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本文、後書きに少し不愉快・残酷な表現があります。ご注意下さい。



タクティクスに唆され、レオンはアストレリア王国の収穫祭に便乗したガレンディア王国の祭りに行くという口実でうまくアンジェを街へ誘う事に成功した。そして、当日、平民と同じような地味な装いで自ら指定した待ち合わせ場所である、王宮の裏口門に馬を連れて待っていた。


レオンの服装は、上はクリーム色のシャツに、下はガレンディアの祭りでは誰もが着用する青のシンプルなズボン、膝下までの茶色のブーツというシンプルなものだ。


ガレンディア王国の王宮から街までは徒歩でもすぐなのだが、アストレリア王国に比べるとまだ観光にも特化しておらず、女子供が気軽に行き来する為の完璧な整地された道は少ない。その為、馬に乗って城下街まで行くのが一番安全だった。


……という嘘をついて、タクティクスは徒歩で五分で到着するにもかかわらず、わざわざ王宮の裏側へと回って遠回りをわざとしてレオンとアンジェを馬に合い乗りさせて一緒に出掛けさせたかったのが本音だった。


この作戦に関しては、ナージェも大賛成してくれた為上手く話を運ぶ事が出来た。


そんな思惑を知らないレオンは、最初は彼女が好きすぎて、彼女から嫌われたり政略結婚だから馴れ合うつもりはないとか、仕方なくきたのだなんて言われてしまえば長年の片思いが全て泡となって消えてしまう事を恐れてしまった二十七歳男性。


情けない事に一度は思い切って距離を置いたりもしたが、朝日を見る誘いをしてくれたアンジェの言葉に絆されもう少しお互い歩み寄る勇気も悪くないとすっかりその気になっていた。


「お待たせいたしました。レオン様」

「……っ!」


声をかけられて振り返ると、あのアストレリア王国の教会の前で見た少女だった。


今日は、貴族のような綺羅びやかなドレスを着たりせず、指示通りに若草色の地味な色の膨らみのないワンピースに、ウエストにはガレンディア王国のシンボルカラーの青いリボンが巻かれていてナージェによる最低限のおしゃれをさせられていた。


腰まで伸びた緩やかなウェーブの髪はゆるく後ろで束ねて纏められている。


ガレンディアの平民には、アンジェのような容姿端麗な金髪の少女は少ない為に目立たないよう土埃色カーキしょくのフードを被らされている。まるで大きな頭巾を被った少女の物語から飛び出してきたのかという風貌に、レオンは口元を隠して顔をそらした。


この反応にアンジェは、自分の身なりがおかしくないかナージェに確認をし、大丈夫ですと頷くと再びレオンの様子を伺った。


一方アンジェは今日は少しどころかたくさん勇気を出さなければならなかった。ナージェ達は俗に言うデートと言うものだと言われて、早速借りて来た恋愛小説で得た知識を試そうという事だった。


すっかり恋愛に縁のなかった生活にいた反動で恋に恋してしまったアンジェは、この婚約者の告白に応えられるようお互いの気持ちにはっきり向き合う為の努力を始めていた。


普通ならば、好意を持つ人物にそれらをやって好感度を上げてその気にさせると言うつまりアプローチなのだが、この場合レオンが自分の事を好いている事はアンジェ本人も知っている事。


つまりは、アンジェがレオンに恋愛的行為を行い、自分がレオンに対して恋愛対象として認識すると言う事が今日の目標となったのだった。


恋愛を知らないアンジェは、自分が彼に恋をしようとするという努力が涙ぐましく、傍から見ていたナージェは一周回って「もうこれは好きなのでは?」と考えていたが主の努力を見守りたい為に黙る。


