驚いて
誰も一言も話さず、それぞれ帰っていった。宮嶋もふらりと帰ろうとして、部室の鍵を閉めなくてはならないことをハッと思い出し、部室に戻り、鍵を手に取り、鍵を鍵穴に挿すと、ぼうっとした。鍵を挿したままの手を見つめながら、ぼうっとしていたら、硬い手に肩をぽんと叩かれた。
「宮嶋君。」
深谷先生が穏やかに微笑んでいた。
「あの、なんで今日、一回も僕は注意されなかったんでしょう。」
宮嶋は自分に問いかけるように言った。宮嶋は深谷先生を認識していなかった。
「宮嶋君は十分上手でしたよ。」
なだめるように深谷先生は言ったが、宮嶋の目を見て、落ち込んでるのではないと分かり、言い直した。
「曲の中での役割です。私は、あの曲の中で、サックスは、こう、自由な感じだろうと思いました。」
「妖精ですか。」
「妖精?」
「いやっ、あ、なんでもないです。」
「それが宮嶋君のイメージでしたか。もう少し詳しく教えてほしいですね。」
「あ・・・。」
深谷先生は微笑んでいた。宮嶋にはその表情が好奇心を含むように感じられた。
「・・・鍵を、職員室に置いてきます。失礼します。」
「さようなら。」
「さようなら。」
職員室にに鍵を置いたあと、宮嶋はやっぱりぼうっとして帰った。時々、妖精と言ってしまったことをはっと思い出して、恥ずかしくなったりしたが、それでもやっぱりぼうっとして帰った。
家までの道は長かった。