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抜けの物語です。お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした。2019/05/18
アーサーの私室を出ると、見張りをしていたレオンとユーロは新たな宰相の事で話があるらしく部屋の中へ入れ替わるように入っていった。
アンジェが外で控えていたタクティクスがこちらへ寄ってきた。いつもと変わらない笑顔に先程の現実離れして頭の中が少しふわついた部分が一気に晴れ渡る。
エシリアは、ファルティリに呼ばれているらしくその場で解散となった。
「お待たせしました」
「いいえ、仕事ですから」
にこやかに笑うタクティクスにアンジェモ少し表情が緩む。
兄が居たらこんな感じだろうかなんて穏やかな気分になりながら、部屋まで護衛をして貰うと、いつも通りタクティクスへお礼を言って入っていくのだが今日は違った。
なんだろうと不思議そうにこちらを見ている視線をアンジェは、少し躊躇いがちに一瞥した。
「私には兄弟はいませんが、タクティクス……なんと言いますか、兄のように思えます」
「兄……ですか?」
少し目を瞠るタクティクスに今度はアンジェが不思議そうな表情になる。それを見てくすくすと笑うナージェをちらりと見やると、悪気は無いというように軽く頭を下げた。
別に怒ってはいないのだがなぜ笑ったのか教えて欲しかった。それを察したのか、ナージェが口を開いて弁解をした。
「アンジェ様には孤児院で沢山ご兄弟がいらっしゃったではございませんか」
「でも、どこか私を姉や妹と言うよりシスター見習いとしてみていた感じなのでそう言う風には見えなくて」
「では、アンジェ様」
不服そうにする主に、タクティクスは相変わらず微笑みを浮かべたまま「不敬で怒らないでくださいね」と一言添えてアンジェとナージェを連れて部屋の中へ入る。
何事だとアンジェはされるがまま部屋に押し込まれて扉を締められると、タクティクスの後ろでナージェがその様子を静観している。彼を信頼しているから彼女は何も言わないのだろう。それに、彼の信用はガレンディアでもそこそこ知れているらしく、ある程度の事をしても悪い事をするとは誰も思わないだろう。
「……タクティクス?」
「アンジェ様、この部屋の中では俺の事を兄として接してもらっても構いませんよ」
「……え?」
ぽかんと突然の申し出に呆気にとられていると、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「ほら、お兄ちゃんって言ってみてください」
「……お…っ」
タクティクスは目を細め、アンジェの視線に合わせるために屈んで様子を伺う。
アンジェの顔は慣れない事をさせられて林檎のように赤い頬が、更に全体的に赤みを帯びている。恥ずかしいのだ。
「お、おにい……ちゃん…?」
「っ!」
注目されつつこんな事をさせられて恥ずかしくてどうにかなりそうなアンジェは、顔を真っ赤にして涙目で見上げ尋ねるように言うと、胸に矢が刺さったかのような動きを取り手を当てている。
突然苦しみ出すタクティクスを見ておろおろと赤かった顔が青くなる。
その様子が面白すぎてやはりナージェはくすくすと笑っていたが、次第にツボにはまってしまったのか、少し声を殺して後ろを向き肩を揺らしていた。
「タクティクス?具合が悪いのですか?」
「い、いいえ!むしろ元気を頂けたといいますか……」
「そ、そうですか……?」
はいと答える彼は清々しい顔をしていた為、それ以上は追及しなかった。
侍従達と仲良く話をしていると、扉が叩かれそちらに注目しアンジェがどうぞと返すとレオンが入って来た。珍しくアンジェに男が居る事に驚いたがタクティクスである事を認識すると不思議とほっとしていた。
「調子が悪くなったりしていないか?」
「はい、毒も効かないようですごい体ですね」
「そういう問題ではないんだが……」
呆れた様子だが、それを気にした素振りもなくどうして部屋に来たのか無粋な事を聞かずどうすればいいかとちらりとナージェを見る。
……しかし、そっぽを向かれてしまった。
