19話 野村大先生
ついに現れた謎の男、野村大先生。
「それで、消えた飛行機の話だけど、つまらない結果だったよ」
「飛行機は存在していなかった、とか?」
「……その通りだ。まったく、全て僕の勘違いだったよ。メールなんて送ってないだと」
「つまらなくないよ。だってそのメールは確かに送られてきたんだろう?」
「証拠は消えてるが……」
「消えた!正に不可解な出来事じゃないか?しかもその後、謎の電話だ!面白くなってきたぞ〜!」
真虎さんはつくづく面白いことを見つけるのが上手い。上手いというか、執念すら感じる時もあるが。半分は気を遣ってのことだと思う。
「違う、もっと面白くなるのがこれからだ。その日の夜、真虎さんと別れた後、家に……宇宙人が来た」
「……え?」
完全に真虎さんが固まっている。流石に突拍子も無い話だったか……?
「どんな?」
話を続けろと、真虎さんはあごをしゃくって見せた。
僕は話を続ける。
「全身銀紙みたいなタイツに身を包んで、頭に黄色い触覚が生えた女」
一瞬真虎さんは固まると、ふっと、息を吐き出した。
「あひゃぁ〜!本当に〜!?あははははは!」
突然真虎さんが腹を抱えて笑いだしたので、思わずびくりと体を後ろに引いてしまった。
真虎さんはひとしきり笑っていたが、落ち着くとまた口を開いた。
「それで?君はどう思った?」
予想外の質問に言葉が詰まった。
あの時感じた感情をひとつに絞るのは難しい。
「バカじゃないかと思った」
「だよね」
「でも、少しは信じてやろうと思ったよ。だけどあいつは僕のことが好きな宇宙人だと、バカげた設定でやって来た」
「え?す、好き?それって比嘉くん、モテてるってことじゃないか?」
真虎さんが驚いた様子で僕のことを震えた指で指差した。
「自称宇宙人のアバズレ女にモテたって嬉しくないだろ」
僕は少しイラついて顔に歪みが出ていた。
「あぁ、ごめんごめん。それで君は彼女をどうしたの?」
「……今家にいる」
「えっ……?」
すると、
「野村大先生だ!!」
と大きな歓声が耳に突然飛び込んできた。
声のする方を見ると何やら入口の方が騒がしく人が集まっていた。
「有名人が来たのか?」
「あれ?知らなかった?野村大先生」
「有名人なのか?」
「そっか微妙に来る時間帯が違うから会うことなかったか」
「だから、有名人なのか?」
「この店じゃそうだね。まぁそう焦らなくていい。ただの面白い人だよ」
いや、僕は「大先生」という呼ばれ方に戸惑っているんだ。「先生」という言葉にも若干のトラウマがあるし。
入口のひとだかりからやがて一人の男が出てきて、こっちへ歩いてきた。
「あっ、あの人が野村大先生だよ」
真虎さんが言うには、今僕の方に近づいてくる男が、かの有名な野村大先生だという。
見た目は思ったよりも若く、真虎さんと同じくらいの歳に見える。20代後半か30代あたりだろうか。
ただ、真虎さんと大きく違うのは、とてつもなくチャラチャラしてるということだ。
まるで暴風雨にでもあったかのように跳ね回る金髪。夏でもないのに意図的に焼け焦げた顔、にかかる黒いサングラス。そして極め付けは、黒く焼いた肌と暴力的なコントラストを奏でる、真っ白なスーツ。最後にギラギラアクセサリーを満遍なく散らして完成。
という男が僕の目の前に立っていた。
なうである。夢ではない。
大先生は僕の顔を覗き込むようにじっと見ているようだった。サングラスをしているため、正確にどこを見ているかはわからなかったが。そして一言、
「それって、愛だね」
「はぁ……?」
僕は呆れた声しか出なかった。しかし、大先生は御構い無しに、間髪入れずに話し出した。
「君、恋してるね。初恋だ。そして君はわからずに戸惑ってる。初恋ってそんなもんよ」
「え……いや……」
「そうなんです、彼は今悩んでるみたいで」
「ちょっと真虎さん!?」
まさかの真虎さんの悪ノリに驚きを隠せずにいると、大先生は空いていた隣の席から椅子を持ってきて、僕たちのテーブルの横に置いた。丁度僕と真虎さんの間で仲裁をするかのような位置だ。
