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「突然呼び出してすまなかったね」
コーティカルテとハディ襲撃の前日、台風が訪れており酷く天候が荒れ、雨が王宮に打ち付ける音が耳障りな中、アンジェと侍女のナージェ、そしてエシリアの三人は、国王夫妻の寝室とは別に個人的な国王専用の私室へ呼び出されていた。
ガレンディアの王宮と離宮にはそれぞれ、国王夫妻が寝泊まりする部屋があるらしく、王宮で何か騒動が起きると避難を兼ねて安全地帯である離宮で寝泊まりをするらしい。
最近は、アンジェの事で騒動が度重なり離宮で寝泊まりしていたせいもあってか、ファルティリも離宮生活が多くセイレーンとお茶をする事が多くなったと先日愚痴っていた。
そんな、王宮の一室にあるアーサー専用の私室は子供の頃からそこを使われているようで、子供の頃に遊んだであろう玩具なども飾られている。物持ちがいいらしくそれらは綺麗で曇一つなく部屋の明かりを反射している。
そんな部屋の中心に大きなテーブルとゆとりのある使い古されたソファが向かい合うように配置され、そこにアンジェ達は座らされていた。
「いえ…話というのは?それに…」
「あぁ、彼女は呼んでいない。そして、この部屋、廊下は全て人払いをして監視にレオンとユーロを置いている」
王太子を警備に使わせる国王など聞いた事がないと、唖然とする女性一同にそれを面白いものを見たと笑いを堪えるアーサー。
「王族と、この件に関しては誰の耳にも届いて欲しくない話がある。変に人が通りがかったり聞き耳立てられると困るんだ。二人には先に話を済ませて合意も得ているから気にしなくていい」
テーブルには、エシリアが入れた紅茶が置かれており、アンジェのカップはいつも通りあの加工が施された物を使用している。ちらりと中を覗き込むと、入れたばかりの紅茶には湯気が立ち、ふんわりと優しい香りが立ち込めていた。
すぅっと鼻から息を吸うと、体の中にアールグレイの風味が満ちてアンジェの緊張は少し和らいだ。
「早速本題を話すよ。回りくどいのは煩わしいからね」
「はい……」
「もう気付いていると思うけど、ここに呼ばなかったあのコーティカルテという侍女はガレンディアの人間ではない」
ここにいた人間全員が息をのんだ。が、ナージェだけはどこか分かっていたとでも言いたげな笑みを浮かべている。
ここに来てしばらくずっと生活をしていた彼女は、本来お呼びでない存在だったという事だ。なら何故、誰もそれについて追及しなかったのか、それはアーサーの指示だったとの事だった。
不審な人物を泳がせ、アンジェの周りで起きる事はナージェがすぐ気付いて報告する為、余程の事がない限りは目を光らせていたという。
「アンジェ、君のその紅茶のカップを覗いて見てくれ」
「カップ…?」
言われてちらりと覗き込むと、ある事に気付いてアンジェは言葉を失った。
覗いた先のカップの底には、いつもであれば紋様が浮かび上がっているというのに今日はそれが見当たらない。偽物だろうかと側面を確認するがいつも使っているものとして変わった様子はない。ただ、底にある紋様がない、それだけだった。
「これは一体どういう……」
「このカップの事は聞いているね?」
アーサーに問われ、先日ナージェからこのカップの仕組みについての説明を受けたばかりでしっかりと頷き、伺うように隣に座るナージェを見ると肯定するようにこくりと頷く。
「では、どうして紋様がないと思う……?」
「これは何かが入っているという事でしょうか?」
「いや、その逆なんだ」
思いがけない回答に、疑問と不信感が湧き水のようにわいて出る。
それでは、いつも飲んでいる紅茶には何かが入っていて、この紅茶には何も入っていないと言いたいようだ。これはどういう事だと、一度紅茶を口にする。しかし、いつもと変わらない紅茶だ。
不思議そうに首を傾げていると、アーサーは、ポケットから一つの小瓶を取り出した。
「それは…?」
「いいかい?よく見てるんだよ」
そういうと、小瓶から液体をアンジェのカップに数滴垂らした。
カップソーサーに置かれたスプーンを手に取り、くるくると規則正しく円状に回転させると、じんわりとカップの底にいつも見るあの紋様が浮かび上がってきた。
「これは…もしかして毒ですか?」
「そうだよ。これは毒だ。それにとても強い。薬剤にかかっている侍医に頼んで作らせたんだ」
「つまり、私は毒を飲んでいたという事ですか?」
聞きたくもない事実をアンジェが問うと、そういう事だと肯定の意味で首を縦に振った。
隣にいたナージェは気付いていたとでも言わんばかりに表情を動かさないが、アンジェと目が合うと大丈夫と安心させるように微笑んだ。あれだけ神経質な程に気を遣うナージェが大丈夫だというのであれば大丈夫なのであろうと不安な心を落ち着かせる。
「君には毒の耐性があるようだ。それはどういう事か、それを先に説明させてもらおうかな?」
これが一つ目の本題なのだろう。自分の身に起きている事を早く知りたいと頷く。
「それでは、君はおそらアストレリアの聖王女だと推測する」
「先日、ファルティリ様にも似たような事を言われました」
動揺で頭がどうにかなりそうな程に不安で心拍数も上がっていく。しかし、耳を塞いでいる場合では無いと理解しているアンジェは自分の手を強く握りしめ次の説明を待った。
「アストレリアの国に女神アストレリアが現れて加護を与えた詳細の話は聞いた事あるかい?」
「絵本で少し読んだ事がある程度です…」
「じゃあ少し記憶違いでないか確認する為にも少し語らせてもらおうか…――」
◇◇◇