目の前に居たタクティクスは場の空気を読んで下がってその場を譲ると、レオンはアンジェの顔を覗き込むと、一気に顔に熱が集まる。
――つい目を逸らしてしまったわ。何か話をしないと。
「……レオン様、話は終わったのですか?」
「あぁ、何の話をしていたんだ?」
「他愛もない話ですよ」
少し自分の恥ずかしい話だと思い出来るだけ喋らないように誤魔化すと、それをいただけないと思ったのかソファに座らされその隣に座ると一気にその場が沈む。バランスを崩してレオンの方へ体が傾くと自然と肩に頭を預ける形になった。
「あ、あぁ、すみません!」
慌てて離れようとすると、大きな手がアンジェの肩に回されそのまま抱き寄せると、アンジェはどうすればいいのか分からず挙動不審になっているとナージェとタクティクスが静かに部屋を出ていった。
突然訪れる沈黙に肩だけが密着した二人は、ここから何か話をかけられる訳でもなくアンジェは一生懸命に思考を巡らせた。
「そう言えば髪飾りはどうした?」
「髪飾りは、サイドテーブルの二番目の引き出しに入れています」
「二番目?」
一番上ではなくなぜ二番目を使うのかと尋ねると、話しているうちに密着した状態に慣れたのか、普通に「癖なんです」と言って少し座りやすくする為に居住まいを正した。
しかし、肩に置かれた手は離れずいる為相変わらずくっついたままだ。
「少しだけしかサイドテーブルへ行ってもいいですか?」
そう言うと少し名残惜しそうに手を離した。
軽く会釈すると、ベッドの側まで行きベッドサイドの二番目の引き出しを開けてほらっと見せると、見せたかったのかと納得して頷いた。
その髪飾りを持ってレオンの元へ戻ろうとした時、ふと気づいてレオンは足を止めさせた。
「……待て、一番目の引き出しは開けないのか?」
「一番目は何も入れていないので……。何かあるのですか?」
奇妙な質問に流されるままサイドテーブルの一番上の引き出しを開けると、そこには本が一冊入っており、そこには付箋が挟まれていた。
こんな本持っていただろうかと取り出し、付箋の付いたページを開くと、アウイナイトの事が書かれていた。立ったまま読むのはどうかと思い、引き出しを押して閉じてからソファへ戻ると、距離をあけて座るのもどうかと思い少しだけ近くに座ると腰に手を回され引き寄せられる。
どきんと鼓動が高鳴り、少し落ち着きなく身動ぎをしながら本を開いた。
「この本が入っている事を知っているとレオン様ご存知だったのですか?」
「あぁ、あの引き出しに入れたのは俺だ」
「……つまり、私の忘れている部分ですね…これ…」
アウイナイトの鉱石の説明や、それの貴重さ等を記されており、そこには、アウイナイトのパワーストーンとしての意味も載っていた。それを見て、アンジェはぼんやりと、そしてそのうち思考停止する。
突然黙り込んだアンジェに眉間を寄せて顔を覗き込むと、その文字をジッと見つめている。次第に呼吸を忘れたかのように大きく息を吸うと、そのまま俯いて顔を上げなくなった。
「大丈夫か?侍医を呼ぶか?」
「……大丈夫です…」
よく見るとアンジェの耳は真っ赤になっている。
「思い……出したのですが……、レオン様はあの時の私を忘れてください……」
そう言うと、レオンは何も言わず腰に回した手を一度離し、本を持ったままのアンジェの脇に手を入れて抱き上げ、自分の膝に座らせた。
レオンの行動が読めず、赤い顔のまま見上げて大きな目を見開くと、恥ずかしさからなのか目には涙が溜まっていた。自分でも何故あんなに寂しくて呼び止めたのか分からないのだ。
ただ、彼が居なくなる所を見て急に不安になったのだ。
それだけレオンに心を寄せている事に気づいてしまった事が殊更恥ずかしく感じた。しかし、そんな事おかまいなしに両頬を手で覆い、こちらを向かせて視線を合わせる。
「絶対に忘れない」
「れ、おん…さ――」
「お前がまた忘れても絶対に忘れない、俺の事を全て忘れてもまた、思い出せるようにする」
顔が近くなる、お互いの呼吸が近付く。まるでお互いの吐き出した息が混ざるのではないかという程の距離にあと少しで唇が当たりそうになる。
キスをされそうだと思った瞬間――
――コンッコンッ
「レオン、そこに居るだろう」
「……チッ」
