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「なる程…入れ替わってたって事ね」
「コーティカルテ……、私は貴女がお菓子屋の実家があると聞いたとき、少し羨ましいと思ったのです」
「あんなの嘘に決まってるでしょ?!」
キッと強く睨み癇癪を起こすコーティカルテの瞳は、嫉妬や憎しみで満ちていた。
アンジェは心底残念そうに語り、ちらりとハディを見る。目が合うと、本物は美しいと呟きながら目をギラギラさせている帝国の皇帝がいた。
しかし、不快感を表に出さずに、馬に乗った状態で後ろで支えてくれている手の力が強まった気がしてレオンを見上げった。
「王族の誘拐は罪が重いぞ、ハディ皇帝」
「何だと?!お前達…私を愚弄するのか!!」
「愚弄するもなにも自分の国ではなく他所の国でこんな狼藉をすればこちらの方が優位なのはどう考えても明白なはず。コーティカルテ、お前も同罪だ」
「ぐっ……」
「それにお前達はすでに包囲されている、大人しく拘束されて連行されろ…――アンジェを苦しめた罪、簡単に償えると思うな」
「っ!」
頭上から聞こえてくる耳触りのいい低い声は、冷静なように聞こえて来るが、時折まるで憎しみでも込められているかのようで、ビクリと震えるコーティカルテとハディはここまでかと蒼白で膝をついた。
その一方、アンジェはドキドキとと高鳴る心臓の音をどうやって静めるかと言う事しか考えられなくなっていた。
――名前を呼んでいただけた……。
横座りをしているアンジェは、ちらりとレオンの顔を盗み見ると整った顔がこちらを見ていた。
「じゃあ、あんたはどこに居たのよ……」
悔し混じりに唇を噛みながら睨むコーティカルテは、アンジェへと問う。
「ナージェに変わって変装をした私は、最初はファルティリ様の部屋へ招かれましたが、貴方方の仲間が襲撃に来てしまった為、レオン様の部屋で眠る予定でした」
冷静なアンジェの回答に、コーティカルテは悔しげに唇を噛み締めると切れてしまったのかツーッと血が一筋落ちる。その後、レオンに指示されてガレンディア兵と騎士達に拘束された。
「私はあんたなんか死ねばいいと思ってたわ」
「コーティカルテ…」
「ハディ様があの女…第二王女のアガーテが初夜に暴れて、ハディ様の顔にあんな火傷を負わせたあの日から、ずっと私はアストレリアを憎んでいたのだから…!」
膝をついたまま拘束された状態で、意気消沈と項垂れるハディを横目に憐れむように表情を歪めた。
ハディが聖王女を狙う理由はおそらく顔の火傷の件なのだろうと察すると、アンジェは馬から降ろすように頼み、レオンの手で降ろしてもらうと、ハディの傍まで歩み寄り顔にソッと両手を添えた。
「――女神アストレリアの加護よ、私に力を貸してください」
ふわりと手元が暖かくなり、みるみるうちに痛々しかった傷は痕を残さず消えた。
それを横で見ていたコーティカルテの青い顔も少し色味を帯びた。
「アストレリアの加護だけでは傷跡までは消えないと言われていたのに…」
「これが聖王女の力をなのか…」
困惑で動揺する拘束された二人に、アンジェは慈愛満ちた面持ちで微笑んだ。
「幽閉されている第二王女…、いえ、私の伯母様のアガーテの罪は消す事は出来ません。しかし、もし、アーサー陛下の御慈悲で国へ帰る事ができた時は――」
「――わかった。離縁とし、アストレリアに返そう…すまなかった。今後アストレリアを狙う事も止めよう」
「……ありがとうございます。ハディ陛下」
レオンの合図で連行されていくコーティカルテとハディ、それを見送り一気に力が抜けたアンジェはふらりと体が傾く。倒れると自覚しながらも、こんな経験した事がなかったアンジェはもう疲労困憊状態だ。
諦めて目を閉じると、突然暖かいものに包まれ自分は眠りに落ちたのかと錯覚した。しかし、確かな暖かさに目を開けると、レオンの腕の中にいた。
「フラフラだな」
「力が抜けてしまって…。ありがとうございます」
レオンに支えられて安心したのか、表情がいつもの通りの無表情へと戻るが普段より穏やかに見えた。
ナージェに付き添われて二人が連行されて行った事を確認すると、再びレオンとアンジェは馬に乗ってガレンディアの王宮へと戻って行った。
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