07
聖堂に入ったアンジェ達は、ひとまず参礼者達が座る規則的に並べられた木製の整えられたベンチに腰をかけた。
「ごめんなさい、まだ話していなかったのですね」
「――いえ、私もまだ動揺している所でアンジェに声をかけられたので、それでアストルフォ様と交流がなかったので改めてご挨拶を……」
「そうだったのですね。申し訳ない事をしました」
よくわからないやり取りを繰り広げられている中、声をかけづらい空気にただ黙って何かを自分に告げられるのかと不安を過ぎり、心の準備だけ済ませようと深呼吸をした。
「アンジェ、突然大きい声を出してしまってごめんなさい」
怖かったでしょう?と問うと、ようやく話の中に入れてもらえた安堵からか「大丈夫です」と不快に思っていないとだけ答える。
今のナナリーはどこか壊れそうな、何かに怯えるような目をしている。先程まで自分の部屋で楽しそうに笑っていたのにこの短時間で何が起きたのだろう、今まで心底不快になるような経験がなかったアンジェの心に何かモヤモヤしたものが生まれる。
「――貴女には告げねばならない事がありますが、アストレリア王国の話を先にしますね」
「……はい」
ナナリーはアンジェの前で膝をついて手を握りながら目を閉じて、ゆっくり深呼吸し、少しの間が出来て、ようやく決意をしたように目を開きその瞳を真っ直ぐ見据えて口を開く。
――このアストレリア王国の王家には大きな悩みがありました。
それは、子宝に恵まれるものの、女児しか生まれないというものだったのです。その為、国王は必ず婿養子。そして血族に執着している貴族が多い為、アストレリア王国はいつも女王の国でした。
あるとき、隣国にして敵国、現在は休戦中のガレンディア王国から一つの信書が届きます。そこには休戦を解き、戦争を再開するのではなく和平を結ばないかという物でした。
しかし、その和平条約を結ぶ条件として、ガレンディア王国も長年の男系の家系だった為、第二王太子をアストレリア王国に婿養子として送るから、アストレリア王国からも王女を誰でも構わない、娶せて欲しいと言うものでした。
お互いに世継ぎや血筋の問題が深刻なようで、偶然にもアストレリア王国には三人の王女が居たので、三人いる王女の中から誰が行くかという話になりました。
第一王女は気立ても良く王位継承権を持つにふさわしい淑女に育ち、まだ婿に迎える相手が見つかっていなかった。婿に迎える事は貴族の目を考慮して王族同士であるなら大歓迎だと考えておりました。
――しかし、問題はこちらが妻として送る王女を誰にするかと言うものでした。第二王女は我が儘三昧、自分勝手で男との不貞の噂話は数知れず。評判の悪い王女でした。
そうなると消去法で第三王女が選ばれる事になります。第三王女の王女は大人しく慎ましく王族としては一番理想の妻になるだろう人物として育っておりました。それが幸か不幸か妻に出す事に選ばれてしまいました。
第三王女は、本当は隣国に嫁ぐのが心底嫌でした。何故なら、彼女はひっそりと平民から成り上がりの専属騎士と恋に落ちて人知れず愛を育んでおりました。
そんな事が見つかってしまえば、騎士は処罰を受けどうなるかわかりません。血筋にこだわりの強いアストレリア王国の貴族は成り上がり騎士と結婚なんて許してもらえるはずも無く、どうしたものかと悩んでいるうちに終いには騎士との子供を身ごもってしまったのです。
もう逃げ場がなくなってしまったと思った第三王女は、意を決して騎士と駆け落ちを覚悟で家出をしました。
しかしここで問題が発生します。それは、アストレリア王国の規律は厳しく、国の出入りする事は誰でも可能だが、王族は話が違うのです。身を守られる身分の人々は簡単に出る事は出来ません。
