夢
宮嶋の家は大きかった。宮嶋の父は医者で、病院が隣にくっついているような形の家である。宮嶋が扉を開けると、母がはらはらした顔で小走りで玄関まで来た。
「ああ、あなただったのね。」
患者が間違えて自宅の玄関から入ってきやしないかと、母はいつも気にしている。母はここ出身だが、都会からきた父と結婚し、挙げ句の果てに村一番の財をなしたことで、忌嫌われているかもしれないと、いつも怖がっていた。確かに母は噂が絶えない人であった。家からでても、家から出なくても、すぐに話題になる。母はそういうのに敏感だから、すぐに怯えてしまうが、こうして度々話題に上るのは、母が美人だからに他ならない。華があるというより、活発的な田舎の街に浮くような、色白で、儚げで、とにかく特別な感じで美しかった。
ただいまなんて言うと母はさらに怯えてしまうので、何も言わずに自分の部屋に上がった。
部屋の隅にしゃがみ込んで、宮嶋は今日のことを思い出した。あのトンネルのイメージは、なんだったのだろうか。とても綺麗だった。ふと、とてつもない憧れのような感情が急に宮嶋を襲った。あんなふうになりたい、と、苦しいような羨望を感じた。深谷先生のような指揮者になりたいのだろうか。羨望はどろどろと絡まってきた。
なにか、なにか、もっと他の。
あのトンネルを、自分も描けたらいいのに。
羨望が心臓を締め上げた。これだ。これがやりたいんだ。なんて素敵なんだろう、あの景色を、思うがままに旅できたら。
宮嶋は高校生を卒業するまで、この苦しい羨望を持ち続けた。