「れ、レオン様、今日はお誘いいただきありがとうございます」

「あっ……あぁ、今日はちゃんと眠れたか?」

「はい、ご心配おかけしました。え、と…レオン様は朝食とられましたか?」

「……今日はお前と一緒にとったはずだが?」

「そういえばそうでした…」


緊張でうっかりしていたアンジェは、珍しくしまったと言う顔をして目を逸らすと馬を見て話題が生まれたという表情に変わり向き直る。


「……今日は馬に乗るのですね。馬に乗るのは初めてなのでよろしくお願いします」


そういって最初にアンジェの行動を始めたのは、レオンの手をきゅっと握って目を合わせ、朝に笑顔の練習を頑張ったおかげで今日はうまくにこやかに微笑みを向ける事に成功し、それを披露した。


しかし、一切身動きを取らないのが気になって背の高い彼の顔を覗き込むと顔を真っ赤にして握られていない方の手で口元を隠していた。


男性の反応についても本で把握していた事あり、色恋沙汰に鈍感なアンジェでも効果絶大だという事は理解し、安心したアンジェは、気を緩めて無表情に戻ってしまった。


その光景が面白すぎたのか、タクティクスが吹き出して後ろを向いてしまう。


「タクティクス」

「はい…、レオン様…っくく…もうし…ぷくく……」


腹を抱えて笑うタクティクスにじとりと睨みつけるレオン様は、未だに手を握られたままのアンジェの手をぎゅっと握り返して抱き上げ先に横向きに座らせ、自分も乗った。


「前も思ったのですが、私重いですよ……どうしてそんなに軽々しく…」

「鍛えているからな、それにお前はむしろ軽すぎる」


三週間閉じ込められた時に、それじゃなくても細い体が痩せてしまった為、軽さに拍車が掛かった。


しかし、それ以降は少しずつ食べるようになってアンジェはむしろ以前よりは健康的な体になりつつある為、これでも軽すぎると言われるとどうすればいいかわからなかった。


少し悩んだあと、「もう少し食べるようにしてみます」とそれとなく返して後ろに乗るレオンの胸板が肩に密着して朝日を見た時に膝に座らされた事を思い出して顔が熱くなるのを感じる。


よく考えると、出会った日も含めてレオンと密着する事が多いなとふと思い出し、落ちないようにお腹に腕を回して支えてくれている男性的なゴツゴツとした、騎士団に所属していると言うわりには綺麗な手だった。


また心臓の様子がおかしいと胸に手を当てると、レオンはそれに気付いた。


「酔ったか?」

「いえ、違います…おくびが…」

「おくび、…食べ過ぎたのか?」


何も考えずにいった嘘がこんなふうに転がってしまうとは考えもつかず、アンジェは少し顔を赤らめて「嘘をつきました。少しだけ酔いました」と言って胸をさすってレオンの優しさに胸がチクチクと痛んだ。嘘を言うのは向いていないと思った。