「よし!大先生がアドバイスしちゃる!」
そう言うと、大先生は持ってきた椅子にドスンと座った。すると周りに集まってきた人たちが、おー、と歓声を上げる。
もう……勘弁してくれよ……
「で、彼女はどんな子なの?」
「僕は好きな人なんていませんよ」
「今はってこと?じゃあ過去には?」
「今も過去もありませんよ、僕は恋愛だの興味ないので」
「へぇ〜じゃあ演説しがいがあるってもんじゃん!よっし、大先生が教えちゃる!」
またこの流れか。いい加減ウンザリするのだが。
助けを求めようと真虎さんの方を見ると、彼もウンザリした顔でうなだれていた。
過去に何度も被害に遭ったのだろう。だから今回は僕に標的を促したのだ。
なんてことを。
「君は愛されたいかね?愛されるから、愛されるために愛するのかね?」
わかりにくい質問の仕方だな。
「愛されるのも愛するのもまっぴらごめんだね」
「ふーん、珍しい答えだね。大体の人は愛されたいと思ってるんだけどね、逆に愛されないから愛するなんてパターンもある訳よ」
結構まじめに答えてくるんだな、厄介だぞ。
「その人は愛されてしまったら果たして愛することをやめるのか、いや、止めない。むしろ喜ぶんだよ。結局のところみんな愛されたいのさ、スタートが違うだけで」
「なんだそりゃあ」
「あーでも無償の愛を否定してるわけじゃないんだよ。それに君の答えも一理ある。愛されれば見返りを与えなくてはいけない、愛すれば見返りを求めてしまう。嫌になるのも当然さ」
結局どの考えもありなんじゃないか……?これ……
「そうさ、愛は寛大なのさ」
「ちょっとトイレ行ってきます」
「おいおい待ってくれよ!これからが面白いんだって!聞けよ!」
「はぁ……」
どうやら逃げられそうもない。周りをギャラリーが取り囲んでいた。本当にトイレに用があったらどうするんだ、漏らすぞ。
「さて、なぜそこまでして人は愛し合うのか。それは人間がつながりを求めるからだ。だから君の考えは、人と繋がりを否定することになる」
「まったくその通りです」
「は〜強がっちゃってぇ〜。まずよ、人は引力なしでは生きていけない。人は引力で繋がるから生きていけるのさ。存在は他者から観測されてやっと証明されるものだ。君は引力によって存在している」
「宇宙人なら?宇宙人なら引力はいらない」
「君は宇宙人ではない」
残酷な神の宣告のようにその言葉はズシリと僕にのしかかった。
事実は何よりも残酷であった。
「宇宙人になりたければ人間たらしめる感情を捨てればいいさ。そうすればきっと引力なしでも生きていける。果たしてそれは生きることなのかわからないが」
感情を捨てる?捨てればいつかなれるのか?ならば近いうち……
「近いうち君は消えるだろうね」
「何?」
「このまま繋がりを拒否し続ければ存在が誰にも観測されずに君は消える。精神的な話さ」
「そんなバカな。何も僕が誰とも関わらないとは言ってない」
「まさかどんな繋がりも永遠に在り続けると思っているのかね。ある日突然ぷっつりを消えてしまうものだよ、君が思っている以上に大抵の繋がりってのは脆いもんだ」
なら繋がる必要などないでははないか。
「だから君には即急に必要なんだよ、愛がね。これは警告だ、君が消えないための最後の」
「愛がなんだ!馬鹿らしい!」
僕は立ち上がり叫んでいた。
しんと静まりかえる店内。周りで遠巻きに見ていた客の目が一身に刺さる。
またやってしまった。
おずおずと席に座り、体制を保とうとした。
「君は気づいていない。心に燃え盛る炎を……」
再び諭すように彼は僕に語りかけてきた。
やはり目を無理に合わせようとしてくるやつは苦手だ。
「……だから僕は愛だの恋だの興味はないんです。もう終わりにしませんか」
「逆にさぁ、何に興味があるんだい?君は」
「なんでそんなこと……」
「宇宙人です」
と、間髪入れずに答えたのは僕ではなく真虎さんだった。
な..なぜ答える……!?
