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翌日、街へ出掛けた疲れと、露店のショックなども相まってか寝起きからぼんやりとし、ナージェに簡易に診てもらうと熱があるとすぐに侍医が呼ばれた。
アンジェの為につけられた侍医は中年女性で、ガレンディアの中でも優秀な医者と言われている。アンジェの熱を棒状の魔道具を使用して測定すると微熱と診断された。
昨日の毒の一件もある為、今日は一日安静にするように言い渡され、解熱剤を出して、何かあったら呼ぶようにだけ言われて引き上げて行った。
朝には、それを聞きつけてレオンが一度だけ見に来たが、騎士団の事が心配だからと少しだけ話をして行ってしまい、寂しい気持ちを堪えて了承した。
昼を過ぎた頃、熱で寝込んでいると聞いてアンジェの部屋に慌てて入ってきたのは、ファルティリとアーサーだった。
「あぁ、アンジェ…大丈夫なの?」
「ファルティリ様、アーサー陛下……、ご心配おかけしてしまい申し訳ございません。微熱なのですぐにおさまります」
「ファルティリ、あまり手を握りすぎるとアンジェの熱が上がってしまうよ」
アーサーの制止にファルティリは、慌てて力を緩めて優しく撫でた。s
「あら、ごめんなさい…。心配で……」
「ありがとうございます…。考え事が多いと熱が出てしまうみたいです」
安心させようとニコリと笑ってみせようとするが、昨日のようにうまくできない。
ぼんやりする頭の中、見舞いに来てくれた二人に元気そうに見せたいが、あまり慣れない事をすると悪化するとナージェに事前に止められていた。
「突然見舞いに来て済まなかったね。昨日の事で聞きたい事があったんだが日を改めた方が良さそうだ」
「いいえ…、お気になさらず…」
「あまり無理をさせるとレオンが怒るからね、素直に寝ておくといい」
アーサーの申し出に渋々了承し、そのまま目を閉じた。
ファルティリにとってはアンジェは義姉になるが、まるで母親のように心配する。握った手は名残遅しそうに離れ、今日のところは退散となった。
その日は結局アンジェが起きている間は侍女以外は誰も来ず、胃に優しい夕食を貰った後、日が暮れて静まり返った部屋の中で、寝すぎて暇を持て余したアンジェは天蓋付きの広いベッドの真ん中で上半身を起こして本を読んでいた。
すると、部屋の前では何やら物音がした。なんだろうと、フラフラする体を無理やり動かして少しだけ扉を開けると目の前でうろうろするレオンが居た。
「れおん、さま…?」
「――っ!」
突然声をかけられてびくりと驚くレオンに、力ない表情できょとんと見上げるアンジェ。
どうやら見舞いに来ようとしてくれたのか、入るか否か悩んでいたようだ。それに気づき、アンジェはドアを開けて「どうぞ」と示した。
「もう大丈夫なのか?」
「一日休めばすぐよくなります。おちゃをいれてもらいましょうか?」
「いやいい…」
まだ熱があるのかろれつが上手く回らないアンジェの誘いを断るとそうですかとしゅんとした。普段から林檎のように赤いアンジェの頬は熱が残っているのかそれ以上に赤かった。
「まだ熱があるだろう、早くベッドに――」
「レオン様はそばにいていただけないのですか…?」
寂しげに目を上げてこちらを見るアンジェの目は涙で潤んでいる。
その瞳にぐっと生唾を飲む。
こんなに甘えてくるアンジェは見た事がなかったからだ。普段は一人でどうにかしようと努力し、あまり人にそういう所を見せない彼女の姿はまさに異様だった。
控え室から出てくるナージェがぱたぱたと小走りでこちらへくると、アンジェの顔を見てあっと声を出す。
「熱が上がっているではありませんか!だめですよ、ちゃんと寝ていないと…」
「…ごめんなさい…」
先程から涙を浮かべてしゅんとするアンジェは捨てられた子犬のようだ。耳が付いているのなら下に折れているかも知れない。
ちらりとレオンを見てから観念したのか、諦めた様子でナージェに連れられて部屋の中へ入っていく。その姿に思わずレオンは考えるより先に手が出ていた。
「れ、レオンさま…!?」
「じっとしろ」
ふらふらなアンジェを抱き上げ、突然横抱きにすると頭が振られて悪化するかもしれないと、片手を膝裏に回して縦に抱き上げ、腰を支える。まるで子供を抱っこするかのようだ。
その手に安心して、レオンにしがみついてふわふわする思考の中、アンジェは目を閉じてレオンの温もりを感じる。
その光景に後ろからナージェはふふっと笑い、二人の侍女たちに後で教えてやろうと考えたあと、その場をレオンに任せてそっと部屋を後にした。
ベッドへ運び、ゆっくり横にして寝かせると、アンジェはとろんとした瞳でレオンを真っ直ぐに見つめる。翡翠の瞳に吸い込まれそうなレオンは、少し視線をずらして掛け布団をかけてやった。
「とりあえずちゃんと寝ろ、侍女が心配する」
「また…街へ連れて行っていただけますか…?いつか、アストレリアにも行けますか…?」
アンジェの目はまるで懇願するように訴えかけているかのようだった。それに負けて縦に頷くと、安心したのか「おやすみなさい、レオン様」と言って眠りに落ちた。
「あまり心配かけさせるな、気が気じゃない…」
ぽんっと頭を撫でるとやはり熱が上がったのか熱い、しかし、いい夢を見られているのか少し表情が緩んだように見えた。
アンジェの眠る傍には先程見ていたであろう本が置かれていた。それは宝石の本だ、アクセサリーに興味のなかったアンジェでもレオンからもらったプレゼントは心底嬉しかったに違いない。栞が挟まれている所が気になり、何となくその本を開いてみると口元が緩みそれをサイドテーブルの引き出しに入れた。
しばらくして、レオンも部屋を後にし、部屋の護衛兵士に侍女以外は人を入れないように命じて私室へ入った。
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