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アンジェが熱を出して寝込んでから早くも一週間が経過した。


あれからとくに毒やそれらしい物を盛られるような事もなく、平穏な日々が戻りつつあるが、その裏では盛られた睡眠薬についての調査が進められていた。


その際に、血液を大量に抜かれ貧血気味になったアンジェは安静するように言われ、ずっと部屋にこもっている。


頻繁にではないが度重なる政略結婚の妨害により、レオンとアンジェの婚約発表や、結婚式の準備すら一向に進まないのだ。流石のアンジェも本当に結婚できるのだろうかと悩み始めた。


「婚約発表会も出来ないと、アンジェ様はいつまでも来客扱いで困りましたね……。」

「そうですね……」


一日まるっと記憶が抜けているアンジェは、未だに思い出そうと努力していたが、上手くいかない。


しかし、レオンの「覚えていないのか?」という質問に引っかかり、どうしても忘れている事があるという事実は彼の少し寂しそうな眼差しが物語っていた。それを頼りに思い出す努力を続けていた。


「どうしても思い出したいのに…」

「こればかりは、我々が言ってしまうと思い出したかどうかあやふやになってしまうので…」


ナージェは知っているという口ぶりに、やはり何かあったのだと確信が持てる。


淹れてもらった紅茶は、マスカットというアストレリアで最近流行が始まった果物のフレーバーだそうだ。甘酸っぱい香りに口の中が唾液で溢れる。


アンジェの身の回りには林檎に関するものはしばらく置かれなくなった。それはジャムや紅茶も含まれている。


「私が飽きないように紅茶のフレーバーを変えてくれてありがとうございます」

「いいえ、私達はアンジェ様が喜んでくれるなら多少の我儘ですら可愛いと思えてしまいます」


片目を閉じてウインクをして見せると、可愛いと言われて少し照れ臭そうにする。


マスカットの紅茶が入れられたカップは、ここ最近新調したようで見かけた事のない柄が入っている。


「ナージェ、このカップ素敵ですね」

「そうでしょう、そちらのカップは出立の際に女王様がアンジェ様にとこっそりプレゼントでお送りいただいたものの一つなのですよ」

「叔母様が……」


今使用しているカップは、グリーンのラインが入っており、そのラインの縁には金のラインが引かれているシンプルなデザインだが上品な品物だった。


「ここ一週間使用したカップには、便利な加工も施されているのですよ」

「加工ですか?」


きょとんとした顔をして首を傾げると、ナージェは少し得意げにアンジェの持つカップを覗き込み、ほらっと内側を指さす。


カップの底には、まだ紅茶が残っているが何やら紋様が映し出されていた。


「内側にも何かあったのですね」

「こちらは異物を感知するものです。こんな事もあろうかとわざわざ加工を施させたのです」


つまり毒や薬物を感知する加工が施されたカップだった。


恐らくこういう事を見越していたのだろう。王族では珍しい事ではないようだ。


「王族では幼い頃から毒を体に慣らす習慣がありましたので、アンジェ様のように普通にお育ちになられた場合の事をとても心配しておられました」

「すごい習慣ですね…」

「でもご安心下さい。このように私達やガレンディアの王族の方々が全力でアンジェ様をお守りしますので、寂しくも心細くもありませんよ」

「寂しい……?」


ドクンと胸が脈打った。


頭の中で何か引っかかったよな気がした。


手に持っていたカップをテーブルにあるカップソーサーへ戻し、先程のナージェの言葉がなぜか響く。


「何か思い出しかけたような…、でも何か喉に引っかかったような…」

「然様でございますか?!一体何が…」


早くアンジェの抜けた記憶が戻る事を一番望んでいるナージェは、早く思い出して欲しいようだ。


ーーコンコンッ


「アンジェ、少しいいかい?」


ドアの向こうからアーサーの声がした。ナージェが扉を開くと、すぐ側にレオンの側近のエリックを連れて来ているようだったが、礼儀としてアンジェが立ち上がり、どうぞと招き入れると、死角になっていたのか後からレオンも入ってきてエリックの存在に納得した。


今日はユーロは居ないようだ。


「セイレーンが体調悪いみたいでね、ユーロが付き添っているんだ」

「そうですか…、お大事にしてくださいとお伝えください」

「ありがとう、アンジェの事気に入っているみたいだからきっと喜ぶよ」

「…それで、今日は何か?」


セイレーンが自分の事を気に入っていると知り少し嬉しそうに微笑むが、突然の国王の訪問に首を傾げて尋ねると、アンジェを座るように促し、向き合うように置かれているソファにアーサーとレオンは腰をかけた。


「アンジェ、記憶の方はどうだい?」

「先程何か思い出しかけたのですが、引っ込んでしまいまして…」


そうかと残念そうにする反面、レオンはどこかホッとしているように見えた。


思い出されたくない事でもあるのか、彼が嫌がるとしてもアンジェはどうしても思い出したい為、今のは見なかった事にした。


「あの林檎と薬物の事がわかった」

「本当でございますか!?」


最初に声をあげたのはナージェだった。しかし我の帰ったのか、はっと両手で口を覆いそのままぺこりと頭を下げる。


「心配してくれてましたから…。ありがとございます、ナージェ」

「いえそんな…」


にこりと笑うアンジェに心から感謝されているとわかると、ナージェは笑みの顔になる。


「……では先に林檎なんだけど、あれはアストレリアの物ではなかった。ついでに言うと、あの穴も薬物を入れたと思っていたんだが、あれには意味があったようだ」

「…と、言いますと…?」

「あれは、コーティカルテから聞いた話だけど、ジャカルトで取れるアストレリアを真似て作った林檎らしい。あの穴はあちらの国では出荷する前に穴を開けて中を確認するそうなんだ」