すぐそばで伝わる人のぬくもりに落ち着いていると、城下街の街並みが見えてきた。


ここでアンジェはようやく気づいた、わざと遠回りをしていた事に。


「レオン様…これは遠回り――」

「アンジェ様、到着しましたので降りましょうか」


いつの間にかタクティクスが降りて、下からわざと言葉を遮るかのように声をかけた。


不思議そうに首を傾げていると「口を閉じてろ」とレオンに言われて口をしっかりと閉じると、すっとアンジェを抱いて馬から降りた。


「馬を任せる」

「かしこまりました」


レオンが指示をすると、恭しく礼をして馬をナージェが王家専用の休憩所へと預けに行った。


その後ろ姿を見送ると、抱き上げたままのアンジェを降ろしてすたすたと歩き出す。


「行くぞ」

「はい」


こくりと頷き、今日は出来るだけ言葉で返事をする事を心がける。


考えている事を口に出して伝えたほうがいいという朝の準備の際にエシリアから貰ったアドバイスもしっかり実行した。


「今日はアストレリアでは収穫祭だろう、ガレンディアではそういう祭りがないからな。それに便乗して同じように祝っているんだ」

「アストレリア…もそう言えば……そういう時期ですね…。…レオン様…は、アストレリアの…お祭り…の日に遊びにこられた……事あるのですか?」

「一度だけある、ただその時はお前は生まれていなかったがな」

「…と言う…事は、私…を知る…前です…ね」


少し歩みの早いレオンに頑張って大股でついていく為、王宮生活が続き運動不足で少しずつ息が絶え絶えになってきたアンジェに気づき足を止めるレオン。


突然止まり何事かと息を切らしながら胸に手を当てて息を整えつつ見上げると、心底心配そうにこちらを見ているレオンがいた。


「体調が悪いのか?」

「え…?い、いえ……そうでは、なく…」

「レオン様、女性の歩幅に合わせないとアンジェ様が一生懸命追いかけていましたよ」


後ろでさり気なく護衛としてついてくるタクティクスの言葉に、はっと気付いてバツの悪そうな顔で軽くすまないと謝罪すると、アンジェは少し呼吸を整えて大丈夫ですとだけ返した。


初々しい二人ににこやかに見守るタクティクスは、出掛ける事を唆して成功だとほっとする。後ろからナージェが小走りで追いつき、アンジェが落ち着くのを待って再び歩き出した。


「今日は一段と露店が多い、人も多いからはぐれないようにしろ」

「はい」


アンジェは考えていた。本で読んだときここで男性は手をつなぐように促したりするのだが、不器用な彼はきっとそういった事をしないだろうと思った後に、先程出発前に一方的に手を握ったがだ淑女が気軽に異性に不用意にベタベタと触るのはいかがなものかと悩んた。


そんな事を考えているうちにも先程より歩幅を考えて歩いてくれるレオンの気配りに嬉しく思い、彼の服の袖をちょんとつまむ事にした。


つままれた事に気づいたレオン様は驚いてこちらを見下ろしたが、アンジェが照れくさく顔を逸らしていた為、気付かなかった事にした。


「何か欲しいものがあったら言え。買ってやる」

「…え、ありがとうございます…」


何かをおねだりされると思ったのか、少し的外れな事に動揺しつつ流石に何も頼まないのは失礼かと思いきょろきょろと露店を見た。


連なって敷き詰めるかのように道の端にぞろりと並ぶ露店には、野菜だったり、肉だったり、調理されたものであったり、菓子や果物も売られている。衣類を扱っていたり、宝石や、鉱石を売る所もあったが、一つ目に入ったのは、布で囲われた露店がある事に気付いてじっと見てしまう。


「あれはなんでしょう…?」


アンジェの声は普段から小さく、人混みに紛れてしまうと誰にも聞き取れはしない。アストレリア王国の街でいつも買い物をするとき一生懸命声を張り上げて喋って会話をするが、その後は決まって喉が枯れてしまう。


布で囲まれた露店が気になり、ふらりとそちらへ行こうとすると、突然腕を捕まれびくりと肩を震わせた。おそるおそると、その掴んだ手の人物を伝って見るとレオンだった。その後ろでタクティクス、そしてナージェが少し慌てた表情でこちらを見ていた。


「アンジェ様、それじゃなくても小柄なのですから出来るだけお一人でどこかに行きませんようお願いします!し、心臓に悪いです…」

「ごめんなさい、皆さん…」


叱られてしまいしゅんと項垂れる。しかし、先程からレオンの服を掴んでいた手はずっと掴んでいた為、別にはぐれたわけではなかったようで安堵の吐息を漏らした。


しかし、気になった露店が気になって仕方なく、レオンを見上げて声を張って喋ると大変な為、こんな時は指をさして示す。


「あれはお前が見る必要のないものだ…」

「でも……」

「アンジェ様、時には見てはならない物もございます…」


ナージェにまで言われてしまえば、どうしても見て欲しくない物がそこにはあるのだと理解し、渋々了承した。


まだ国王陛下が認めただけの婚約者であるだけで、この国への過剰な干渉は許されない。そして、何よりレオンを困らせたくないからだ。


こくんと頷き、レオンがその露店側に歩き隠すように歩みを進めるが、ちらりと横目にみると、隙間から見えた中身は想像を絶してぎゅっとレオンの袖を先程より強く掴んだ。


見てしまったのかと気付いて深く溜息を吐き出すレオンに、気づかれてしまったと目を泳がせるアンジェは、アストレリア王国の孤児院で生活していた時の清楚で大人しい少女じゃなかった。