タイミングの悪いユーロの声でレオンは舌打ちをし、アンジェは顔を掴まれたまま扉の方を見るが返事をせずそのままやり過ごそうとする。
「タクティクスから聞いているぞ、そこに居るのだろう。会議を抜け出して婚約者に会いに行くな。仕事はしろ」
仕事をサボってアンジェの様子を見に来てくれたのかと、普段のレオンからは想像もつかない行為に驚いていると、観念したのかアンジェを名残惜しげに離れ、ソファに座らせて「また来る」と言い立ち上がる。
「すみません。ユーロ様とアーサー様の所に行かれるのでしたら、私も入れて頂けませんか?」
きゅっとレオンの服の裾を掴むと、アンジェは懇願するように見上げた。
「宰相の後を誰にするかという話だけだ、すぐ戻る」
「いいえ、違います。その話ではなく、私の足の裏の事です」
それだけ伝えれば十分だった。レオンは、それだけ聞いて頷いてついて来いと言い扉を開けば、そこに仁王立ちをするユーロに冷や汗を流した。
◇◇◇
改めてアーサーの部屋へ行くと、アンジェがいる事に驚き目を瞠った。先にユーロには事情を説明していた為、快諾してここまで付いてくることを許可してもらえた。
ナージェとタクティクスも同席した。
「大事な会議に申し訳ございません。記憶が戻りましたので、その話を……」
「本当かい!?はぁー……よかった」
「ご迷惑をおかけしてしまい…――」
「いいや、そんな事はいいんだ。戻ったばかりで話しづらい事もあるだろうけど、君の身に起きた事を教えて欲しい」
アーサーは本当に嬉しいのかうんうんと頷きながら、アンジェに話をする為の間を作る。
早く寝すぎたせいなのか、目を覚ますと部屋中が暗く深夜なのだろう事はすぐ分かる。しかし、普段とは全然違うベッドの感覚に視線だけを動かすと、自分の上に誰かが居る事に気付き咄嗟に足で蹴飛ばした。
相手も起きるとは思わなかったのか、体勢を崩して反対側に倒れこみ、小さいうめき声が聞こえ、アンジェは寝室での襲撃の際にと教えられた枕を用いて盾に見立てて身を守る。
足元では、身を沈めるほど質の良いベッドで動きにくそうにするその人物は這いずってアンジェの足を掴んだ。
「叫びますよ。今なら見逃します――コーティカルテ」
「へぇ、目がいいのねぇ?」
月夜に照らされようやくそこでコーティカルテの普段は見せないようなにたりとした笑みに背筋が凍り付く。キツく握るアンジェの足にはおそらく内出血しているのではないかというほどの激痛が走る。
身をよじらせて抵抗するが、コーティカルテはお仕着せのスカートのポケットから何かを取り出してそれを足の裏に差し込んだ。
針を刺したような痛みに表情を歪めて呻くと、中に何か注入されている感覚にと、脳裏がもやのかかったような感覚に襲われてじわりじわりと眠気が訪れた。
次に目覚めた時には、記憶を失っていたようだった。
「コーティカルテは私を殺そうとしていました。刃物を持っていたようにも見えます。布団が整えられていたので、恐らく殺すには何か不都合な事があったのかはわかりませんが、私が眠った後でもやろうと思えばやれたはずなのですが」
「と言う事は、前後に何かがあった……という事かも知れないね」
アーサーの推測に頷くと、ユーロとレオンは少し考え、今後のコーティカルテの動向を探る為にも教育係も兼ねていたエシリアに監視をするように頼むのだった。
またアンジェの部屋へ戻り、送って貰ったお礼にぺこりと頭を下げると、いつもとは少し違う面持ちの彼女にレオンは何か心境の変化があったのかと心中で疑問を抱いた。
「レオン様、あの髪飾りのアウイナイトの意味は〝過去との決別〟〝高貴〟〝情熱〟でした。これの意味をあの日の夜に私なりに考えたのです」
アンジェの言葉に耳を傾け何も言わない。
「本来は、新たなことをする為の後押しになるパワーストーンと呼ばれているそうです。私は、この新たな人生のどの環境でも強くありたいと思います」
「……そうか」
「でも、高貴と情熱。私に相応しくない物だと心のどこかで思っておりました。それとなく、レオン様の邪魔にならない程度にしていればいいと思っていたこともありましたが、私も勇気を出して色んな事を受け入れられる器量を持ちたいと思います」
勇気に満ち溢れたアンジェは、いつも以上に輝かしく見えて、レオンはそれに嬉しそうに目を細めた。
◇◇◇