「……しかし、薬物の痕跡はどう説明つけると言うのですか?」


腑に落ちない部分の説明を求める、アーサーはにっこりと笑顔を崩す事なく、うんうんと頷いた。


どこかアンジェを試しているような感じだ。


「よく覚えているね。レオンの妻にはもったいないくらいの洞察力だ」

「…恐れ入ります」

「薬物は農薬というものらしい。それに紛れて睡眠薬が入っていたのは、最近キツネという動物が果物や作物を荒らす為それに混入させて眠らせて捕獲をさせようと入れていたものを誤って出荷してしまったらしい」


そう言ってエリックが持っている書類をアンジェへと見せる。そこには、ジャカルトの農作を携わる主人からの念書が入っていた。


それに目を通し読み終えると少し考えた後、納得の行っていない疑いの眼差しでその書類をテーブルに置いた。


アンジェの様子に気づいたのか、ずっと黙っていたレオンが口を開いた。


「何か言いたい事があるのか?言ってみろ」


口調こそはきつい言い方だが声色は優しい。最近アンジェへの喋りかける声色が優しくなったと侍女達も口を揃えて言っていた。それに気付くだけで十分最初に比べてふたりの関係は進歩していた。


少し考え事をするように顎に指を添え、テーブルに置いた書類に目をやる。


「そうですね…、〝そういう事にして〟という風な理由になんと言いますか…」


そういうと、アーサーは、どっと声を出して笑った。


「いやあ!本当にすごいよアンジェ。僕はとても気に入ったよ。レオン本当に良かったねアンジェに出会えて」

「っ…うるさい、そして痛い」


バンバンと大きな音を立てて隣に座る弟の広い背中を荒々しく叩くアーサー。


何事だと呆然とするアンジェに、アーサーは笑いながら目尻に涙を浮かべて満足そうに笑った。


「その通り、この念書は捨て駒がさせられていた物だろう、そしてきっとこの念書に関わった者は今頃始末されていると思う」

「ひどい…」

「恐らくガレンディアの兵力には勝てないから戦争は起こさないと思う。ただ、国王は君が欲しいと思っているだろうから君を全面的に守る。人質になんてされたら困るからね。でも、それでは解決にはならないだろう……どのみち最終的には――」

「アンジェ様を囮にされるのですか!?そんな事させられません!」


アーサーの言葉を遮って声を荒げるナージェは、身分も立場も構わずに叫んでアンジェの体をぎゅっと抱き締める。


アンジェはそんなナージェのエプロンをきゅっと握って落ち着かせる。


「ナージェ、仕方ないのです。私が囮になって、陛下やレオン様や他の皆さんに預けておけばきっと上手くいきます」

「それでこんなに綺麗な肌に怪我でもされたらと思うと…」


今にも泣きそうなナージェにアンジェは、少し背の高い彼女を抱き締め返した。それを受け入れるようにその小さな体の存在を確認するかのように身を預ける。


「もう、大切な方を失いたくありません…」

「私もレオン様が居ます…。簡単には死ねません…」


悲痛に語るナージェに安心させるようにぽんぽんと背中を撫で、それに応えるようにナージェも、アンジェの頭を優しく撫でた。


「陛下…、私の事はお構いなく利用してください」

「…わかった。レオン、お前もいいね」


レオンに確認を取ると、顔には嫌だと言っているが国王陛下の言う事は絶対だ、仕方なく頷く。


それを確認し、アーサーは立ち上がり、アンジェに向かって跪き頭を垂れた。突然の事にぎょっとしたアンジェは、驚きのあまりにナージェから離れてアーサーの前に膝をついて狼狽する。


壁際でずっと話を聞きながら控えていたエシリアとコーティカルテも目を瞠る。王が下の者に頭を下げるなど前代未聞だ。


「我々やアストレリアの発展の為に協力して嫁ぎに来てくれたにもかかわらず、このような事態になってしまい申し訳ない。ご協力感謝する」

「へ、陛下…あの、大丈夫ですから」


おろおろとするアンジェも、頭を上げないアーサーの誠意が伝わったのか、少し困った顔をした後にすっと肩に手を添えた。


「陛下、私はもうすぐガレンディアの一員となります。その為の試練だと思っています。これで全てが終わると言うのであれば、私は何でも協力いたします」

「ガレンディアの一員……か。じゃあ、また策が生まれたらその時はよろしく頼む。あと、近いうちに大切な話をしよう。君にとってとても重要な事だ」


国王陛下が嫁いできた王女にこれ以上何を重要な話があるのだろうと思いつつも、聞き返す事はせず小さく頷いた。


部屋を出る際、アーサーはエシリアとコーティカルテにニコリと笑って出て行った。


その真意をはかりかね、二人はひとまず恭しく頭を下げた。



◇◇◇

実はもう中盤の下くらいです。

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