54
その日は、アンジェの部屋のベッドでレオンの鍛え抜かれた逞しい腕の中で眠り、次に目を覚ますと日が暮れていた。
疲れからなのかしっかり眠ってしまったようで、目を覚ましたアンジェは起き上がると前髪がぴょんと跳ね上がっていた。恥ずかしくてレオンに見られないようにしようと隠れようとしたが、隣にはもうすでにレオンは居なかった。
アーサーの使いでエリックに呼び出され、ナージェに手伝われて身支度を整えると、一旦部屋へ戻って着替えていたレオンが迎えに来た。
「行くぞ」
「はい、レオン様……あのっ」
迎えに来たレオンを見上げて少し気恥ずかしそうにするアンジェ。
何だと口には出さないが、少し屈んで視線を合わせると、耳打ちで誰にも聞こえないように言った。
――これからは一人にしないでください
初めて要求してきた事が、思いの外可愛らしい我儘を言う聖王女に口元が緩んでいる事を隠すために手で覆った。それを見て満足そうに笑みを浮かべるアンジェはレオンを置いて先を歩き出した。
◇◇◇
アーサーの執務室へ呼び出されて向かうと、そこには、ユーロ、セイレーン、アーサー、ファルティリが待ち構えており、そして一緒に来たナージェとエシリアも入り呼び出された全員が揃った。
アーサーの執務室もユーロの時と同様に必要最低限の物以外は置かれておらず、どちらかというと飾り気のない質素な物だ。贅を凝らすのはガレンディアでは苦手なようでそこが好感を持てる。
「昨夜の件だけど、処理はこちらに任せてもらうよ。それと昨日は悪かったね、僕を偽る者がいて驚いただろう」
いいえと首を振るアンジェに頷く。
「うちの妻は勇敢でね、こんなに強い女性を迎えられて本当に光栄だよ」
「あら、そうかしら?ふふふ、貴方も鍛えて差し上げましょうか?」
「え、遠慮しておくよ……ははは」
昨夜の勇ましいファルティリの口調はまたどこかへと消えており、普段通りの淑女の口調へと戻っている。本当のあれが彼女なのかわからないほどに穏やかな微笑みが見える。
「……あと、二人へ女王から手紙が届いている。僕宛もあったから先に開けさせてもらったよ」
「叔母様から……?」
エシリアに手紙を渡し、それをアンジェに手渡すと既にその封は先程説明通り開けられていた。
改めて取り出して開くと、今回の事について黙っていた事への謝罪と、アンジェ達がアストレリアに即位する事に関しての詳しい手順と、エリーゼの事情について等が記されていた。
「単的にいうと、女王は子が産めないんだよ。そして国王も病で外にも出られない。そろそろ危険な状態だとも書かれていたよ。だから君が殊更必要なんだそうだ。あっちの貴族達は君の事を最初こそは良いようには思っていなかったらしいけど、聖王女だと知ったらその存在価値に掌を返して早く戻って来させろとうるさくなったそうだ」
つまるところ、そうなのだろうけどとてもじゃないがいい気分ではない。しかし、アンジェはそれを気にした素振りはなく、むしろエリーゼが子供を産めない体である事を知り少し気持ちが沈んでいるようにも見えた。
「女王に関しては残念な事だけど、貴族の目に関してはこれなら安心だね。ガレンディアとこれからは懇意にして欲しいからレオンは気にしないで連れて帰ってこき使ってやってくれると嬉しい」
びしばし使ってくれとにこやかに言うと、アンジェはこくりと頷いてそうさせていただきますと強気に返した。
そこからはまるで一瞬のような出来事ばかりで、マナー講座も改めて指導を受け、正式な婚約発表パーティーや、ガレンディアでの今まで叶わなかった貴族との交流も兼ねて催されたりと、アンジェもめまぐるしく忙しくなった。
その段階ではもうアンジェは十六歳になっていたのだ。一年が経過してガレンディアに来て二度目の夏が訪れた。
今までガレンディアの貴族との接点も危険と思われ、遠ざけられていた事もあってかガレンディアにきて一年が経過した頃。
貴族の令嬢達からレオンに関しては疎まれる事もなくようやく落ち着くのかと安堵した様子だった。何故そんなに気にかけていたのかと問うと…
「アンジェ様の事を天使だと言って彼女以外ありえないと言い出すし、縁談をすべて蹴っておりましたのよ。一生未婚を貫くのかと思いハラハラしましたわ」
……と笑い話にしていた。
彼女達はかなわないとわかったのか、密かに応援をしていたのだという。
王族として立派に成長したアンジェはレオンと無事結婚式を挙げた。
ガレンディアでの結婚式では盛大に行われ、街の人々はアストレリアとの和平が成立した事を大いに喜び、騒いだ。
そして、アストレリアに倣い、王族が管理する孤児院を設立する事になり、子供が好きなセイレーンは度々出向き、慈善活動に精を出し、ファルティリもそれに貢献した。
それもなんとか落ち着き、アストレリアから手紙がいた。そこには第二王女が帰還した事と、一つ悲しい知らせも書かれていた。
「アストレリアの国王陛下が亡くなったそうです…」
「……そうか、あまり外にも出られない方だったからね。女王はなんと?」
「可能な限り、帰還を早めて即位して欲しいとの事です」
予想はしていた事だったが、人が亡くなるというのは喜ばしくない事だ。
喪に服す間は、即位の準備に追われるだろうし、即位を慌てているという事はもしかすると喪に服する日も少し早く切り上げてしまうかもしれない。
そして、アンジェの花嫁姿を一目でも見たいという民の言葉が多く寄せられ、アストレリアでも結婚式を行う運びとなった。
その際に、同時に女王即位式も行うらしい。
アストレリアには、国王と女王で二人手を取り合って尽くしていかねばならない、女の王一人でやっていける程簡単な話ではない。女王エリーゼにとっても限界だったのだ。色々な意味で。
話が進むのもあっという間で、気がつくとガレンディアで世話になった人々との別れの日が訪れてしまった。
「……あの、結局コーティカルテはどうなったのですか?誰も教えてくれなくて…」
「君が彼らを許したからあまり悪いようにはしなかったよ。ジャカルトへ監視もつけて帰らせたし。諜報員も混ぜてあるから、あと……まあ、これはそのうちわかると思う」
不思議そうにするアンジェを横目に、まるで後の反応が楽しみだと言わんばかりに皆が面白そうに笑いを堪える。
後先を考えてしまうアンジェにとっては、全く想像もつかない事に首をひたすらひねって考えながら物々しい護衛の中で別れを告げて、夫であるレオンとアストレリアへ発った。
「結婚式の後、初夜の営みをせずに二人で仲良くずっと寝てたらしいよ」
「まぁ…、あの二人らしいわね」
二人の情事に関してこそっと話すアーサーに、扇子を広げて口元を隠してくすくすと笑うファルティリを、仲睦まじく見守るユーロとセイレーンだった。
◇◇◇




