師匠
村田先生の顔の赤さはまさに茹でタコのようだった。宮嶋は怒鳴られることを覚悟した。この人の怒鳴り方は気持ち悪い。ヒステリックになるから。
しかし村田先生は口をパクパクさせているだけだった。宮嶋は顔色を伺った。どちらかというとその顔は、恥ずかしさに震えているようだった。不意に村田先生の後ろから、カサカサした笑い声が聞こえた。
宮嶋にとって聞き覚えのない声であったので、トランペットの方を見ると、トランペットは肩をくすめて首を傾げてみせた。
村田先生の後ろから、真っ白な髪と髭のお爺さんが音楽室に入ってきた。七十歳ぐらいだろうか、真っ白な毛を見るともっと上にも感じられるが、背筋のすっと伸びたのを見るともっと下にも感じられた。
「あの、えー、あのですね…。」
村田先生は身振り手振りで否定を示そうとしたが、どうにも言い訳が見つからずにいた。お爺さんはいかにも楽しそうにニコニコしていた。
「どうもどうも、いい演奏でしたね。村田先生の教育の賜物でございましょうな。なんとも楽しそうでしたよ。特に、そこの指揮をしていた少年が。」
村田先生がぽかんとしたと同時に、吹部もぽかんとした。その顔を見てお爺さんもぽかんとした。
「もしかして何も聞いてませんのか。おお、これは…。いやご挨拶を。改めまして。先程は素敵な演奏をありがとう。今日からここで指導にあたる、深谷茂雄と申すものです。どうぞよろしく。」
そういうと深谷さんは、宮嶋の方を見て微笑んだ。宮嶋が反射的にお辞儀をしたら、他の部員もお辞儀をした。それを見て、深谷さんはかっかっかっと笑った。
この人のおかげで、宮嶋の人生は、辛く、苦しいものになる。