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星降る夜の天引き  作者: らなっそ
2章 孤独と自嘲
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12話 教室

 樋本は真虎さんの隣に座り、真虎さんは壁側の奥にずれて座った。

 となると、僕の目の前に座るのは樋本である。


 なるべく目を合わせないようにしていたが、こうなると嫌が応に相手の顔を見なければならない。だが僕は頑なに目は合わせようとしなかった。


 樋本という男は大学教授らしいが、まさにその通りと言わんばかりの説得力のある見た目だった。

 歳は50代くらいだろうか。髪は白髪混じりでセットはしていなかったが、清潔感のある程度の短い長さに揃えている。全身を包む灰色のスーツはくたびれてはいたが、ブランド物の高いスーツであることは察することができた。

 顔は……あまり見ていないのでよく分からなかった。


 どこか気だるさを持ちつつ、確実に自分の考えに揺るぎない自信を持つ頑固さが滲み出ているのがわかる。それに伴うのは他人への明らかな蔑視。

 僕が苦手とする典型的な「教授」という男であった。


 店員がお冷を運んでくると、僕は黙ってそれを口に運んでいた。


「この子はいつも仲良くさせてもらってる、大学生の隅田くんです」

「ああ、例の」


 例のとはなんだ、いちいち鼻につく言い方だな。どうせ馬鹿にしてるのだろう、やはり苦手な人間だ。

 真虎さんはなんでこのような男を僕に引き合わせたのだろう。嫌がらせか?

 いや、真虎さんはそんなことはしない。だから僕はこの人を信用して色々話しているのだ。


「先生と会うのは久しぶりですね」

「そうだっけな、私はついこの間まで君が大学にいたような気がするよ」

「そう言われてみれば、大体5、6年前?ですかね?思ったよりもそう経ってないですね」

「5、6年前か……思っていたよりも経っていたよ、いやぁ歳かねぇ」

「いや、僕が個人的に色々あって早く感じただけですよ」

「私だってずっと暇していた訳ではないよ、続けていた研究に区切りがついてね、論文を発表することにしたんだよ」

「あの研究ですか!?僕が手伝ってたやつですよね?」

「あぁ、そうだね懐かしいね」

「全然役に立てませんでしたが僕も誇らしい気持ちです」


 なるほど、久しぶりの恩師との再会だったか、水を差してしまったな。

 本当は積もる話もあるだろうに、僕がいると話しづらいんじゃないか。

 こっそりこの空間からフェードアウトできないかと真虎さんに目で訴えたが、大丈夫、と言うような目で返されてしまった。


 君はいいかもしれないが僕は大丈夫じゃない。気まずくてしょうがないじゃないか。

 すると真虎さんが急に席を立った。


「あのすみません、ちょっとトイレに……」


 な、何を言ってんだ真虎さん!このタイミングで!

 ほぼ他人の僕とこの男を二人きりにするなんて、地獄になるのはわかっているだろう!どうしたんだ真虎さん!あなたそんな鬼畜な男だったか!?

 だが無情にも真虎さんは一直線にトイレに向かっていった。相当我慢していたのだろう。


 しかし、なら仕方ないと許せるほど僕は心に余裕はなかった。今の状況を目の当たりにするともう僕は耐えられそうになかった。

 眼前の男は僕の方を真っ直ぐ見ていた。だが相変わらず僕は目を合わせられていなかった。どうしようもなく、手元のお冷をずっと眺めていた。


 長い沈黙を破ったのは樋本の方だった。


「初めまして、君はたしか織奥大学に通ってるんだよね?何について学んでいるんだい?」


 難しい質問をしてくる。普通、学部を聞くだけで十分だろ。

 暫し考える。一応質問をされたので答えを返さないわけにはいかない。樋本に不満を抱かせ真虎さんに迷惑をかける訳にはいかない。


「僕は文学部に入っていて、主に近代の日本文学について学んでます」


 無難な答えだと思う、上手く切り抜けたと自分を褒めてやりたい。


「あぁ、なるほどね……学部のことはわかったんだけど、私が聞きたいのは何について研究してるかなんだよね、研究室にはもう入っているよね、何を研究してるの?」


 全く……この男は痛いところばかり突いてくる。

 僕は学年は3年であるが、2年から不登校を決め込んでいるので研究室には行った事がない。まだ不登校になっていなかった2年の春の時点で。

 でも、僕はどこの研究室に入ったかさえもわからないまま結局行くことはなかった。


「わからないです」


 僕がそう言うと樋本は一瞬驚いたような顔をして、また話した。


「何を研究しているのかわからないまま研究してるのかい?まぁよくある話だけどね」


 煽るような舐め腐った声が僕の感情を逆撫でしてくる。


「研究室に行った事がないのでわからないんです」


 耐えきれずに次の言葉が口に出されてしまった。こういうことは何も言い返さないことが得策なのに、苛立ちに負けた。


「えぇ!?行ったことない?あっ……そうだっけか……たしか……」


 そうだっけか?というのは、不登校のことを知っているようだな。真虎さん僕のことをこの男に詳しく教えているのか?信じられない!あの真虎さんが!


