


俺は言葉にはせず、そのまま頷いた。



「それでは、あなたの契約金の内訳ですが……まず1つ目、運送時に使った麻酔等の薬品、こちらが10万円」


そう言いながら、白衣の男は人差し指を立てる。



「2つ目、あなたが出血して倒れてた場所の清掃と隠蔽(いんぺい)、こちらが23万円」


白衣の男はVサインを作った。


それにしても、そこまで対応してくれてるのか。


さすがは闇医者と言いたい所だが、これだと尚更値段に疑問を抱く。



「そして最後の3つ目」


白衣の男が薬指も立てる。



「あなたの右腕の施術、こちらが214万円。合計で247万円です」


「いやいや247万って、これじゃあ話が違うじゃないか」


「お忘れですか?僕が今回の件で学んだ分を、代金から値引きするって言いましたよね?」


「まさか……」


「そのまさかです。今回のウツボを使って施術するというレアケース、こちらの控除金額が246万円です」


とびっきりの笑顔で、内訳を言い終わる白衣の男。


あんぐりしている俺。



「どう考えても破格だと思うんだが……?」


「そうでもないですよ?だって、ウツボ使うの初めてでしたし」


「ん?初めてだったら何か違うのか?」


「全然違いますよ。初めての生物を使うということは、それだけ死亡率が高くなるんです。適合不適合の兼ね合いでなんですが……なので普通は、被験者を高額バイトで釣って、色々試すんですよねぇ」


さらっととんでもない事言いやがったよ、こいつ……



それよりも1番気にかかったのは……ウツボで死ぬ可能性があったって事実だ。


つまりはウツボで言うと、俺が第一被験者って事か。


想像しただけで、ぞわっと鳥肌が立つ。



「そうなのか……あぁ、契約金の事は納得出来たから1万円で」


運が悪かったら死んでたと思うと気が重い。



「納得してもらえたのは嬉しいんですが、お兄さん、何だか顔色が悪いですよ?」


「気にしないでくれ。よくある事だから」


お前と一緒に居たらな。


その言葉だけは心に閉まった。



「そうですか、お大事にしてくださいねぇ。では、契約金の話に戻しますけど、申し訳ないんですが即日即金でお願いします。値段が値段なんで、後日はちょっと」


「わかった」


俺はテーブルに置いてあった財布から1万円を抜き取り、白衣の男に渡す。



「毎度ありぃ~!ははっ、柄にもなく言ってみました。これを言ったら根っからの商人って気がしますよねぇ」


それでも僕の職業は医者なんですけど、と白衣の男はにこやかに言う。


常にスマイリーなこいつなら俺は、意外と商売は性に合ってると思うけどな。



「これで契約金もオッケーっと。あとは、いつやるかですね」


「出来るならすぐにでも」


「今からやるとしても、起きるのは明日の朝になると思いますが、それでも良いです?」


「直すのにそこまで時間が掛かるのか?」


「いえ、施術自体は3時間くらいです。ただ、麻酔が強くてそうなっちゃうだけですね。まぁこの麻酔、朝の陽射しに弱いので、昼にやろうが夜にやろうが変わらないんですけどねぇ」


朝の陽射しに弱いとかの原理は知らないが、どのみち明日までは起きないって事か。



「どうします?僕は今からでも構いませんよ?こっちの用意は出来ていますから」


「じゃあ、今から頼む」


俺は早く右腕を戻したかった。


だから、ちょっとがっついた感が否めない。



「はい、わっかりましたぁ。ではでは、目を瞑りながら立ってくださいね」


言われた通り、俺はゆっくりと目を瞑る。



「麻酔を打つのでチクッとしますが、動かないでくださいね」


視界が真っ暗闇の中で、白衣の男の声だけが聞こえた。


それでもニコニコしてるんだろうなと容易に想像が出来る。

あれだけ笑ってたら、軽い洗脳だよな。


白衣の男の声が聞こえてからそんなに時間が経たない内に、左肩に痛みが走る。


急にやって来た痛みで、両瞼に力が入る。


何で左肩なんだ?


まぁ、ヤブ医者にはヤブ医者のやり方があるのかな。


そんな事を考えていると、どんどん意識が遠のいて行く。

遠のいて吸い込まれて行く。


深くて真っ暗な、ブラックホールみたいな深淵の奥の奥へ。



「あっ、言い忘れてたんですが、麻酔の副作用で記憶が混濁したり、一部無くなったりするんですが……って遅かったかぁ、こりゃ」


朦朧としてる意識の中で、白衣の男の声がしたような、してないような……


いや、たぶん幻聴だ……ろ……うな……







それは何気ない朝。


俺はベッドの上で寝返りを打ち、目は開けずとも意識だけが起きた状態で、もぞもぞとしながらではあったが二度寝を決め込むつもりでいる。


あんなにリアリティのある変な夢を見てしまったんだ。


朝なんだし、もう少し幸せな夢が見たい。

だから二度寝だ。



おやすみ。


俺の意識は真っ暗闇へと徐々に溶けていく。


黒から深い黒。

深い黒からより深い黒と、穴に落ちていくあの感覚。


しかし、その感覚に横槍を入れるように、何らかの甲高い音が放たれる。


聞き慣れているからすぐに判った。


LINEの通知音だ。



誰だよ、こんな朝にLINEを送ってくるのは。


俺は目を瞑ったまま、目測で充電器から携帯を取ろうとした。

けれど、そこに携帯は無かった。



あれ?充電してるはずなのに。


俺は寝惚け眼で、ベッドの周りを探す。

すると、案外近くにあった。



枕元の右側に充電もされないまま、ポンと置かれていた。


でも、こんな所に置いた記憶がない。


不思議に思いながらも携帯を開く。


ディスプレイに映し出されるLINE通知。

アイコンを見ると、相手は会社の後輩である要からだ。



こんな朝に何の用なんだ。


休みの日くらい、もう少し寝かせてくれよ。


俺はぼやきを心に溜めながらもLINE通知をタップした。


スマホの画面は、直でLINEのトーク画面に替わり、そこには要からのメッセージが映し出される。



〔先輩、おはようございます!昨日言ってたウツボ料理のお店見つけたんで、今日の夜にでも行きません?〕


昨日言ってたウツボ料理?