動揺を隠しきれず、真虎さんの方を恐る恐る見ると、
なぜか誇らしげな顔で佇んでいた。
あぁ、この人は僕がさっき空気を悪くさせてしまったから、話を潤滑に進めるために助け舟を出した気になっているんだ。
気遣いはありがたいけど、何も三者面談で余計なことを言う保護者みたいなことしなくてもいいのに。
「宇宙人?へぇ〜あのハリウッドによくでてくるやつ?」
なんでハリウッド限定なんだよ。
「宇宙人好きなの?」
「ええ。でもあなたが言う好きとは違いますよ、恋愛だのそういうのとは」
「あー、だから恋愛を毛嫌いしていたのか」
「は?」
「なるほどなるほど」
野村大先生は一息つくと再び話し始めた。
「君の言う宇宙人に対する好きと恋愛の好きって結局同じじゃないかなぁ。君は恋愛は下等なものだとみているようだが、果たしてそうだと言えるか?」
「言えますよ。現にそれのせいで社会も人間もめちゃくちゃだ」
「逆に君の宇宙人に対する『好き』は周囲をめちゃくちゃにしていないと言えるか?」
「なんだと?」
「誰かを傷つけていないかと言っているんだよ。周囲に迷惑をかけてまで『好き』を貫き通す君の行動は言うほどに高尚なものだろうか」
迷惑?強情?僕が何をしたという?
僕はただ『好き』なものを壊されたくないだけだ。
ただそれだけなのに、あいつが勝手に踏み込んできてめたくちゃにしやがるから……!
「……僕は誰かに迷惑をかけた覚えはありません、健全に宇宙人を好きでいるだけですから」
「ふーん」
疑ったかのような抑揚がない返事て、すこしイラッときたが気に留めてはいけない。また怒り散らして空気を悪くさせる訳にはいかない。
「恋愛の方がよっぽどわがままですよ、人の『好き』を利用してすり寄ってくるんですから」
「え?それってすごく幸せなことじゃないか?何それ聞かせてよ」
と、急にグイグイ食いついてきたので驚いて少し仰反る。
「幸せじゃない!自分は宇宙人だのどうのこうの、と何も知らないくせにベラベラ喋りやがって、本当は宇宙人のことなんて微塵も興味ないくせに……」
野村大先生が僕を面白そうに見ているのに気付き、喋りすぎたと後悔した。
「それが、愛だよ」
満足げに言った野村大先生の言葉は僕の耳の中で反響して離れたくても、離れなかった。
野村大先生は新しい女の所に行くと言って店を後にした。
帰る間際、ドアを背にし店内へ振り返り、
「LOVE &PEACE!!」
と叫びサングラスを投げ捨てていった。
割れてぶっ壊れろ。
「面白い人だろ?」
真虎さんが僕の前の席に戻り言った。
「厄介者の間違いでしょ」
そう言うと真虎さんは苦笑いして手元のグラスを口に運び、一口飲んだ。
「さっきまで僕に押しつけて。やってらんないよ、まったく」
「でもこう、考え方があんなにも違う2人が話しているのを側から見たら面白いもんだよ」
「野次馬は気楽なこった」
「まさかあんなに比嘉くんが話すとも思わなかったし、ちょっと意外だったな」
「何だよ、そんなに短気なやつだと思われてたのか」
僕がそう言うと真虎さんはすっと深妙な顔になり、何か考え込むように僕をじっと見つめ、黙った。
「比嘉くん、考え方変わった?」
「へ?……はっ、そんな訳ない」
「君前までは宇宙人に街が破壊されてしまえばいいのにとか言っていたじゃないか」
「えぇ?言ってたか?」
「言ってたよ〜確か会ったばかりの頃に聞いて、すごいやつに出会ってしまったと思ったよ」
「そんなの誰だって思うだろう、僕だけじゃなくて一度くらい。学校にテロリストがやってきて、バトルロイヤルが始まればいいのにとか、思うだろ?」
「いいや、君の目は本気だったよ。恨みったらしく言っていた」
「まさか。本気でそんなこと願うやつなんていないよ」
笑ってごまかしたが、僕は自信が持てなかった。少なからず、街の人間が死んで欲しいという気持ちは今もあるのだ。
「まぁ、冗談くらいなら思ってるよ」
と、付け加えた。
個人的には野村大先生結構好きなキャラです。彼も彼なりに哲学のようなものを持っていて我が道を進む姿は憧れます。




