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五日間かけて何事も無くアストレリアへ帰還すると、話を聞きつけて待っていた民達は、喜んで歓迎した。


王宮の前で馬車が止まると、レオンが先に下車し手を差し出すと、慣れた手つきで手を取り馬車から降り立った。


それを見ていたアストレリアの民や待ち構えていた兵士や女官達は、少しどころか立派な王族として様変わりしたアンジェを見て感嘆を漏らした。そんな視線の中、謁見の間へとエスコートされる。


エリーゼが今か今かと待機していたのかすぐに顔を合わせ、久しぶりの再会にアンジェはレオンの手から離れて抱擁を交わした。


「女王陛下、アンジェ・リリィ・フォン・アストレリア。ただ今帰還いたしました。また会えた事光栄に思います」

「おかえりなさい。待っておりましたよ」


待ち焦がれたと言わんばかりに、アンジェのこれまでの努力を表すかのような洗練された礼を見て感慨深さを感じたように目尻には涙を浮かばせた。


置いていかれたレオンは、苦笑をしながら女王の前で片膝をついて頭を垂れた。アンジェは、エリーゼから離れて、レオンの隣に戻ると両膝をついて同様に頭を垂れた。


「頭をお上げなさい。膝もつかなくて結構です」


その言葉で立ち上がる。


「次期女王と国王。よく戻ってまいりました。ジャカルトについては聞き及んでおります。大変でしたね……。それに関しても報告を受けており、第二王女の帰還も受け入れる事が出来ました。本当にありがとうございます」

「恐れ多い事にございます。女王陛下」


丁寧に返すアンジェは、もうあの街のシスター見習いではなく、聖王女として磨き上げられた王族だった。


しかし、それも束の間、エリーゼはきついつり上がった目をやんわりと緩めてこりと微笑んだ。アンジェとレオンの二人を交互に見て、玉座の肘置きに肘をおいて手のひらに頬を置いて寛ぐ格好になるとふふっと笑った。


「レオン、良かったわね」

「……はい、なかなか時間はかかりましたが」

「貴方が不器用すぎるのよ。全てナージェから聞いているわよ。アンジェを困らせたりしていたそうね」


意地悪げに痛いところを突いてくるエリーゼに、ぐうの音も出ないレオンと、その横で一生懸命にこやかな表情を維持しようとしているアンジェに気付いて「無理しなくていいわよ」と言われてすっと無表情へともる。


その切り替えの速さに面白かったのか、そこにいた者は皆くくっと笑いをこらえた。


「笑わないでください…。最近気にしているのです」

「お前はいつもどおりで良い」


ぽんっと頭に手を乗せてくしゃっと撫でると、アンジェは自然と目を細めて嬉しそうに表情が和らいだ。


「こういう所があるから……」

「…?」

「これは知らない方がいい」


そんな微笑ましげな見せつけるような光景を謁見の間で繰り広げられ、周りは深い溜息を吐き捨てた。


到着した日には、亡きアストレリアの国王の告別式に立ち会う事は叶わなかったが、眠る墓に祈りを捧げ挨拶を済ませた。


それ以降は、アストレリアでの結婚式とアンジェ達の王位即位式が控えている為、身の回りの準備に追われていたが、アンジェはそれもそれ、そしてそれ以外にももっとやっておきたい事が先にあった。


それを叶えるためにレオンとナージェ、護衛にタクティクスを引き連れ、生まれてからずっと今まで育ててくれた教会へ訪れた。


連絡を寄越さずに唐突に訪れたアンジェを快く迎え入れたマザー・シスターはあいも変わらずの慈愛に満ちた微笑みでアンジェを優しく抱き締めた。


「マザー・シスター、お会いしたかったです」

「まさかこんな事になるとは思いませんでした…」

「私も、ずっとここでシスターをする物だと思っていました」

「アンジェ…いいえ。聖王女殿下、これも違いますね。もうすぐで女王ですものね。聖女王と言ったところでしょうか」


どれもややこしいと面白げに笑うマザー・シスターは、教会の中へ客人であるアンジェ達を招き入れると、中には一緒に育った子供たちや、優しく見送ってくれた慈善活動していた令嬢達、そして…


「お母様…。お父様!」


変装をやめ、アンジェと瓜二つの、違いといえば顔に火傷があって表情も大人びて喜怒哀楽が豊富な母のナナリアと、騎士としての志を忘れないしっかり者の父のアスフォルトがアンジェを温かく迎え入れた。アンジェは、泣きそうな表情で二人に抱き着くと、ナナリアがあらあらと頭を撫でた。


「また会えて嬉しいです…」

「レディになったと思ったのに思い違いだったのかしら?」

「そんな意地悪言ってやるな」


悪戯っぽく言うナナリアにすかさず愛のある叱責をすると、アンジェはその光景にひどく安心した。


「ナナリア様、アスフォルト様…」


両親との再会に喜んでいるところに、さり気なく入ってレオンは膝をついて頭を垂れ挨拶をするが、「もう王族じゃないから平民と同じよ」という台詞に立ち上がってせめて義理の両親への誠意の為、ぺこりと頭を下げた。


