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「アンジェはどこ行ったんだ」
アストレリアの長い廊下を歩きながら妻の名前を呼ぶレオンは、通りがかったり女官達へ問うと口をまごまごとさせて答えに言い淀む。
「だからどこへ行ったのかと聞いている!」と怒鳴ると、女官達はビクリと驚いて飛び上がり泣きそうな顔をする。それに対して、頭を掻きながら謝罪すると、にこやかに笑って許してくれる。
アストレリアの新たな王の即位がされてから三年が経過しているが、彼らのもとで働く彼らにとってはもう可愛いものだと言われている。
「恐らく、またあちらへ行かれているのでは?」
またかと手を額に当てて呆れ返った様子を見せると、おろおろとそこに行く事を止められなかった事実を謝罪する女官達へレオンは強く言う事もやめた。
普段から横柄な態度をしない女王の頼みなら恐らく誰も拒否する事はできないだろう事はレオンでもわかっていた。
彼女は自分より一回り少し年下の女だが、ここでは一番上の立場の存在なのだから。
女官達の謝罪もそこそこに、ちょうどふらりと戻ってきた話の中心人物がこちらに気付くと、ニコリと笑って何食わぬ顔で近付いてくる。
その笑顔は、以前のように表現が下手で感情に動かされないと無理に動かないものではなく、彼女が自然と出せるようになった微笑みだ。
「皆さんどうしたのですか?」
「……お前を探してたんだ」
そうなんですかとレオンの側まで歩み寄る前に大股でアンジェの側まで近寄り、そっと腰に手を添える。まるで介護のようだ。
「あまりその体で出歩くな」
「でも安定期に入ったので、産婆さんも少し運動した方がいいって…」
「ならせめて誰かを連れて歩け、なんでナージェを連れていないんだ」
夫の小言は年々酷くなるが、アンジェにとってはこの少し出てきたお腹と同じくらい愛しく思えた。何故なら、レオンはこの三年間でアンジェの事をきちんと名で呼ぶようになった上、王宮で働く者の名前をちゃんと覚えるようになったのだ。
二人の変化に周りも笑顔が絶えない。
――そして妊娠五ヶ月。
アストレリアに、新たな王家の子孫が女王に宿った。
この三年間は、女王としての役割やそれ以外にもやる事が多くあった為、子作りを後回しにしていたものの、閨は密かに行なっていた。
これに関してはある意味レオンの努力が必要不可欠だったわけだが、男の事情など知らないアンジェはおそらく分かっていないだろう。
私室へ連れていかれ、ソファへゆっくり座らせると、大袈裟だと笑われる。
「そう言えば何か用があったのでは……?」
「あぁ、ジャカルトから手紙が来ていた。お前宛だ」
そういうと、アンジェは笑みから少し不服そうな眼差しでレオンを見上げる。
「またお前って言いましたね?レオン様、私の名前はアンジェです。お前ではありません」
ハディを取り押さえた時に初めてレオンから名前を呼ばれ心臓が爆発する程嬉しかった事を思い出して、あれからずっとお前と呼ばれると怒るようになった。おそらく名前に関して気を付けるようになったのはこれのせいとも言える。
ここ三年で随分人間らしい感情表現になったと言われそうだが、この変化は実は妊娠発覚してからだった。
アンジェに母性が強く生まれ、そこから感情がふつふつと湧き出てくるようになったのだ。未だに表情が乏しかった原因は不明だが、もとより親に育てられていないため、周りの人間との接し方が上手くわかっていなかったのかもしれない。
「ナージェに教えてもらったのです。レオン様に気に入らない事をされたらこうすればいいと…」
そう言いながらソファに添えられたクッションを持ち上げ、口角を持ち上げてにこりと笑う。
今までは天使のような笑みだったが、今はどうみても小悪魔のようだ。
「えいっ」
「ぶっ」
思い切り持ち上げたクッションをぽふっとレオンの顔に押し付けるように投げた。
しかし、柔らかいそのクッションでは効果も薄くただじゃれているというかたちで終わった。
「随分乱暴な女王になったな」
「レオン様が不器用だから、私も変わらないといけないと思いました。――こんな私は嫌いですか?」
先程までの威勢はどこへ行ったのか、いじらしい事を言う妻の額にキスを落とし、そっと優しく抱きしめた。
「そんなわけが無い。俺はおまえ…、アンジェの事をずっと愛していたんだから……」
顔を赤らめて言えば、満足そうにレオンの頬に手を添えて座ったまま背筋を伸ばして唇を重ねた。
最初は啄ばむように音を立てながら何度も重ねていく、次第にそれの恥じらいも薄らいだ頃に角度を変えながら口腔内で舌を絡ませると、そっと優しくレオンの頬に添えられた手を取って指を絡めた。
しばらく堪能した後、アンジェは頬を少しだけ赤らめ照れくさそうにレオンの服の胸ポケットに刺さっていた手紙を取り上げて開き読み進めた。
「……ハディ陛下、コーティカルテと結婚したそうですよ」
「なら何か送っておこう、そうだな……蝋燭でも送ってやるか」
「レオン様ったら……」
意地悪げに発言するレオンに呆れて物も言えなくなり、開かれた手紙を閉じるとお互い寄り添って目を閉じた。
拘束されて連行された日、アンジェの知らぬ所で処刑をされるのではないかと恐れたコーティカルテは、同じ牢屋の中でハディに自分の想いを告げたのだそうだ。
コーティカルテの想いを聞いて、傷心していたハディは次第に意識をするようになり、一年後釈放されジャカルト帝国へ移送中に二人は晴れて結ばれたのだそうだ。
しかし、一年も皇帝の不在だった帝国を復興させるために奮闘し、ようやく先日結婚をしたのだそうだ。この事で驚くとアーサーが言っていたのかと納得するとその手紙を折ってテーブルに置いて夫と穏やかな時間を過ごした。
レオンは密かに聖なる天使のような聖女のような妻に誓いを立てる。
永遠に、この国とこの愛する人、そしてこれから生まれてくる我々の子供達を守り続けると。
――一枚も二枚も上手な妻に時折負けてしまう少し不器用な夫だが……
その後、アンジェは男女の双子を産み、女系となっていたアストレリアにガレンディアの血筋も混じる事により数百年ぶりの男の子が生まれたのはまだ先の話。
fin
完結致しました。
ここまで読んでいただけて光栄です!
処女作ではありましたが、なんとか終わらせられただけで十分かなと思います。
沢山の作品をご覧になった皆様にとって納得の行かないような内容だったかもしれませんが、今後も懲りずに作品を書いていけたらなと思います。
次ページは私のぼやきばかりです笑