何の事だ?



そう思った俺だが、何故かウツボという言葉に引っ掛かる。


前にもこの言葉に引っ掛かった様な、そんな感じがする。



いつだ?


どの時だ?



デジャヴに似た何か。


もっとよりリアルな何か。


その何かが今、思い出せそうな気がする。



ウツボってあの、海に住んでるウツボだよな?

俺はウツボの姿を想像した。


その瞬間、フラッシュバックした。



ウツボ、右腕、泥酔、白衣の男、笑顔、血塗れ、事故、医者、直す、非合法、経験したもの、見たもの、聞いたもの、それに関わるもの全部がフラッシュバックした。



何だ……さっき見た夢は、夢じゃなかったのか。


確かに、夢にしては妙にリアルだったもんな。



それにしても、あんな強烈な出来事を忘れるなんて、普通じゃあり得ないだろ。


いや、言ってしまえば、昨日の全てが普通とはかけ離れてる事か。


合点がいかないのがいくつかあっても、仕方ないで済ませるのも必要なのかもな。


俺は自分なりの理由考えた後、すっと右腕を見る。



普通の右腕だった。

何の変哲もない、誰とも違わない右腕。


昨日の朝に、ウツボになっていたとは思えない。



事故の時にあったかも知れない切断の傷だったり、切開の痕すら無かった。


あいつ、へらへらしてる割りに闇医者としては凄腕なんじゃないか?


白衣の男の笑顔を思い出し、安堵と一緒にはにかんでみた。


あいつほどのスマイルは、俺には絶対出来ないけどな。



さて、色々あった事だし、今日はゆっくりしよう。


俺はベッドに大の字になった。

昨日とは違って、全身の解放感がある。


とりあえずは今から昼まで寝て、その後何やるかは起きてから考えるとするか。


俺は布団を巻き込みながら、左に寝返りを打って、自分の心地好いポジションを探す。


そして瞼を閉じて寝ようとする。


だが、視界が暗くなった中で、俺はふと何かを忘れている気がした。

その何かは判らないが、ちょっとした胸騒ぎから自分で自分に問い掛ける。



こんなにぐーたらしてて良いんだっけ?


一抹の不安を感じた俺は、フラッシュバックで思い出した事を、結末から逆再生する形で思い返す。



契約金はちゃんと払ったし、真相には納得した。


あいつが家に来た時は、俺もイラッとしたな。



右腕がウツボになってるのには焦ったし驚いたし、何か変だなって思ったのも二度寝する前だったか。



そういや、昨日は休みだったんだな。


休みっていう感覚、全然無かったけど。


昨日は。


昨日は……



じゃあ今日は?



そして気付いた。


気持ち的に気付かない方が幸せな気はするけれど、後のリターンまで考えれば、この時に気付いた事は不幸中の幸いってやつだ。



「やっべ、今日は仕事だッ!!休みじゃないじゃん!!」


パニクった俺は、つい言葉にしてしまう。


本当にぐーたらしてる場合じゃなかった。


俺は急いで、時間をスマホのディスプレイで確認する。

9時13分……あぁ、確実に遅刻だ……



げっ、しかも電池がピンチだよ……


充電してなかったからか。

厄日だな、こりゃ。


腕を直してもらう前に、充電とか目覚ましのアラームとかやっとくんだった。



まぁ、済んだ事を四の五の言ってもどうしようもない。


会社に行く用意をしないと。



俺はハンガーに掛けていたスーツに早々と着替え、必要な書類を鞄に突っ込んで、忘れ物が無いか軽くチェック。


定期も財布も携帯も持った。


この3つさえあれば、他に何か忘れてもどうにかなるだろ。



鞄を玄関まで持って行き、靴ベラを使ってしっかりと革靴を履く。


遅刻が確定してるだけあって、逆に落ち着いている。


あぁそうだ、要にもLINEの返信をしないと。

ついでに伝言も頼んどくか。



俺はスマホを右手に持ち、要のメッセージに返信しようとキーボードをタップ。


そして送信。



〔すまん!今日会社に行くの、ちょっと遅れるから伝言頼む!あと、誘ってくれた飯の事だが、悪い…ウツボは当分いいや(笑)〕


送信し終えた俺は、携帯をジャケットのポケットに滑り込ませた。



よし、会社に行こう……



俺は右手でドアノブを握り、勢いよく扉を開いて家を出る。


誰とも違わない右腕を再確認しながら。



前書きでもあった通り、この作品はタイトル先行で書かれた作品です。

この話の元となったのは、当時気になってた女性と水族館に行きまして、そこのお土産売り場にあったウツボのぬいぐるみから生まれた話なのです。


まぁ、その女性に告白したら彼氏が居たんですけどね?ドッ←ここ、笑うところw

そして悲しみを乗り越えようと話を書いて、約二週間で完成しましたとさ!!


てな訳で、短編を書きましたが…元々これは別の所で4年くらい前に書いてたもので、今回は今書いてる小説の投稿がもう少し掛かりそうだったので掲載しました。


なので、お時間がある方は今書いてる「口の悪い後輩ちゃんは、いつだって僕を振り回す」の方もお読み頂けると、涙で洪水を起こすほど喜びます。

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