「アンジェを頂きました」

「直球すぎるだろう!」

「あはは、アスフォルト様もそうやってみるとお父さんみたいね!」

「いや紛れもなく父親だ!」


愉快なやり取りをしていると、アンジェは自分より背の高いナナリアの手を引いて屈んで視線を合わせてもらう。


「なぁに?」

「お母様の、顔の火傷を消しに参りました」

「……え?」


ぽかんとアンジェが何を言い出すのだと驚いているが、少し考えていた頭を横に振った。それが気に入らないのか、アンジェは引き下がるつもりはなかった。


「お願いします。消させてください」

「ダメよ、これは私の罪なのだから。貴女をここにとどめて大変な思いもさせてしまった。姉上やアスフォルト様、マザー・シスターにだって迷惑をかけたの。これは忘れない為の証なのよ」

「違います。お母様は十分の事をしました。それに、私を一人にしなかったのはお母様が私の事を考えてくれていたからでしょう?」

「そうだけど……」

「皆さんを巻き込んだというのなら、私はお母様を皆さんに変わって許します。だから――女性のナナリアとして、お父様のアスフォルト様と純粋に幸せに暮らして欲しいのです。こんな事、ずっと悔やんでいたらお母様は本当の幸せに出会えないと思うのです。…だから、お願いします。私にそれを許させてください……」


アンジェがこんなに喋った事があっただろうか。


ここまで喋らせる程に、アンジェはずっとナナリアの顔の傷について思いつめて気にしていたのだ。


先日の、ハディの傷を癒した時に確信した。これがあれば自分の母を女として世に晴れて羽ばたかせる事ができると思ったのだ。


膝をつき、懇願するように祈るとしばらく沈黙が生まれた。


「――分かりました。次期女王の命とあらば、私平民には逆らえません」


ナナリアらしい素直に受け入れられない様子だったが、しかし言い分も分かるし自分がそれで一つでも気持ちが楽になれるのであればそれでもいいのではないかと思い始めた。


ーー済んだ事だいつまでも引きずるのもらしくないわよね…。


すっかり絆されたナナリアも膝をついて手を祈るように組むと、目を閉じた。


その姿にアンジェはこくりと頷き、痛々しかった火傷の痕へと手を触れる。


「――女神アストレリアの加護よ、私に力を貸してください」


ふわりと温かくなり、みるみるうちにナナリアの美しい顔を侵していた火傷の痕は消え失せた。


ゆっくり目を開くと、まるでアンジェの数年後をうつしているかのような美しい顔がそこにはあった。


「ありがとうございます」

「ナナリア・ハージェスタ。貴女はもう自由です」


王族として、聖王女として言うと、周りからは喝采が生まれた。アスフォルトとナナリアは抱き合い唇を重ね、喜びに浮かれた。


待ち望んだアンジェもその姿に、涙を流しながら微笑んでいると、レオンが横に寄り添われた瞬間、その自分より大きな体に抱きついて顔を埋め肩を震わせた。


ナナリア達と別れ、教会から王宮へ戻ると、早速エリーゼに呼び出された。


エリーゼの私室へ向かうと、ソファへ勧められて二人は座った。 


「アストレリアの結婚式には、代々アストレリアから受け継いだ歴史を証明する指輪が与えられます。これは、女王である証です」


そう言って自分の左薬指に嵌めている指輪を抜き、アンジェへと手渡した。


それを受け取り、大切そうに両手で包み込み「確かに」と頷いた。


アンジェの左手の薬指には、ガレンディアの結婚式でレオンが用意した指輪が嵌められていた。それは、街へ出掛けた時に購入してもらった髪飾りにはめ込まれていた物と同じアウイナイトの宝石が指輪に入っており、周りには小さな可愛らしいダイヤがキラキラとしている。しかしごてついた印象のないシンプルな結婚指輪だ。


その為、このアストレリア王家の証の指輪はチェーンをつけてネックレスとして身につける事にした。


「……あと、会わせたい人が居るのよ」

「会わせたい人?」


――コンコンコン


リズムのいいノック音に、エリーゼは入りなさいと告げると扉が開かれ、白髪の女性が入ってきた。


髪は白髪だが、顔は老いた様子もなく、どちらかというとエリーゼと同い年かそれより下のような、比較的若いようにも見える。


「アストレリア王国第二王女、アガーテ・フォン・アストレリアです…。貴女がアンジェね」

「は…はい」


まるで疲弊しきったその顔からは、王女と言うよりは隠居前の老女のような雰囲気を纏う風貌に、アンジェは目を疑った。


嫁いだ初夜の日、拒絶して暴れ、近辺にあった蝋燭をハディに押し付けて以来、帝国の王宮付近の塔に幽閉されていたらしい。


衣食住をハディの気分で有無が決まり、それはまるで奴隷のような扱いを受けていたのだそうだ。


精神的に疲弊した王女は、精神崩壊寸前だったという。


自業自得だが、やり過ぎだとジャカルトの使用人達は囁きあっていた程だった為、時折彼女を優しく扱ったおかげで髪が白髪に変化している程度で済んだという。


「伯母様…、大変だったかと思います」

「……いいえ、私が悪いの、好きでも無い人と夜を明かすなんてとんでもない事だと騒いで…。王女失格です」


それはもう相当と言う程に猛省しているようだった。


国王の喪は、本人の遺言の意向もあり出来るだけ早く切り上げられ、アンジェ達の即位の為に早まった。


それからはあっという間で、結婚式と即位式はささやかにといっていたのに、アストレリア全体で祝う事になり、新たな女王の大好物の林檎を使った料理が大量に振る舞われた。


こういう日だからなのか、まるで女神アストレリアが見守っているかのように平和で賑やかな日となった。



◇◇◇

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