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早速作戦決行の夜、いつも通りナージェがアンジェの部屋へ訪れて寝起きの世話をする。
しかし、今日からここで眠るのはアンジェの姿に似せたナージェ。
エシリアは監視のために兵士とさり気なく話をし、部屋の出入りを確認している。
「アンジェ様は今日からレオン様の部屋でお休みに…――」
「流石に無理です。流石に絶対無理です」
「即答ですね……」
いい機会だからと促してみるが、恋心に気付いたばかりのアンジェには少しハードルが高かったようだ。顔を真っ赤にしてナージェの少し大きいお仕着せを身に纏い手首にナージェと同じ腕輪を着けながら顔を逸らした。
姿が侍女に変わった事を姿見で確認して、ナージェの所作はよく見ていた為、出来るだけ似せて動くように少し練習し、アンジェの偽物をベッドへ寝かせた事を確認して部屋を出ると、エシリアが少し困った顔をしていた。
なんだろうと、横を見るとそこにはファルティリが極上の笑みでこちらを見ていた。
「ナージェ、少しお茶に付き合ってもらえないかしら?眠れなくて…。良ければアーサーの事で悩みも聞いて欲しいの」
「え、あ、あの……」
少し困った表情でナージェの偽物の手を握って迫り寄るファルティリに少し困惑したが、喋ってしまえばバレてしまうとそれ以上は黙ってこくんと頷くと、輝かしいほどの微笑みでまるで引き摺るように連れて行ってしまった。
それを横目にエシリアは、兵士にご苦労様とだけ言い「ナージェ様がいないから私が控えないといけないわね〜」と言い残して隣の侍女の控え室でもあるナージェの部屋へ入っていった。
◇◇◇
ファルティリに連れられて王宮の国王夫妻の部屋へと連れ込まれ、部屋の前で立つ兵士に今日はここで眠りますと告げ、部屋の中に入るとガチャリと音がして鍵を閉められた。思いがけない行動に、ナージェはいつもこんな事をされているのかと目を見開いて驚いた。
「ごめんなさいね、貴女を流石に侍女の部屋で寝かせるのは可哀想だと思ったのよ」
小さい声で目の前のナージェが偽物だと認識しているようで、ウインクして見せると、アンジェはほっとしたのか少し気を緩めてぺこりと頭を下げた。
「離宮だと何かあった時駆けつけられないでしょう?ナージェが連れて行かれても大丈夫だとは思うけれど、どうせ貴女も付いていくというのでしょう?」
なんでもお見通しなのが悔しいが、観念して肩の力を抜いた。
「アーサーはしばらく私室で眠るそうだから大丈夫よ」
「そうですか……」
「あら、三人で眠りたかったかしら?」
お茶目に恐ろしい事を言い出すファルティリに首をブンブンと横に振ると、冗談よと笑われた。
そんな話をしていると、突然、先程鍵を閉めた扉のドアノブがガチャガチャと荒々しく回され、側にいたファルティリが小さい悲鳴を上げて体をはね上げた。
「ファルティリ!そこに居るのかい!?」
「……あらアーサー?一体どうし――」
「ここは危険だ!開けるんだ!」
「……あらあら、アーサーったらそんなに荒げた声ははしたないわよ。王族としてもっと毅然とした――」
「何を言っているんだ!早くしろ!」
こんなに動揺したアーサーに部屋の中にいたアンジェとファルティリは怪訝そうな表情で未だにガチャガチャと強引に開けようとするその扉を見つめる。
「…アーサー、今着替えているのよ。淑女の裸を見るつもり?」
「何を言っているんだ?俺と君の仲だ、今更だろう?」
「面白い事を言うのね、貴方は何でも軽く言う事はあってもそんな無粋で軽薄な事は言わなかったはずよ?」
ファルティリのいつにもまして厳しい口調で言い放つと、扉の向こうのアーサーはしんと黙る。ドアノブも音がしなくなった。
王族の部屋に警備の兵士が居たはずなのにアーサーだけがこんなに狼狽して扉を強引に開けようとする事が不自然だった。それをすぐに見抜いたのだ。
「ファルティリ様……」
「シッ……静かに…」
案じてアンジェがか細い声で呼ぶと、ファルティリはぷっくりと色っぽい唇に人差し指を当てて制止する。
黙った後から物音がしない向こうを不審に思ったファルティリは、扉のすぐそばまで近寄り耳を当てる。すると、ガチャリと外から鍵を開ける音が聞こえ、咄嗟に一方下がった。
「おいおい、王妃様。久しぶりにここで寝ると聞いてせっかく人質にでもしてやろうと思ったのに頭は切れるんだな」
にやりと笑う男はガレンディアの兵士の格好をしているが、片手に剣を持ち。ふらりとこちらへゆっくりと近寄ってくる。
おそらく見張りとしてここで待ち構えていたのだろう。
アンジェは、まさか入れ替わりがバレてしまったのかと焦りを見せるが、男はファルティリに用があるようで作戦が漏れているわけではない事を把握する。
「それで、私をジャカルトにでも連れて行くつもりかしら?」
「うちの皇帝様がガレンディアを攻め込むにはリスクが高いから王妃〝も〟攫って人質にすればすぐ落とせるだろうと言っていたぜ?さあ、大人しく捕まるんだ」
剣をこちらへ向けて指示をすると、ファルティリは小さく頷いて男へと歩み寄っていく。
「……こうなっては仕方ありませんね。ナージェ、私が連れて行かれた後、陛下へお伝えしてください…。私は大丈夫だと…」
観念したのか力なく微笑むファルティリに、アンジェはどうすればいいのだと返答に困り王妃殿下と口にした。
男も、にやりと不躾に笑い剣を鞘におさめて腕を掴むと、突然ファルティリはその手を捻りそのまま体重をかけて組み伏せた。
「ファルティリ様!」
「ナージェ!貴女はそこでじっとしていなさい」
いつになく語気を強めて言う王妃にぐっと黙って見守る。
すると、ファルティリは素早く男の腰から剣を抜き首の根元へ切っ先を向けて眼光を光らせた。
――これが女騎士ファルティリ…。
アンジェは息を飲んだ。
「何が目的?答えないと今すぐ殺す。お前の行動次第で悪いようにはしない」
「ヒッ……、こ、皇帝が…ここに来ているアストレリアの王女を連れて帰って第二王女を切り捨てるんだと……いっていた…」
「それ以外は?」
いつもと口調の違うファルティリに、アンジェは口元を抑えてその光景を見守る。
男は諦めたのか全てを吐き、後から来た兵士や騎士に拘束されて連行されていった。そこに、一緒に来たレオンがアンジェの所まで来ると少し不安げに見下ろした。
「大丈夫だったか?」
「はい、ファルティリ様が守って下さりました」
しっかり頷くと、レオンはほっとしたのか相手は侍女の姿をしているにもかかわらず思い切り抱き締めた。
不敬者が現れたと聞いて飛んできたらしい。しかし、アンジェはそれどころではなかった。
「……レオン様、アンジェ様の様子を見に行かねばなりません」
「あ、あぁ…そうだな」
それに同意して、ナージェが心配だと遠回しに言い、ファルティリには断りを入れて緊急用のエリックを伴ってアンジェの部屋へ向かった。
◇◇◇