そうなると、懇意にしている教会に逃げ込むしかないと諦め顔馴染んだマザー・シスターに相談し、王女としての身分を隠し、専属騎士が過去に任務で一度潜伏用に使用した変装の魔道具を渡します。
王女はそれを使い、金の髪を銀に、翡翠の目を灰に変えて生活を始めました。
しかし魔道具の流通は珍しい事ではありません。顔を変えないとすぐに見つかってしまうと危惧し、教会で周りの反対を押し切って熱した鉄を顔に当て深い火傷を自ら負いました。
それから月日が経ち、無事に子供が生まれました。アストレリア王国の王族の女系に倣うかのように女の子が生まれました。
母親似の金の髪、瞳は人の気持ちを見透かすような翡翠の色、肌は白く、頰は林檎のように赤く、それはもう第三王女の生き写しかのような美しい女の子が生まれました。
父親の要素を殆ど見た目には反映されなかったようで、出産に立ち会った騎士は少し落ち込みましたが、母親の様な美しい女性になる事を考えると少し嬉しくもなりました。
その天使のような子をアンジェと名付け、孤児と同列には育てられない為、いつか良い貴族に引き取ってもらえる日までは大切に育てようと慈善活動をしていた令嬢達にも素性は明かす事なく、淑女らしい教育をする為に協力してもらいました。
人見知りだったアンジェの為に、街の人と関わる機会を作りお使いなどもさせるようになり、すっかり街の人と馴染む事ができました。
――そんな幸せな時はいつまでも続くわけではありませんでした。
婚約者として抜擢された第三王女が行方不明になった直後、渋々第二王女をガレンディア王国へ送る事にしましたが、第一王太子が第三王女の評判を聞いてどうしても第二王女は嫌だと拒みました。
二進も三進も行かなくなりそのまま休戦が続きます。
そして、終いには第三王女が行方不明になって二年後に両国の王位継承者は別の王女や王子と結婚してしまいました。
なんだかんだと数年が過ぎていき、休戦がいい加減に続く事に耐えかねたガレンディア王国の現国王は、改めてアストレリア王国の新たな女王エリーゼへ再び政略結婚の申し出ました。
今回は最終的にはアストレリア出身の平民や貴族の令嬢でも構わないという提案でした。
しかし、王族を出す方がいいだろうと考えましたが、第二王女はこの時には既に別の国の王子と結婚して嫁いでしまった為に居ません。第三王女も行方知れず。困り果てたアストレリア王国の女王に一つの希望が訪れました。
それは、この国の城下街で第三王女に似た髪色と目の色をした十五歳の成人したばかりの少女が居るという噂でした。
聞きつけた女王はすぐに調べさせ、教会に住むアンジェという少女は紛れもなく第三王女にそっくりだと報告を受け、謁見するようはからってもらう為に教会へ使者を送ったのでした……。
「――これが、今までのお話」
「…え?お母様がここに……、顔に火傷って…まさか」
長く語った後に、その事実と、目の前で語るナナリーを名乗る女性とその後ろでこちらを見る先程自己紹介をしたばかりの騎士とを交互に見た後に困惑で唇を震わせる。
ナナリーは握っていたアンジェの手を離し、すっと立ち上がり。
立ち上がったナナリーを見上げて、今にも泣き出しそうなアンジェを見下ろし、後ろにいたアストルフォとマザー・シスターは跪く。
「私が、アストレリア王国第三王女にして、あなたの母親、そしてここに居るアストルフォ様の妻。ナナリア・リリィ・フォン・アストレリア王国です」
アンジェは空いた口が塞がらなくなった。
そう名乗ったナナリーと名乗っていた女性は、顔には火傷はあるものの、凛々しく微笑み、娘に対する慈愛に満ちた微笑みも含ませた。
目の前にいるのが王族で、しかも先程聞いていた家出をした王女だというのだから。そして、心のどこかでいつか夢を見ていた本当の母親だったのだから――
◇◇◇
2019/05/10済




