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思い出
窓の縁に片手をかけ、煙草を吸う老け込んだ老紳士がいた。
色が白く、指の皺が深く、皺の奥には苦悩が刻まれ潜んでいた。
煙草を吸っている紳士は語った。
「あの時が良かったなんて、あとだから言えるんです。」
若い新聞記者は、机の上にメモとペンを置いて、椅子に浅く座っていた。
新聞記者は、指を組んだ手を膝の上に置くと、指先を見つめた。
視線を動かさず新聞記者が聞いた。
「なぜ、作品を譲ったのですか。」
紳士は上を向いて煙を吐いた。
「譲ったなんて思っていません。もとから、彼のための曲のような気がするのだから。」
新聞記者は下を向いた。
「私は、貴方に指揮して欲しかった。」
雨は暖かく窓を濡らした。暗く暗く、街灯だけが、幻想のように、思い出を照らし出した。