「うーんとそれじゃあ、いきなりだけどちょっと君のために教室を開こう!私は専門外だが言語コミュニケーションについてちょっと調べていてね、君にも教えてあげよう」

「え」


 何を唐突に言い出したんだ?この男?教室?教えてあげよう?なんと恩着せがましい男だ!反吐が出る!余計なお世話だ!


「題して会話教室、私が人と話をコミュニケーションをとる極意を教えよう」


 ばかじゃないのか。


「まずねぇ、相手の話を否定から入らない、これ大事」


 奴の鋭い瞳が僕の目を刺す。


「いや、とか、違う、とかね」


 残念だが、そもそも僕は人の話に何か返す言葉を発しない。質問されたら返しはするが、必要以上な言葉は発しない。


 こいつの話なぞ上の空で済まそうと、店の壁にかかった小さな絵を見ていた。

 ぼんやりと、輪郭がはっきりしない油絵だった。

 額縁に入ったその絵は中央に黒い人影が立っていて真っ暗な空から一直線に光が射していた。ステージのスポットライトのようなその光は明るい黄色で塗られていたが、いかにも不自然な色合いと形で不気味であった。


 僕はちょっとした恐怖を感じながらもその絵を眺めていたが、樋本が再び声を発したので目線を外してしまった。


「君は人の話を信じようとしてる?そう言えますか?」

 どうしたんだ急にこいつは。奴は急に険しい顔になる。

「……」


 僕は黙りを決め込もうと何も言わないでいたが、痺れを切らしたのか、僕の目を覗きこむようにじっと見つめていた教授が口を開いた。


「できてないよね、信用してる目じゃないもの」


 はぁー、僕が何か答えようとしていたとしても、最初から答えは決まっていたのだ。この手の質問をする意図がわからない。結局の所彼の自問自答に巻き込まれてしまったというべきか。


「まぁ次に大事なことは相手を信じて話を合わせることなんだけどね〜う〜ん、でもまずは君を人を信用することからはじめなきゃね。たとえそれが嘘だとわかっていても、だ」


 僕は自覚してないが、たぶん奴をにらんでいたと思う。きっとひどい形相で。


 人を信用していないのはどっちの方だ、勝手に決めつけやがって。こっちは一応聞く耳貸してんだ。

 会話がそんなに大事か?相手からのフィードバックがそんなに欲しいか?僕はいらない。対面した時の渋滞する程の情報過多で僕は疲れてしまう。

 相手からどう思われているか様々な推測が頭をかけてパンク寸前だ。人の目が嫌いだ。


「人が嫌いだ」


 またも口が勝手に開いて声が漏れていた。


「私もそんなに好きじゃないよ」


 樋本が軽く笑う。

 その仕草にムッときた僕は再び声を発していた。


「その今のは嫌いというよりは人との会話が嫌いっていう方が近いですね」

「会話じゃなかったらいいのかい?ジェスチャーとか?」

「僕は対話は好きなんですよ、でも会話が嫌い」

「というと対話だけの関係なのかね、今日呼んでくれた彼とも」

「子虎さんとはそうかもしれません、でも親しい人と会話もします、ただやっていると疲れてしまうんですよ、相手に気遣いをし続ける日常が」

「ちなみに私と今話しているのはどうなんだい?」


 不敵な笑みをした男の目が気に障った。


 僕にしては喋りすぎたな。いい加減終わりにしたいところだ。


「対話ですね。もういいですかねこの話は。十分情報交換できた訳ですし」

「そうだね、君は思ったよりも会話ができる人だったようだ。すまない、私が一方的に見くびっていたよ」


 だから対話だというのに。

 最後まで樋本のペースに乗せられていたことは不服だったが、やっとこいつに答える必要がなくなるのは助かった。


 さらに僕に追い風を吹かせるかのように、真虎さんがトイレから戻ってきた。


「すみません、僕から呼んでおいて」

「いや構わないよ、おかげで比嘉くんとじっくり話をすることができたよ」


 樋本がこちらをちらりと見たので、僕は瞬時に目をそらした。


 真虎さんは再び樋本の隣に座って口を開いた。


「そういえばまだ飲み物も来てないんですね、そんなに混んでいるわけでもないのに」


 僕はふとカプチーノを頼んでいたことを思い出し、後悔していた。僕は飲み物を飲まずさっさとこの場を離れたかった。やはりあの男とは分かり合えない、このままここにいても不快な気分になるだけだ。


「あの、これカプチーノ代で」


 僕はポケットから折りたたみの財布を出し小銭をテーブルの上に出した後、席を立ち、入り口へ向かって真っ直ぐ歩いて行った。


「ちょっと!比嘉くん!?」


 真虎さんの声が背中から聞こえていたが、振り返ることなく僕は店を出た。

 この上なくどうでもいい時間であった。

 まるで大学のしょうもない講義のようだった。

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