いろんな世界がある事を知って、好奇心が表に出てしまったのだ。魔が差したとも言う。


タクティクスとナージェに目を合わせ、少し裏道へと連れて行くと足を止め、背の低いアンジェへ屈んで視線を合わせた。


「何が見えた?」

「……っ」


人混みから離れ、アンジェも掴んでいた服を離そうとするが、恐怖でがたがたと震える手は上手くそれを離す事ができなかった。


出来るだけ優しくと心がけてレオンは、壊れ物を扱うかのようにアンジェの手を包み込むようにしてゆっくり指を解いていく。


「アンジェ様……」

「…っ…た」

「…もう一度言ってみろ」


聞き取れず、手元の動作とは裏腹に少し語気を強めて再度尋ねる。それに対して臆するわけではなく、先程見てしまった物に対しての恐怖心で視界が涙でぼやけてきた。


「ちまみれの…こど…もが…、わらう…おとなに……たたかれて…おりました…」


言い終えると唇を噛み締め、ポロポロとこぼれ落ちる涙をフードで拭い、嗚咽を堪える。こんなに泣いた事が今までにあっただろうか。その場にいた人物が、それがどれ程無垢なアンジェにとって衝撃的な物だったかを悟らせた。


「どこの国にもこういう事は存在する」

「っ…はい…」

「こういう事が無くなるように、俺達は国を変えていかなければならない」


レオンが子供に言い聞かせるように諭すように言うと、こくんと頷いて聞く。


普段から表情の変動も突然で、まるで人形のようだった彼女が、ここまで泣いてしまう主の姿を初めて目の当たりにしたナージェとタクティクスは、動揺に瞳が揺れる。


「今すぐにどうという事は俺達にはできない、だが、アーサーがこの国を少しずつ変えてアストレリアで生活していたお前が無垢だったように、ガレンディアでも子供が無垢でいられるようにしていきたいんだ。今の俺達があれを辞めさせても彼らの食って行く物を用意してやれない、一生養うわけには行かないんだ」


真っ直ぐに思いを伝えると、レオンの深い青の瞳は揺らぐ事なく一筋を見つめているように強かった。


その瞳に吸い込まれそうになり、アンジェはまた胸が高鳴ったような気がした。すると、溢れる涙は自然と落ち着いた気がした。


「…泣いてしまい申し訳ございませんでした。もう大丈夫です…。引き続き街を周りましょう。この国の事をもっと知る為にも…」


きゅっと口元を締め、フードを深くかぶり、まだ震える手を今度はレオンがしっかり掴んだ。


「お前は危なっかしい、手を繋いでおくぞ」

「っ…はい」


恋愛小説のような事が起きて先程の動揺とは違う、馬に乗っていた時のような、今しがた目を合わせた時のような胸の高鳴りに顔が熱くなった。


大きな手は温かく、アストレリア王国で寝込んだ時にエリーゼに、手が冷たい人は心が優しいと言った事を思い出し、手の温度なんて関係ないんだと思った。


アンジェはここでようやく、自分が小説の主人公のような気持ちになっている事に気づく。


――私は、最初から……。


こんな状況で気づいてしまい、些か不謹慎な気もしたが、今日の目標を達成出来たのは大した成果だと思った。


「私も陛下の手助けになれるように、レオン様と頑張りたいです」


小さく呟いた言葉は、街の喧騒にかき消されたが、心に刻み込むように行ったアンジェの翡翠の瞳には何かに燃える強さが宿った。



◇◇◇

【露天での解説】

人身売買で売られた子供を買い取った露店の店主は、子供達を裸にして縛り上げ、お金を払った客に鞭や道具を使って非人道的に痛めつける客を喜ばせる商売をしています。

腫れ上がった傷に追い打ちをかけて血まみれとなった子供達を目の当たりにした孤児院育ちで子供に囲まれて育ったアンジェは、普通以上に恐ろしいものを見たことになり、一緒に育った子供達を重ねてしまって泣くほどショックを受けました。

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